アリスのなりそこない
初投稿です、暖かな目でお読み頂けると光栄です。
「お茶しない?」片手にバスケットと気持ち悪いくらいに親しげな笑顔を引っさげて、それは私の元に来た。返事は言わずもがな。「冗談は顔だけにして、不愉快な男と飲むお茶なんて無いわ。」「あるんだなそれが。」間髪入れずに自慢げな声は続ける、追い出そうとしたが、男が可愛らしいバスケットから取り出した物を見てそうもいかなくなった。「ローズヒップティーにアップルティー、君好みの甘酸っぱいお茶とそれに合うお菓子、君が僕と飲むお茶の準備は万端さ。」まさに甘い誘惑、私は苦い顔をして渋々この男と昼下がりを過ごす事を承諾した。
「前は砂糖を山ほど入れたミルクティーが好きだったよね。」暖かな香りに心癒されかけた時、この男と一緒だったのを思い出してげんなりした。「過去の私をご存知で?」「そりゃあもちろん、前のその前の君もね。」「初対面のはずよ。」「今の君とは、ね。」話をするだけなのにこんな疲れるのは何故なんだろう、一休みしてお茶を啜った。そして一息吸い込んでまた厄介事…この男との会話に取り掛かる。「甘いだけじゃ物足りなくなったのよ、たまには酸味も欲しいわ。」「君は変わったな、前の君にさよならを言うのを忘れてしまったよ。」「なら今言ったらどう?そしてこのお茶とお菓子を置いてさっさとどこかに行って。」「甘くないねぇ、ハニー。」「今度そう呼んだらあなたの頭にポットから熱い雨を降らすわよ。」女王よろしくそう脅すと、男は口笛を吹きあからさまにおどけて怯えた振りをした、悲しんでるのか笑っているのかよく分からない顔で。「楽しそうね。」「そういう君はちっとも楽しそうじゃないね。」「なぜかはあなたが一番よく知ってるんじゃない。」「さぁ?何のことやら。」思わず立ち上がってこのふざけた男とくだらないティータイムに別れを告げそうになったのを、なんとか甘い匂いで鎮めてジャックナイフの如き眼差しを突き付けると、男は素直に身の危険を感じたらしく、話題を変えた。「まぁまぁ、そう怒らないでほら、可愛い顔して笑ってくれよ。」「あなたのその泣きっ面を乾かしてから言いなさいよ。」「そう見える?僕は笑ってても泣き顔みたいに見えるらしい。でも今はこれ以上無いくらい楽しんでるんだよアリス。」「いい加減にそう呼ぶのは止めて、人違いよ。」もう、うんざりだった。この男はことごとく私の事をアリスと呼び、馴れ馴れしく擦り寄って来るのだった。「私は金髪でも無ければ白いエプロン付きの青いワンピースも着てないわ、それに何度も言ったけど名前も違う。」「兎の穴にも落ちていない、分かってるよ。でも名前なんてのはただの記号、あまり意味はないのさ。」「じゃ、私がアリスじゃなくてもあまり大した問題じゃないわね。」「いやいや、君がアリスだという事はまごうこと無き事実だ。じゃないと今僕がたまらなく愛してる目の前の君は一体誰なんだい?」「よして、この国の人がまともに愛を語れるとは思えないわ。」「なに、君も同類さ。」ため息がお茶にさざ波を作って空気に溶けた。このまま一切口をきかずにいることも出来たけれど、肯定したようだと誤解されるのも尺なので、反抗の道を選んだ。「そうね、少なくともあなたを愛するということはありえないわ。あと私がアリスだということも。」すると男は珍しくはっきりと顔に感情を出した、眉間に皺を作り、唇を少し山なりに曲げて、はっきりと怒りを示した。「いいや、君は僕のアリスと言ったらアリスなんだ。」「さっき私に名前に意味なんか無いって言ったのは誰だったかしら?」「ちょっと前の僕がそう言ったんなら謝るよ、あいつは時々おかしな事をほざくんだ。」「それと私はあなたのものじゃないわ、それについても謝罪願えるかしら?」「あぁ、そうだったね。