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2.戦士の訓練 -『とにかく、鎧が重たい。剣が重たい。』

 僕がこの異世界に来て幾日たっただろうか。

 職業訓練の日々は続く。


 白銀の刀身が学び舎の一角にきらりと閃いた。すらりと伸びた白い刃が空を切る。

 

「ふうむ。おもったより筋は悪くないな。」

 ドワーフの教官はふさふさと蓄えたあごひげを撫でながら言った。


「あ、ありが、とうございます。」

 僕は息も絶え絶えに答えた。

 格好良く剣を振り回してみたものの、体中は疲労でいっぱいになっていた。

 とにかく剣が重い。

 実際にファンタジーを体験すると、RPGをプレイするだけじゃ分からないことばかりだ。剣がこんなに重たいものだとは思わなかった。


「それでも一番軽い剣なのだがな」

 筋骨隆々の教官は赤褐色の上半身をまざまざと見せつけながら言った。


「運動は、得意じゃ、なくて」

 僕は息を切らしながら教官と言葉を交わすのが精一杯になっていた。  


「得意でなくとも、これから磨かれる素体だ。胸を張れ。」

 厳しい面をにやりともさせずに言い放った。


「お主の名はツカサと言ったな筋は悪くない。素体も申し分ない。本気で戦士を目指すつもりはあるか?」

 ドワーフの教官は睨むような目で僕を見据えた。


 僕の次の職業は戦士だ。

 こうして晴空の下、戦士としての訓練を受けている。


「戦士と言われても、まだ分かりません。でも、たぶん向いてないかもしれないです。」

 僕は正直な感想を言った。体を動かすことは嫌いじゃないが、得意でも無い。素質があると言われても戦士などと言う仕事が僕に向いているとは思えなかった。


「ツカサよ。君はアウラこそ未熟なものの、いや未熟だからこそ伸びる逸材やもしれんと思っておる。」

「そんなこと、ないです。」

「謙遜と卑下を履き違えるな。己が身の丈を知ってこその謙遜だ。」

「すみません。」

 威厳にあふれた教官の物言いに、僕は終始身をこわばらせていた。


「ツカサの調子はどうだ?」

 銀色の髪を揺らせながらエルフの教官が姿を現した。


「ビスコタか。」

 ドワーフの教官が返事をする。ビスコタと呼ばれたエルフの教官は長い手足をするすると歩かせながら歩み寄った。

「様子を見に来た。」


「ちょうどいい、少し休憩にする。」

 ドワーフの教官が声を上げると緊張の糸が切れたように、僕の体にどっと疲労が走った。


「魔法の勉強より身になっているようだな。いい顔をしている。」

「そう、でしょうか?」

 少しずつ呼吸が整ってきた。相変わらず汗は滝のように体を蝕んでいる。仮の防具として身につけている鉄のプレートは不快感の塊として体にまとわりついた。


「それからもう彼に名前で呼ばれるとは、ずいぶん評価されているみたいじゃないか。」

「そうなんですか?」

「見込みのある者しか名前で呼ばん偏屈な教官でな。と言っても、彼の授業を受ければ遅かれ早かれ名前を呼ばれることになる。いわば1つ目の関門といったところだ。」

「でも戦士なんて、僕には向いているんでしょうか。」

「少なくとも見込みはある。少しは胸を張りたまえ。」

「そう、ですか。」

 僕は俯いたまま返事をした。ビスコタが小さく、やれやれといったため息をついたように聞こえた。



 夕日に照らされながらポンプ式の井戸を漕ぐ。出てきた水をかぶりつくように飲んだ。

「あー生き返る。」

 僕は運動なんてほとんどしたことは無いが、こういうのも悪くないかと少し思ったりもした。


 朝から夕暮れまでみっちり剣の捌き方を教えてもらい、やっと開放された。

 汗でまとわりついた鎧を脱ぎ捨て、校舎の隅に置かれたポンプ式の井戸で水を飲んでいる。

 鎧を脱ぎ捨ててもシャツは汗でベタつき、頭にも土埃がついている。

 丸々1日を掛けて剣を振っても、その重さに振り回されるばかりでろくな動きも出来ずに終わった。


 教官はしきりに素体が良いと褒めるが、その言葉に疑心暗鬼になる。

 自分に才能が無いことは分かっている。やる気を出させるためだけに褒めるのはやめて欲しい。


 剣と魔法の世界に来て、剣も魔法も出来ない自分が情けなく思えた。


 ふと井戸から流れる水に目をやる。

 頭から水をかぶれば気持ちいいだろうな。


 頭を井戸の出口につけ、腕を思い切りポンプの取っ手へと伸ばす。

「ふんっ、いけるか?」

 かなり無理な体勢で腕を伸ばし辛うじてポンプに触れるかどうかの距離だった。よしんば手が届いても動かすなど到底無理な話だとわかった。


「何をしている?」

 背後から不意に男性の声が届いた。


 僕は背後からいきなり話しかけられた声に思わず振り、その表紙にポンプの出口に頭をぶつけた。

「あっつ痛って。」

 そのまま頭を抱えてのたうち回った。


