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12.夜襲・2 -『今更逃げるなんてできるかよ。』

 赤い隻眼の残光が月夜に照らされ、僕は赤い目の大ネズミと睨み合っていた。

 夕方に見かけたときよりも、もう1回り2回り大きくなっている気がする。


 ギラリと大きな爪が光ると、一瞬で間合いが詰められた。

 ギンッ

 爪の一撃を剣の腹で受け止め、とっさに体を倒す。足場もよく鎧もないおかげか、昨日のように転げまわることなく距離をあけることができた。


「くそ…。せめて手を守れるものくらいほしいな。」

 防具をつけてこなかったことを悔やんだ。攻撃を剣でうけるにしても手甲でも付けなければ、鋭利な爪先が身を裂く恐れがあった。

 今更になって一人で来たことを後悔した。


「こりゃあ1人じゃ…厳しいかな…。」

 飛び出したときの後悔が今になって体にのしかかってきた。


 すると、ガギリィッと勢いの殺された剣閃の音が鳴った。

「こっちだ、魔物よっ!」

 高速で走り抜けたジェットが、勢いのまま巨大な獣の首元に刃を突き立てていた。勢いに乗せてジェットは獣の肩口から体重を乗せて刺突を穿ったが、刃は届かず小さなキズから黒い煙のようなものが少し噴出すくらいの傷をつけた。


