どうしようもない愛情について
時々、感情が自分の意思を追い抜いて、理性を崩していくような気がする。
どうしようもなくて、仕方がない、そんな気分になっては、深く息を吐き出す。
胸の中の全てを入れ替えるように、深く息を吐いて、同じように深く息を吸い込む。
自然と呼吸全てを口で行ってしまうから、こういう時には喉が痛くなる。
空気中の埃や雑菌がベタベタと張り付くような不快感すらあった。
んんっ、と咳払いをしながら、片手を動かす。
自分にはないものが珍しいと言うか、触りたくなると言うべきか、片手で太い首を掴み、親指で喉仏を撫で上げる。
硬い腹筋の上に腰を下ろし、見下ろす顔色は宜しくない、と言うか、険しい。
視線だけで人を殺せそうな勢いで睨んでくる。
「時々、本当に時々。具体的には二、三ヶ月に一回くらいなんだけど。……殺したくなっちゃうよ」
ははっ、と乾いた笑い声が零れるけれど、こちらを睨み付ける目が柔らかくなることはなく、むしろ更に鋭さを増す。
でも、分からなくもない。
女である私が、男である彼を押し倒している時点で、睨まれても文句は言えないのだ。
いや、しかし、訂正するならば、押し倒したわけではなく、人のベッドの上でぐーすかと寝る男に馬乗りになっただけだ。
押し倒した、では誤解を招くかも知れないので、訂正。
「お前が?俺を?」
「……そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
ハンッと鼻で笑うような言葉に眉が下がる。
良く分からないよ、なんて呟きを落とすと、目の前の彼は逆に眉を釣り上げた。
飢えた獣のようにギラギラと光る赤い目を、いつも綺麗だと思っていたが、こういう時は少し怖い。
一応優位に立てているはずなのに、追い詰められているような気分になる。
あれー、と惚けた声を上げて、首を捻ってみるが、眉だけじゃなく目まで釣り上がった。
ほんの少し冷静になって、まずいかな、と思った瞬間に形成逆転されるのだ。
喉に置いていた手を掴まれ、手首の骨が軋む音が聞こえた瞬間に、彼の上半身が起き上がり、下半身が半回転して私の体を振り落とす。
ぎゃふ、変な声を上げてベッドに沈む私。
形成逆転、捕食される、ピンチ。
しかも、勢い良く振り落とされたので、首からぶら下げていたチェーンが肉に食い込んで痛い。
「あ、ちょ、待って待って。肉、首、締まってる」
私のへそより下に腰を下ろした彼が、何が言いたいとでも言うように眉を寄せた。
見て見て、よく見て。
私の内臓を圧迫しないようになのか、珍しく気を使っている彼の体重はほとんど感じないが、それよりもチェーンを何とかして欲しい。
けふ、小さく咳き込めば、やっと気付いてくれる彼。
無骨な指先がチェーンに引っ掛けられるが、ちょっと待って欲しい。
引き千切る勢いで引っ張ろうとしているように見えるのは、私だけなんだろうか。
瞬きの回数が増えて、パチパチと聞こえた。
ブチィッ、その音と共に首の圧迫感はなくなったが、その手前まで感じていた圧迫感は、完全に首を吊った時に得られるものだった気がする。
それなりに新しかったはずのチェーンは、可哀想に、見るも無残な姿。
マジか、という呟きは心からのものだ。
「その前に俺が殺すわ」
ギラギラ光る赤い双眼がそこにある。
湧き出していたはずの感情を燃やして、崩れたはずの理性すら灰にするような、炎に良く似た色。
あは、あはははは、飛び出す笑い声は私のもので、酷く楽しくなってしまう。
細いチェーンの跡が付いた首を撫でる彼が、この目の前の男がこんなにも愛おしい。
どうしようもなくて、仕方がないね。
笑い声は止まりそうにない。