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7.大ネズミ討伐依頼・2 -『任されたから、投げ出したくないよな。』

 うっすらと暗い影を落とす木々の間から、巨大なネズミが姿を現した。

 黒くずんぐりとした体を揺らし、鋭い爪がぎらりと光る。

 僕の前には討伐依頼が出された大ネズミと、それを大きく上回る大きさの大ネズミが見えていた。


「来た道を戻るぞ、走れるか?」

 ジェットが僕の腕を掴みながら言った。

 不意打ちを食らった体がズシンと重たいが、走るくらいはできそうだった。


「大丈夫。」

 僕は短く返事をした。


「さすがだ。私が道を作る。」

 ジェットは腰につけた小さなカバンからくるみのような小さな木の実を取り出しボス大ネズミのほうへ投げつけた。

 木の実は目の前でパンっと弾け小さな光を放つと、巨大な魔物の目をくらませた。


 それを見たジェットは駈け出し、今度は茂みに隠れた大ネズミに向かって切りつけた。

 浅く剣をふるい茂みを切り裂くと、大ネズミも警戒したようにジェットから距離をとった。


「走れ!」

 ジェットの声に僕は体を奮い立たせる。

 重たい鎧に体を地面へ引っ張られながら茂みの大ネズミの脇を走り抜ける。


 ビュンっと風を切る音が鳴り響き、振り返った大ネズミの赤黒い左目に矢が突き刺さった。

 ググウと大きな唸り声を上げて大ネズミがその場にうずくまる。


「よっしゃ。」

 軽くガッツポーズをしながらスズネが僕達と合流した。

 二匹のネズミ達を後ろ目に警戒しながら、森を駆け戻り最初に休憩した場所まで戻った。


「とりあえず一息つこうか。」

 スズネが岩に腰掛けながら水筒からお茶を出した。

 小さな金属製の水筒から、寮母のジョーヌが淹れてくれたハーブティが注がれ僕に手渡された。


「あいつら、追いかけて来ないね。」

「大ネズミは人のアウラに強く萎縮する。この辺りにまで来ることはまず無いだろう。」

「ふーん。」

 ハーブティを片手に一息つきながら、僕達は顔を合わせて話をした。 


「殴られてたみたいだったけど大丈夫?」

 スズネが心配そうに僕に声をかけた。


「大丈夫。鎧に当たったし、たいしたことない。」

「まさか2匹目が出てくるとはねー。」

「それも最初のやつより一回り大きいぞ。」

「私のところからもちょっと見えてた。明らかに大きさ違うよね。」

 スズネはいつもの調子で話をしながら、弓矢の点検に目を滑らせている。


「おそらく、もともとこの辺りに居た大ネズミが後から来たほうなのだろうな。最初に戦った相手は他人の縄張りを荒らそうとした若い個体だろう。」

「このへんのボスみたいな感じ?」

「そうと言ったところかな。初心者がいきなり扱うには少々荷が重い相手だと言える。」

「私達の初仕事だってのに。」

「小さな村だ、あの大ネズミに勝てるような若者がいなかったのだろう。それが放っておくうちに強くなってしまったといったところか。」

 ジェットは剣や鎧についた泥を落としながら答えた。


「大ネズミはめったに縄張り争いをしない。珍しい場所に遭遇したものだ。」

「普段は一匹でいるってこと?ネズミなのに。」

「魔物は見た目で名前をつけられる場合が多いからな。」

「へー。」

 話しながら僕は軽鎧を脱いでみる。当たった場所に出血は無く、じんじんと痛むが動かせないほどではない。


「ここで引くのも上策だ。初仕事だし恥じることではない。」

 ジェットがハーブティをすすりながら言った。


「このまま仕事も諦めて逃げるってこと?」

 スズネが少し声を荒げながら問いかけた。


「それも1つの手だということだ。」

「でもさ…」

 スズネは気持ちだけが先走り、言葉が続かないようだった。


「2匹を同時相手にするんだ。そのうえ片方はボス格の大ネズミ。完全に想定外の状況だ。」

「それは、分かるけどよ。」

 いきなりの申し出に僕も考えがまとまらずにいた。


「僕らが逃げたらどうなるんだ?このままあいつらを放っておいて大丈夫なのか?」

 僕はジェットに聞いた。大ネズミがアウラを怖がるなら、大して害がないようにも思えるが…。