 大ネズミがブンっと腕を払うと同時に、ジェットは獣の体を蹴って離脱した。

 敵をにらみながら僕の近くで剣を構える。

 薄青緑色の髪から生えた2本の猫のような耳は集中力を研ぎ澄まし、敵の一挙手全てに警戒していた。


「やはり、ナイトウォーカーだな。」

 ジェットは片手剣を握り直しながら言った。

 ジェットもまた防具をつけておらず、先ほど着ていた普段着のシャツに、薬や軟膏の入った小さな革鞄を腰から下げているだけの格好だった。


「スズネと、キミアは?」

「キミアには村人への避難を呼びかけてもらっている。スズネは…」

 僕の問いにジェットが答えている途中にドッと音が鳴り、矢がナイトウォーカーをかすめて地面に刺さった。


「少し離れたところから狙っている。だが夜の闇では、あまり遠くからは狙えん。」

 ジェットが言葉の続きを足した。


 スンスンと鼻を数回動かすと、ナイトウォーカーは顔を歪ませて笑った。

 ニイイイィィィィと気味が悪い音が聞こえたような気がした。


「あいつ、やっぱりスズネを狙ってる。」

「左目の傷が相当、癇に障ったようだな。」

 僕の言葉にジェットが短く返した。

 暗闇の中ナイトウォーカーの赤い目だけが不気味に輝いていた。


「ツカサッ、距離を詰めろ。スズネが狙われる!」

「分かってるよ。」

 ジェットの声に僕は短く返した。


 僕とジェットはじりじりとナイトウォーカーとの距離を詰めた。

 凶暴な魔物相手に不安は耐えないが、スズネが狙われている以上、敵から離れるわけには行かなかった。


「夜になると赤い目は鮮やかさを増すのだな…書物にはない知識だ。」

 隣にいるジェットがぽつりと言葉を放った。

「たしかに、昼間のほうはもっと暗い色してた気がする。」

 ナイトウォーカーを見つめながら僕は返した。


 グオッっと音がして、ナイトウォーカーの爪が僕の目の前まで伸びた。

 とっさに剣の腹で爪先を弾き、反動で僕は後ろに転がった。


「ツカサ、大丈夫か?」

「大丈夫。」

 ジェットの言葉に僕が返す。

 とっさに剣で弾いたものの、敵が暗く距離をとって追撃を避けるのが精一杯だった。


 暗がりに赤い瞳がぱちくりと、瞬きによって明滅していた。

 月の無い夜は光が乏しく、ナイトウォーカーの動きもよく見えずにいた。


「ツカサよ、盾は?」

「無いよ。防具もつけずに飛び出して来た。」

 敵を睨みながら言ったジェットの言葉に、僕は短く返した。


 ジェットは答えを聞くと腰に下げた革鞄の中身をガチャガチャと外に放り出した。

 革袋や小さなガラス瓶のようなものが辺りに散らかった。


「これを使え。」

「使えって…?」

 僕が言うと変わらぬタイミングでジェットは中身の空になった革鞄を投げて渡した。

 持ってみると見た目よりだいぶ軽い印象だった。


「私が愛用している腰鞄だが、しばしツカサに預けよう。領主御用達職人オートクチュールの逸品だ。革は砂漠の火食み地竜を幾日もかけてなめし、骨組みに危険種飛竜白き翼の鱗を素材に縫いこんでいる。ステッチは旅の安全を祈る伝統工芸の図柄を描き、工芸美術としても一級。鞄全体が類まれなる堅牢さを保持しながらも、薄くなめした革はしなやかに曲がる。それだけで職人の技を思わせ…」

 ジェットは革鞄のうんちくを淡々と語り始めた。手に持った革鞄は、僕達の感覚で言えばポーチと言われるような小さな腰巻きの鞄だった。


「つまり…?」

「とにかく軽くて硬い。」

「それをなんで僕に…?」

「腕に巻きつけて使い給え。」

 ジェットはナイトウォーカーをじっとにらみながら僕と会話した。

 腰に巻くベルトを手に持って左手に持ち上げてみると、硬い革の鞄がちょうど手甲のような感触だった。


「盾の代わりってことか。」

「そうだ。そこらの防具より、よほど使えるはずだ。」

 僕は渡されたポーチのバックルを手に取った。


「あ、ありがと。」

 僕はジェットにお礼の言葉を投げながら、腰に巻くポーチのベルト部分を腕に巻きつけた。

 鞄としては十分すぎるほど固くしなやかで、軽さは昨日身につけていた手甲よりも軽かった。


「くれぐれも気を抜くな。」

「分かってる。」

 ジェットの言葉に返すと同時に、僕は自分の持つべき役割を理解した。盾を持って前線に立つこと、ゲームで言ういわゆるタンクの枠割だ。

 僕はジェットのように身軽に動けないし、ヒットアンドアウェイで距離をとって戦えばスズネが狙われる。腕に巻きつけた簡易な盾で出来る限り敵の攻撃をひきつけ、身軽なジェットが攻撃に回る戦法が最も効果的のはずだ。


