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8.大ネズミ討伐依頼・3 -『仕事をしたと感じたのは初めてだ。』

 ジェットの細い体が木々をすり抜け、一直線にボス大ネズミをめがけて走る。剣を構え、もう一度首に狙いをさだめて飛んだ。

 だがジェットが斬りかかるより一瞬早く獣は振り向いた。怒りのままに振り上げた鋭い爪がジェットを襲う。


「ジェットッ!」

 僕はとっさに声が上がった。

 その声が聞こえたか、ジェットは斬り込みと同時に体を捻り直撃を避ける。

 剣は深く刺さらなかったが、ジェットの勢いに押され大ネズミは大きくのけぞった。


「多少の無茶は、大目に見給え。」

 ジェットは猫のような耳をピンと立たせ、剣を掴んだままボス大ネズミの左肩に乗っていた。刺さった剣に体重をかけ、ボス大ネズミの体勢を崩そうとしている。

 ドッという音とともに大ネズミの左膝に矢が打ち込まれる。

 これぞ好機と言わんばかりにジェットが頭から体重をかけると、ボス大ネズミの体は右に大きく偏った。


「ツカサっ」

「逃したら承知しないからっ」

 二人から声が届く。

 僕は剣を握って距離を詰めた。


 頭のなかに弧を描く。鋭く振りぬく剣の軌跡を強くイメージした。

 僕の剣が自然と左から右に動く。イメージをなぞるように剣閃が鋭さを増す。


 ザンッと鋭い音が鳴り響く。

 ボス大ネズミは力なく仰向けに倒れ、ドオッという音が周囲にこだました。

 同時にジェットが頭から地面に刺さった。


「やった…?」

 僕は疲労と最後の集中で頭が回らなくなっていた。


「やった…んだよね。」

 スズネが木々をかき分けて僕達のところに来た。


「そうだ。討伐完了だ。苦しい相手であったが我らの勝利だ。」

 ジェットが顔を上げてしゃべる。


「ジェット…その顔。」

 僕が言うと同時にスズネは吹き出していた。

 ジェットは最後に倒れた瞬間に頭から地面に落ちたせいで、顔の右半分に泥がこびりついていた。


「ぷっ…くく…アハハハ…」

 堰を切ったようにスズネが笑い出した。つられて僕も少し頬が緩んだ。


「笑わずともいいだろう。とっさのことだ、あの時はなんというか他に何も考えてなかったのだ。」

 ジェットが必死に弁明する。だが体の右半分にだけ綺麗に泥がついたその様子はどう見ても滑稽であった。

 倒れたと同時にぬかるみにのめり込んだらしく、鼻を中心に白と黒に泥で綺麗に色分けされていた。


 サアァァ…と風のなびく音が聞こえた。

 見ると倒れたボス大ネズミが、最後の傷口を皮切りに黒い霧になって空に消え始めている。

「おい、なんだこれ?」

「魔物は空に生まれて空に帰る。土に生まれる我々とは違うのだ。」

 慌てる僕に、ジェットは当然のように言葉を返した。


 倒れた魔物が黒い霧になって消えるなか、片方の爪だけが残された。

「大ネズミの爪だ。戦利品だな。もらっておくといい。」

「なんでこれだけ残るんだ?」

「魔物を討伐すると爪や牙や鱗など、鉱物質に近い体の部位はこうなることがある。土のアウラが土に残ることを望んだからだと言われている。」

「へー。」

「だがまあ、詳しいことは何も分かってない。魔物のことについてはわからないことのほうが多い。」

 ジェットと話しながら僕は地面に落ちた黒光りする鋭い爪を手にとった。

 爪は固くずしりと重たく、先端は安物のナイフくらいに鋭かった。


 スズネが隣から顔を出してきた。

「持って帰ってなんか使えるの?」

「持って帰ったほうが、討伐の証として話が早いな。」

 ジェットは言葉を返した。顔半分にはまだ泥がついたままだ。


「それから?」

「魔物の素材を加工する仕事もある。依頼して記念品に加工してもらうのもいいだろう。」

