わし座とこと座
「あたしの心の中が、プラネタリウムみたいだったらいいのに……。」
「急にどうしたの?旅行先で星を見ながら言うセリフじゃないよ?」
「そりゃあそうなんだけど、鷲のせいだからね?」
「え?僕のせいなの?」
雲ひとつない晴天の中で無数の星を見上げているというのに、平常運転の鷲は言っている意味がわからないとばかりに首を傾げる。
(あたし、結構アピールしてるつもりなんだけどなぁ……気がついてくれないんだもん。嫌になっちゃうよ。
はぁ、私の心をプラネタリウムみたいに、わかりやすく鷲に見せてあげれたらいいのに……
あたしの、意気地なし。)
せっかくの旅行だというのに気持ちが沈んでしまい、琴葉はため息をもらす。
「……ねえ、琴葉。強引に旅行に誘ったの、嫌だった?」
「え?嫌なわけないじゃん。せっかくそっちの家族に誘ってもらったんだし。なんでそんなこと聞くの?」
「……琴葉が、つまんなそうだったから。」
その言葉は聞き逃してしまいそうなほど小さな声だったが、二人きりの空間ではしっかりと聞こえた。
「そんなにつまんなそうにしてた?」
「うん。っていうか、最近ずっとそう。僕と二人っきりになると、ため息ばっかり。」
「……0歳から15年間も一緒なのに、あたしの心に気がつかない鷲が悪いんだよ。そのくせ、変なところは敏感だし。」
いっそのこと、自分から告白してしまおうか。
琴葉はそこまで考えて、首を横に振った。
そんな度胸はなかったし、今更どう切り出せばいいかもわからなかった。
目の前の男から自分に対する恋愛感情を感じないことが、さらに彼女の勇気を奪っていた。
(きっと、鷲から見たあたしは、幼馴染以外の何者でもないんだろうなぁ……)
それも仕方ないのだろうと、琴葉は自分を納得させる。
「ねえ、琴葉。夏の大三角形ってどれかわかる?」
「うーん……よくわからない。プラネタリウムならわかるんだけど。鷲はわかるの?」
「うん。あれだよ。」
そう言って、鷲は周りよりも明るい星をひとつ指差す。
「あれがデネブで、あれがアルタイル。で、あれがベガ。」
「ベガとアルタイルって、七夕だよね?」
「うん。織姫と彦星。ちなみに、ベガのある星座がこと座で、アルタイルのある星座がわし座。」
「ふーん。初めて知った。」
「いや、さすがにそれはないんじゃないかなぁ?」
「まあ、あたしが覚えてなかったら一緒だよね。」
「僕たちにゆかりのある星座なんだから、覚えておいた方がいいと思うけどね。」
「え?ゆかりがある?」
そんなことは初めて聞いた琴葉は、なんのことかわからずキョトンとする。
しかし、鷲は気にせず話を続ける。
「だってさ、僕の名前が鷲で、わしでしょ?で、琴葉の琴は、こと座の琴。ね?ゆかりがあるでしょ?」
「えー、たまたまじゃないの?それだけじゃん。」
「じゃあさ、将来僕たちが結婚したらいいんじゃない?」
「え?」
「だって、わし座……つまりアルタイルの僕と、こと座でベガの琴葉。彦星と織姫だよね?」
「い、いや、だ、だ、だよねって言われてもっ!そ、そんなの、ま、まるで……」
「告白みたい?」
鷲はそう言うと、ニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべて、琴葉を見つめる。
「みたいじゃなくて、告白してるんだよ。だって、琴葉ったら僕の気持ちに気がついてくれないんだもん。いい加減覚悟を決めるよね。」
「え?ちょ、え?」
このタイミングでの告白に、琴葉は動揺を隠せない。
顔を今までにないほど紅く染め、脳内で言葉が浮かんでは消えていく。
「な、なんで?」
「なんでって何が?」
「な、なんで急に……?」
「急じゃないよ。ずっと前から琴葉を好きだった。」
「そ、そっか。うん。あたしも、ず、ずっと前から好きだったよ
……何これ、恥ずかし……鷲、よく平然とした顔で言えるね……?」
「自分の想いを伝えるんだから、恥ずかしがる必要なくない?」
「そ、そりゃあそうなんだけど……なんか、15年も一緒で、その、今更感があるといいますか……」
「そうかもしれないけど、ちゃんとした関係になることも大事でしょ?それとも、琴葉は幼馴染のままがよかった?」
「そんなわけないじゃん!だ、だって、幼馴染じゃあキスも手を繋ぐのもできないじゃん!!」
「あ、理由そこ?」
「そうだよ。ずっと、キスしたい手を繋ぎたい、そ、それ以上のことだってしたいと思ってたんだもん!それに、デートとかって幼馴染のままでも行ってたでしょ?」
自分とは違う理由を自信満々で語る琴葉に、鷲は思わずクスッと笑ってしまう。
「そっか。うん、やっぱり琴葉は可愛いね。」
「え?ちょ、急にどうしたの?」
「いや、琴葉をほかの人に取られたくないから彼女にしたかった僕とは違って、琴葉の理由は純粋で可愛いなって。」
「そ、そう?」
「そうだよ。」
ああ、そんなところも全部可愛い。
その呟きは、心の中だけに留めておくことにした。
そのまま、お互いになんとなく何も言えない時間が続く。
「ねえ、琴葉。」
「なあに?」
「キス、しよっか。」
「ふえっ!!?」
まさかのキスの提案に、変な声を漏らしてしまう。
だが、今彼女の脳は先ほどの鷲の発言を整理するので精一杯であり、そんなことを気にする余裕もなかった。
「な、なんで急に?」
「琴葉、ずっとキスしたかったし、手を繋ぎたかったって言ってたじゃん。それに、キスしたほうが恋人感出るかなって。」
「そ、そう……だね。うん。しよっか、キス。」
琴葉がそう言うのとほぼ同時に、鷲が琴葉の唇を塞ぐ。
「ぷはっ……ちょ、ちょっと鷲さんや、その、いい終わってからすぐすぎなかった?」
「ごめん。琴葉が可愛すぎたから、我慢ができなかった。」
琴葉が動揺してあわあわしていても、鷲は悪びれる様子もなくそう言う。
「そ、そう言う発言連発されると、その、嬉しさと恥ずかしさで、死にそうになるから……」
「それは困るね。じゃ、1日1回くらいにしとく?」
「じ、時間をおいてなら、何回言ってくれてもいいんだけど……」
「じゃあ、そうするよ。」
「うん。そうして。」
そう琴葉が言うと、どちらからと言うわけでもなく、お互いに見つめ合う時間が続く。
暫くして、やはり同じタイミングで堪えられなくなり、二人同時に視線を星空へと向ける。
「ねえ、琴葉。来年も、こんな感じで星を観れるといいね。」
「ふふっ。来年だけじゃなくて、『死ぬまで』でしょ?」
そんな琴葉の言葉に、「そうだね。」と同意して、うんうんと頷く鷲。
それは、これから先何度も繰り返されるであろう光景だった。