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3.異世界と僕の力・1 -『剣と魔法の世界で、剣も魔法もできない。』

 剣の講習をみっちりと受け、日が暮れた。

 戦士のクラスを学び始めてから数日経つが、いまだに剣を振るうだけでも精一杯だった。


「剣筋を描くようにアウラを沿わせて、まっすぐなぞるんだ。体全体の動きをイメージすれば動きが鋭くなる。」

 ドワーフ特有のヒゲをさすりながら、威厳のある声で教官が語った。

 出たよ。アウラ。


「アウラの流れが鋭く素早いほど剣も軽くなる。」

 まったく分からん。汗だくになった頭はまるで回らず難解を極めた。


「理屈より体で学ぶほうが早い。研鑽を怠るな。今日の授業は以上だ。」

「あ、りが、とうございました。」

 汗と土だらけになって返事をした。ここ数日剣を振るう毎日だが、肝心のアウラとやらは相変わらずさっぱり分からないままだった。

 それでも何日か繰り返すうちに、なんとか体力だけは続くようになってきた。


 僕はいつものポンプ式井戸で水を飲んだ。

 また頭からかぶりたい気もしたが、この前のように誰かに見られるのも嫌なのでやめておいた。


「授業は終わったか?」

 ビスコタが輝く銀髪を揺らしながら歩いてきた。エルフの耳を尖らせ、スッと伸びた鼻先にはいつものメガネが光っている。


「あ、はい。ついさっき」

「ちょうど良かった。授業にはもう慣れたか?」

「なんとか少しは体が、ついてこれるようにはなってきました。」

「剣の訓練は体で直接行うから、魔法の勉強より身につくものが多いだろう。」

「朝から動いてばかりでへとへとですよ。身についたといえば汗ばんだシャツくらい。」

「冗談を言えるなら上等だ。」

「笑えないですけどね。」

「本音を言えば、私の元で純粋魔法の道を歩んでほしいところなのだがな。」

「でも、アウラはさっぱりで。」

「まだ分からないだけだ。純粋魔法は知れば知るほど面白いものだぞ。」

「どうでしょう。僕には無理ですよ。魔法なんて。」

「戦士の時でも同じことを言ったぞ。」

「戦士だって、毎日剣を振り回して終わりです。何も出来てない。」

「成果を生み出せとは言わん。学びたまえ。」

「そんなこと、僕には…」

 ビスコタはまたも悩むように眉間を抑えた。

 僕にはその仕草が、出来の悪い生徒に頭を抱えている教師ように見えた。


 僕には剣も魔法も、全く才能が無かった。

 ただ剣の方は体力任せに振り回してるだけなぶん、少し気が楽な程度の差でしか無かった。


「詳しい知人に聞いてみたのだが、異世界にはアウラが全く無いのだな。」

「そうみたいです。」

「我々には信じられん話だ。」

「そうみたいですね。」

「だが過去の例を見ても、ツカサもスズネもアウラを扱えないことはないはずだ。」

「そうだといいですが。」

「あと、まあその…。たまには私の授業も受けに来るといい。他の経験を通して見えてくるものもあるだろう。」

「そうなるといいですが。」

 僕は曖昧な態度で返事を返した。


「ああそうだ。すまない。話がそれてしまった。」

 途切れそうになった会話を、慌てたような声でビスコタが繋げた。


「魔法の教官でなく、君たちの担当官として用があったのだ。」

「僕達の?」

「いや、正確には君のだな。現在異漂者として特別カリキュラムで学校に来ているが、段階的に一般生徒も授業に編入させようかと思う。」

「えーっと?」

「つまり、こっちの世界の生徒と一緒に授業を受けてみないかと言う話だ。」

「あ、はい。別に構いませんが。」

「そうか。まあ、そう答えると思っていたよ。仲の良い友達が出来たようだしな。」

「はい?」

「友達だよ。戦士クラスの受講を希望している。」

「友達って僕の?」

「そうだ。ツカサのことをよく知っているようだったぞ。それで同じ教官に教わりたいと、届け出を出してきた。」

