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9.村の休日・午前 -『ちょっとした休みだと思って、少し村を歩こう。』


「やあ、おはよう。」

「ん、おはよ。」

 ベッドから起き上がり寝ぼけた目をこすっていると、ジェットが声をかけてきた。

 半分寝たままの状態で僕は生返事を返した。


 ジェットはベッドに腰掛けながら、先日と同じ古ぼけた分厚い手帳を広げていた。

「その手帳?」

「ん?ああ、先日の件で少々気になることがあったので少し調べ物を。」

 僕の問いかけに答えると、ジェットはなんでもないと言うようにパタンと手帳を閉じた。


「今、何時?」

「昼に差し掛かる少し前だな。」

「スズネは?」

「まだ寝ているらしい。」

 ジェットはもう一度手元の手帳に目を落とした。


 するとコンコンと扉をノックの音が聞こえた。

 ジェットは手帳から目を離し、スルリと扉の前に立って出迎えた。

「はい、どなただい?」

 内側から扉を空けるとスズネが立っていた。


「あ、おはよう。」

「おはよう。いい天気だな、スズネ。」

「ああ、うん。2人とも起きてたんだ。」

「うむ。と言っても私達も今しがた目が覚めたところだ。」

 ジェットに招かれてスズネが部屋に入ってきた。


「おす。おはよー。」

「おはよ。」

 普段から寮で交わすような軽い挨拶をした。


「キミアちゃんとの約束は今日の昼ごろだっけ?」

「うむ。キミアのほうから伺うと申していたが、少し早い時間にこちらから赴いたほうが良いだろう。待ってても構わぬが、ご足労いただくより私達から出向くほうが礼儀だと言うもの。」

「なるほどね~。そういうことなら行こうか。」

「ツカサよ。それで構わぬか?」

 ジェットが僕の方に向き直った。特に反対する理由も無かったので、僕は黙って頷いた。


 着替えを終えて荷物をまとめ1階に降りると、朝食というより軽食が宿の女主人から振る舞われた。

 昨日と同じ固めに焼いたパンとチーズがいくつかバスケットに盛られて置かれ、各自で自由に食べて良いようになっているらしかった。

 ジェットの提案で、朝食は軽めに取ることにした。役場に寄って手続きをした後に、村の食堂や市場の屋台で昼食を取ることになった。

 僕は小さなパン1つとチーズ1欠片の朝食をとった。


 宿を後にして村の通りを歩いていると、役場の近くに小さな人だかりを見つけた。


「なにかあったのかな?」

「揉め事と言うほどでは無さそうだが、なにかあったようだな。」

 僕は人だかりを見ながらつぶやいた。ジェットが辺りを見回しながら答える。


「ツカサさん!それにスズネさんに、ジェットさんも。」

 人混みの中から急に声を掛けられて、僕はドキッとして振り返った。


「キミア!」

 人だかりをかき分けながらキミアが近づいてきた。僕は軽く腕を上げてキミアに挨拶した。


「この人だかりは?なにかあった?」

「馬車が止まっているであります。現在、臨時の代行便を出しているでありますが、ちょっと手が回らないであります。」

 見るとキミアの両手には大きな紙束がいくつも抱えられていた。


「キミアよ。馬車が止まっていると言うのは?」

 ジェットが辺りを見回しながら聞いた。


「ここから山間の方面の馬車が一時的に通行を見合わせているであります。王都に向かう馬車もそこで止まっているので、一旦この村から王都に向けては代行便を手配しているであります。」

「通行の見合わせか…。」

「申し訳ないのでありますが、もし火急でなければ…。明日には通常通り馬車を動かせる見通しであります。」

「致し方ない。この村の規模ではさも大事であろう。」

「すみませんであります。」

 ジェットはキミアと話を続けていた。地理については詳しくないが、言葉の端を聞くだけでもどうやら馬車が止まっていて、僕達はこの村から動けないだろうことはなんとなく理解できた。


