4.異世界と僕の力・2 -『この世界だから持った力。』
ジェットは目を吊り上げ一線に僕を睨みつけた。
「どちらかが負けを認めるまで、やらせてもらうぞ。」
普段の朗らかな表情とは一変した、張り詰めた緊張感を帯びて言い放った。
僕は返す言葉が見当たらなかった。
勝負の結果など火を見るより明らかだ。
ジェットがヒュンっと剣を抜き取ると軽々と振り回した。
その剣さばきだけでも実力の差は明白だった。
「対等な条件だ。道具を取ってくる。すぐ戻る。」
クラーロは短く言い終えると、2人を残してその場を後にした。
「試合ってなんだよ。」
「知れたこと。対等な条件で彼我の実力差を明確化させようと言っている。」
「どういうことだ。」
「どちらが上か、はっきりさせてやろうということだ。」
ジェットは睨みつけながら、言葉を返した。
「そんなの、どう見てもお前の勝ちだろ。」
「言われずとも私もそう思っている。なにも私の傲慢で言っているのではない。」
ジェットは保身のために言うような態度では無かった。
「不当な評価ではツカサの気も削ぐ。ツカサは自分が期待に答えられた成果を得ていると思うのか?」
「それは…」
正直なところ、自分だって過大評価されていると思う。
普通と違う僕の立場をわかったうえで遠慮されているような居心地の悪さは、ずっと感じていた。
数分してクラーロは両手には2振りの剣を腕に抱えて歩いて帰ってきた。
刃渡りも柄も今持っている剣とおよそ同じもののようだ。
それぞれ1本ずつ、僕とジェットの足元に投げてよこした。
「抜け。どちらかが負けを認めるまでだ。」
「負けを認めるとか、そんな…」
勝負の結果など火を見るより明らかだった。
「僕が負けを認めればいいんだろ。」
「抜け。」
ドワーフは有無をいわさぬ眼光で睨みつけられた。
「履き違えるな。負けを認めさせるまで。だ。」
先ほどしゃべっていたジェットとは別人のような眼光で言葉をかけられた。
2人の気迫に押されて剣を抜いた。
先ほど使っていた剣と重さも形もさほど変わらない様子だった。練習用なのか刃が削られている。
やはりずしりと重く、振り回すだけでもそれなりに力がいる。
同じく剣を抜こうとしたジェットが何かに気づいたように、クラーロを見返した。
「鈍剣だ。」
クラーロはジェットの視線に短く返した。
「なるほど、鈍剣。対等な条件です。」
ジェットはずしりと剣を抜き取った。その額にはうっすらと汗が見える。
「これは試合だ。手加減は侮辱だと思え。」
ジェットの言葉が飛ぶ。
先ほどと打って変わって、今度は肩で支えるように剣を担いでいた。
構えると言うよりは無理をして持ち上げているかのようだった。
「おい、どうしたんだ?さっきの剣とたいして重さも変わらないだろ。」
「変わらないだと?本当にそう感じるのか。」
ジェットは歯ぎしりをしながら睨んでいる。
がしゃりと音をたててジェットが僕に向かって飛び込んできた。
先ほどの剣舞と同一人物とは思えない不格好な駆け足で、走るのもやっとだという体であった。
「ふんっ」
ジェットが僕をめがけて剣を振るう。
どちらかと言えば重さに耐えかねて振り下ろしたような拙さだった。剣先は僕に届くこと無く地面に小さな穴を開けた。
「なんと、聞きしに勝るより重い。」
ジェットは変わらぬ顔で僕を睨む。全身の力を込めて剣を持ち上げてやっとの思いで肩に担いでいた。
体からは滝のような汗がながれ、ふわふわとしていた薄青緑色の髪はぬぐいもしない汗でしおれている。
「ちょっとまった。さっきの動きはどうしたんだ。」
「先の動き?」
「もっと軽そうに剣もってただろ。この剣だってさっきと変わらないはずだろ?」
「あれはアウラの上を滑らせたにすぎん。」
肩で息を吐きながらジェットは言葉を返した。
「これは鈍剣だ。話に聞いたことはあるが、振ったのは初めてだ。」
「どういう意味だ。」
「異世界の技術で作られた剣のことだ。」
「は?」
「今の私とツカサは、完全に対等な条件だと言うことだ。挑みがいがある。」
言葉を叫ぶと同時に、ジェットはもう一度振りかぶった。
おおぶりの剣筋には鋭さもなく、避けてくれと言わんばかりの弱々しさだった。
僕は横に大きく飛ぶようにかわした。
「さすがに。重い。」
ぜえぜえと呼吸を整えながら、小さく呟いたのが聞こえた。
「ふんっ。」
