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魔王の娘とダンジョンの鍵  作者: 葉月じょた
魔王は俺が立派に育ててやる
2/6

鍵屋の毎日

「もう少しだから、まってて下さいね。」


鍵穴を専用の輝石を用いた灯りで照らし、先の曲がった金具で奥にある凹凸の形を指先で感じる。経験がモノをいう作業だが、この程度であればなんということはない。堅固なサライの木を削り出した錠版を鍵穴の形に加工すれば出来上がりだ。

これで10エルス金貨の収入となる。大体、普通に暮らして一月程度は暮らしていけると思ってくれたらいいだろう。高い?そんなこたぁない。こんなに、美味しい仕事なんぞ滅多にあるものじゃないのだ。儲けられるときに儲けないで商売なんぞやってられるか。

背中からなにやら真剣にじっと見張っているが気にしない。大問屋の主人であろう小太りなおっさんの視線にも耐え、有り難みがあるようにもったいつけながら作業を進める。急いで作業をするより、時間をかけて丁寧に仕事をしたほうが、結果として美味しいことを俺は知っていた。


ただ、どれだけ自信があったとしても、また普通の錠前であったとしても、この瞬間だけは緊張する。お客は当たり前のように鍵が開くものだと思っているのだ。あからさまな失敗は俺の信用に関わってくる。削り出した錠版を鍵穴に差し込み、捻るとカチャリと軽い金属音がして錠版はくるりと回る。やれやれ、上手くいったよ。安堵に息を吐き出し、営業用の笑顔を用意する。いつもニコニコ笑顔が一番。


「お待たせしました、ご確認下さい。」


鍵の空いた状態で、くるりと主人に向き直す。笑顔を忘れず、決して扉は開けてはいけない。あくまでも仕事は鍵を開けるまでなのだ。見習いの時に金庫の扉を開けてしまい、中に入っていた金貨の数が違うとごねられたのは教訓として身にしみている。


待ちかねた主人が横柄に返事をするが、そんな些細なことは気にしない。払うものさえ払ってくれれば良いのだ。主人は扉を開け中に入っていたであろう淡い光を放つ輝石を手に取ると満足気に頷き、手元にあるベルをチリンチリンとならした。一瞬、俺に値踏みするような視線を向けたが直ぐに目を逸らす。気に入って貰えれば次もあるかも、などと下心を持ちつつ様子を見ていたのだが、なんだか少し違和感を感じた。なにか、失敗しただろうか?主人はいくらも経たないうちに側に現れた番頭らしき人物に支払いを命じると、あとは俺には全く興味を無くしたかのように部屋を出ていった。気のせいだったのかな?

礼ぐらい言えよ、とか思ってはいけない。むしろ素晴らしいと言っても良いお客様だ。口出ししない、文句は言わない、金払いは良い。ありがたいことだ。


番頭より金を受け取り確認すると、おおきく礼を述べる。俺が屋敷を去るのを番頭が確認すると、屋敷の裏口はバタリと乱暴に閉じられた。うん、いい仕事だったと背伸びをし店に戻る。

さすが、金持ちだ。こんなに良い仕事は滅多にはないが、基本的にはこれが俺の日常だ。


鍵刻師 カイル=イヴァリス


これが、俺の名だ。


今年18歳になったばかりのまだまだ新参者だが腕には自信を持っている。なんだかんだでキャリアは10年以上だ。別段、取り立てて目立つようなことはないし友人からも平凡とはよく言われているが、平凡!いいじゃないか。

近年の不況の中でも仕事にあぶれていないだけでも凄いことだよ。ついでに言えば仕事はなんとなくではあるが軌道にのった。これで文句を言ったら、天罰が落ちる。できる限り安全に平凡に楽に生きたい俺の知恵としては、分不相応な望みは持たないのが上手くやっていくコツなのだ。


エルスディア王国の中央、王族が住むエルス宮をぐるりと囲むように発展した街並みの一角。華やかな衣装を纏い買い物を楽しむ貴族たちや豪商が集まる煌びやかな中心部とは違い、その周囲の街には日々の生活に必要な品物やサービスを提供している店が集まっている。街並みを歩いているのは、やはり圧倒的に庶民だ。


