ただ、偶然かもしれなかったあの瞬間
小ネタ。ライオスとイロス。
それは、刻み込まれた小さな記憶。忘れることのできない、一コマの出来事。
有り得ないことだと、思っていたのだ。彼等は、王家に仕える者。他の誰よりも、仕える相手の為だけに生きる者。他者を切り捨てても、主を護る為に生きる者。
生まれた時から、そう教えられて育った。何の疑いも持たずに、それを信じていた。それで当たり前なのだと、思っていた。けれど、彼は違った。
それは、ライオスの初陣の時の出来事。類い希なる才を持っているとはいえ、まだ十代の子供。初めての戦場で、味方とはぐれた時に。間違いなく、子供は死を覚悟したのだ。
その、時に。まるで一陣の閃光のように煌めいた、双剣の軌跡。見間違うわけのない、長い純金の髪と。舞うように繰り広げられる、熟達した剣技と。振り返った時の自分を見た、深い紺色の瞳と。それら全てに、息を呑んだ。
「……あに、き……?」
「無事か、ライオス?!」
「……何で、ここに……。」
「怪我はないのか?」
「……あぁ。」
何故と問いかける弟に、兄は笑う。その笑みに、全てを悟った。それが、真実。イロスの中での、真実。
切り捨てろといわれたモノさえも、護る為に。己の生命を危機にさらしても駆けつける。たとえそれが命令違反でも。護る為ならば、何を躊躇う必要があるだろうかと。
その想いが、解る。何故と問いかけるよりも先に。頬を伝う涙の意味を、自分で知った。
「……ライオス?」
「……大丈夫だ。」
「そうか、なら、戻るぞ?」
「…………あぁ。」
来て欲しいと思った時に。死を覚悟してなお、逢いたいと願った時に。その姿を思い浮かべたその時に。まるでそれが運命であるかのように、現れた兄。
だからこそ、信じてみようかと。だからこそ、誓いを胸に抱いた。離れることはないと。たとえどれほど困難な運命であろうとも。兄と共にならば、歩んでいけると。
それが、秘められた一つの誓いの真実の姿。