 男はぷっと吹き出すと、笑み混じりの声で話しかけてきた。

「ふふっ、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。」


 頭を抑えながら振り向くと、長身痩躯な青年が夕日を背に立っていた。

 暗い海のような色の瞳。薄い青緑色の短い髪から2つの尖った猫のような耳が生えていた。


「初めてお目にかかる。この学校の生徒かな?」

 優雅な佇まいからはどことなく気品を感じさせた。

 僕は彼の申し出に頭を抑えつつ黙ってうなずいた。


「そうか、名乗りもせず話しかけてすまなかった。私の名はジェット・グリーン・ピパーミント。君と同じく、この学校に籍を置く者だ。」

「あ、ツカサです。僕はマツノ・ツカサ。」

 ジェットと名乗る青年の言葉に押されて僕も自己紹介を返した。


「なるほど、珍しい名前だ。僕のことはジェットと呼んでくれて構わない。」

 彼は喋りながらつかつかと歩みより、井戸のポンプに手を伸ばした。


「助けを乞うものに手を差し伸べるは理知あるもの当然のこと、さあ水を浴び給え。」

 意気揚々と声を上げ、高らかにポンプを上下させた。ジェットの言葉に呼応するように勢い良く水が溢れ出す。


「ええ、ええと」

 僕はこの状況についていけなくなっていた。


「案ずるな、少し考えれば分かる。君の風貌と直前まで取っていた体勢。察するにこの井戸の水を頭から被りたいと思っての行動であろう。」

「ええー。」

「戦士を目指すことを欲すれば、日照りのなか剣を振るうこともあるだろう。さすれば訓練を終えた休息もまた不可欠なもの。見れば顔も泥だらけではないか。」

「あ、と、えっと。」

「努力の賜物だ。恥じることはない。だが身なりを整えることも大事な嗜みではないか。私には分かる。」

「あー。」

「しかしながらここは人気の少ない離れた訓練所、ポンプを動かしてもらう友人が見当たらず途方に暮れていたといったところだろう。」

「んー。」

「身なりからも察するにも同期からはぐれ、一人残り研鑽を積んでいたのだろう。殊勝なる心構え。素晴らしいと言う他ない。偶然立ち寄った身なれど力を貸そう。」

「あ、ああ」

 ジェットは図星と的外れの互いに違いを一方的にまくしたて、僕は何から言い返していいかわからなくなっていた。


「どうしたこの国の水源は豊富だが、躊躇しては水がもったいないぞ?」

 上下するポンプの動作に合わせ、井戸からは水が流れ続けていた。

 言い返す言葉が見当たらず、なにより汗ばんだ衣類に苛まれていた僕は勢い良く流れる流水に頭から入った。


 冷たい水が、つむじの中心から背中に向けて流れていくのが分かる。薄手のシャツに水が染みて流れるが、この陽気ならすぐに乾くだろうと思った。

 ひとしきり水を浴び終えると顔を上げ、髪についたしずくを払った。

 生まれ変わったような心地だった。いままでどちらの世界でも味わったことのない清々しさに身が震える思いがした。


「なんとも清々しい顔をしているではないか。マツノよ」

 ジェットはにこやかな顔で僕に語りかけた。瞳は友好的な輝きに満ちて、言葉にはある種尊敬の念が込められているかのようだった。


「ツ、ツカサでいいよ。マツノはファミリーネームなんだ」

「これは失礼した。珍しい名前と思っていたが、遠方の出身者か?」

「遠いといえば遠いかな」

「それはなんと。遠く故郷を離れ、この地に自らを高めに学ばんとする心意気の高さよ。まさに至高の宝だと言えよう。」

「そんな大げさに言われても。帰れないというか、帰り方がわからないわけだし」

 僕の言葉を聞くと、ジェットは思いがけない言葉を受け取ったように少し黙った。


「失礼な質問になったら申し訳ないのだが、ツカサは異漂者なのか?」

 重々しい口を開いてジェットは僕に質問してきた。


「そう呼ばれているみたいだね。」

 僕は出来る限り驚かせないように、言葉に抑揚なく答えた。


「これは驚いた。星の流転だ。生きている間にまた会うことがあるとは思わなかった。」

「異漂者に?」

「そうだ。」

「やっぱり珍しいのか?」

「当然だろう。数十年に一度、それもほんの数人しか訪れない客人だ。」

「そういうものなのか。」

 ジェットは胸を張り、淡々と会話した。口調は朗らかで興奮気味だが言葉を急かすことはなかった。


「だが異漂者も、決して出会えないものではない。なにせ私の叔母様も異漂者と聞く。」

「異漂者?そうか他にも異漂者がいるのか。」

「当然だろう?星は回り世界は繋がっているのだ。他の世界など常識だ。ツカサのいた世界からも、それよりまた他の世界からだって客人がもたらされるやも知れん。」

「そういうもんなのか。」

「出会うことは珍しいが、取り立てて騒ぎ立てることでもない。異漂者だからと無闇に騒ぎ立てる者など、異研の研究者風情くらいのものだ。」

 僕らの感覚で言えば田舎で外国人を見つけたようなものだろうか?