ジェットが振り下ろした剣をそのまま横に振り回す。
剣先が僕に届くこと無く、大きく空振りしたと同時に重さに振り回されてジェットまで大きくよろけた。
「おい、大丈夫か?」
僕が声をかけると見開くような眼光が帰ってきた。
「ふざけるな。手加減は侮辱だと言っただろう。」
「手加減って。」
剣を持ち上げることすらやっとのように、ジェットがふらふらの足で立ち上がった。
「それとも、相手が格下と分かれば気兼ねなく蔑めるのか。下郎め。」
唾棄するかのような刺々しい口調で強く言った。
「そんなつもりは。」
「では切り返せ、全力で。それ以外は等しく侮辱だ。」
ジェットは剣を肩にかつぎ、もう一度踏み込もうとする体勢を作った。
持ち上げた剣をふらふらになって振り下ろす。
僕は弱々しい切っ先に剣をぶつけて弾いた。
ガンッと硬い音が響き、弾かれた衝撃に耐えかねてジェットが前につんのめって倒れた。
「すこしはやり返すようになったではないか。」
顔についた土を払う様子もなく、数歩勢いをつけて斬りかかってきた。
僕はとっさのことに剣を構えて防いだ。
すると同時に脇腹に鋭い蹴りが入り、僕は尻もちをつき倒れこんだ。
一瞬頭をうちつけ、青空と星空が同時に見える。
「ツカサの実力はよくわかった。だが私も、やすやすと負けるつもりはない。」
腕が上がらないのか、剣を持ち直す余裕もないようだった。
「くっそ。そっちがその気なら。」
僕は剣を構えて駈け出した。その動きに合わせてジェットが体をこわばらせて剣を持ち上げる。
持ち上がった剣めがけて、思い切り僕の剣をぶつけた。
ガギンと響く音を青空へと投げ、ジェットの剣が地面に突き刺さった。
「はあ、はあ、私の負けだ。ツカサ。」
言いたいことを全て言い切ったような顔で、ジェットが僕を見つめた。
その目には以前の朗らかさが戻っていた。
「するってえと。そういうことだ。」
クラーロが全くまとまっていない言葉で場を収めに来た。
「どういうことです?ジェットはさっきまで、あんなに軽々と剣を持っていたのに?」
「アウラがねえからな。鈍剣ってのはそういうもんだ。」
「さっきの剣ですか。」
クラーロは上手く説明出来ないといった風の顔をした。
「生き物は動くアウラを持つ者だ。我々はまずアウラありきで動く。」
息を整えながらジェットが話し始めた。
「剣や魔法だけでない。体を動かすにもアウラをまとって動いていると、私は学校で学んだ。」
「そのアウラってのは何だ?」
「それを言葉にするのは難しい。私たちにとってひどく当たり前のものだからな。」
ジェットは説明を続けた。
「鈍剣は一切のアウラを介さない、異世界の技術の剣だ。」
「僕はアウラなんて使ったことない。」
「だからこそ対等な条件なのだよ。まるで尻尾をなくした猫のような気分だった。」
苦笑いをしながら、ジェットが微笑んだ。
「さ、気は済んだだろ。訓練に戻るぞ。」
クラーロは大きな声で僕達を呼び戻した。
「アウラは無限ではない。使えば当然疲労もする。先ほどの僕はまさに全ての気力を出し尽くした状態だったと言える。」
剣を拾いながらジェットが話を続けた。
「つまりアウラをまとわない体で、あれだけ動けることが驚きなんだ。」
「僕が?」
「そうだ。その素体は決してお世辞では無い。ツカサの全力を見たいと、僕も思わずにいられないくらいに。」
土埃を払いながらジェットが僕を見つめた。真摯な瞳は尊敬と友好に満ちていた。
「どうだツカサ、久しぶりの鈍剣は?」
「久しぶりなんて、僕は持ったのも初めてですよ。」
「異世界の剣だろ?」
「前の世界では剣を持つ仕事をしていなかったので。」
「ふむそうか。」
クラーロはまたあごひげをなでた。
「さあ、木の板はいくらでもある。当分はこれが課題だ。」
僕の目の前に切り込み一つ入れられていない木片が立てられた。隅っこに小さくジェットが切りつけた跡が見える。
僕は鈍剣を手放し、いつも使っている練習用の剣に持ち変える。
すんっと手になじむ感触が肌を滑った。
「ああ、やっと違和感を払拭した思いだ。乾いたペン先にインクを染みこませるようだ。」
ジェットが意気揚々と剣を振り回した。
ひゅんひゅんと風切音が鳴り響く。
「ツカサ、どうした?」
鈍剣との感触の違いに驚いていた僕に、クラーロが声をかけた。
「えっと、あの。その。」
僕は手に掴んだ感触を手放すまいと必死になっていた。