君が僕のものなんじゃなくて、僕が君のものだった。」「可笑しなこと言ってる!」ここまでくると逆に呆れて笑えてきた。「頭がいかれてるのね、私こんな訳の分からない知らない男性を恋人にしたことなんてないし、したくもないわ。」男はそれを聞くとにやりと唇を反対に曲げた、この小馬鹿にしたような顔が一番嫌いだ、私は今更この男の誘いを受けたことを本当に後悔した。「可笑しいのはお互い様さ、アリス。だって僕を、この国を創ったのは他でもない君だろう?」投げつける言葉さえ浮かばない程、私のお腹と頭はやかんのお湯みたいに煮えくり返った、ピーッという音が高くなりついにひどい耳鳴りにまで達して、ようやく私は目の前の大嫌いな顔に大好きなローズヒップティーをぶちまけた事に気付いた。幸い…私にとっては残念…なことに、お茶はぬるくなっていて薔薇の香りを撒き散らしていた。顔を少し背けて、片目でなおも私を見つめている男に私は続けて言葉を投げつけた。「何ですって?私はあんたの名前だって知らないのよ!あんたがどこの誰で、人間かそうでないかさえも分からない!馬鹿なこと言わないで!」とうとう私は椅子から乱暴に立ち上がり、甘い香りに背を向け、草を一歩一歩踏み潰すようにその場を去った。何か声が聞こえたような気がしたが、我を忘れた私の頭には理解出来なかった。
そのまま歩き続けて、やっといつもの私に帰ってくると、いつの間にかキノコが群生してる森の中にいた。私はとりあえず小さな椅子くらいある水玉模様のキノコに腰掛け、いつもの独り言を言う癖に耽った。「本当にここの全てはいかれてるわ!どうしようもないのね!………でも、そう…。」組んだ脚の膝に頬杖を付いていたが、ふと辺りを視線だけ動かして見回した。大小様々な大きさ、形、色があるキノコ。木々を撫でながら歌う風。ひそひそと笑う動植物たち。その一つ一つが、懐かしくて愛おしかった。認めたくはなかったけれど。「……もう、卒業したはずよ、子供じみたありえない空想と遊ぶのは…。」脚を解き、呻き声を垂らしながら両手で顔を覆い項垂れた。すると眼から涙が溢れてきた、溺れるまいとして止めようとしても、心が涙腺のダムを破壊した後ではどうしようも無かった。「…知ってるわ、えぇ…あなたの事も、この…このおかしな、素晴らしい私の国の事を…」愛している事も。けれどその言葉だけは声にならず、吐息と共に小さな涙の海に落ちた。そこにはひどい泣き顔が映っていた。
どれだけ経っただろう、時計も欠伸をする位には泣き続けた気がするけれど、黄金色の太陽は、変わらずそこにあった。「×××。」突然、けれど優しく、名前を呼ばれた、本当の名で。声の主は分かっていた、だから頑として振り返らず、地面の私と見つめあった、頬が熱かった。「良かった、最初に来た時みたいには溺れなかった様だね。」「今…」強がっても無駄なことは百も承知だったけれど、そうでもしないとまたあの時の二の舞になりかねなかったので、精一杯喉に力を入れて言葉を絞り出した。「今…私が死ねば、あなたも、消える…かしら。」「そうだね、でもその前に、僕が何としても押しとどめるけどね。」男は隣のキノコに腰掛けた。「でも、ここでは無理じゃないかな、この場で君が…僕の必死の制止をかいくぐって…死んでも、ただ夢から覚めるだけだから。」はっとしてあっさり横を向くと、大嫌いな、悲しんいでるのか笑っているのかよく分からない顔と目が合った。「私より、よく分かってるじゃない。」「そうでもないさ、それより僕の名前…思い出してくれたかい?」いつの間にか二人、笑っていた。「その必要は無いわ、だって…忘れてなんかないもの。」
彼女の不思議の国は、まだ少しだけ夢をみる。
初めて投稿しました!くすぐったいものですね!!お目汚し失礼いたしました!!!