6.大ネズミ討伐依頼・1 -『魔物と戦うってシャレにならねえ。』
僕達は村役場を後にして、キミアの言っていた馬車を探した。
すぐ隣に一台だけ止められていた馬車に手形を見せると、御者は僕達に乗るよう促した。
1頭立ての馬車の後ろにはリヤカーのようなものがとりつけられ、客席というよりは積み荷に近かった。おそらく普段は農作業に使っているものだろう。
馬車は軽く早足で進み、自転車に乗るくらいの速度で土を平らにしただけの道を走った。
「大ネズミだろ。これ以上放っておくと厄介だと思ってたところだ。助かるよ。」
馬車に揺られながら御者は僕達に向けて話しかけてきた。格好を見るに普通の農夫が仕事ついでに僕らを送り届けているようだった。
「みるからに学生っぽいけど大丈夫かい?」
「心配は無用だ。私達も相応の訓練を積んでいる。」
言うとジェットは荷台の上で剣を抜き、軽く振り回して道の脇に生えた木の小枝を切ってみせた。枝の先端には小さな花が咲いている。
「おお、こりゃすごい。将来有望だな。」
「どうもありがとう。こちらの2人に至っては私よりよほど優秀だ。」
ジェットがピンと立てた背筋で軽く礼をしながら僕達のほうに小さく視線を向けた。
「本当かい。こいつはアタリを引いたかも知れんな。」
「ああ、北天の星を示したつもりでいたまえ。この数年で最も優秀な新人が来たと思って構わん。」
「そうかそうか。これで安心だ。ネズミどもは夜になるとこっちのほうに降りてくるみたいでよ。夜な夜な畑が荒されて困ってたもんだ。」
「夜にか?」
「夜だな多分。朝っぱらかも分からねえが、とにかくお天道様が登るころにはズカズカ荒されてやがんのよ。」
「それは大事だな。畑は森の中か?」
「森のすぐそばだな。」
「切れ目が揺らいでいるのか?」
「かも知れねえな、最近じゃあのへんの森に近づけなくなっちまったし。」
「なかなかに、切羽詰った状況のようだ。だが安心したまえ御仁。日が暮れる前にはあなた方の心配も無くなることだろう。」
「そりゃあいい。」
ジェットが意気揚々と僕達のことをしゃべり、御者は大きく笑いながら手綱を握った。
初めて会った誰とでもすぐに話しが出来るこの青年を心底すごいと思いながら、僕は荷台に捕まってなんとか話聞いていた。座席はなく、道も悪く、ふとした拍子に馬車から転げ落ちそうな乗り心地だった。
「どうもありがとう。吉報を期待したまえ。」
「ありがとうございましたー。」
「あ、ありがとう。ございまし、た。」
慣れない荷台の移動に四苦八苦して、ようやく開放された気分だった。
ジェットは慣れた素振りを見せ、そのとなりでスズネは余裕を見せつつも少し疲れた顔をしていた。
「まずは昼食にしようか。長旅で疲れただろう。休憩してから討伐に向かおう。」
「さんせーっす。」
2人に促されてバスケットを開く。中には軽くトーストされたパンにレタス、厚切りのベーコンが挟まれた素朴なサンドイッチが入れられていた。
ささやかな昼食とともに僕らは旅の疲れを癒やした。
「それで、ここの森って言ってもどこから手を付ければいいのよ。」
休憩を終えて伸びをしながらスズネが言った。
「大ネズミは縄張りをすぐに変えるような魔物では無い。おあつらえ向きにアウラの切れ目がこのあたりだ。おそらく森に入ればすぐに見つかるだろう。」
「ここでもアウラなんだ。」
「当然だ。人の住む土地は人のアウラを持つ。そうやって我々は住処を広げ、日々の安寧を手にしているのだ。」
「へー。よく分かんないけど、なんとなく分かった。」
スズネとの会話を続けながらジェットを先頭に森に足を踏み入れた。持ってきた荷物は街道の脇に寄せておき、軽鎧と剣だけを身につけた格好で森をかき分けた。
森に入って数分がたち、元いた道が木々に阻まれ見えなくなった頃、ジェットが足を止めた。
「いた。」
ジェットが手を広げ、僕達の行く手を遮った。木々の隙間から目を凝らすと、大きなネズミのような生き物が動いているのが見える。