「それで、通行止めは何が?」

「魔物が街道に出たようであります。」

「魔物の詳細は?」

「詳細は不明であります。時間は昨日の深夜。大型の獣で、危険種の可能性があると報告が届いているであります。」

「ふむ…。」

「目撃した馬車はそのまま出発した村に帰還。明日、村の自衛団と合流してこちらに来るそうであります。」

「アウラはどうなっている?」

「話に聞くぶんには変動はないらしいであります。それでも街道に現れたのでありますから、最悪の場合なら危険種の可能性もあるであります。」

「なるほど。となり村で馬車を止めたのは安全策としては良い判断だ。」

「それで…。」

「ああ、委細承知した。明日の便で都合しようではないか。」

 ジェットがキミアと話をつけると、僕とスズネのほうに向きを直した。


「ツカサ、スズネよ。すまないが、王都に戻るのは明日でも良いだろうか?」

 ジェットがたしなめるように僕達に向かって言った。


「別に問題ない…だろ?」

「えっと、試験についても依頼達成が合格条件だし、多分問題ないと思う。」

 僕が応えて、スズネが補足する形で応答した。


「すみませんであります。村の方から代行便を出しているではありますが、どうしても人手が足りないであります。急ぎで馬車を使う人を優先させて欲しいであります。」

 キミアが僕の方に向いて軽く頭を下げた。


「大丈夫だよ。それに、どうしても今日中に帰る用事は僕達に無いし。」

「そう言っていただけると助かるであります。宿についてはもう一泊分、役場の方から話をしておくであります。」

「わかった。ありがとう。」

「それと、加えて申し訳ないのでありますが、手続きについてもちょっと待って欲しいであります。どうしても今は馬車の対応で手一杯であります。」

「ああ、了解。」

「ではこちらが片付き次第改めて、今日の夜あたりに宿までお伺いさせてもらうであります。」

「わかった。」

 僕と話し終わったキミアは、ペコリと礼をすると手にした書類の束を抱えながらまた人混みの中に戻っていった。後ろ姿に見える尻尾はシュンとして力がなく、キミアが現状に忙殺されている様子が見て取れるようだった。


「思いがけずだが、1日この村に滞在することになったな。」

「良いんじゃない。ちょっとした休みだと思って。」

「そうだな。」

 3人とも顔を見合わして、今日は村をブラブラすることにした。


 役場の通りから村の中心部をブラブラと歩く。

 村と言っているが、このあたりは近隣の交通の要所になっているらしく、市場や酒場なども立ち並び小さな賑わいを見せていた。

 地元の農作物を扱う店や遠方の行商人など、多様な店が立ち並んでいた。


 異世界の町並みを見まわっていると、ちらほらと見える出店や食堂からどこか香ばしい匂いや、甘そうな匂いなんかが漂ってきた。

 グウゥゥ~と情けない音が僕の腹から出てきた。

「ツカサ…大きな音。」

「い、いいだろ。別に。」

 スズネが言いながらグゥと小さな音が鳴った。

「ほら、スズネも」

「う、うるさい。」

 顔を赤らめて腹を抑えながらスズネは僕のほうを軽く睨んだ。


「ふむ。ではこのあたりの酒場で昼食にしよう。」

 ジェットが言うと辺りを見回した。


 僕達が立ち寄った大通りに面した大きな酒場は、酒場と食堂を兼ねた作りになっているらしかった。

 光のよく入る明るい店内に、食事をする人々と陽気な酒飲みの賑わいがちらほら見て取れた。


 シンプルな大衆食堂だけあってメニューの種類は多くない。特別食べたいと思うものも無かったので3人とも食堂のメニューに書かれた1番目を引くものにすることにした。

 ジェットがエプロンをつけた女性に声をかけて注文し、ポーチから幾つかの硬貨を支払った。女性は硬貨を受け取ると、お釣りらしい小さな硬貨をいくつかジェットに返し、手元の用紙に書き込みをしてテーブルに置いて去っていった。

 お金を支払ったようなのでジェットに聞いたら、大した額でもないので先日のサンドイッチの礼だと言って払ってくれると言う。考えてみれば僕の手元にお金も無いうえ、ここの通貨についても詳しく知らないので少し助かったりした。


