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春が来る前に

作者: 花房悠里

 降っては消える雪。何とか解けずに生き延びる方法はないか? やはり一人では生きて行けない。皆で力を合わせなければ! 生への執着を壮絶なプロジェクトで描く。

 俺たちは、(あつ)さには非常(ひじょう)に弱く、近年温暖化(おんだんか)(すす)み、少しでも早くこのプロジェクトを実行しなければならなかった。その為に毎日(つら)(きび)しい訓練(くんれん)に耐えていた。


 当初(とうしょ)から訓練(くんれん)を受けていた隊員(たいいん)たちは、(つら)さに()えきれずに、(くし)()()けるように脱落(だつらく)していった。


 我々(われわれ)が今受けている訓練(くんれん)とは、バラシュートを使わずに、目標地点(もくひょうちてん)着地(ちゃくち)をするという、前代見門(ぜんだいみもん)のプロジェクトであり、同時に()のリスクが非常(ひじょう)に高い。


 俺は班長(はんちょう)という立場(たちば)で口には出さないが、今すぐにでも此処(ここ)から()げ出したい気持ちだった。しかし、このままでは(とお)からず(かなら)ず死ぬ! だったら(いち)(ばち)か、生きる方に()けた。


 (ゆう)いつ希望(きぼう)があるのは、去年(きょねん)ダイビングに挑戦(ちょうせん)した先輩(せんぱい)たちが見事(みごと)着地(ちゃくち)成功(せいこう)し、元気で()らしているとのことを、北風の便(たよ)りで聞いた。


 長い者では数百年(すうひゃくねん)も生きていると言う。長期予報(ちょうきよほう)では、今年は春の(おとず)れが早いと(ほう)じられていた。

 訓練(くんれん)最終段階(さいしゅうだんかい)に入っていたので、いつ実行(じっこう)してもおかしくなかった。


 訓練(くんれん)ではパラシュートを()け、本番(ほんばん)さながらのシュミレーションを(おこ)う。だが本番(ほんばん)では、いくら体重が(かる)い俺たちでも、降下速度(こうかそくど)数倍(すうばい)早いはずだ。成功(せいこう)するには何よりもチームワークが必要(ひつよう)不可欠(ふかけつ)だ!


 その中でも一番大切なのは、風を正確(せいかく)()み息を合わせ編成(へんせい)を繰り返し、目標地点(もくひょうちてん)に近づくことだ。その時に、仲間(なかま)が多ければ多いほど浮力(ふりょく)()し、コントロールしやすくなる(ため)だ! これを達成(たっせい)する(ため)には、これ以上隊員(たいいん)()らすことが出来ない! 

 考えて見れば、訓練(くんれん)()()いたとしても、命の保証(ほしょう)何処(どこ)にもない。無責任(むせきにん)だが、まぁ? 90%以上は当日の運次第(うんしだい)ということになる。


 いずれにせよ、生き(のこ)れる者はほんの(わず)かであることだけは(たし)かだ! それほど(むずか)しく(きび)しい。だが運命(うんめい)の日は刻々(こくこく)と近づき、みんな口数(くちかず)()ってきている。それでもひたすら訓練(くんれん)(はげ)んでいた。

 我々(われわれ)自力(じりき)移動(いどう)することが出来ないので、よって着地(ちゃくち)した場所(ばしょ)により、寿命(じゅみょう)が大きく変わるのだ。とにかく(ねら)った場所に、正確(せいかく)着地(ちゃくち)しなければならない。


 それから数日後(すうじつご)、いつものように訓練(くんれん)()えた(あと)隊員(たいいん)たちを(あつ)め、隊長(たいちょう)咳払(せきばら)いをし、少し()()き言った。


「いよいよ、明日(あす)夜明(よあ)けにダイビングを実行(じっこう)する!」と、いつもより(きび)しい顔をして、隊員(たいいん)たちを見渡(みわた)したが、その顔に少し躊躇(ためら)いの色を感じた。