「人が住まぬ場所だと分かれば自ずとアウラも染まり始める。このあたりの畑も魔物の住処になったりもするだろう。」

「そんなの。」

「まずいじゃんか。」

「なにも今すぐそうなるわけではない。」

「だからって…」

 僕らの間にしばし沈黙が流れた。


「ここに来る途中に馬車を動かしてたおじさんが言ってたよね。」

 僕は昼間の会話を思い出しながらジェットに問いかけた。


「夜中になると大ネズミが森から出てくるって。」

「大ネズミは昼行性だ。あの御仁もおっしゃっていたように、おそらく早朝だろう。」

「問題はそこじゃなくって。」

「…。」

 ジェットは僕の問いを、答える代わりに沈黙で返した。


「昼間に言ってた切れ目が揺らいでるってどういうこと?」

 僕は単刀直入に話題を振った。


「アウラの切れ目だ。他にはない。」

「それってつまりさ…」

 ジェットは質問の答えが悪い予感に向かっていることを知っているようだった。


「そうだ。おそらくだが、ツカサの思っている通りだ。」

 ジェットは観念したと言うように言葉を返した。


「えーっとごめん。私、ついていけてないんだけど。どゆこと?」

 スズネが会話に割って入る。


「なんていうか、僕もちゃんと分かってるわけじゃないんだけど。この辺りがもう魔物が出てこない土地じゃなくなってきてる。」

「さっき言ってた人のアウラってやつ?」

「多分そう。人が追い払われた場所は、今度は魔物の陣地ってことになるみたい。」

「ここがそうなってきてるってこと?」

「そうかも。」

 僕は分かる限りの知識でスズネに説明した。


「逆にさ、私達が魔物を追っ払えばここにも人のアウラが戻る?」

「分かんないけど、多分…。」

「いいや。スズネの言うとおりだ。あのボス大ネズミだけでも倒せば一安心できるだろう。」

 僕とスズネはおそらく同意見で固まり始めているなかで、一人がうなだれていた。


「ツカサ。スズネ。怖くはないのか?初めての実戦で、いきなり2匹を同時に相手にするんだぞ?」

 ジェットが地面に顔を向けながら言った。

 すぐには答えられない問いに、僕は言葉を探して押し黙った。


「それでもさ、私達に退治して欲しいから依頼が来たんだよね。」

 最初に口を開いたのはスズネだった。


「それはまあ、そうだな。」

 ジェットは軽く返事をした。


「じゃあさ、仕事しようよ。」

 スズネは立ち上がりながら言った。


「それでいいのか?新人の仕事だし、追加報酬も認められないと思うぞ。」

 ジェットはいつになく打算的なことを言っていた。


「任された仕事がさ、思ったより大変でしたー。なんて言って投げ出すのも嫌じゃん。」

 スズネは小ぶりな胸を反らせながら言った。


「そうだな。それにこのまま逃げたんじゃ、馬車に乗せてくれたおじさんに合わせる顔が無いし。」

 僕もスズネにつられて立ち上がりながら言った。

 言いながら落ちつて頭も回ってきたのか、先ほどの会話を少し思い返した。


「それに、2匹同時に戦うことも無いかもよ?」

 僕は考えを巡らせながら言ってみた。


「どういうことだ?」

「さっきジェットが言ってたじゃん。大ネズミは縄張り争いをめったにしないし、普段1匹で行動するんだって。」

「そうだ…。」

「なら再戦は、ちょっと休憩してからにしようか。」

「ああ、そうか。そうだな。それもそうか。」

 ジェットも感づいたように言葉を返した。同時に声が色めきだった。

「ビビってた1匹のほうは置いといて、あのボス大ネズミだけやっつければいいんだろ?」


「すみませーん。また私が置いてけぼりなんですけどー。」

 スズネがふてくされた顔で僕を睨みつけた。


「つまり漁夫の利作戦。」

 スズネにこれからの予定を端的に話した。


「ギョフノリとは何を表す言葉なんだ?」

 ジェットが少しズレた話題を投げかけた。



 ゆっくりと時間をかけて僕は左肩の手当をした。

 ジェットが腰に下げた小さな革鞄からいくつかの軟膏を取り出し、簡易的だがかなり本格的な手当を受けることが出来た。そのおかげもあってか痛みは引き、肩は十分動かせる状態にまで回復した。


 弓や剣の手入れをしていると思いの外時間が早く過ぎ、もう夕日が傾き始め影が伸びる時間になった。

 