「おまたせしました~。黒角牛ひき肉パテの香草焼きです。」

 数分待って、目の前には皿に乗ったハンバーグのような食べ物と幾つかの炒めた野菜、それからバスケットに盛られたパンが置かれた。

 火を通した肉とハーブの香りが僕達の食欲をそそる。

「それじゃ、ごゆっくりどうぞ~。」

 そう言うと店の女性はテーブルに置かれた用紙にサインをして去っていった。


「いただきます。」

 スズネが楽しそうに手を合わせた。一緒になって僕も軽く手を合わせる。


「ふむ。今なんと言ったのだ?」

 ジェットがスズネの言葉に反応を返した。


「何って?いただきますって。」

「昨日の夜も似たようなことを言っていたようだったな。それにそのポーズは?」

「えーっと、私達の世界にあった食べる前のお祈り?みたいな?」

「捧げる神は?」

「えっとー、そのー?」

 ジェットの質問にしどろもどろになってスズネが答えた。


「僕達の世界って言うより、僕達の世界の僕達の生まれた国って言ったほうが正確かな。」

「ふむ…。」

 スズネに助け舟を出して答えた。


「人にもよるけど、僕達の居たところではそう言ってから食事を始めたんだ。」

「ツカサとスズネは同じ宗教なのか?」

「宗教ってものでも無いんだけど。多分同じ文化だったよ。」

「難しいな。それで、祈りの意味は?」

「意味ってほど考えて無いけど…。食べ物に対する感謝とか、料理を作ってくれた人への感謝とか、そういった意味の言葉…かな?」

「猟の獲物に祈りを捧げるようなものか?」

「近いような、ちょっと違うような…」

 ジェットの質問に僕も答えに詰まり始めてきた。当たり前のことを説明する難しさを今度は僕が身を持って感じた。


「昔っからそう言ってきたから、私達でも意味はよくわかってないのよ。」

 スズネがそそくさと目の前に置かれた皿にナイフとフォークを伸ばした。


「なるほど…。いや、詮索をして申し訳ない。」

 ジェットが言葉を返すとナイフとフォークを手にとった。

 僕も一緒になって食事を口に運ぶ。

 見た目と同様に、味も粗挽きのハンバーグそのものだった。塩とハーブだけで味付けられ少々薄味だったが、前の世界の味とは少し違う独特な風味を感じた。

 肉はやや固めで歯ごたえがあり、脂身より赤身の多い肉のようであった。


「おう!飲んでるか!」

 食事をしていると急に隣の席から男性が1人話しかけてきた。エールビールを片手に少し酔った顔をしている。

 よく見れば、昨日馬車を動かしてくれた御者のおじさんであった。


「やあ御仁。先日はありがとう。どうも世話になった。」

「いいってことよ。」

 ジェットが食事の手を止めておじさんに向き合った。おじさんは照れくさそうに軽く手を振った。


「どうだい、エールビールに果実酒、琥珀酒に水晶酒だってある。つきあうなら一杯くらいなら奢るぜ?」

 おじさんの持つグラスには透明な薄朱色の液体が注がれていた。

 ジェットがちらりと僕達の方を見たので、僕とスズネはフルフルと顔を横に振って答えた。


「御仁よ、お誘いありがたい。しかしながら、この後に少々予定があって酒は控えているのだ。」

「おう、そっかい。俺たちゃ、こっち来る予定の馬車が動かねえもんで、今日の仕事は休みになっちまったぜ。」

「それは災難な。」

「いいってことよ。焦って命張ってもしょうがねえ。」

「殊勝な心がけではないか。」

「それでやること無いもんで、今日は昼から飲んでるってわけさ。」

「ふむ…。」

「何しろ危険種かもしれねえって話だからな。ここの酒場で飲んでるやつらはみんな似たような連中さ。あそこの行商人とかも、馬車の運行見合わせで自分の馬車も1日ここにとどまることにしたって話だ。」

