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5.出発 -『やる気だけは十分。』

 夜空に浮かんだ月が傾き始める深夜、白銀の剣先が寮の庭に翻った。

 学校から貸し出された一振りの剣を、ツカサは力任せに振り回していた。


 寮の吹き抜けはしんと静まり返り、ツカサ以外の全員は眠りについていた。

 吹き抜けのテーブルには-大ネズミ討伐依頼-と書かれた書類が広げられている。

 異世界に来ての初仕事を、明日に控えていた。


「アウラをなぞるように。鋭く、豪快に。優雅は…いらないんだったかな?」

 出発の前夜、僕は興奮と緊張が入り混じった気持ちが高ぶり眠れないでいた。


 初めての仕事が決まってから一週間と少しの時間が経った。

 その間毎日欠かさず剣の練習をずっと続けてきた。

 にもかからわず、あれだけの剣閃を撃つことができたのは、後にも先にもあの1回だけだ。 


 学校の授業の他に自主練を繰り返す。

 僕でもなんとか剣を持って動き回るくらいは出来るようになってきた。

 いまでも手に持った鉄の塊はずしりと重たいが、アウラの扱いを理解するに連れて少しずつ軽くなってきたような気がする。


 気の高鳴りが落ち着くまで剣を振って、僕はベッドに入った。

 外では月が沈み始めていた。



「おっきろぉぉおおおお!!」

 僕は耳元の怒号にたたき起こされた。


 ずんっと鈍い音と同時に僕の腹に重みと痛みが伝わる。

 スズネが僕のみぞおちあたりに膝蹴りを落としていた。


「がはっつぅ…」

 肺の中の空気が一瞬完全に空になり、乾いた嗚咽が喉から出た。


「何時間寝るつもり!!準備は?」

「え、あ、何?」

「準備よ。出発の準備。」

「あ、まだ。大した量じゃないし、起きてから」

「起きてからって、遅刻寸前じゃん。」

「へ?」

 寝ぼけた頭をかきながら、スズネを見返した。


「へ?じゃないって、もうすぐビスコタさん来るよ。」

「えあ、え、うそ?」

「うそ?じゃないって。」

 1階の吹き抜けからドアをノックする音が聞こえた。


「すまない。遅くなった。」

 ドアが開かれる音と同時に、凛とした女性の声が届いた。その声と口調からも、エルフの教官ビスコタのものだと分かる。

 同時にものすごい寝坊をしてしまったことが、理解できた。


「ごめんなさいね。ツカサがまだ起きてないみたいなのよ。」

 応対した寮母、ジョーヌの声が聞こえた。続いてビスコタとジョーヌが会話しているらしい声が聞こえる。

 僕はベッドから飛び出した。


「簡単な説明と手続きがあるんだ。悪いがスズネだけでも立ち会ってもらえないか。」

 階下からビスコタの声が聞こえる。よく通る声で吹き抜けから2階のぼくの部屋まで聞こえた。


「とにかく、ツカサは準備しなさい。説明とかは私が聞いておくから。」

「じゅ、準備って、えと、何すればいい…ですか?」

「なんで敬語になってんの。とりあえず着替え、1泊するから替えの下着とか。」

「えーっと…下着?パンツ何枚?」

「しらないわよ。必要なだけ。」

 僕は寝ぼけた頭でおたおたと足踏みしながら、服も寝間着のままだった。


 僕はまず服を着替えた。

 分厚い生地の長ズボンに、薄いベージュのシャツを着る。その上から軽い革製の胸当てと手甲をつける軽装備だ。


 吹き抜けからはビスコタが説明を続ける声が途切れ途切れに聞こえる。

 依頼の説明と同時に、いくつか書類を書いているようだった。


「鎧を着るのは仕事の前でも大丈夫よ。」

 開いたままの扉を軽くノックしながら、ジョーヌが僕の部屋に顔を出した。黄昏色の毛並みを揺らせた狐の顔はにっこりとほほ笑み、慌てるなと言っているようだった。

 ジョーヌの両手には洗濯された僕の服と下着が抱えられていた。


「はい。替えの服持ってきたわよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「1泊だけだし、パンツは2枚もあればいいわね。あと汚れるだろうから帰り用のズボンとシャツ…」