「ネズミの爪を?」

「たとえの話だ。大ネズミの爪程度では大して価値も無いが、装飾品や武器に魔物の素材を使うことはある。」

「ふーん。」

「業者に引き取ってもらうこともできるが、大した儲けにはならんだろうな。」

 持って帰ったほうがいいならそうするかと思い、僕は大ネズミの爪を持って帰ることにした。

 依頼達成の余韻に浸っていると、遠くからおーいと言う声が聞こえてきた。


「御者の御仁が迎えに来られたのだ。」

「やばい。迎えに間に合わなかったら失格でしょ?」

「は、走るぞ。」

 僕達は疲れた体に鞭打ち、走って山を降りた。


 疲れた体を放り投げるように荷台に転がった。

 帰りの馬車の中は、皆汗と泥にまみれぐったりとしていた。

 疲れ果てた僕達を見た御者は気を利かせたのか、馬車はゆっくりと時間をかけ、荷台を揺らすこと無く走った。


 日がとっぷりと暮れた頃に村役場へ到着し、今回の報告をする。


「みなさん。お疲れ様であります。」

 村役場の受付からキミアが顔を上げて出迎えてくれた。

 役場の中にはもう人影が無く、キミア一人だけがランタンを片手に受付のカウンターに座っていた。


「見たところ…討伐は…?」

 キミアはぺたんとした犬耳をかしげながら僕達に聞いてきた。ランタンの灯りはキミアの手元を照らし、僕達の姿がキミアからはよく見えていないようだった。


「討伐成功ー。」

 歩きながらスズネが声を上げた。

 同時に僕は持ち帰ってきた大ネズミの爪をキミアに見えるように軽く掲げてみせた。


「さすがであります。それでは、完了手続きでありますが…」

 ゆっくりとランタンを掲げながら、キミアが僕達に視線を向ける。

 と同時に体の半分だけ綺麗に泥まみれになったジェットの姿が灯りに照らされた。


 ぷっと吹き出す音がしたかと思うと、くくく…少女の押し殺した笑い声が暗い村役場に響いた。


「す、すみません。で、で、でもその顔っ。あは、あははっ」

 我慢しきれずにキミアが声を出して笑い始めてしまった。

 笑い声につられてスズネの顔も引きつり始めた。


「そ、そんな、笑ったりしたら悪いって。…」

 言いながらスズネは暗闇に照らされた半分だけ綺麗に黒色のジェットを見る。

 ランタンに照らされて泥のついた半分だけが暗闇に消えて、もう半分だけがことさら目立って見える。

 しんとした暗い町役場で佇むその姿が一層おかしくみえた。


「く…だ、だめ…あはは、あははは」

「あはははははは、ど、どうやったらそんなに綺麗に泥がつくんでありますか」

 二人共が互いに笑い出し、堰を切ったように夜の町役場に少女の笑い声がこだました。


「泥だったら、僕のほうがもっと泥だらけなんだけどな…。」

 僕は気持ち程度の気休めを言ったが、2人の笑い声にかき消されてしまった。


「む…。」

 ジェットはどうしたものかと考えこんだ顔をしていた。


「さ、先に汚れを落としちゃっても良いかな?私も汗だくだし…。」

 笑い声に一息ついて、スズネが提案した。

 息を整えるように深呼吸をしてからキミアが応えた。

「そうでありますね。手続きは明日でも問題ないであります。」

「じゃあ、そうさせてもらおうか。お腹もペコペコだし、今日は本当に疲れたわ。」

 スズネが同意を求めるように僕達の方を向き直った。僕とジェットは無言で頷いた。


「手続きは明日改めてということで、それじゃあ宿に荷物を置いて村の共同浴場に案内するであります。」

 キミアがランタンを片手にカウンターを離れた。


 月が浮かんだ村には点々と街灯の灯りがちらちらとしていた。ガス灯のようなデザインの街灯から漏れる光は電球のものとは違うようだ。炎のように揺らめいているが、それとも違うキラキラとした少し幻想的な光。