 ほっそりとして背が高く、ペラペラとよく喋る男が僕の脳裏をよぎった。

 心当たりがある。


「何か問題でもあったか?」

「いえ、別に。」

「なら手続きを進めよう。いつまでもツカサ1人だけの授業を受けさせるのも、良くないと思っていたところだ。」

「そう、ですか。」

「年齢もツカサと同じくらいだ。お互いに切磋琢磨して学ぶことも多いだろう。」

 エルフの教官は僕を見て、ニコリと笑った。



 翌日の朝。

 クラスにやってきた男は僕の思い描いた通りの顔をしていた。


「やあ、久しぶりだな。ツカサよ。」

 薄青緑色のフワフワした髪から尖った猫のような耳が生えた青年が、さわやかな笑顔とともにやって来た。


「今まで異漂者として個別授業を進めていたが、今回より段階的に通常カリキュラムと同化させていくこととなる。」

 ビスコタが細い銀縁メガネを上げながら、僕とジェットに向かって説明を始めた。


「本人たっての希望もあり、本日よりジェット・グリーン・ピパーミントの受講を許可する。」

「よろしく。我が友よ。ちょうどこの先、剣を学ぼうと思っていたところでね。」

「ああ、よろしく。」

 キザったらしい笑みを浮かべて、ジェットは軽く挨拶をした。


「スズネ同様にツカサのカリキュラムも、段階的に一般生徒と同化させることとなる。何か質問は?」

「えっとつまり、少しずつ特別扱いをやめるってこと?」

「そういうことだ。」

 ビスコタはハキハキと質問に応対した。


「担当官としての通知は以上だ。では、クラーロ。」

 ビスコタはドワーフの教官に場所をゆずり、数歩後ろに下がった。

 クラーロと呼ばれたドワーフは、むうんと軽く咳払いして僕達の前に立った。


「受講者が増えてもやることは変わらん。まずは素振りから。」

 クラーロはドワーフ特有のヒゲをなでながら、低い声で言った。


 僕らは授業用の剣と防具を身につけた。


「なるほど、なかなか重たいな。しかし無骨で重厚、シンプルな造形は悪くない。」

 ジェットは体中につけた防具と剣をまじまじと見つめながら言った。


「まず振ってみろ。」

 クラーロはジェットの方を向いて厳つい声で言った。


「この剣でいいかな。戦士の流儀は覚えがないので、無礼はお許し願いたい。」

 そういうとジェットは剣を片手で軽々と持ち上げ、ヒュンヒュンと振り回した。


僕が汗まみれになってやっと持ち上げていた鉄の剣を、あの青年は軽々と片手で持ち上げた。


 舞うように流れる剣舞は細長い手足から流暢につながり、子供が振り回す棒きれのように軽々と剣先が動いた。


 僕が昨日まで重々しく振り回していた剣と同じものとは思えない軽い動きだった。


 ジェットは剣を振りながらクルクルと回り、ヒュンヒュンと風をきる音が飛んできた。


「ふむ。扱いはよし。」

 クラーロはヒゲをなでながら短く言った。


「お褒めにあずかりまして光栄です。」

 まるで指揮者が棒を振るようにピッと剣を立て、仰々しく音を立てて鞘に収めた。


「しかしまあ、実践で使えるまで少しかかりそうだな。」

「な、なんと。」

 ジェットの自信満々の顔が少し引きつった。


「剣を振った経験は?」

「多少嗜みはある。」

「遊びか。」

「ぐ…。まあ、そうとも言えるであろう。」

 クラーロの言及に、ジェットはなんとも言い返せない様子であった。


「ツカサのほうが、上達が早そうだ。」

「ぼ、僕がですか?」

 クラーロが睨むような顔で僕を見つめた。


「ツカサ。さすがは我が友。早くも水を開けられているようだ。」

「いやいやいや、何も出来てないって。」

「だがしかし、私とておめおめと引き下がろうはずもない。ツカサがいかに勤勉なる名士であれど、私の剣もまた同じだけの勤勉を持って剣に輝きをもたらそう。」

「どう見てもお前のほうが出来てるから、全然勝てないから。」