 おじさんの話をジェットは興味深そうに聞いていた。僕とスズネはと言うと話半分にハンバーグを食べながら適当に聞き流していた。


「それにしても、昨日の夕方に泥だらけで走ってきたときはどうなったかと思ったぜ。」

「その説は誠に世話になった。感謝する。」

「よせよ、それよりあんなリヤカーで悪かったな。なんせ小せえ村だからよ。」

「だが帰りの道中、慮り痛み入る。私達も疲れきっていたのだ。」

「礼されるなんて柄じゃねえ。」

 ジェットは世辞も感じさせない感謝の言葉を述べていた。その様子に御者は照れくさそうにしていた。


「そういやお前ら、向こうで面白いもんあるんだ。」

 そう言うと御者のおじさんはテーブルを離れ、行商人らしい集団から一振りの小刀を持ってきた。


「借り物だから乱暴に扱うなよ。そこの行商人が持ってた品で、これが面白いんだ。」

 言うとおじさんは剣を抜いた。正確には抜こうとしたが、力が入らずに半ば持ち上げてまた鞘に収めてしまった。


「触ってみな。剣を抜こうとすると、なんて言うか力が吸われるんだ。」

「鈍剣の短刀ではないか?」

 ジェットが一瞥して言った。


「なんだ知ってたのか、お家柄の良さそうなぼっちゃんだもんな。」

「いいや、私もつい先日初めて見たばかりだ。確かに珍しい品だ。」


 僕とジェットには思い出のある品だったが、スズネだけが首を傾げていた。

「にび…鈍剣ってなに?」

「こっちの嬢ちゃんは知らないのか。持ってみな。」

 御者のおじさんがスズネに鈍剣を鞘ごと渡す。スズネは食べていた手を止めて剣を握った。


 スズネは何食わぬ顔でシュッと剣を抜いた。

「うっわ。重たい。剣ってこんなに重たいんだ。へー、これ振り回すのは大変そう。」

 おじさんの口がポカンと開いた。


「ツカサ、持ってみるといい。」

「ああ。」

 ジェットに促されて、短刀が僕に手渡される。

 掌にずっしりと重たいが普段の剣と比べれば、短刀であるだけ幾分もマシな重さだった。

 それを差し引いても以前ほど重たさを感じなくなっていた。日々の練習で体に筋肉がついてきたからだろうか。

 それと同時に振り回すと、何ともいえない扱いづらさに気づくようになった。少しずつだがアウラを使って剣を振るようになってきているのだろうか。

 鈍剣を持っているとどちらの成長も感じられるような気がした。


「こりゃたまげた、あんな軽々と…」

「御仁よ、昨日に言ったではないか。この二人は私よりよほど優秀だと。」

 気づけば行商人の一行も、席を立って僕のことを見ていた。

 急に照れくさくなって、手にしていた鈍剣を鞘に納めて返すと僕はまた目の前の皿に向き直った。


 すると離れたテーブルから一人の男性が目を見開いて寄ってきた。痩せこけた狼のような顔をした獣人の男だった。

「おいおいおい、すげえじゃねえか若いの。」

 好奇心で満たされた目で僕を覗き込んだ。興味深そうな様子でしっぽがパタパタと小さく動いている。


「オイラはノチェロ。この辺りで小さな行商をやってる、トスキ=ノチェロってんだ。見たところまだ新人かい?」

 ノチェロと名乗った狼の獣人が、人懐こそうにテーブルの中に加わってきた。

 痩せてスラリとして身長が高く、人柄の割に人相には威圧されそうな雰囲気があった。


「どうも、ノチェロ。私はジェット・グリーン。」

「スズネでっす。」

「ツカサです。」

 促されるように3人とも自己紹介をした。


「3人とも、まだ新人にもなっていない身の上だ。」

「へえ~。こりゃあまた…。」

「在学中の身でね、こちら2人にいたってはクラスも持ってない。それにまだ、決めた仕事があるわけでもないのだ。」

「ほー。学校に入れとくには惜しい人材だなぁ。いやでも、魔法具技師でもいい腕になりそうだ…。」

「早くも値踏みかい?」

 ジェットがノチェロとの話を冷ややかに区切った。僕としてもあまり詮索されると居心地が悪かったので助かった。


「いや、いやいや、悪かった。引き抜こうとかそんな話じゃねえよ。オイラだってただの一介の行商人だ。」

「ふむ…。この鈍剣はノチェロが?」

「ああ、仕入先で譲ってもらってな…。珍しいだろ。」

「確かに。売る宛はあるのかい?」

「もっぱら見世物さ。珍しいもの持ってるだけで、行商人ってのは村の人気者でよぉ。」

「なるほど…。一介の商人にしては、ずいぶん過ぎた代物を持っているのだな…」

「た、たまたまでさぁよ。」

 ノチェロは取り繕うな笑顔でジェットと話をしていた。


「ノチェロ…さんも今日はお休みですか?」

 僕はジェットとの会話に割って入った。そのとなりで、ノチェロとの話をしながらジェットが少し不機嫌そうな顔をしていることが気にかかった。


「ノチェロって呼び捨てにしてくれ、オイラァ堅苦しいのは苦手なんだ。」

「えっと、うん。」

「そんでぇっと、今日は休みだ。王都に行きてぇんだが、乗り合い馬車が動いてないもんでな。しかたねえから向こうで、仕入れの連中と飲んでるところだ。」

「へー。」