「僕がひきつける。」

 暗闇に光る赤い残光への恐怖を押さえつけながら、僕はじりじりとナイトウォーカーに距離を詰めた。


「頼んだ。」

 ジェットはそう言うとジェットはナイトウォーカーと距離をとった。そして細い剣先をピッとたて、マーチングバンドのようにすらりと姿勢を正した。


 相対した魔物がグルルと喉を鳴らすと、振り上げた爪がギラリと月光に光った。

「くっ!」

 鋭い爪先はまっすぐに僕を狙い、僕はとっさに巻きつけたポーチで防御しながら爪と同じ向きに跳んだ。

 ナイトウォーカーの爪はガリッと音をたてポーチの表面をかすったが、僕もポーチにも傷はつかなかった。


 ジェットが狙いをさだめて数歩ステップを踏んだ。

 細長い手足から鋭く尖った剣閃がナイトウォーカーに刺突を繰り出した。

「やっ!」

 突き出したジェットの剣先は浅く刺さり、またもすぐに塞がるような小さな傷しか付かなかった。


「なんと硬い毛皮かっ…」

 ジェットが前のめりに転がり僕の反対方向へと避けた。


「明かりが無くてはどうしてもナイトウォーカーのほうが有利だ。常に専守防衛を心がけ給え。」

 ジェットが暗闇から声を上げた。

 僕が暗闇に目を凝らそうとしても、魔物の瞳が赤い残光を残すばかりで相手の動きを捉えることは難しかった。


 突然、背中から芯のこもった声が響いた。

「孤独を纏う、照らす火の明かり、燐片を集いて瞬きに映せ。導く先に光を灯せ!ファイアフライ・トーチ!」

 ブワッと炎と共に光りが起こり視界が開けた。

 光に一瞬目がくらみ、見回すとチリチリと小さな火がいくつも中空に漂い周囲を照らした。


「ち、近くの人は役場に避難させたであります。」

 キミアが装飾のついた木製の杖を両腕に抱え、ゼーゼーと肩で息をしながら後ろに立っていた。

 短く揃えられた髪から伸びた犬のような耳はペタンと倒れているが、炎の光に照らされた瞳は目の前の敵を見据えていた。


「これが魔法…すごいじゃん。」

 スズネが矢をつがえながら空に散らばる小さな火の光源を眺めた。

 チリチリと熱を放つ小さなイルミネーションのように、いくつもの小さな火の粉が暗がりを照らしていた。


 グルルルゥ…

 光が気に障るかように、ナイトウォーカーはじっと目を細めた。


 その瞬間を見逃すまいと、光の先で僕たちを睨む魔物にスズネの矢が飛んだ。

 まっすぐ飛んだ矢はナイトウォーカーの直前でうねるように軌道を変え右肩に浅く傷をつけた。


 好機と言わんばかりにジェットが飛び出し剣先で切りつけた。

 翻した剣はギシッという音とともに、またしても小さな傷をつけるだけだった。


「くっ刃が通らない…」

 剣先は獣の腹で止まり、刺さらない剣を振り払うようにナイトウォーカーは腕を振り回した。

 

「っジェット!」

 僕はとっさに飛び出し、腕に巻いたポーチで鋭い爪を弾く。

 バギンッと音が響いたが、ポーチの表面には薄いキズがついた程度だった。とっさにジェットは身を翻して、2,3歩僕の後ろに下がった。


「ジェットさん。アウラ喰らいであります。」

 杖の先で火の光源を操作しながら、キミアが声を上げた。


 ジェットは敵を睨みつけ剣を握り直しながら声を聞くと、キミアに話を返した。

「アウラ喰らい…魔法は?」

「自分にはこれが精一杯であります。攻撃魔法は…当てる自身なんて全く…。」

「他に、何か手は…」


 ガアアアアッ!!