 村の家々から窓の光がこぼれ、土埃のまじった荒い石畳の広場を僕達は歩いた。


 キミアに案内され宿を尋ねると、酔っぱらいたちの小さなにぎわいがあった。

 宿屋の1階は酒場を兼ねているらしい。

 ジェットの姿を見た宿屋の女主人は、笑いをこらえながら鍵を渡してくれた。ジェットはかんべんしてくれと言うように押し黙っていた。

 2人部屋を2つあてがわれたので、自然と僕とジェットが相部屋、スズネが1人部屋になった。


「汚れた服は洗ってもらえるそうであります。」

 キミアが大きなバスケットを抱えながら僕とジェットの部屋をノックした。

「なんとありがたい。ご厚意に甘えさせていただこう。」

「あ、ありがとうございます。」


 共同浴場は村の中心にある広場から少し山に向かった場所にあった。木造の外観で広々とした入り口、奥から漏れる光から湯気が見える。

 宿を出て徒歩で15分くらいの場所だが、暗い道のりはキミアのランタンが無いと少々不安である。

 むこうの世界にいる頃は気にしたことが無かったが、こちらの世界では街灯が少ないためか夜が一層暗く感じる。


「大きいな。それに簡素で素朴ながらも、温かみを感じる良い外観ではないか。」

 ジェットが建物を見上げながら言った。

「山の麓から湧く、熱い湧き水を使って共同浴場にしているであります。小さな村でありますが自慢の施設であります。」

 キミアが誇らしげに応えた。


「私達のところで言う、ここってつまり銭湯みたいなものだよね。」

「話を聞くぶんには温泉っぽいな。」

 バスケットを抱えながら、スズネが言った。僕も思ったことを返した。


 入り口には小さなカウンターがあり、料金を支払って中に入るようになっていた。キミアがカウンターの女性に何か話すと、役場の仕事相手ということでタダで入れてもらえることになったようだ。

 中に入ると大きな待合室のような広間があったが、少々時間が遅いこともあって他に客は見られない。

 広間の奥には大きな2つの扉があり、それぞれが男湯と女湯であることが容易に想像ついた。ほんのりと温かい室内には木と温泉の香りが漂っている。


「それじゃ、先にあがったらこのへんで待ってるってことで。」

 スズネとキミアが女湯の方に足を向けながら言った。


「長湯は困るぞ。」

「えー。せっかくの温泉だし、ゆっくりしたい。」

「ゆっくりって、僕は温泉ってそんなに好きじゃないんだけどな…。」

「カラスの行水みたいなことやめてよね。」

「出るのがあんまり遅いと置いていくからな。」

「残念でした、キミアちゃんがランタン持ってるから無理ですよー。」

 僕はぐぅと言葉に詰まった。

 スズネはニコニコと笑みを浮かべながら、キミアと一緒に女湯の扉をくぐって行った。

 僕と半分泥だらけ男はそれとは別方向の扉に向かった。


「っあー。」

 服を脱いで湯船に浸かると、おっさんのような声が口をついて出てしまった。

 大きな浴場には僕とジェット以外の姿は無く、僕は広々と場所をとってゆったりと湯に浸かった。

 フラフラになるまで酷使した体に、温泉は染みるように気持ちよかった。


「自慢と言うだけはある。立派なものではないか。清潔に保たれた木造は何とも趣深く、石材の湯船との調和も素晴らしい。大きな天窓に落ちる月明かりは、千のランプ職人でも袖裾にさえ触れられぬ光の趣向だと言えよう。」