 みんな(おどろ)き「えー」と、どよめきの声が(なみ)のように()()こった。


「みんな静かにしろ!」と、隊長(たいちょう)(きび)しい顔で一喝(いっかつ)した。


 ざわめきが(なみ)()くように静まった。


「いいか?! 明日は立春(りっしゅん)だ! この日を(のが)したら、もう二度とチャンスは(めぐ)って来ないんだ! それはお前たちだって分かっているはずだ。全員(ぜんいん)()ぬかも()れん?!――――だから無理(むり)にとは言わん。(こと)わって()くが、明日(あした)死ぬのが(いや)な者は無理(むり)参加(さんか)しなくてもいい」と、言い、しばらく沈黙(ちんもく)(つづ)いた。


「隊長! 俺はやります?!」と、一人が言ったら、それに(つづ)き全員が同意(どうい)した。


「そうか! 分かった。お前たちだけを、死なせる訳にはいかん! 此処(ここ)にとどまれば(かなら)ず死ぬんだ! みんなで(わず)かな(のぞ)みに()けようじゃないか? 俺もみんなと一緒に飛ぶ!」と、隊長(たいちょう)(さけ)ぶように言った目に光るものが見えた。


 全員が(だま)って(うなず)いた。


 当日の朝、まだ()()()らず、空には手が(とど)きそうな所で、ギラギラと満天(まんてん)の星が(かがや)き、かなり()え込んでいたが、寒さには強い俺たちにとってはベストコンディションだった。あとは太陽(たいよう)(のぼ)()らないうちにダイビングするだけだ。


 隊長が「それでは3(ぱん)()けてダイビングをする!。班長(はんちょう)は前に出て来てクジを()け!」三3(ぱん)に分けた理由は、常に風向きが変化しリスクが大きい。一人でも多く生き残れるようにする為の掛け引きであった。


 班長は前に(あゆ)み出て、小刻(こきざ)みに(ふる)える手でクジを引いた。俺たちは3番目だ!


 第一(じん)は、目標(もくひょう)()かって、上空四千メールから一斉(いっせい)()()りた。


 眼下(がんか)東には海、そして西方向には俺たちが目指(めざ)す、標高(ひょうこう)二千㍍級の山が(つら)なる。


 仲間たちは変性風(へんせいふう)により、完全にコントロールを(うしな)地上(ちじょう)へ、またある者は海に消えた。第2(じん)残念(ざんねん)ながら同じような結果(けっか)に終わった。生き残った者は(だれ)も居ないかも知れない。


 気を取り直し「よし行くぞ!」と、俺は仲間に声をかけ、風を読み、隊長も一緒に山頂(さんちょう)目指(めざ)し飛び降りた。相変(あいか)わらず風向(かざむ)きが(さだ)まらず、なかなか風を読むことが難しく、思わぬ方向に持って行かれた。隊長も一緒だが、指示(しじ)は全部俺に(まか)せてくれたが、名誉(めいよ)であると同時(どうじ)責任重大(せきにんじゅうだい)だ。俺は仲間(なかま)指示(しじ)をした。


「みんな! 早く一直線(いっちょくせん)になるんだ!」と、(さけ)んだ。それは風の抵抗(ていこう)を少なくする(ため)だ。それで何とか()()まったが、今度は徐々(じょじょ)高度(こうど)が下がりはじめている! 俺たちは円を作り浮力(ふりょく)()た。その時、奇跡(きせき)()こった。急に風向(かざむ)きが変わり、(うん)()突風(とっぷう)により山頂付近(さんちょうふきん)まで一気(いっき)()()ばされた。

 俺は思わず(さけ)びたくなった。だが、まだまだ油断(ゆだん)は出来ない。(よく)を言えば出来る限り日の当たらない北側(きたがわ)のクレーターに着地(ちゃくち)をしたい。自力(じりき)移動(いどう)出来ない俺たちはやり直しは出来ない。心臓(しんぞう)が飛び出るくらい緊張(きんちょう)している。目標地点(もくひょうちてん)までは五百㍍(くらい)だ。生唾(なまつば)を飲み込み、見下(みお)ろした。