 珍しい相手ではあっても、生活に溶け込んでしまえば騒ぐことでもないといったところか。


「それでクラスは何を持っているんだ?専攻は?将来の目標は?」

「クラス?今習ってるのは戦士かな?」

「戦士だけかい?」

「だけって?」

「ここは学校なのだから。色々学ぶものだろう。」

「あと魔法も。純粋魔法?っての」

「なるほど。戦士と魔法使いと、忙しいな。」

「えっと、まだこっちのことはよく分からなくて。」

「なるほど、色々試している最中だと言ったところか。まるで晴天を見上げるひな鳥の如く、高き空を己が翼でもがき羽撃かんと欲す…」

「いや、そんなすごいものじゃないから。」

「良い働きがけではないか。そのための門戸は開かれているのだ。」

 ジェットは流暢に言葉を返す。その言葉を聞きながら、僕はくすぶるような返事ばかりを返した。


「でも本当に何をやりたいか分からなくて。それに何をやってもダメで。」

 いつまでもうつむきながら返事をしていた。昔から治らない悪い癖だ。


「ならば思うままにやれば良いだろう?そのための学び舎を与えられているのだ。」

 ジェットは芯の通った声で言葉を返した。

 僕の心のなかに何かが引っかかったような感触がざらりと残った。


「良ければとっているクラスを教えてくれないか?」

「ああ、いいよ。って言ってもクラスとか分かんないけど」

「じゃあ、授業の教官は?」

「えっと…魔法の授業は、ビスコタって言うエルフの教官で。あとあのドワーフの、名前は…えっと…」

 あれ、そういえば名前が出てこない。ついさっきまで剣術を教えてもらっていたのに。


「ははっドワーフの顔は皆ひげもじゃで覚えづらい。私も身に覚えがある。」

 猫のような細長い耳をピンと立てて、ジェットが愛想よく笑った。



 寮に戻ると夕飯の支度が進められていた。

「あら遅かったじゃない。寄り道なんて珍しい。」

 狐の顔をした獣人の寮母が鍋を煮込みながら顔を見せた。


「おそーい。腹ペコだってーの。」

 ソファに寝転んだ少女が不満を申し立てている。


「さあ、ご飯にしましょ。ツカサは着替えてきなさい。スズネ、準備して頂戴。」

「りょーかいっす」

 スズネと呼ばれた少女は寝転んでいたソファから飛び起きた。


 僕は部屋に戻りすっかり乾いた泥だらけのシャツとズボンを部屋着に着替えた。

 脱いだ服は風呂場の横に備え付けられた木製かごの中に入れる。料理、洗濯といった家事は寮母の仕事である。


 キッチンからは二人の話す声が聞こえる。


「そういえばさ、寮母さんの名前ってたしかジョーヌさんでしたよね。」

「そうだけど?」

「あのさ、寮母さんって呼ばれるのとジョーヌさんて呼ばれるのとどっちがいいですか?」

「どうしたのよ。急に。」

「いままでなんとなく呼んでたけど、ずっと寮母さんって言うのもよそよそしいかなって思って。」

「別にどっちでもいいわよ。好きな方で。」

「えー」

「じゃあ、ジョーヌって呼んでくれていいわ。」

「ジョーヌさん。」

「はいはい。」

「あ、ツカサー。今日からジョーヌさんって呼ぶことで決まったからー。」

 僕のいない場所で寮母さんの呼び名議論の決着がついたらしい。


「今日は戦士だっけ?どうだった?」