何か今までと違う感触が剣を伝っていた。
「鈍剣とは感触が違うか?」
ジェットが驚いた顔で僕を見ている。
「分かんない。なんか、ほんのちょっとだけ違う感じがする。」
「鈍剣を介さない感覚は私が知る限り1つしか無い。それを動かすことを意識するのだ。なぞるように。」
「動かす。えっと、」
僕は違和感を掴むだけで精一杯だった。
「木片の前に立って、斬りつける剣の動きを描けばいい。優雅に、滑らかに、」
「優雅はいらねえ、鋭く、まっすぐだ」
「精錬に」
「豪快に」
ジェットとクラーロが互い違いに説明する。
僕は剣を構えて深呼吸した。見えてもいない感覚に心を澄ませて形をつくろうとする。
剣が動く形を、弧を描くように。
「やっ」
息を軽く吐いて切りつけた。
ザジッっと鈍い音を立てて剣が弾かれた。
「ふうむ。」
クラーロがあごひげをなでながら僕を見つめた。
「もう一度、お願いします。」
目標を見つめながら声を放った。
僕がこんなことを言ったのは、人生で初めてかも知れない。
今の感覚をここでつかみたいと純粋にそう思った。
「なぞるように。慌てなくていい。」
深く低い声で教官が答えた。
あたりがしんと静まり返った。
僕の頭のなかに弧を描く。
左から右に。目の前の木片を鋭く切り分け、抜ける一閃を思い描いた。
キンッと澄んだ音が響き渡った。
木片の上部が宙を舞う。
気が付くと剣は左から右に振りぬかれ、ずしりとした重さが剣を持つ腕に伝わった。
「え、あ?」
「すごい、素晴らしい。」
ジェットが目を丸くして、賞賛の声を上げた。
「いや、なにがなんだか。」
一瞬だけ手に持った剣が、全く重さを感じさせなかったことだけを覚えている。
「うむ。」
クラーロは黙って頷いた。
すとんと軽い音とともに、木片が地面に落ちた。
その切り口には鮮やかな鋭さがあった。
「もう一度やってみろ。」
重々しく口調でクラーロが言った。
「は、はい。」
相変わらず剣は重たい。だがさっきの一瞬を思い出して、もう一度振る。
ギンっと聞き慣れた音が帰ってきた。
剣は2割ほど切り込みを入れて止まった。
「ええ?」
先ほどが嘘のような剣撃だった。
「持続力が足りねえ。集中力も無い。」
「う…。」
「今の様子じゃ、1回か2回出せればいいところだな。」
「そうですか。」
「だが先の一閃、申し分なし。」
クラーロがひげに包まれた顔に笑みを浮かべた。
「これは本当に水を開けられてしまったな。」
ジェットはやれやれと言ったように言葉を投げた。
「だからこそ我が友、ともに研鑽を積むに値する。先の剣撃、閃光が如き」
「突きをやってみろ。」
ジェットの言葉をぶっきらぼうに遮り、クラーロが言った。
「鈍剣の踏み込みは、悪くなかった。」
ジェットのほうを見つめたあと、試し切りの木片をひげに覆われた顎で示した。
「あの木片に、突き。」
ジェットは木片の正面に直立した。
「やっ」
直立の状態から振りかぶっての刺突。
ガズっとした音で剣が止まった。剣先1,2センチほどの切れ込みだった。
「踏み込みだ。」
クラーロが低い声で言った。
「分かりました。」
ジェットは数歩下がって、直立の姿勢をとった。
どうやって踏み込めばいいと言ったふうに、足が定まっていない。
「えと、あれだ。ひゅんひゅんやっていい。」
頭を掻きながらクラーロが言葉を付け足した。
「ひゅんひゅん…?」
ジェットは一瞬だけ不可解な顔をしたが、すぐに意味を解したようにまた数歩下がった。
剣をピッと立てて止まった。マーチングバンドの指揮者を思わせるポーズだ。
ひゅんひゅんと軽々しく剣を翻す。足はトントンとステップを踏み、リズムを確かめるようだ。
トトッと数歩前に進むと、一直線に鋭く踏み込んだ。
しなやかな脚が一瞬で間合いを詰め、細長い腕から剣先が走る。
ズガンと音を立てて木片を穿った。
剣先は深々と刺さり、木の板に大きな穴が開いた。
「名前はジェットだったな。なかなかのものだ。」
クラーロは木片から目をそらさずに言った。僕はこのとき、初めてジェットが名前で呼ばれたことに気がついた。
「お褒めにあずかりまして。光栄です。」
今度の言葉には、礼儀だけでなく純粋な喜びの気持ちが混じっていた。
「課題もクリアしたし、今日の訓練はこんなところだ。」
「ありがとうございました。」
ジェットがすぐに答えた。