 目を()らして見てみると、目標地点(もくひょうちてん)大勢(おおぜい)の仲間が赤い(はた)()って(おれ)たちを誘導(ゆうどう)している。その時だった! 隊長(たいちょう)が一人|。(れつ)からはぐれた。


「隊長!!」俺は声の限り叫けんだ。


「俺に(かま)わず行け! 皆を(たの)むぞ!」と、隊長か遠ざかる声で俺に言い残し、()えて行った。


 何と言うことだ!! 後、少しと言う時に隊長が?! 今まで一緒に、このプロジェクトを成功(せいこう)させようとして来たのに――――しかし、今はそんなことを言っている場合(ばあい)じゃない。隊長に(たく)された責任(せきにん)()たさなければ! 隊員たちはみんな動揺(どうよう)している。


 俺はみんなに声をかけた「目標(もくひょう)はあそこだ! 最後まで(あきら)めるな! (たが)いに手を(はな)すな! もう少しだ気を()くな! 着地(ちゃくち)に入るぞ!!」


 徐々(じょじょ)高度(こうど)を下げる。しかし、風が邪魔(じゃま)をして簡単(かんたん)には近づけない。近づいたと思えば引き(はな)される。そんなことを幾度(いくど)となく()(かえ)した。


 俺は最後(さいご)決断(けつだん)をした。今度の風を(のが)したら風向(かざむ)きが変わるかも知れない。これが最後のチャンスだ!


「みんな! (かた)まれ」と、声の限り(さけ)んだ。(かた)まることによって重量(じゅうりょう)()し、安定して()りられる。だんだん高度(こうど)が下がり始め、ようやく地上の仲間(なかま)の顔が見えてきた。


「みんな! あそこが着地点(ちゃくちてん)だ!」と、クレーターを指差し、(さら)に高度を下げた「今から着地に入る。気を()くな!」俺は最後の指示(しじ)をした。


 下からは「もう少しだ――――! 頑張(がんば)れ!」と、(ふか)いクレーターの中から声が聞こえ、赤い(はた)もだんだん大きく見えて来たが、少しでもずれたら失敗(しっぱい)だ。


 後八十㍍・五十㍍・三十㍍・十㍍。後少しだ。どうか風よ吹かないでくれ! 緊張がピークに達した。ついに目標の深いクレーターに見事(みごと)着地した。成功だ!! 東の空からは今、真っ赤な太陽が登ろうとしていた。


 出迎(でむか)えてくれた仲間たちが一斉(いっせい)()け寄り、大きな拍手(はくしゅ)()()こり、俺たちの成功(せいこう)を喜んでくれた。


 その中から(つえ)をついた白髪(はくはつ)の老人が、ゆっくりと(あゆ)み出て、俺の手を(にぎ)り「よく此処まで来たな! 本当に良かった。わしは此処に来てもう……? 二百年になる。毎年多くの若者が(いのち)を落としていると言うのに……? わしらだけ根雪(ねゆき)となって()(なが)らえてしまったよ」と、言い(つえ)(となり)(きり)立った山を()し、言葉を続けた。


「君たちはこの場所に着地出来て運が良かった。わしと一緒に来た仲間は、あそこの山に着地して()らしていたんだが、あそこは早く温暖化(おんだんか)が進み、十年程前に、()けて水となって(たに)を流れて行ってしまったよ」と、(かな)しそうな顔で遠くを見つめていた。


                   (了)


 空から落ちて来ては積もることなく融ける雪。後から降る雪の犠牲になるはかない命の初雪。犠牲の上に成り立つ、人間の世界にも似ているような気がした。


 ※ 読んでいただき、ありがとうございました。


                

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