あなたという人が、自分だけのものになればいいのに
小ネタ。ライオスとイロス。
目の前で、幸せそうに笑う兄。良かったと、素直に言えない自分をライオスは知っている。王太子テセウスを喪ってから、1年。ようやっと立ち直ったイロスは、婚約者であったライラと結婚した。目の前で式を挙げたイロスの笑顔を、ライオスは見ていた。ただ、ずっと。
「おめでとう、兄貴。」
「あぁ、ありがとう。」
「…………。」
「何か、悩みでもあるか?」
「え?」
「浮かない顔をしている。」
静かな声音でイロスは微笑む。その笑みを見て、ライオスは眼を細めた。けれどすぐに、浮かべかけた表情を消す。ふざけた、いつものように道化の顔をして、口を開く。
「兄上が一つしかかわらぬ年で結婚なさると、俺の身も危ういかと思いまして。」
「ははは。心配しなくてもいいさ。」
「何故?」
「私は嫡男だから結婚を勧められた。お前は、本当に好きな相手と結婚すればいい。それまでは、無理をして婚約することも結婚することもないさ。」
「…………兄貴は、義姉上を愛していないのか?」
「愛しているよ。ただ、定められた婚姻であることは確かだ。それに、どれだけ愛していても、私は結局、仕事を取るだろう。」
「………………。」
そういうヒトだった。生真面目で、優しくて、傷ついてなお微笑むような。誰かの為だけに全てを賭ける、そういうヒトだった。視界に片隅にとめた、兄嫁の姿。穏やかな微笑みを浮かべる、花嫁。
あなたが、もっと嫌なヒトなら良かったのに。口に出さずに、ライオスは兄嫁を見ていた。兄の嫁であること以外に価値のない、一人の女性。兄嫁でなければ、ライオスが見ることもない女性。憎みきれたなら、きっと幸せだった。
本当に、好きなヒトと。貴族には望みにくい、婚姻のカタチ。それをあえて、口にした兄の本心。弟に対する、無償の愛情。
そんなモノはいらないと、呟きかけたのは何故?
「お前は、見つけると良い。」
「だとすると、一生結婚は無理そうだな。」
「何故だ?」
「さぁ、何故でしょうか?」
「好いた相手はいるのだろう?アイトラが、きっとその筈だと言っていたぞ。」
「女は鋭いということか……。でも、兄貴。俺はきっと、恋はしても結婚はしない。」
「?」
「仕事に忠実に生きることにしますから。」
微笑みを浮かべた、ライオスの真意。それをイロスが理解することはないだろう。ライオスが全てを語る日も、来ないだろう。死ぬまで胸に秘めることだと、決めていた。誰にも、言わないと。
呼ばれて去っていく兄の背中を、見送った。浮かべた微笑みが、痛ましい。何処までも不器用な、小さな微笑み。誰も、その真意に気づきはしないだろう。誰も。
ライオスがアイシャと婚約したのは、その直後。そして、ライオスがイロスの前ですら敬語で話すままになったのも。それが、彼なりの意思表示だったのかもしれない。誰も、その真実に気づきはしなかったけれど。
貴方というヒトを自分だけのものにしたいというのは、愚かな願いでしょうか?