「あまりのんびりすると迎えの馬車が来る。そろそろ行こう。」

 ジェットがおもむろに立ち上がった。それにつられて僕とスズネも準備した。


 昼間と同じルートでもう一度森に入る。


「勝手に縄張り争いさせて残ったほうと倒すとか、なんか汚いっていうか小賢しい感じー。」

 スズネが僕の立案にケチを付けた。


「スズネよ。言い方は悪いが、遅かれ早かれ同じ結果になっていたと思うぞ。茂みにいたほうが、大きなボス大ネズミを見て怯えているように見えた。いずれはあの場所から逃げていただろう。」

 すっかり調子を取り戻したジェットが意気揚々と語った。


「それなら僕達の仕事は大ネズミ一匹の討伐。追加報酬とか、けちくさい話はナシ。」

 僕もジェットの調子に続く。


「そうは言っても、残っているのは確実にあのボス大ネズミのほうだぞ。初心者3人には十分荷が重い相手だ。」

「なに?ジェットってば、怖いの?」

「ジェットって強がってるわりに意外とパニクるよな。」

「あれだけ想定外のことが起きれば、慌てもする。それに初めての魔物討伐だ。多少の経験不足は致し方無いだろう。」

 3人で無駄口を叩きながら森を進む。日は赤くなり始めているものの、昼間の雲は綺麗に晴れ森にも十分な光が差し込んでいる。



 僕は話を続けた。

「ジェットって魔物と戦ったりしたことないの?」

「当然だろう。剣を向けたことさえ初めてだ。」

「でもだって魔物のことすごい詳しいじゃん。剣も上手いし。」

「知識だけなら書物で十分だ。」

「剣は?」

「私の剣は剣舞だ。クラーロ教官も言っていただろう。」

「実戦で使ったこと無いってこと?」

「そうだ。我が剣は優美にして華麗なるがためのもの。流れる剣先はまさに花であり風であり、翻る刀身に美しき雷光を魅せる。」

「つまり見掛け倒しってことか。」

「な、なんと。」

 ジェットと話をしながら森を進むと、すぐに二本足で立つ黒い影を見つけた。

 暗がりの少ない開けた場所でボス大ネズミのほうが、息を荒げながら森を睨んでいた。睨んだ先の茂みはガサガサと揺れると、次第に音が遠くに消えていった。


「どうやら、戦う相手が決まったところのようだ。」

 僕は剣を構えた。同時にスズネも弓に矢をつがえる。

 目線の先に立つ大きな黒い影はのっそりと振り返り、漆黒の瞳が僕達を睨んだ。

 夕焼けに映るボス大ネズミは興奮冷めやらぬ様子で喉を鳴らしている。


 ジェットが前回と同じように作戦を立て始める。

「今回は十分見通しがいい。これなら場所を気にせず立ち回れるだろう。」

「たしかに、前よりは戦いやすそうだ。」

「夕日が差し込んで視界は広いが、逆光に気をつけろ。特に山側には行かない方がいい。」

「りょーかいっす。」

「特にスズネは気をつけろよ?分からないで僕に当てたりとか…」

「間違えるわけないでしょ、体格差考えなよ。大して筋肉もないくせに。背丈だって…」

「う、うるさいな。」

 前と同じようなやりとりだが、今度はスズネが反論してきた。


「スズネよ。できればこの場所から動かずに戦ってくれると助かる。」

「大丈夫。2人のことはちゃんと考えて動くから。」

「いいや、山側は逆光で弓には不向きだ。逆に谷側では見通しが悪かろう。弓の場所取りを変えるときは、一度撤退するほうがいい。」

「心配しないで、弓の扱いなら慣れてるから。それに二人が戦ってる間、撤退はしない。どうしても逃げるなら二人で決めて。」

「わかった。そうしよう。」

 ジェットは淡々と作戦をたてる。とりわけスズネとの打ち合わせは重要だ。戦いが始まると僕とジェットはなんとか意思疎通ができるが、スズネとは交信が難しくなってしまう。


「私達はできるだけ谷側に。太陽を背にしておかなければ不利になる。」

「了解。」

 僕との作戦はえらく簡単だった。


「よろしい。では再戦だ。魔物の恐怖に怯える村人のため、我らの剣はいま一度振るわれることだろう。」

「やるか。」

「おー。」

 いつもの調子で声を上げ、ジェットは立ち上がった。