 ナイトウォーカーの不気味な威嚇音が暗い夜に響き渡った。それと同時に声の主は一直線に走りだした。


「くっ…しまった。」

 僕は突然の音に萎縮してしまい、走りだした黒い巨体は一目散にスズネに向かっていた。


「離れろっ」

 ジェットはキミアにありったけの声をぶつけると、剣先をひらりと翻してナイトウォーカーに向けて刺突を穿った。


 暗闇に獣の口が一層不気味にひきつった。

 小賢しいことにナイトウォーカーは、ジェットの剣が自分に届かないことを分かって走り始めていた。


 剣先は毛皮に浅い傷だけをつけた。

 ナイトウォーカーはジェットを歯牙にもかけずにまっすぐスズネへと向かった。


「スズネッ!!」

 僕は声を上げた。僕にできることはそれだけだった。

 スズネはとっさに弓を構えようとしたが、まっすぐに向かう獣相手に心の準備もなしに狙いをつけるなど不可能に近い。


「きゃぁぁっ」

 あまりにも接近した恐怖に、スズネはとっさに身を縮ませた。

 暗闇にギラリと光る安物のナイフのような爪が、スズネをめがけてまっすぐ振り下ろされる。


 ズシャッ

 鈍い音が鳴り、赤い血が石畳を這った。


「ああっ」

 幸いにも鋭い爪がスズネの胴体を切り裂くことは無かったが、スズネの左足に長い切り傷をつけた。


「スズネッ」

「大丈夫かっ!」

 僕とジェットが口々に言葉を発しながら、スズネに駆け寄った。

 その間にもナイトウォーカーの左爪は、次こそはとスズネの首を狙いをさだめ振り下ろされていた。


「光を弾く、瞬きの白昼、暗き恐れを退く炎の反照を満たす。灯滅に輝け!クラッキング・フィラメント!」

 キミアの杖の先からチカチカと小さな光りが明滅したかと思えば、一瞬だけあたりが真っ白な光に包まれた。


 グガアッ

 強烈な光にさらされたナイトウォーカーは大きく身動ぎした。


「うあああっ」

 僕は強い閃光を浴びてややぼやけた視界の中、ナイトウォーカーに刃を向けて突進した。


 ズンッと刃に鋭い感触が走り、ナイトウォーカーから黒い霧が吹き出した。

 ナイトウォーカーの体に剣を刺す瞬間、何かに動きを阻害されている感触が体に伝わった。硬いゼリーに剣の切っ先を鈍らされているかのような、重い手応えだった。


 グガアッ、アアッ

 ナイトウォーカーはとっさの出来事に驚き、パニックを起こしたように体を暴れさせて僕を弾いた。

 僕はとっさに左腕の革鞄で体を防いだ。

 突然の光と斬撃に驚いたナイトウォーカーは僕達から距離を取り、暗闇に身を沈めた。


「スズネッ大丈夫か?」

「大丈夫。たぶん深い傷じゃない。」

 僕はスズネの左足に目をやるとナイトウォーカーの鋭い爪は革のブーツを貫通し、スズネの脚まで届いていた。

 幸いにも命に関わるような傷では無いように見えるが、この脚でこれ以上走り回ることは難しいだろうと思えるくらいの怪我だった。


「スズネよ。足をこちらに。」

 ジェットは言うと同時に、手慣れた手つきで腰につけた革鞄を探した。

 探したが、革鞄は僕の腕に巻かれていることを思い出した。


「あ…」

 薄青緑色の髪から伸びた猫のような耳が、不安に毛を逆立てた。

 いつも身につけている革鞄と、そこに入っていた処置道具をまとめて手放していたことを思い出したようだった。


「道の真ん中に、血止め布と、軟膏と、いろいろ落ちてたであります。落とした人に悪いでありますがここはひとつ…」

 青ざめた顔をしたジェットの隣へ、キミアが両手に薬を抱えて走ってきた。

 それは先ほどジェットが道に投げ捨てた革鞄の中身だった。


「キミア!ありがとう助かった。」

「でも、道に落ちていたと言っても泥棒でありますよ。ああ、すみません存ぜぬどなたか…」

「大丈夫だ。盗みにはならぬ。」

 ジェットはキミアの抱えていた薬から包帯のような布を抜き取り、スズネの足に巻きつけた。

 微妙に腑に落ちない顔をしたキミアを尻目に、ジェットはテキパキと処置を施した。


 不意打ちを食らったナイトウォーカーは遠巻きに僕達をにらみながら様子を見ている。


「襲いかかってこないか…?」

「いくらか時間は稼げると思うであります。ナイトウォーカーは光が苦手な種族であります。」

 ジェットがスズネの処置をしている間、僕とキミアはナイトウォーカーとにらみ合いを続けた。


「スズネよ、痛みは?」

「痛ったい。けど、大丈夫。」

 僕の背後ではジェットが手当をしながら、スズネの体を案じていた。


「灯りを集めてくれ、もう少し前に出る。」

 僕は剣を握り直して隣に立つキミアに向かって言った。それでも目の端までは今でもしっかりナイトウォーカーを捉えている。


「警戒してるとは言え、危険でありますよ。」

「今襲われるほうが危険だ。スズネも、ジェットも後ろにいる。」

 興奮した頭が少しずつ落ち着きを持ち始めていた。意識が高揚し、いつになく強気な言葉が僕の口から出た。


「じゃ、じゃあ、光を増して防御陣を作るであります。」