店に戻るため、雑踏の中を歩いていると所々で知り合いに出会う。その一つ一つと丁寧に挨拶を交わす。営業努力というやつですね、塵も積もれば山となる。誰が良い仕事を持ってきてくれるかわかんないしね。とか思いながら、歩いているとちょうど目の前で武具屋の扉が開き、一人の女性が店から出てきた。あからさまに機嫌が、悪そうだ。交渉がうまくいかなかったのだろう。そんなこともあるある、と普段ならスルーするところなのだが、この時ばかりは無意識のうちにじっと見つめてしまっていた。一瞬のうちに悪手に気付いて目を反らす。


どうやら気づかれなかったようだ。女性はぶつぶつといいながら俺が今来た方向に去って行った。ふぅ、と肩をなで下ろす。

確かに美人だった。切れ長の目と長い黒髪。何をとは言わないが、お願いいたしますという感じだ。だが、そうではない。俺が見つめてしまったのは、その背中。彼女には白い翼があった。


神の継承者


神の力を強く継承した者につけられる尊称。古の神魔大戦では、神は魔に対抗する力として単純に神の力を伝授するのではなく、一度魔の力を取り込んだうえで人々に分け与えたと伝えられていた。だから、勝ち残った人々の中に魔の力が残されているのだと。


実際のところは伝承に過ぎないが、力を受け継いだ者がいるのは事実だ。そもそも、この街に住む者の、大半が何らかの力を持っている。単に力の強い者や足の早い者。炎や水を生み出す者など様々だ。その中でも、特に強い力を受け継ぐもの。より魔に近い容姿をしている者を「神の継承者」と呼んでいるだけだ。


そのような力ある者が、持たざる者と共に暮らしていけるかと言われれば大半が否と答えるだろう。まぁ、仕方ない。力ある者を無条件で受け入れられるほど、世の大半を占める持たざる者の心は強くはないのだ。というわけで例外はあるものの、多くの「神の継承者」は穏やかな日常ではなく、冒険者となることが一般的であるのはこのような事情があるのだ。


冒険者とは、基本的には何でも屋だ。ただ、普通の仕事であれば街中にある多くの店に頼めば良いわけで、そうじゃない仕事。要するに、危険ではあるが身入りの良い仕事を職業とする者をいう。必然、街中で仕事に就けないような荒くれ者が集まることが多かった。「異能」という魔の力を受け継ぐ「神の継承者」が冒険者に向いていることは言うまでもなく、戦う力のない俺にとって目が合ったからといって喧嘩を売られて良い相手ではない。触らぬ冒険者にたたりなし、という訳だった。


あー、怖かった。気をつけないとな。


活気にあふれた商店街の外れに小さく構える店が俺の城だ。入り口には小さな看板と鍵の形をした店章が付けられている。これがないとギルドでは認められない。まぁ、ギルドに許可もらってますよといった証だ。もともとは親父が始めた店ではあったが、俺が成人の儀を迎えるや否や代替わりとばかりに、旅に出かけやがったのだ。それも、夜逃げのように紙切れ一枚残して。


「お前に教えることはもうない。男なら一人で生きていけ。

店を続けるも、冒険者となり旅に出るのも好きにしろ。以前から伝えていたように俺にはすべきことがある。まぁ、しっかりやれや。そうそう、ライラちゃんと結婚するなら早めにな。

あと、母さんの形見大切にしろよ。じゃあな。それと、


やっぱりお前、童貞か?


親父より」


うっさいわ!アホ親父がっ!と、残された紙切れを握りつぶして床に叩きつけたのも、二年も経てば懐かしく感じる。そもそも、親父のやるべきことなんて知らない。母さんの形見というのは、俺が生まれて直ぐに流行病で死んだ母さんが身に付けていたという涙の形をした宝石だ。今では俺が肌身離さず身につけている。その他のものは店の開店資金に売り払ったらしい。なんで残してないんだ、と一度聞いたことがあったが、親父は余裕が無かったと苦笑いするだけだった。あんな、親父でも色々あったのだろうと今では思う。


それからの二年は怒涛のようだった。選択肢はあって無いようなものだ。冒険者なんて出来るわけが無いじゃないか。結局、俺は「エルスディア自由職業組合」通称ギルドに相談した上で店を続ける事になった。