「は、はい。」

 おせっかいな寮母が次々に準備を進めていく、僕が鎧を脱いだ頃にはひと通りの衣類がかばんの前にまとめられてしまった。


 大きめの肩掛けバッグに替えの下着を2枚、シャツとズボンを1枚ずつ。

 着てから脱いでと二度手間をかけた軽鎧は、革紐でくくってまとめて背負うことになった。


「これだけ準備すれば十分よ。さ、急ぎなさい。」

「ありがとうございます。助かります。」

「練習を頑張るのもいいけど、次の日のことはちゃんと気にしなさいね。」

「すみません。気づいてたんですか…。」

「まあね。」

 ジョーヌは狐の顔を僕に向けてニッコリと微笑んだ。


「ツカサ!急いで!」

 吹き抜けからスズネの声が届く。

 僕はジョーヌに背中を押されながら部屋から飛び出した。


「あと15分で出る。」

 ビスコタが懐中時計を片手に重々しく声を響かせた。


 僕は階段を駆け下りて足早にビスコタの座るテーブルに向かうと、ビスコタから1枚の紙が手渡された。

 濃紺のリボンで縛って筒のようにまとめてある。

「依頼書だ。向こうについたら村役場を訪ねて渡せばいい。詳しいことはスズネに説明してある。」

 ビスコタは椅子から立ち上がりながら言った。


「走れば間に合うはずだ。急いでくれ。」

「は、はい」

「これが許可証と、学生証明証。乗り合い馬車で運賃代わりに見せてくれ。」

「わ、わかりました。」

 ビスコタからいくつかの書類と、革製の小さな手帳のようなものが渡された。

 てのひら程度の大きさで、真ん中に学校でたまに見かける紋章のようなものが描かれている。


「はい、お弁当よ。」

 ジョーヌから小さなバスケットを手渡された。中身はサンドイッチのようだった。


「よし、走れ!校門前に来る馬車だ、御者に聞けば分かる」

「いってらっしゃい。くれぐれも気をつけてね。」

「わかりました。いってきます。」

「は、はい。いってきます。」

 僕とスズネは、駆け足で寮を飛び出した。腰にかけた慣れない剣の鞘がガチャガチャと音を鳴らした。


 息を切らせながら校門前にたどり着くと、馬車の御者に頭を下げている青年の姿があった。

「私の友人があと2名ほど乗る予定なのだ。時間組みを狂わせて申し訳ないが、もう少し待っていただけないだろうか。」

 彼の薄青緑色の短い髪から飛び出した猫のような耳が、僕達の足音を聞くとピンとはねた。


「遅いではないか。ツカサ。」

「ジェット。なんで?」

「なんでとはどういうことだ?今回のメンバーについて聞かされていないのか?」

「メンバーって仕事の?」

「とにかく乗りたまえ。馬車を待たせているんだ。」

 僕はジェットに促されて馬車の出入口に急いだ。

 乗るときに、御者と他の乗客にすみませんと謝罪した。


 馬車の先頭には2頭の馬が繋がれ、御者が手綱を握っている。僕は本物の馬をあまり見ることが無かったが、元の世界の馬よりも少しばかり顔つきが鋭く、足腰ががっしりしているように見えた。

 馬車の大きさは乗用車と同じくらいで、詰めればだいたい7,8人が乗れるくらいの座席数だった。木で作られた簡素な長椅子が2列向かいあうように設置されている。

 軽い雨ならしのげる程度の平たい屋根が付けられ、手すりのような枠で囲まれた簡単な作りだったが、車輪にはバネがとりつけられ乗り心地は悪くなかった。

 自転車より少し遅いくらいの早さで馬車は石畳に舗装された地面を走った。


「お初にお目にかかる。私はジェット・グリーン・ピパーミント。」

 ジェットはスズネに向かってにこりと微笑んで自己紹介をした。すらりとした手足と仕草は、どことなく気品を感じさせるものがあった。


「あ、どうも。私はスズネ。それと、こっちはツカサ。って言っても知ってるかな。」

「ああ、ツカサとは友人だ。親友、ライバルと言っても良い。互いに刃を交わし、谷に落とされなおもより高きを目指す獅子の兄弟が如き絆を持った相手だ。」

「いちいち大袈裟すぎるだろ。戦士で同じ授業をとってるだけだ。」

 ジェットの長くなりそうな話に、僕が割って入る。


「ときにスズネよ。ツカサと同じ寮ということは、その、スズネも異漂者なのだろうか?」

「そうだよ。ツカサよりちょっとだけ早くこっちに来てる。」

「そうだったか。この世界に挑まんとする高き志の同士。相席するは大役。この私も学友として恥じないよう振る舞おう。」

「そんな肩肘張らなくていいよー。」

 ジェットとスズネが軽く笑いながら談笑している。誰に対してもジェットはあの調子でしゃべるのだと、僕は隣で思った。


「じゃあ今日の仕事って、僕とスズネとジェットの3人でやるってこと?」

 僕はスズネに向かって馬車のりばでの疑問を投げかけた。


「そうよ。この仕事ってクラス認定試験ってのも兼ねてるみたいで、そっちの説明にも、この3人って書いてあったわ。私達3人で大ネズミ1匹を討伐してこいって」

「試験…つまりテストってことか?」

「そんな感じみたい。討伐成功で、そのまま試験通過ってことになるんだってさ。」

「へー。できなかったら?」

「そりゃあ。赤点?補習とか再テストとかあるんじゃない?」

 隣に座ったスズネは首だけをこちらに向けて答えた。


 都市を離れるにつれて木々は豊かに生い茂り、石畳の道は平らな土に変わった。

 馬車から見える景色は新鮮そのもので、時折大きく揺れる座席に悩まされながらも旅路に退屈することは無かった。

 