 キミアが僕の背中で言うと、杖を振りかざした。


「陽光の自陣、生きとし息とし芽吹く領域を、日の然る境界を引く。内なる杯に普く火を灯せ!サンテイル・フロア」

 飛び交っていた炎の灯火が、光の輪を描いて周りに集まった。光が強さを増し、太陽を思わせる光の輪がぐるりと僕達を囲んだ。

 ナイトウォーカーは目をくらませながら、ギリギリと歯を鳴らし僕たちを威嚇した。


「これも魔法なのか。すごいなキミア。」

「このくらいの魔法なら、そんな難しくないでありますよ。」

 僕とキミアは闇に潜んだ獣を睨みながらじりじりと下がってスズネのもとに合流した。


「スズネ。」

「ツカサ大丈夫、そんなに深いキズじゃないよ。」

 スズネの足には包帯のような布が巻かれ、処置が施されていた。

 血は止まっているものの、ぱっくりと切り裂かれたブーツがスズネの怪我の深さを想像させた。


「弓は使えるか…?」

「大丈夫だって、まかせてよ」

 ジェットの言葉に、肩で息をしながらスズネが応えた。


「何言ってんだよ、すごい血が流れてるんだぞ。今は下がったほうがいい。」

「無理はしないでほしいであります。」

 僕とキミアが口々にスズネの体を心配した。ブーツの先にたまった血の塊は黒く固まり始め、石畳に小さな赤黒い領域を作っていた。


「ツカサ、キミア、ありがと。でもさ、逃げるにしてもどうやって?」

 スズネは家の壁によりかかり、足をかばいながら立ち上がった。光の輪の向こう側では赤い瞳が瞬きを繰り返していた。

 自分が狙われていることは、スズネにはとうに分かっていた。


「狙われているのは、スズネだ。この足で距離を稼いでもいずれは…」

 ジェットは苦々しく状況を説明した。


「逃げられないし戦うしかないなら、私やるよ。」

 壁に持たれながら弓を構えた。先ほどの攻防の余波で転げまわった反動か、弓には小さなキズがつき、形状も少し歪んでいた。

 隣でジェットはぐっと声を殺し、憤りにふるえていた。自身の不甲斐なさを、責めているかのようだった。

 だからと言ってこれだけの怪我を抱えたまま、スズネが戦えるはずもないだろ。

 何か方法は無いのか…。


「何か方法は?ジェット。」

「考えている。先程から、ずっと。」

「逃げるか?」

「逃げるのは無理だ。スズネの足では限界がある。それに逃げれば逃げるだけ、スズネを追ってきたナイトウォーカーが辺りを巻き込む可能性が増える。」

「このまま戦うのか?」

「だがあやつに攻撃を与える決定打がない。戦い続けても、手がなければいずれ追い詰められる。」

「このまま守りに徹するってのは?」

「この防御陣も、持ってあと数分であります。」

「どれほど希望的に見積もっても、夜明けまではまだかなりの時間がかかる。その間、魔物の攻撃を受け続けるか?」

 暗い夜が一層暗くなった影を僕達の足元に落とした。

 ナイトウォーカーの赤い目は光に慣れはじめたのか瞬きの数は減り、次第に光の領域が薄くなったようだった。


「さっき話してたアウラ喰らいってなんのことだ?」

 僕は盾代わりの腰鞄を腕に巻き直しながら、さきほどキミアとジェットが話していた内容を思い返して言った。


「アウラ喰らいというのは、僕達のアウラを勝手に奪うやつらのことであります。」

「一部の魔物が持つ、相手のアウラを強制的に奪う特徴のことだ。ナイトウォーカーもアウラ喰らいの特徴を持つ。剣にまとったアウラも奪うため、弱い攻撃ではまるで届かない。」

 キミアの説明にジェットが後から補足した。


「倒すにはどうすればいい?」

「まずひとつは、アウラ喰らいの吸収量を超えたアウラをまとって攻撃する。さすれば剣先が多少鈍っても、ダメージは通る。」

「力押しってことか」

「しかしナイトウォーカーのアウラ喰らいは強力だ。私のアウラに全霊を込めて鋭く持ってしても、まるで攻撃が通らない。」

 僕は剣を突き立てた瞬間の、硬いゼリーのような感触を思い出した。

 まるでバリアのようにアウラとやらを喰う力が体の表面を覆っていて、攻撃するにはそのバリアを抜けるだけのパワーがいるということか。


「剣以外、たとえばキミアの魔法とかじゃどうなるんだ?」

「魔法を操るにはアウラを使うでありますが、発生した火や冷気は効果があるでありますよ。」

 キミアが杖で光の輪を支えながら答えを返した。


「さっきの光もそうだし、魔法は効果があるってことか。」

「そういうことであります。」

「アウラ喰らいの対抗策としても、大掛かりな魔法を使った方法は有効だと聞く。」

 3人で攻略の糸口がないかを探した。

 キミアの支える光の輪は少しずつ細くなっていた。


「じゃあキミアの魔法で…」

「魔法使いと言ってもほとんどまだ見習いであります。それに攻撃魔法は昔から、からきしであります。」

「それに魔法が全て有効では無い。先ほど述べた魔法での討伐は、飽くまでも事前に大掛かりな準備を整えることで討伐を可能にする。いわばアウラ喰らいに対向する専門的なテクニックだ。」

