始まる始まる
本当にこれを読みますか? 緋寒桜檸檬は責任を取りません。ど素人が書いた作品です。生暖かい目で見守ってください。
『会社につとめてもう1年!
大変ですか? 大変ですよね! そんな皆さんにビックチャンス!
明日の午後10時、家の窓をどこか1つ開けておいてください。きっと素敵なものが待っていますよ!』
何かの間違いじゃないか?
私は思った。
「貝谷さーん! これ、コピーおねがーい!」
私の名が呼ばれ、慌てて携帯を閉じた。返事をし、立ち上がる。
今は、会社のお昼休み。でも、お昼休みだからとて気は抜けない。私たち1年生は、暇さえあれば雑務を押し付けられる。
私は立ち上がった。あほらしいメールはすっぱり奥から消して、仕事に戻ろう。
私の名前は、貝谷真昼。会社の近くのぼろアパートに住む、ごくごく普通のOLだ。
恋人なし。趣味はどろどろの昼ドラを見ること。ものすっごく普通のOLだ。
強いて、人と違う部分を上げるとしたら、非現実的なものが嫌いと言うことだろうか。
中学の時、隣の席の男子が「幽霊はいる!」と言ったので徹底的にいないということを証明したら、泣かれた。
高校の時、幽霊が出るというトンネルを行って帰ってきたら、クラスメイト全員から崇められたetc.
幽霊、妖怪、怪物、神様、悪魔、天使、地獄、天国。
信じてないし、信じたくもない。何が悲しくて、目に見えないものを信じなきゃいけないんだ。
幽霊? そんなもの、自分のこぶしで吹っ飛ばせばいい。
所詮、人間の腐った脳が生み出した現実逃避のための言い訳、私はそう思っている。
いつの間にか、会社は終わっていた。
周りの友達から、「貝谷さん、今日はありがとう!」と言われたから一応仕事はこなしたのだろう。
会社を出たところで、空を見上げる。
大きな満月に、かすむ星々。
そして、夜空を切り裂くビル、ビル、ビル。
私は視線を下にずらすと、家に向かって歩き出した。
―――――――午後9時50分
家でも、夜空を見上げた。すでに、お風呂と夕飯は済ませてある。
キッチンの流しの前にある横長の窓。カーテンを開いて、流しに手をつき、外に目を向ける。
ふと、昼間のメールを思い出した。メールの事は、記憶から消したはずだったが……?
思い出したのも、何かの縁か。私は、窓を思いっきり開ける。
刹那、夏の夜の冷えた夜気が、思いっきり入ってきた。
今日、こんな風強かったかな?
私は、キッチンのすみの台を持ってきた。そして、流しの上の収納庫から、真新しい包丁と護身用グッズを取り出した。
もし、もしも、この開けた窓から強盗が入ってきたら?
そんな考えが頭をよぎったからだ。
非現実的だ。あほらしい。自分でもそう思う。
ここは、2階。
でも、窓の下の外壁を伝って、窓から侵入することは可能なのだ。現に私も一回やった。
私は包丁を構え、横に護身用グッズを置いた。
今日のメールだって、強盗の予告ということも考えられる。
今どき、そんな強盗がいたっておかしくはないだろう。犯行予告する自意識過剰な強盗。聞いたことはないが、別にいたとしても、おかしくはない。筈。
ちらり、と脇の掛け時計に目をやる。
――――午後9時59分
ふっと私は息をついた。
こんなに時間がたっていたのか。私は笑う。
何故、こんなにも私は緊張しているのか。
あほらしい。強盗なんて、来るはずない。そんなもの、非現実的に近い。
かちっと夜光塗料の塗られた秒針が、10時をさした。
刹那、あたりが暗くなった。
なんだ? 私は思わず窓から身を乗り出した。
あれは………?
「船?」
私の呟きは、本当に小さなものだった。
空飛ぶ船? ありえない。そんな非現実的なものありえるわけがない。あっていいわけがない。
それは、帆船だった。
マストも、大きく風をはらんだ帆も全部、真っ黒。
船の周りには、きらきらと輝く鱗粉のようなものが待っていて、なんというか幻想的と言うか、私の大嫌いなにおいを漂わせていた。
そして、その鱗粉のようなものはだんだん近づいてくることがわかった。
私の視力はいい方。
だから、わかってしまった。わかりたくもなかったのに、知ってしまった。
鱗粉の正体は、
「妖精?」
「ハアーイそうでーす。私、ナビゲーターのリンでーす。アナタは貝谷真昼さんであってますかー?」
小さいながらも、しっかりと人間の形を取られたそれは、にっこりと笑った。
最小限の部分を隠した薄紫の衣。背中には、薄い羽が月の明かりを浴びて、きらきらと光っていた。
私はうなずく。うなずくことしかできなかった。
非現実。あまりにも、非現実的だ。
夏の夜。窓を開けていたら、空飛ぶ船と妖精にあった?
ああ。非現実。憎たらしい非現実。頭が痛くなってきた。
私は手の中の包丁を握りしめた。
非現実。妄想。幻想。それは、あってはならない。人間の邪魔をするもの。
殺るか? いや、船の周りを飛んでいる鱗粉全てが妖精だとしたら、そいつらも消さなければならない。
「あれー? 真昼さんじゃ、ないんですかー?」
首をかしげる妖精リン。
私は精いっぱいの笑顔を作ると、うなずいた。
「そうよ。私が真昼」
「よかったー! それでは、貴女を夢の国ネバーランドへお連れしまーす。では、ネバーランドについて少し説明を」
リンが、胸の前で手を合わせにっこりと笑った。私も作り笑いを返す。
我慢だ。我慢しろ。今ここでぶちぎれたら、取り返しが使えなくなる。
「ネバーランドは、夢の国。皆の夢がかなう場所でーす」
私の顔がひきつったのが、自分でもわかった。
リンが不思議そうに私を見つめ返す。
「大丈夫よ。続けて」
「はーい。ネバーランドでは、ただいまキャンペーンを行っておりまして。社会に疲れた人間の皆様を、癒して差し上げようとするキャンペーンです」
「……………」
「ネバーランドは夢の国! みんな笑顔の夢の国!」
リンは両手を広げた。白い頬が赤く染まっている。
「さあ。ネバーランドには、衣食住面倒見るので、着るもの食べ物は心配ありません! で・す・が、無いと困る物があれば今、持ってきてください!」
私は、笑顔でうなずくとくるりと踵を返した。部屋の奥にむかいながら、笑顔を消す。
たぶん、ネバーランドが夢の国ならば、着るものは普通じゃないだろう。
先程のリンが来ていた服のような、やたらと露出が多い服を着せられることになる。
私は、タンスの前に立った。
後ろで、リンが「着るものはありますよー」と言っているが気にしない。
スーツを何着か出し、ボストンバックにしまう。
そして、キッチンに戻ってくると、護身用グッズ、包丁をカバンの中に入れた。
下を向いたまま笑顔を作り、顔を上げた。
「さあ。リン、行きましょう」
「……おかしな人ですね。ま、行きましょう!」
リンが小さな手を振った。
きらきらと光る鱗粉が手から溢れ、私にまとわりついた。
舞い落ちる鱗粉を無表情で眺めていると、やがて体が軽くなった。
「…………!」
「さあさ! 行きましょーう!」
リンは笑い、夜空へと飛び立っていった。
私は、うずく右手を抑えながら流しに飛び乗り、夜空へと身を躍らせた。
読んでいただきありがとうございました。