 次第に町並みが遠くなり、街から外れた小さな村に辿り着いた。


「ありがとう、この村だ。できれば役場の近くにおろしていただきたい。」

「あいよ。この季節なら大ネズミかい?」

「その通りだ御仁よ。試験も兼ねての仕事になる。」

「そうかそうか、頑張んな。」

 ジェットは馬車を操る御者と、短く言葉を交わした。


「ここの道をまっすぐ行けば役場だ。」

 馬車を止めると、御者はジェットに首を向けて喋った。


「ここだ、ツカサ、スズネ。2人共降りるぞ。」

「はいっす。」

「ああ。」

 ジェットの呼びかけに応えて、僕とスズネも腰を上げた。

 ビスコタに言われた通り御者に向けて許可証と小さな手帳のようなものを見せると。わかったわかったと言うように軽く手を振って応えた。


「思ったより人がいるね。町外れっていうからもっと閑散としてるかと思った。」

 スズネがあたりを見回しながら感想を述べた。

 村役場に向かう道なりには、小さな商店がいくつか並び、往来にも談笑する人々がちらほらと見える。

 元いた世界でなら、ちょっとした田舎の駅前くらいのにぎわいがあった。


「このあたりは村の中心になるからだろう。乗合馬車が通る道なら当然人の往来も増える。」

 ジェットがさも当然のことを言うように答えた。


「それで、この依頼書は役場に持っていけばいいのか?」

「その通りだ。ついてきたまえ。」

 僕の問いかけに対してにこやかに答えたジェットは、猫のような耳をピッとつきたて颯爽と歩き出した。


 役場の扉を開けると、開放的な吹き抜けが広がっていた。

 カウンターの奥では書類の整理が進められ、仕事の内容らしい情報が壁に貼り付けられている。

 木でできた建築物は素朴なものの、働く人の風景は元の世界の市役所と職業案内所を合わせたような雰囲気だった。


「多忙とお見受けするが、しばしご注目をいただいたい。討伐の依頼書を受諾しにきた。」

 ジェットがカウンターに向けてよく通る声を発した。

 少し待つと書類の山の中から小柄な女性が現れてカウンターに座った。栗毛色の髪からはぺたんとした犬のような耳をのぞかせ、ふさふさとした尻尾がついている。

 体つきに凹凸が乏しく、見た目は少年のようだった。


「どうも。受付業務を担当しておりますキミアであります。」

 犬耳の女性は短く事務的に言うと軽く会釈した。


「ツカサ。依頼書を彼女へ。」

「あ、ああ。」

 ジェットに促され、ビスコタから手渡された書類を受付の女性に渡す。


「大ネズミの討伐、1匹でありますね。受領手続きにあたるであります。」

 受付に座ったキミアはリボンをほどき、書類に目を通すとさらさらとサインを入れた。それと同時に精巧な焼き印の入れられた小さな木札に、日付といくつかのメモを書き加えて僕の前に差し出した。


「書状を承りましたであります。仕事を引き受けていただき、ありがとうございます。移動につきましては村役場から馬車をご用意しているであります。」

「わ、わかりました。」

「馬車と言っても村人のボランティアでありますが、こちらの手形を御者にお見せしていただきたいであります。」

「は、はい。」

「日暮れ前に馬車が迎えに行くであります。村に戻りましたら、同時にこちらまで依頼の報告をお願いするであります。」

「わかりました。」

「それでは、依頼内容は大ネズミ1匹の討伐でよろしいでありますね。」

「はい。」

「今回は学校からの試験を兼ねると伺っているであります。よって日暮れの馬車が来るまでに依頼が達成できていない場合、依頼達成を諦めていただくであります。」

「そうなるんですか。」

「それではご安全に。」

「ご、ご安全に?」

 手慣れた様子で事務作業を続けるキミアに対して、僕は終始しどろもどろな応対をしてカウンターを後にした。

 前の世界でも僕の事務手続きはいつもこんな感じだったなと、ふと思い出した。

 場所が変わっても僕と言う人間が変わるわけではないのか。


読了感謝。

随分と日をまたいでしまい申し訳ない。まさかの復活。

キリの良い所までまとめて戻ってきたんで、これから定期的に更新していく予定。

改めて、よろしくお願いします。

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