「他の方法は…?」

「アウラの扱いに長けた力押しが一般的だ。アウラ喰らいとは、本来なら数段レベルの高い人たちが相手どる魔物だ。」

「自分みたいな見習いや駈け出しが、相手できるような魔物じゃないであります。」

 またも暗礁に乗り上げた。

 光の輪は見る間に細くなり、チリチリと音を立て始めた。

 光に隔たれた輪の外側では、赤い目がギロリを睨みながら歯をきしませていた。


「ジェット。他に方法は無いのか?」

「考えている。だが、悔しいが奴と戦うだけの力が無い。」

 光は見る間に弱くなり、あたりに暗闇が戻り始めた。

 青く黒く深い闇の中で、弱々しい光の輪は僕達の細い影をじっとりと地面に落とした。


「あいつ、左目を怪我してるであります。」

 キミアが光の輪の反対側を睨むように見て言った。

 対峙したナイトウォーカーの左目の傷は、スズネによって昨日の昼に付けられたものだ。

 その場に立ち会った僕達は、それをよく覚えていた。


「スズネが撃った矢だな。僕達、昨日の昼間にあいつと戦ったんだ。」

「ナイトウォーカーに傷を…スズネさんって、すごいでありますね。」

 僕とキミアの会話をとなりで聞いていたジェットが何かひっかかった顔をした。


「そうか、キミアの弓は刺さったのだな。」

「ジェット?どうした。見れば分かるだろ。」

 僕はジェットを見た後、敵の赤い隻眼をちらりと見た。


「忘れていた。何故にスズネの弓はナイトウォーカーに届いたのだ…。」

「スズネさんが、そんな弓の名手だとは知らなかったであります。」

 キミアがキラキラとした瞳で横になっているスズネに振り返った。


「も、盛り上がってるトコ悪いけど。そんなわけないでしょ…。たまたまだって…たまたま。」

 スズネが足を押さえながら冷静に返した。しゃべり口にいつもの元気は無く、痛みをこらえたような口調だった。


 ジェットはキミアが拾ってきた荷物の中に入っていた、古ぼけた手帳をめくりながらブツブツと言葉を巡らせていた。

「思い返してくれ、何か見落としていることは無いか?」

 パラパラとめくれるページに目を走らせるジェットの隣で、僕は今日の昼間を思い返した。

 最初に会った大ネズミがナイトウォーカーだと知って記憶をたどってみれば、たしかにあの魔物は頑なに日光の下に出ようとはしていなかった。


「ナイトウォーカーは傷を追わせた相手を執拗に狙う習性を持つ。裏を返せば我々が傷を負わせることが出来たから奴は、ここまで追ってきたのだ。」

 ジェットの言葉に、僕は息を呑んだ。

 光の輪は徐々に狭まり、闇に溶けつつあった。


「反撃の糸口はある。」

 ジェットは猫のような耳を自信満々に立たせて言った。


「ツカサよ。順を追って考えよう。まず最初は大ネズミだと思って攻撃をしかけたのだったな。」

「えっと、まずスズネが弓を撃って、その後攻撃…」

「私とツカサの連撃…だが、攻撃が通ったのは…」

「ジェットのは弾かれてた…。」

「ツカサの攻撃は…。」

「僕の攻撃だけが、当たったんだ。」

 ジェットは顔を見上げ、手に持った手帳をパタンと閉じた。


「攻撃にまとったアウラが吸収される。だがツカサの斬撃は…アウラをまとわない攻撃は…」

「あいつに届いてた…。」

「先ほどもそうだ。ならば、アウラを全く介さないならば…。」

「こっちから攻撃できる。」

「鈍剣なら!」

 僕とジェットが同時に声を上げた。

 消えそうな光の輪に支えられながら、やっと状況を打破する糸口を掴んだ。


「キミアよ、行商人の方々は役場に避難していたのだったな。」

「そ、そうであります。」

 ジェットが真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。


「ツカサよ。ノチェロを探してくれ。」

 消えそうな光の輪の中で、僕達は一筋の希望を掴んだ。


読了感謝。

物語も佳境を迎えます。

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