その生き物は黒い巨体をずるりと動かすと頭を上げ鼻をすんと動かした。すると向きを変え、赤黒い瞳で僕達をじっと睨みつけた。
黒くくすんだ体毛に覆われ、姿はネズミにそっくりだ。しかし大きさは大型犬くらいあるように見える。おそらく立ち上がれば僕と大差ないくらいだろう。
「暗くて良く見えんな。」
「でも、向こうも気づいたみたいね。」
スズネが矢筒から矢を取り出しながら言った。僕も腰の鞘から剣を抜く。ずっしりとした重みが手に伝わってきた。
僕もジェットも、視線はネズミに釘付けになったまま会話した。
「スズネ。ここから当てられるかい?」
「ギリギリかな、ちょっと自信ないかも。」
「分かった。威嚇でも良い、撃ってくれ。ツカサはスズネの弓を合図に前に出るぞ。」
「了解。」
「ネズミの向こう側に開けた空間が見える。あそこなら戦いやすいだろう。切りつけたと同時にあの場所まで走って応戦だ。」
ジェットは大ネズミの向こう側の草むらを指さした。木々の間から陽の光があたり、周囲の草が少ない一角があるのが見えた。
「スズネは撃った後、私達を射線に入れないよう山側に向かってくれたまえ。基本的には私達が下がったと同時に攻撃、当てれると思ったときだけ攻めてくれ。」
「おっけー。当たんなくても恨まないでね。」
「僕に当てるのだけはカンベンしてくれよ。」
「うっさい。これでも少しはまっすぐ飛ぶようになってきてんだから。」
ジェットが見る見るうちに作戦を立てていく。
この青年はおしゃべりなだけでなく回りをよく見ていると関心する。僕としゃべっているときでも時折感じるが、相手をよく観察してるのだ。
初めて会った相手でもすぐに打ち解け言葉を投げかけることが出来るのは、ジェットに相手を知ろうとする姿勢が常に身についているからこそできるものなのだろう。
「危ないと思ったらすぐに声を上げてくれ。誰が言い出してもすぐ退却だ。脇目もふらずに来た道を戻る。」
「分かった。」
答えながらも、僕は万が一のことなど考えたくも無かった。
「よし、諸君。向こうから攻められては不利になる。先手を取るぞ。」
「おう。」
「よーっし。」
「我々には幸いにも飛び道具がある。常に先手を取れると言っても良い。仕留めきることを考えず、必要なら逃げつつ確実に弱らせることはできよう。」
「うっす。」
「スズネ。貴方の弓をつがう双肩には我々の道を切り開く一筋の光が灯っている。その光は暗き森の木々を裂き、輝ける道筋を我らが剣に…」
「なげえよ。」
「慌てるな。この後ツカサの口上もちゃんと考えてある。」
「まだ続くのかよ。この状況でいらないだろ。どう考えても。」
「なんと。」
「もたもたしてられないって、相手から攻められたら不利じゃねえのかよ。」
「むう。ではツカサ、合図を。」
ジェットは言うと目を吊り上げて押し黙った。スズネは黙って弓に矢をつがえた。
遠くに見える大ネズミは僕らの挙動に気づいたのだろうか、一瞬ピクリと動き身をこわばらせている。
「よ、よし。じゃあ、いくぞっ!」
僕の声と同時にスズネの矢が弓から滑りだした。
まっすぐ飛んだかに思えて弓の弾道は、山なりの下降に差し掛かる直前で風にあおられたようにやや左にずれた。
ドッという鈍い音が響き、大ネズミの右肩に浅く矢が突き刺さった。
それを見たジェットが滑りだした。
細長い手足が木々をかき分け、猫のような耳の生えた薄青緑色の後ろ姿がみるみる大ネズミに近づいていく。
ジェットは走りながら剣を抜き、後ろ手に構えた。剣先を目の前に向け、2,3ステップを刻み歩調を整えると一気に踏み込み大ネズミに刺突を浴びせた。
ジジっとくぐもった音がなり、ジェットの剣先は大ネズミの毛皮に浅い傷をつけた。
遅れまいと不慣れな鎧と剣を担いで僕も追いついた。
左側に構えた剣を右に振り払う。頭のなかでは綺麗な剣の軌跡を描いていた。
ズンと音がなり、大ネズミの右肩を切りつけた。傷口から黒い霧のようなものが溢れ、空気中に消えていく。
「やるじゃないか。ツカサ。」
ジェットが振り向きながら声をかけた。