腹が立つのは全てが親父の手のひらで転がされたことだ。ギルドでは全てが用意されていた。俺名義となった店の権利書や今後の支援などの手配などなど。この時点で、俺が懸念していたことが一通りは全て解消されていたのだ。どうやら、親父の突然の夜逃げはかなり前から予定されていたらしい。用意周到な親父らしいと笑うしかなかった。


予想外だったのは指輪を残していったことだった。


刻印の指輪


この指輪を使えるものは、王国内でもそれほど多くはない。特殊な異能を持たないと使えないからだ。ピクシーの力と親父が言っていたからそうなんだろう。そう、俺も薄くはあるが魔の力を継いでいる。先ほどの、大問屋での美味しい仕事は普通の鍵師の仕事。では、鍵刻師とは何か。まぁ、簡単には刻印の指輪に魔力を込めることによって魔術の鍵を付けることが出来ると思ってくれたらいい。

魔術の鍵、刻印と呼ぶのだが、は一定の条件でしか鍵を開かないように出来る。例えば、その家の主人だけが鍵を開けられるようにするみたいな感じだ。更に他の使い方も出来るのだが、一般的ではないのでいいだろう。つまり、刻印は重要な鍵に付けられることが多いのだ。なので、俺みたいな一般人には依頼が来ることは殆どない。王族や貴族はお抱えの鍵刻師を雇っているからだ。それでも、ある程度の金持ちになると刻印を欲しがるやつも出てくるのだが、親父はその仕事はすべて断っていた。結構、儲かる仕事のはずなのだがと不思議に思ったことを覚えている。だから、親父が刻印の仕事をしていたのを俺は見たことがない。指輪を残していったということは、俺に魔刻の仕事をしても良いということなのだろうか、とは思ったが実践する機会はまだ与えられていない。単に仕事が無いからだ。


期待以上の臨時収入を得た俺は機嫌良く店に帰ってきた。親父の残した遺産というのだろうか?「楽刻陣」という屋号をそのままに、軒先には看板が掲げられている。


「ただいま。いま、帰ったよ」

「…いらっ?あぁ、カイルおかえりなさい」


カランと音を立てて、入り口を開けると雑多な店内の奥に備え付けられた机に寝ていた少女が起き出した。どうやらお客はなかったらしい。


「あぁ、留守番ありがとな。誰か来たかい?」

「うぅん?誰も来てないよ…仕事どうだった」


昼寝をしていたためか、ライラが気まずそうに返事をした。そそくさと手鏡を見てくせっ毛を直している。頬に机の形が残っているのを見て照れているのはご愛嬌だろう。


ライラ=カーライル


近くの食堂の一人娘で、いわゆる幼馴染だ。彼女の父さんも俺の親父も店を持っている関係で、歳の近い俺たちは仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。ライラが病弱だった事もあって、おままごとなどの静かな遊びが多かったが、いつも側にいて遊んでいたのを覚えている。成長に伴い身体が丈夫になってきたのか、彼女はある時から身体を鍛えるためと称して武闘を始めた。武闘というのは身体だけを使って相手を倒す格闘技みたいなものだ。多彩な蹴り技に特徴があるらしい。彼女が色々話してくれるので詳しくはなったが実際に見たことはあまりない。一度俺相手に実技をしてもらったのだが、距離を間違えたのか吹っ飛ばされた。以降、俺たちの間で武闘の話はしないようになっている。だが、友人から聞いた話だがライラの武闘は達人の域まで達しているらしい。というわけで、俺はライラと喧嘩はしない。負け戦はしない主義なのだ。


「あぁ、美味しい仕事だったよ。今晩は少し贅沢でもしようか」「ほんとっ!うちで食べる?」実家の売り上げに貢献するためか嬉しそうだ。


ほぼ毎日というほど顔を出す定食屋ではあるが、あまり贅沢することはない。いつも、親父さんが俺の顔を見ただけで日替わり定食を用意してくれるからだ。安い美味い早いと三拍子揃った素晴らしい食べ物ばかりなのだが、あまり儲けはないだろう。たまには、売り上げに貢献したいものだ。


「あぁ、後からいくよ。あの、一緒に食べないか?」

「わかったぁ。父さんに言っとくね。今日はカイルが特上頼んでくれるって」「えっ、ちょっとまった」「あははー、またなーい」笑いながら扉から出て行こうとするライラを呼び止めようとするが時既に遅かった。彼女はたったったっと足音を立てて入り口から去っていった。疾風のようである。