 ジェットは大きな浴場を仰いで見ながら言った。 確かにここは素晴らしいと僕も心のなかで同意した。

 泥を落としてすっかり綺麗になったジェットの顔は空を見上げ、湯船に浸かった尻尾が嬉しそうにユラユラと浮いていた。

 浴場は半屋外になっており、湯船の3分の2まで屋根で覆われている。残りの部分はそのまま開かれており、湿気をそこから逃がすように設計されているようだった。

 屋根のない場所から空を仰ぎ見れば月明かりと星空が見える。


「大きな風呂以外にも色々あるんだな。」

 大浴場から更衣室に繋がる扉の他に3,4個ほど別の部屋に繋がる扉があった。


「あちらは蒸し風呂もあるようだ。疲れに効く薬湯などもあると書いてあった。」

「へー。」

 ジェットが湯船に浸かりながら他の扉を見渡した。扉に文字などは一切無く何かの絵だけが書かれているので、僕にはどの扉がどうなっているのかさっぱりだった。


 わからないのでとりあえず行ってみることにして、僕はいくつかある扉のうちの一つに手をかけた。

「こっち行ってみるか。」

 扉には窓やガラス戸が無く、扉の向こう側が見えない。

「私は遠慮するよ。くれぐれも反対側の扉は開けないように。」

「…?」

 ジェットの言葉を背中で聞きながら、僕は何気なく扉を開いた。


「あーっ、生き返るー。」

 僕の開けた扉の向こう側からスズネの声が聞こえた。

 露天風呂なんかで隣の女湯から声が聞こえるのは珍しくなかったが、声はもっと近い場所から聞こえるようだ。


 部屋を開けた先はほぼ露天の風呂だった。内側の大浴場と同じ作りのやや小ぶりな湯船。天井以外が壁と柵で囲まれている。

 その湯船の真ん中で、足を伸ばしていたスズネと僕は目が合った。

「へ…?」

 すぐ目の前の湯船にはよく見知ったスズネの顔が。伸ばした足は鍛えられて細く、色白の肌がややピンク色に火照っていた。

 振り返った顔の肩と首筋の間から、こぶりな胸がちらりと見えた。


 状況に頭がおいつかずパニックになっていると、急に僕の入ってきた方向と反対側の扉が開きキミアが入ってきた。

「スズネさーん。」

 小柄でスラっとした体つきに凹凸は無く、初対面で感じた少年のような見た目そのままだった。


「あー、ツカサさんも来てたでありますか。」

 キミアが僕の方に向き直った。タオルで体を隠そうとしないので、逆に僕が気まずくなって目を逸らしてしまった。


「えと、ちょっと…。」

 スズネがあわてて胸を隠しながら、あんぐりとした顔でキミアの方を向いた。


「ここは混浴でありますよ。」

 キミアが当然のことを言うように、あっけらかんと言葉を返した。


「出るッ!今すぐ出てくって言うか出てけ!」

 スズネは火照った顔を更に赤くして、タオルを手繰り寄せながら湯船の反対側に下がっていった。


「いや、ゴメン。ほんとゴメンッ!」

 バシャバシャとお湯を掛けられながら、僕は慌てて扉を閉めた。

 閉めた扉の向こう側で、取り乱して叫んでいる声が聞こえた。


 後ろで終始を見ていたジェットに向き直った。

「ず、ずいぶんな剣幕だったな。」

 ジェットが毛を逆立てながら言った。


「混浴って知ってたなら言ってくれよ。」

「すまない。てっきり気にしないものかと。」

「気に…するよ!びっくりしたし。」

「扉に混浴のマークも書いてあったであろう。」

「言われないと分からないってば…。」

 扉の向こうにひしひし罪悪感のようなものを感じながら、僕は湯船に戻った。


「えっと…、こういった公衆浴場はもともとは混浴であることが普通だったと聞いている。あのように残したのは、おそらく昔の名残だろう。」

 ジェットは僕との間を持たせるように、淡々と説明した。

「こっちじゃ普通…なのか?」

「この地域だと一昔前までは一般的だったと聞いている。」

「ジェットは?」

「私の住んでいた国では、そういった文化があまり無かった。」

「僕のところにも無かったよ。」

「そうか、すまない。」

「いや。いいよ…。」

「…。」

「…。」

「文化の違いとは、難しいものだな。」

「多分。誰も悪くないんだろうけど…。一応、謝っておかないとな。」

 言葉が通じても、文化や常識が通じるとは限らないのだとつくづく思った。


 ひとしきり温泉を楽しんでから入り口の広間で涼む。汚れた服は宿で受け取ったバスケットに入れておき、予備に持ってきた服に着替えた。

 体の疲れも汚れも取れ、なんとも清々しい気分だった。

 スズネの姿は無く、ジェットと2人で外からの涼しい空気に当って待つことにした。


 女湯のほうからキミアが先に顔を出した。

「お待たせ…であります。」

「お、お待たせ…。」

 続けてスズネも現れ、少しぎこちない雰囲気でおずおずと僕のところにやって来た。


「えっと…。」

「いや…その。ゴメン…。」

 スズネが何かを言いかけたが、僕は反射的に謝ってしまった。


 すると二人の間にキミアが割って入って来た。

「いや、謝るのは自分のほうであります。ほんとに、すみませんであります。その…。自分、他の地域のことは全然知らなくて、その、このへんでは別に珍しいことでなくて、その…。」