森の開けた場所にでると、いままでより辺りを見やすくなった。
僕は振り返りながら剣を構える。足元の草も丈が低く、さっきまでよりもずっと戦いやすそうであった。
見ると大ネズミが僕を睨みつけている。見た目はネズミだが、大きさが相まってあまりすばしっこく動けないようだった。
のそりと前足を持ち上げ、大ネズミは二足歩行の体勢をとった。背丈は僕より少し高いくらい。両手の爪がギラリと鋭く、それが奴の武器であることがひと目で分かった。
大ネズミとにらみ合い、剣を握り直す。緊張で汗が流れた。
「深追いはするなよ。森の中では大ネズミのほうが有利だ。」
「わかってる。」
ジェットが隣で声をかける。目は大ネズミをとらえたままだ。
森の茂みに木漏れ日が落ちる。日光に照らされながら僕は睨んだまま動けないでいた。
大ネズミもまた薄暗い茂みから姿を見せずに僕らを警戒しているようだった。
「奴の場所は暗くて、様子がよく見えないな。」
ジェットが汗を拭いながら言った。
「こっちが有利だってバレてるんじゃないか?」
「そんな知能があるような獣ではない。いずれ業を煮やして出てくる。」
空にかかる太陽が雲間に隠れた。フッと木漏れ日が消え、森は薄暗がりに包まれた。
その瞬間、大きな体を揺らして大ネズミが僕に突進してきた。茂みの中から現れた鋭い爪の一撃を剣の腹で受ける。
ガギンと音がなり、剣先が大きく揺れ体が傾いた。
続けざまに2撃目の左爪が僕を狙っていることに気がついた。
とっさに体を動かし左側に飛ぶ。体は左肩から倒れこみ森の土で鎧と顔が汚れた。
「やっ」
ジェットが踏み込み、大ネズミに刺突を入れる。剣先からくぐもった音がなり、またも傷を負わせられていないことが分かる。
グルルと喉を鳴らしながら大ネズミは僕達と距離をとった。
同時にジェットも大ネズミから距離を取る。おそらくジェットは傷を負わせるためでなく、注意をひくために攻撃をしているのだろう。
途端に弓矢が飛び、大ネズミを追い立てる。矢は当たることなく地面に突き刺さった。
大ネズミが向きを変え、スズネのいる方向を睨む。
「まずい」
僕は考えるより先に体が動いた。このままだとスズネが狙われると思い、闇雲に剣を振り回して走った。
刃の立たない剣は軽く弾かれ、大ネズミは僕の腹に向けて肩口からタックルを入れた。
「がっ」
背中を打ち付けて吸った空気が全て体から吐き出された。
鎧をつけた体はズシンと重たく、僕はもうぜえぜえと肩で息をしていた。
「こっちだ、醜い獣よ」
ジェットは大ネズミに向けて剣先を翻す。大きく踏み込みはせず、付かず離れずの間合いで大ネズミの注意を引いた。
ジェットが一足飛びで距離をとり、僕から少し離れたスズネの反対側に場所をとった。
僕は息を整えながら剣を構える。手足が疲労で重くなり始めていた。
大ネズミはのっそりと向きを変え、体を僕達の方へ向けた。
姿を見せているものの、僕らを睨みながら大きな体を揺らし茂みの中に隠れていった。
太陽が差し込み視界がひらける。
茂みの暗がりの中で、大ネズミは僕らをにらみながら息を潜めている。
「様子を伺ってるのか?」
「何かに怯えたようにも見える。」
僕は大ネズミを見ながらジェットに向けて聞いた。ジェットは短く返す。
すると大ネズミとは全く違う方向から、ガサガサと木をかき分ける音が聞こえた。
次第にそれは大きくなり、明確に僕をめがけて走っているようだ。
「ツカサッ!」
ジェットの声が僕の耳に届くと同時に、左肩に鋭い痛みが走った。
体を右に倒され、打ち付けた体がまたも息を吐いた。
「退却だ!一旦引くぞ!」
ジェットが駆け寄り、僕を起こした。
痛みはするものの、鎧に弾かれ大怪我には至っていないことだけは分かった。
見返すと森のなかから現れたのはもう一匹の大ネズミだった。
それもさっき切りつけた大ネズミより一回り大きく、爪の鋭い。
まるでこのあたりのボスであるかのような風格を持つ、大ネズミのボスだ。
読了感謝
これからバトル回が続きます。
テンポよく進めたいところ。




