ねえ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?
小ネタ。ライオスとメディア(メディファルト)。
王太子テセウスの生存が、ほぼ絶望的となった。その、事実に打ちのめされたのは、身内だろう。民には、まだ知らされてはいない。だからこそ、民の前では平然としていた。
けれど、今。自室に戻ってなお、虚勢を張ることはできなかった。そんな、姿がある。寝台の上に倒れて、呆然と天井を見上げる姿が。乱れた着衣の裾を直すことさえせずに。ただ、ぼんやりとした瞳をしたメディアがいる。
「……姫君。」
「…………。」
「……何か、飲まれますか?」
「いらないわ…………。……いるか。」
「……そうですか。」
声音が、がらりと変わる。泣きそうな、弱々しかった娘のそれから。何処までも怒りに震える、男のそれに。自らの意思の力で、呪法を解き放ったのか。その場にいたのは、黄金の髪と翡翠の双眸を持つ、青年だ。
ライオスは、思わず跪いた。自分と同じ金の髪も、何処までも別物に映る。深い翡翠の双眸が、怒りに燃えて輝いている。ライオスは、知っている。王家の誰よりも、目の前の存在が苛烈だと。
掛け替えのない、半身を。喪ってなお、自らの誇りを喪えぬのか。泣き崩れ、壊れてしまえば楽になれるだろうに。それを許せないほどに、高い矜持がそこにある。
「……ライオス。」
「何でしょうか、メディファルト様?」
「俺は、やはり許せない。」
「…………何を?」
「神託を。そして、それを降した創造神を。」
「……不敬と取られる発言ですね。」
「構うものか。」
昂然と、顔を上げる。だからこそ、痛ましいのだとライオスは思う。端から見て、何処までも仲むつまじい兄弟だった。憧れにも似たものを抱くほどに。
だからこそ、問いかけたい。喪った痛みは、苦しいのかと。それは、痛みなのかと。怒りの正体は、痛みなのかと。
「……無礼を承知で申し上げます。」
「…………何だ?」
「苦しいのですか?」
「…………ッ!」
涙を滲ませた瞳で、睨み返された。当たり前だと、血を吐くように叫ぶ声が聞こえる。何処か、遠い所で。あぁ、自分はなんて惨いのだろうかと、ライオスは思う。だが、聞いておきたかった。
その怒りの正体が、痛みなのか。それとも、苦しみなのか。喪って、何を覚えたのかと。ひょっとしたら、自分も味わったかもしれない痛みだからこそ。
ついて行くと言い張ったイロスを、テセウスは置いていった。テセウスの生存がほぼ絶望的だと言われている今、ライオスは何処かでイロスがついて行かなかったことを喜んだ。たとえそれが不敬であっても。兄を失わずにすんだことを、彼は喜んでいた。
「……お前は、味わうな……ッ。」
「…………は?」
「このような、痛みなど……ッ!もう、誰も、味わうな……ッ。」
「…………肝に銘じておきましょう、我が君。」
「……一人に、してくれ……ッ。」
「………………承知いたしました。」
立ち上がり、踵を返す。押し殺した泣き声が、聞こえた。けれど、ライオスは振り返らない。メディファルトという名の、青年の為に。
唯一の半身を喪う痛みは、痛みと苦しみと怒りをもたらす。