「いいや、クラーロ教官の言ったことは言い返せぬ事実だ。嗜みなどと言葉を濁しても、所詮は児戯。剣を持つことと振るうことは全くの別物だということだな。」

「今の十分すごかったって。持ってるの剣だよ。鉄の塊だよ。あんなヒュンヒュン動かねえよ。」

 僕にとっては持って構えることがやっとの剣を、まるで木でできた棒のように振り回す様を見せられれば実力の差は一目瞭然だった。


「ヒュンヒュン動かす必要ねえよ。」

 クラーロが厳しい顔で話に割って入ってきた。両手には木の束のようなものを抱えていた。


「試し切りだ。やってみろ。」

 教官に顔を向けられたジェットが1歩前に出た。


 ジェットは前に歩きながらこれ見よがしに軽々と振り回した。

 すらりとした手足と姿勢から繰り広げられる剣の翻りは、マーチングバンドを思わせる優雅さだった。


「やっ」

 軽く声を上げて、ジェットが試し切りの板を切りつけた。


 がぎんとした音を立てて、刃が弾かれた。

 木片には小さな切れ込みが入り、剣先の後が残るだけだった。


 ジェットは予想だにしなかった結果に半ば絶句していた。


「流れに鋭さがない。切れるはずがないだろう。」

 クラーロが重々しい口調で言った。


「ツカサ、やってみろ」

「えぁっ、ハイ。」

 僕に順番が回ってきた。なんとも素っ頓狂な声で返事をしてしまった。


 剣を鞘から抜きだし正面に構える。やはり重たい。

 目の前で軽々と振り回されたものと同じものだとは到底思えない。

 剣を重々しく持ち上げる。ここ数日でいくらか慣れたと言っても、全力で振り回せばすぐに体力が尽きる。


「うおおっ」

 どうにでもなれといった気持ちで思い切り剣を振った。


 べんっと音を立てて刃が弾かれた。

 木片に刃も届かず剣の腹をぶつけ、切り込みどころか音を出すだけの結果となった。


 あまりの失態に顔が赤くなった。


「そんなもんだ。もう少し扱いがうまくなれば、すぐ良くなる。」

 クラーロはいつもと同じ口調で、いつもと同じ褒め言葉を言った。

 その言葉が一層僕にみじめな思いを植えつけた。


となりでジェットはムッとした顔をしていた。


「無礼を承知でお聞かせ願いたい。彼の剣は、その…」

 ジェットがクラーロに質問を投げかけた。


「その、私とさして優れているとは思えないのです。」

「ふむ。」

「実戦には足らずとも、人並み以上にアウラの扱いには自負がございます。」

「それはまあ、そうだな。」

「ツカサが、異漂者だからですか?」

 ジェットがまゆを釣り上げて言った。


「私への評価を不当と申し立てるつもりはございません。しかしなればこそ、ツカサへの評価も不当ではならないはずです。」

「ふむ。」

 ジェットがまくし立てる言葉に教官は黙って頷いた。


「御為ごかしをするなら、ツカサへの侮辱にもなるでしょう。」

「ツカサが異漂者だから、特別扱いしてるってことか?」

「失礼ながら、そう申し上げております。」

 いつしかジェットが僕の気持ちを代弁していたことに気がついた。

 僕の出来が悪いことは自分でよく分かっていた。だからこそ他者からの期待に答えられない自分に、もやもやとした気持ちを抱えていた。


「なら腕試しといくか。」

 クラーロが鼻から大きく息を吐いて言った。


「2人とも対等な条件での手合わせだ。これなら文句ないだろう。」

 クラーロは話がまとまったと言わんばかりの表情をしながら、ふさふさとした眉毛に覆われた瞳で僕とジェットを互いに見回した。


「いいでしょう。マツノ・ツカサに試合を申し込みます。」

 ジェットは鷹のように目を釣り上げ、鋭く僕を睨みつけた。

 普段の様子とまるで違うその表情は、全くの別人のようだった。

書き溜め分を足早に消化中

それ以降はどうなるやら…

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