「行商人何人かで乗り合い馬車を継いで動く、ケチな行商人よ。」

 コンッとジェットが食器で皿を叩いた。

 静かな音に一瞬テーブルの全員が凍りついた。


「素性を隠す連中は信用ならん。」

 ジェットがそっけなくハンバーグを口にしながら言った。こともなげな言い方は何よりも冷たく突き放す言いようだった。


「おっかねえなあ…。」

 そういってノチェロはヘラヘラと向き直った。

 ジェットは素っ気ない顔をして食事に戻っていた。

 悪い人では無さそうだが、ジェットが警戒する以上は僕も迂闊なことを話せなくなってしまった。


「鈍剣など、私でも話に聞く程度の希少品だ。一介の商人が扱えるとは思えん。」

 ジェットは勘ぐるように言った。


「よせよ、オイラはタダの…」

 ノチェロがまたもヘラヘラした様子で言いかけた口を閉ざした。


 …。

 コツンと音を立てて小さな筒状の入れ物を見せた。


「悪かった。オイラは王都商会の第三行商組合長のノチェロ。王都周辺を庭に顔広く売買を扱ってるんすわ。試すようなことをして悪かった。」

「なるほど、素性を隠すのは内情を探るためか。」

「あとはオイラの信条っすわ。」

 話を聞いてジェットがふっ息を吐いた。緊張が解けたことがテーブルの全員に広まった。


「すげえな旦那は。それにそっちの2人も、王都商会の名前を聞いても眉一つ動かさねえ。」

 ノチェロは勝手に褒めているが、僕とスズネにとっては意味が分からないので反応しようがないだけだった。

 それと、いつの間にかジェットが旦那と飛ばれていた。


「まさかオイラのほうが値踏みされちまうとは。ジェットの旦那には恐れいったよ。」

「生まれの柄、そういった手合に事欠かなかったのでな。」

「へー、旦那の坊っちゃんじみてるのは見た目だけじゃねえってことですかい。」

「気を悪くさせてすまなかった。改めて宜しく、ノチェロ。」

「はいよ。ジェットの旦那」

 ジェットが手を差し出して握手を求めた。ノチェロもそれに応じる。


「するってえと、旦那って貴族の生まれか何かですかい?」

「そんなところだ。」

「領名は?」

 ノチェロの問いにジェットは黙って首を振った。

「悪いが見ての通り、名もない駆け出しの新人だ。」


 2人の話を区切るように、僕は話に割って入った。

「えっと、ノチェロってつまり結構偉い人…なのか…?」


 ノチェロは呆気にとられた顔で僕を見返した。


「フフッ、アハハハハッ。これは騙しがいがないってものじゃないっすか。」

 ノチェロが笑いながら応えた。

「えっと、ごめん。このあたりのことはあんまり詳しくなくて。」

「へ、へぇ~。てっきりジェットと同じようなものかと思ってたわ。それが、どこぞの…田舎者とは…。」


「ツカサもスズネも、私の友人だ。」

 ジェットは穏やかだが侮辱を許さないような口ぶりで言葉を放った。


「いいじゃないですか。貴族生まれの坊っちゃんに田舎者のご友人。」

「は、はあ。」

「言っちゃあなんだが、オイラはこうみえてすごーい偉いんですわ。ってことでお見知り置きを。」

 言うとポケットをゴソゴソと探し、いくつか金のボタンを取り出して僕達に手渡した。

 

「お近づきの印ってことで、渡しときます。旦那たちは稼がせてくれそうですから。」

「これって?」

「紋章の金ボタンですわ。オイラに用があれば使ってくださいや。」

「へ、へぇ~。」

 渡されたものを返すのも悪いし、とりあえず貰っておいた。おおぶりな金のボタンに、中心には大きく犬のような紋章が刻まれていた。


「あと、オイラが偉ーい人ってのは、どうか内緒でお願いですわ。」

「いいけど、なんで?」

「肩書でふんぞり返ってちゃ、面白いもの見つけらんないってのがオイラの考えなんでね。」

 ノチェロは笑いながらしーっと指を一本立ててみせた。

 しししと面白そうに笑う姿には、先刻のようにわざとらしく媚びへつらうようなヘラヘラした態度はもう見受けられなかった。


「いやあ、今日の行商は収穫があったですわ。それじゃあジェットの旦那と、ツカサにスズネ、御三方ともお達者で…。」

「ああ。」

 鈍剣の短刀を片手に、にこやかに去るノチェロにジェットが軽く返事を返した。


「な、なんだったんだろう…」

 終始あっけにとられていたスズネが言葉を発した。


「ツカサもスズネも、周りに一目置かれる人材だと言うところだ。」

「ぼ、僕が…?」

 考えても見なかった状況に少し混乱した。


「何にしても、商会とのつながりは悪いことではない。どんな仕事をする上でも、大事な足がかりになろう。」

 ジェットは満足気に金ボタンを眺めながら言った。


 一息ついて僕は、改めて目の前の皿に向かった。

 ちょっと昼食に来たはずが、思いの外疲れる昼飯になってしまった。


読了感謝。

日常回は書いてて気楽なんで助かる。

一旦折り返し地点って感じ。

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