「いや、いやいやいや。僕のほうこそ、常識がないって言うか、書かれてる絵とか知らなくて。」

「立ち入り禁止と言うわけでも…。」

「それでも、僕のほうも悪かったから…。」

「いいえ、ツカサさんは悪く無いであります。むしろ追い出したスズネさんのほうが怒られるべきで…。」


「で、で、でもスズネさんも悪気は無くて、えーっと。」

「んんっ」

 必死で弁明しようとするキミアを遮るように、ジェットは咳払いをして話に入ってきた。


「キミア、そしてスズネよ。私どもが土地の文化に疎く、申し訳ない。」

「すみません。自分が…」

 頭を下げようとしたキミアを、ジェットはトンっと小さく小突いて向き直させた。何かを言うようにじっと見つめ、ジェットの行動にキミアも言葉を飲み込んだ。


「すまなかった。」

「ご、ごめんなさい。」

 ジェットが頭を下げるのにつられて僕も謝ることにした。


 パァッンッ

 突然の痛みが僕の頬を張って、目を白黒させてしまった。

 スズネの懇親の平手打ちが、僕の左頬を撃ったことに気がつくまで少し時間がかかった。

「許すっ!」

 スズネが清々しい顔をして僕に向かって言った。

 頬がジンジンと痛かったが、僕は少し胸をなでおろした。


 共同浴場を後にして宿に戻る。

 スズネとキミアは風呂で随分仲良くなったらしく、夕食にはキミアも同席することになった。

 夕食は宿の一階で振る舞われた。ひき肉と豆のスープに、固めに焼いたパン。それとチーズが中央の皿に盛り合わせになっていた。

 宿屋の女主人からエールビールを進められたが、少々疲れていたのとお酒があまり得意でないことでみんな断った。


「それじゃあまた明日。昼ごろにお伺いさせてもらうであります。」

 食事を終えたキミアは手を振って僕らの宿を後にした。


 キミアを見送ってから僕達は二階の部屋に戻った。


 部屋に戻るなりジェットは分厚い手帳を広げ、何かを確かめるようにページをめくっていた。

 邪魔しがたい雰囲気だったので僕は静かに部屋を出て、今はスズネの部屋でランプの明かりをじっと見つめている。


「疲れたねー。」

 スズネが隣のベッドに足を投げ出しながら言った。


「ほんとにな。」

「ツカサなんて泥だらけだったじゃん。」

「僕だって必死なんだ。」

 スズネが寝っ転がりながらクスクスと笑う。


「それにしても、ジェットのあの格好…。」

「綺麗に右半分だけの泥だらけだったな。」

 スズネが思い出したようにまたふっと笑った。


「私、初めての仕事だよ。」

「そうだな。」

 パタンとベッドに仰向けに倒れて、天井を見つめたままスズネが話しだした。


「この世界で、初めての仕事。」

「そんなに嬉しいのか?」

「そりゃあまあね。人から頼まれて、仕事して、感謝されて。やっと自分が役に立てるって思ったかな。」

「そういうことな。」

「初めて、仕事してるって思ったかも。なんていうか頼んでくれる人がいて、私が役に立ってる感じがして…」

 僕の頭の中にコンビニでレジ作業をしている自分の姿がよぎった。

 僕の中で漠然と感じていた仕事のイメージが、今日の手の感触に響いてこなかった。


「前の世界の話して悪いんだけど。私さ、仕事ってなんかぼんやりしてたとこあったんだよね。」

 スズネが足をばたつかせながら言った。

 彼女の言葉に、深夜のコンビニで時間を潰すように仕事をしていた、昔の自分の姿が重なった。


「社会の役に立つとか言われても、結構ピンとこなくてさ。仕事って何するんだろーって思いながらぼーっと大学行ってた。」

「多分、僕も似たようなもんだった。」

 昔話をするつもりはないが、僕もスズネの言葉には共感するところがあった。


「今日はさ、初めて仕事したって感じたかも。」

 スズネは目をキラキラさせて天井を見てる。


「仕事…か。」

 僕は机の上に置かれたランプをじっと見た。

 炎とも電気とも違う光りのちらつきが、キラキラと部屋を照らしていた。


「あふぅ…」

 スズネが隣で小さなあくびをした。僕も昼間の疲れが溜まってそろそろ眠気が近づいていた。


「そろそろ部屋に戻るよ。」

「そーね。今日は本当に疲れたし、私もそろそろ寝る。」

 スズネは起き上がって軽く背伸びをした。


「部屋出るときランプ、消しといてくれる?」

「ん、分かった。」

 スズネはのそのそと、もう寝る体勢に入っていた。

 僕は軽く返事をしてランプに手を伸ばす。


 スイッチ…らしいものは見当たらない。土台部分は簡素な作りで、小さな水晶のような石が一つ飾り付けられているだけだった。


「どうやって消すんだ…?」

「えーっと。えへへ。」

「…まず最初にどうやってこのランプ点けた?」

「部屋に入ったら、もう点いてた。」

「じゃあ消し方は…?」

「うん。分かんない。」

「…。」

「…どうすればいいかな?」

 机に置かれたランプは煌々と部屋を照らし、僕とスズネの影を壁に写しだしていた。


 結局、隣の部屋からジェットを呼びつけてランプを消してもらった。

 ランプの水晶部分に手で軽く触れるだけで、ランプの中の光はフッと消えた。これもアウラを使う構造になっているらしい。


「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみ。」

 スズネの部屋を出て扉を閉めた。


 自分の部屋に戻り、ベッドに横たわると今日の疲れが体にまとわりついてきた。

 落ちるようなまどろみに身を任せて、僕は小さな村の静かな夜を堪能した。


読了感謝。

大ネズミ討伐もやっと決着。

お約束展開も少々。

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