まぁ、良いかと苦笑する。特上というのは彼女の実家「カーライル食堂」の超高級メニューである特上カーライル膳のことだ。マント牛の貴重な部位を分厚く切り取って香ばしく焼き上げた肉がメインでその他にも色々と付いてくる。もちろんお高い。2エルスちょいだろう。普段の日替わり定食の凡そ20倍ほどだ。今日の利益からすると大したことはないが、こんなに美味しい仕事も滅多にないことからもあまり贅沢ばかりはしていられない。贅沢は敵なのです。


今日は特別だ、と呟きながら仕事道具の整備を進める。特にサライの木の削り出しは重要な作業だ。鍵師としての腕は、このサライの木の削り出しの精度でわかるとまで言われている。なので、この時ばかりは常日頃以上に真剣なのだが、今日は今ひとつ集中出来ない。おもむろに肩をぐるりと回す。集中出来ないのは何故か?考えてみるまでもなく理由は明白だ。ライラだ。


正直に言って惚れてます。幼馴染ということだけでなく、女性として結婚を前提としたお付き合いをしたいと思っているのだ。この国では18歳で結婚とか当たり前で、むしろ早い方が推奨されている。彼女は一つ下の17歳。何の不都合もない。幼馴染で仲も良いつもりだ、さらに言えば毎日のように店番などの手伝いをしてくれるし親父さんとも仲は良い。きっと、彼女だって好意を持ってくれているはずだ。足りないのは俺の勇気だけなんだ。そんな彼女との関係を変えたいと思ったのが、今晩のお誘いだ。


幼馴染みという地位にいつまでも甘んじてはいけない、とは思うのだがそう簡単に行動に移せるほど行動力はない。クソ親父の質問の答えは(はい)ではあるが、簡単に告白が出来れば彼女いない歴イコール年齢になんてなるわけないだろうよ。ほんっと、彼女作っているやつどーやってるの?


告白しなければ、と思い共通の友人のである肉屋のマックスがに相談すると一般的に女性は安定した生活を望むそうだ。つまりは、安定した生活を用意した上で告白するのが成功の肝らしい。奴の経験談だそうだから信憑性は高い。


なので、まとまった資金。溜めました。溜めましたよ。

特に今回の依頼は本当にありがたかった。大金が手に入ったので、一挙に目標額に達成できたのだ。これだけあれば、数年の安定した生活はできるはず。あとは、告白だけだ。ぐっと拳を握りしめる。


付き合ってください。頭の中で繰り返し練習してきた言葉を唱える。脳内シミュレーションでは「待ってたの」というライラの返事があるのだが、たまに夢の中で告白した時には「好きな人がいるの」「カイルのことはお兄ちゃんにしか思えないの」とありそうな返事が返ってくる。蹴り飛ばされることはないと思うが、断られる可能性はないわけではない。


勇気を出せ!


ここが正念場とばかりに仕事道具から手を離し、一張羅の準備に取り掛かることにする。仕事着ではなく清潔感のある白いシャツだ。あまりやり過ぎるのも良くはない。衣服を着替え、身だしなみを整える。なんやかんやと時間は経ち夕刻を知らせる鐘が聞こえる時間帯となっていた。


さぁいくか、と勇気を絞りだして入り口の扉を開けようとしたその瞬間コンコンとノックの音が聞こえてきた。このタイミングでか、いつもなら断るようなことはしないのだが今日はダメだ。


「すいませんが、今日はもう閉めるんです。明日に良ければ来て頂けますか」


扉を開け放ちながらお客さんに対して詫びる。すると、そこにいたのは高級感のある黒色の執事服を着た男性だった。年の頃は20代半ばだろうか。表情も見せず、丁寧な挨拶をしてきた。


「お迎えに参りました」


いや、無理ですっと言いたいところだがそう言えない。理由は執事風の男の後ろに、衛士が二人立っていたからだ。帯剣を許されている衛士がいる、ということは王宮絡みの話だ。断れるはずもなかった。暫くして俺は馬車の人になっていた。


結局、俺の告白はお預けとなってしまった。

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