 料理が盛りつけられた皿を食卓に並べながらスズネが言葉を投げかけた。クリームで煮付けられた丸い穀物のパスタに、軽くゆでた野菜で彩りが添えられた皿だ。


「帰りも遅かったし、友達でも出来たかしら?」

 ジョーヌさんと呼ぶことが決まった寮母が、鍋を片付けながら話を切り出してきた。


「ともだち、かな?たまたま会ったやつなんだけど、よく喋る。」

 初対面の相手で、友達かと言われたらまだピンとこない間柄だった。


「へー、良かったじゃん。ツカサって暗いとこあるし、友達作るのとかダメかと思ってた。」

「なんだよそれ」

 スズネが食卓につきながらら軽口を叩いた。言い返せない僕はちょっと傷ついた。


「それで、どんなやつよ。」

「は?どんなやつって?」

「友達。」

「戦士の授業のことを聞くんじゃないのか。」

「だってこっちの世界で初めての友達でしょ?」

「別に友達ってわけじゃ」

 曖昧な返事をしながら食卓に向かう。


「さあ、まずは食べましょう。話はそれから。」

「いただきまっす。」

 スズネが元気よく手を合わせた。昔からの習慣で、あたりまえであるかのような振る舞いだった。


「いただきます。」

 スズネにつられて僕も昔の習慣に合わせて手を合わせた。

 それを見たジョーヌさんも、僕らに合わせて同じポーズをとった。薄い毛皮に覆われた手はポフっと音を立ていた。


 温かい食卓に囲まれて、僕らは今日のことを報告しあった。

 こんなやりとりはいつぶりだろうかと思い巡らすほど、懐かしさを思わせる光景だった。



「それで、一日剣を振り回した感じはどうだった?」

 食事を終えて、ソファに座りながら暖炉にあたっているとスズネが隣に座った。


「汗だくになって終わり。とにかく疲れた。」

「アウラは?」

「今のところ無し。」

「じゃあ、行けそうじゃん。」

「それだけの理由で…」

「私もやってみようかなー。女戦士?」

「弓使いやるんじゃないのか?」

「寮母…じゃなくてジョーヌさんも、前に言ってたじゃん。色々やってみなさいって。」

「まあ」

「それにいくつも授業取るのも結構普通らしいよ。」

「みたいだな。」

 暖炉にあたりながらの他愛無い会話も、最近では日常のようになってきた。


「スズネも弓のほうはどうなのさ?」

「相変わらず。でもちょっとは上達してるかな?」

「アウラ出せるようになった?」

「そのへんは全く。」

「そっかあ。」

「でもたまに上手くいく感じはあるよ。なんか強くイメージする感じ。」

「イメージか。」

「私達でもアウラが使えないわけじゃないみたい。ちょっとずつ感覚を掴んでる気はする。」

「僕は、全然だな。」

「じゃあ剣士で頑張るしかないんじゃない?」

「でも教官の話しぶりからするに、アウラも関係あるっぽいんだよな。」

「アウラが関係しないほうが、珍しいっぽいね。」

「みたいだな。」

「大丈夫。私がバッチリ使いこなして教えてあげるから。」

「ずいぶん自信ありげだな。」

「一応、私のほうがこの世界じゃお姉さんだからね。」

「大した差でもないだろ。」

 スズネと話をしながら、今日も夜が更けていった。

続きます。がんばります。

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