「ツカサよ。そなたの剣は豪にして鋭く、無骨な輝きを持つ鈍き白銀の刃。くすみ、汚れども、なればこそ美し…」

「言ってる場合じゃないみたいだぞ。」

 ジェットが口上を述べているうちに、ボス大ネズミは巨体を揺らして僕達のほうへ向かってきた。


「いくぞ。」

 僕は声を上げると同時に走りだした。

 スズネが弓を放つ。矢はまっすぐと飛び、ボス大ネズミの左肩に突き刺さった。


 グガアと鳴き声を上げ、ボス大ネズミが怯む。

 それと時同じくして、僕の隣を薄青緑色の光が追い越していった。

 一呼吸遅れて飛び出したジェットだが、またたく間に僕を追い越し鋭い刺突を打ち出した。

 細長い手足からズンという音が響き、ボス大ネズミの首元を一閃に穿った。傷口からは黒い霧のようなものが吹き出す。

 負けじと僕も続く。


「ふんっ」

 僕は柄にもなく掛け声を上げて切りつけた。

 スズネとジェット、続けざまの2連撃で完全にガードが剥がれていたボス大ネズミは、渾身の一撃を喰らう。

 澄んだ剣撃の音とともに、ボス大ネズミの胸から腹にかけて黒い霧のようなものが吹き出した。


「完璧だな。」

 ジェットが敵から距離を取りながら短く言った。

 3人の攻撃につながりを感じる。最初の1戦のときに互いが何をするかを、互いに理解したようだった。

 パーティの中に自ずと役割が生まれたような手応えが手に伝わる。


 体勢を立て直したボス大ネズミは右の爪を振りぬく。

 僕は剣を寝かせ、左手の革手甲と剣の腹で受ける。衝撃で剣が弾かれ倒れこむが、怪我はない。


「任せ給え。」

 下がったジェットは一足で僕の位置まで踏み込み、ボス大ネズミへ鋭い剣先を伸ばす。

 あまりの素早い入れ替わりに僕でさえ驚く。

 ジェットの刺突はもう一度首元を穿ち、傷を負わせる。


 敵は漆黒の瞳にあらん限りの力を込め僕達を睨み、体ごと左へひねり爪を伸ばして暴れた。

 ジェットは地面を蹴って距離を開け、その間に僕が割って入った。

 僕は爪一撃をまたも剣で受ける。剣先は弾かれ手がしびれる感触が鉄の棒から伝わってきた。獣は怒りのままに爪を振り回すと、二撃三撃目が僕へと向かった。

 慌てて体を捻らせ、斜面を転がる。なんとか距離をとったが、体は泥だらけになった。


 見境なく暴れる大きな獣に、光の一閃が突き刺さった。

 ボス大ネズミの背中に矢が刺さる。続けざまにもう一本、右肩と首の間に矢が撃ちぬかれた。


「ツカサ。いけるか?」

「もちろん。」

 僕の体に泥と疲労がまとわりつく。呼吸は乱れて荒く、剣先はずしりと重たく持ち上げるのがやっとの状態だ。

 ジェットも顔が汗で汚れ、肩で息をしている。さすがに疲労を隠せない様子であった。

 遠くでガサガサと木の合間を縫って走る音が聞こえる。スズネが場所を変えながら弓を撃っているようだ。


 ボス大ネズミの背中に新しい矢がつき刺さる。

 怒りのままに暴れた大ネズミだが、自分の体に刺さったいくつかの矢を受けて今度は怒りの矛先が移りつつあった。


「怒りで盲目になっている。あの獣、次はスズネを襲うぞ。」

 ジェットが肩で息をしながらも落ち着いた口調で言った。


「まずいだろ」

 僕が駆け出しそうになるのをジェットが制止した。


「ツカサよ。回りが見えなくなっては勝機も逃す。先の一戦でも闇雲に戦っては反撃を食らったではないか。」

「わ、分かってる」


 僕達が立て直すのを待っているのか、スズネは位置を変えながらも矢継ぎ早に次の矢を放っていた。

 獣は弓を撃つ厄介者を探すことで頭がいっぱいになったようだ。向きを変えスズネの方を睨む。


「向きを変えたっ!」

「好機だ、仕掛けるぞ。」

 僕は疲労でうなだれた体に最後の力を入れた。


 隙を見せた魔物めがけて、2人は走り距離を詰めた。


読了感謝。

バトル回。決着はもうちょっと先。

遅くなりがちで申し訳ない。

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