「あ、ありがとうございました。」
少し遅れて僕も答えた。
ポンプ式の井戸からは勢い良く水が流れている。
「さあ、勝者よ。水を浴び給え。恥じることはない。」
ジェットがにこやかな顔でポンプを上下させている。ぼくはふっと吹き出しそうになった。
「私の負けだ。アウラの無い動きがああほど難しいとは思わなかった。」
「そういうもんなのか。」
「アウラも無しにこの世界に挑むとは、尻尾の無い猫が直立するのようなものではないか。」
「例えが分からん。」
「こればかりは例えようがない。自分の体の一部が無くなるような感覚だ。全身のあらゆる感覚が一斉に減ったような…。」
「ふーん。」
「だが本日をもってツカサは実に、実に大きな一歩を踏んだと言えよう。栄えある第一歩、雛の巣立ちに立ち会った感慨を覚える。」
「おおげさだよ。それにあれ以来1回もできないし。」
「1歩を歩んだものと、踏み出さないものの差は大きい。それは数や理屈ではない。」
「そう、かもな。」
「さあ水を浴び給え。踏み出したものへの祝福と、試合の勝者への賛辞だ。」
「いちいち大袈裟なやつだ。」
「どうした、この国の水源は豊富だが、」
「水がもったいないな。」
冷たい水がつむじから背中に向けて流れる。
体中の汗と土を洗い流し、薄手のシャツしっとりと濡らしていく。
髪についた水を払って顔を上げると、頬を伝う風に初夏の芽吹きの匂いを感じた。
「さて。」
僕はびしょ濡れのままジェットと位置を変わり、井戸のポンプを握った。
そして勢い良く上下に動かす。
「ツカサ?」
「どうした、水を浴び給えよ。」
僕はジェットの真似をして言ってみた。
「練習後の身だしなみも大切だろ?」
「ここに頭を入れるのか、少々勇気がいるな。」
ジェットは勢い良く流れる水を見てたじろいでいる。
「ちょっと待ち給え、このシャツは由緒ある逸品で…」
「この天気ならシャツもすぐ乾く。」
「貴金属を避けねば、錆びてしまう。」
「頭からかぶるだけだ。腰まで届かねえって。」
「その、なんというか、こういった下賎な行為などしたこと…」
「遠慮するなよ。」
「つ、冷たいだろ?」
「気持ちいいくらいにな。」
プールサイドのネコのようにジェットが尻込みしていた。
「どうした、この国の水源は豊からしいが…」
「ええい。」
思い切り良くジェットが水をかぶった。薄緑色の髪から背中に向かってみるみる水が流れる。
「ひゃっ。つ、背中に入った。」
水を頭にかぶりながら、凍えそうな声でジェットは言った。
顔を上げると水を拭い、髪を軽く逆立てて水気を切った。
「冷たい。死ぬかと思った。」
猫のような耳を真上に持ち上げ、全身の毛を逆立てた青年は気品のかけらもなくはーはーと息をしていた。
その姿がなんとも間抜けで、僕はもう一度吹き出しそうになった。
いつものように暖炉に腰掛けた。
隣でスズネが寝っ転がっている。
「ツカサに先を越されるとはねー。」
「悔しいか?」
「ちょっとムカつく。」
互いに暖炉を見つめながら言いあった。
「って言っても、使いこなせたわけじゃないけどね。たまたま、まぐれで1回出来ただけって感じ。」
「まぐれか。」
「普段はまあ、なんとなく感じが分かったってとこ。」
「じゃあ、私と同じくらいじゃん。」
「それでも1回は完全に使いこなせてたぜ。」
「ふん。すぐに追い越してやるわよ。」
二人で暖炉を見つめていると、ふいに玄関の扉が開いた。
「二人共、ちょっといいか?」
銀色の髪をなびかせて、ビスコタが寮にやってきた。エルフの持つ薄褐色の尖った耳は、いまだ肌寒い外の空気に触れたためか少し赤くなっていた。
ジョーヌもやってきて、寮の吹き抜けに4人が向い合って座った。
「そろそろクラスを取得してもいい頃合いだと思ってな。」
ビスコタがかばんの中から書類を取り出しながら言った。
「少し早いが実地訓練を入れようかと思う。ちょうど大ネズミ退治の仕事も来ていることだし、この仕事を依頼したい。」
-大ネズミ討伐依頼-
そう書かれた書類を差し出した。
「スズネとツカサ。あと何人か加えての3,4人構成のパーティになる予定だ。クラスの試験も兼ねての実戦になる。」
ビスコタがメガネを持ち上げながら短く言った。
異世界の日常に魔物討伐という思いがけない話が舞い込んできた。
読了感謝。
なるべく定期更新にしたい。




