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10.村の休日・午後 -『大ネズミと、赤い目をした大ネズミ…?』


 僕達は食事を済ませて酒場を後にした。

 ジェットは村役場の資料室に用があると言って去っていった。

 ついて行っても仕方ないようなので、僕とスズネだけで引き続き村を見て回ることにした。


 馬車の運行が止まったせいで、村は急に来た休日のような活気に包まれていた。

 村人にとってもそれは慣れたもののようで、村を歩くだけでちらほらと休みを楽しむような人が見える。


「さて、これからどうしようか?」

「えーっと何したい?」

 スズネの質問に僕は曖昧に応えた。そうは言っても特にやることがあるわけでもないのだ。

 行く宛もなく、僕とスズネは途方に暮れていた。


「ジェットと一緒に資料室?、に行ってみるとか。」

「村の図書館とかなら興味あるけど、役場の資料室とかって僕達でも入れるものかな。」

「多分ムリなんじゃない?」

「口ぶりから察するにそんな感じだったよな。」

 スズネとトボトボと街を歩きながら喋った。こっちの世界に来てから、特に目的もなく町をうろつくのは初めてのことかもしれない。

 もしかして、これってデートってやつかも。と僕の頭の中に少し期待がよぎったが、相手がスズネではなんとも複雑な気分であった。


 街を歩くと色々な屋台が目に留まる。

 人通りは多いとは言えないが、視界に入るだけでも10人くらいの往来が絶えず動いていた。

「普通に休日の駅前みたいな感じだねー。何か屋台とか見てみようか。」

「さっき昼飯を食べたばかりだろ。」

「たしかに…。」

「それにお金もないだろ?僕たちは。」

「お金はあるよ?」

「へ?なんで?」

「寮を出るときにジョーヌさんが少し持たせてくれた。」

 言うと腰に下げた巾着を見せてくれた。

 中を見ると銀色の硬貨が数枚入っているのが見て取れた。


「お金…持ってたのかよ。」

「そうだけど…?」

「なんで言ってくれないのさ。」

「なんでって…必要なら私が払うつもりだったけど、必要無かったし…。」

 思い返せば僕とスズネは、なんだかんだ言って一切お金を使っていないことに気がついた。


「それで、いくらくらい持ってるんだ?」

 僕はスズネの巾着を覗きながら聞いてみた。


「これくらい。」

 スズネは巾着の中身を見せた。銀色の硬貨が何枚か入っている。


「えーっと?銀貨が入ってるな。」

「うん。ここの通貨だって。さっきジェットも同じようなコイン使ってたし。」

「ジョーヌさんが持たせてくれたわけだし、それは間違いないんだろうな。」

「そうりゃあそうでしょ。」

「それで、いくらくらいの価値があるんだ?」

「それは…えっと?」

「…。」

「これくらい…。」

 スズネは再度、巾着の中の硬貨を見せた。

 そこにはコインがある。それがこの地域の通貨であることには変わりはないのだろう。


「こ、このお金は、何か問題があった時とかに使わない?ジョーヌさんだって念の為って言って持たせてくれたわけだし…。」

「そ、そうだな。何か入用になったときにだけ使おう。」

 手元の銀貨がどれだけの価値があるのか、それで何が買えるのかが分からない。

 結果、僕達はお金を使わないことにした。


 適度に賑わいを見せる町並みは何をするでもなく歩くだけでも面白かった。

 村の大通りを往来する人々は、エルフや獣人、ドワーフなどバリエーションに富み、果ては有機物とも無機物とも取れない人間も見られた。

 それぞれの人たちが銘々に目的を持ってにぎやかに大通りを歩いており、少し小道に入ると一転して静かな村の風景が垣間見れたりした。


 真上に上った太陽が傾いてきたころ、スズネの提案で村の高台に向けて歩くことにした。

 道行くおばちゃんに話を聞いてみると、村から少し歩いたところに景色の良い丘があるそうだ。

 そのことを教えてくれたおばちゃんは体中に竜のようなウロコをまとっていたので、人間の歩幅でも少し歩くだけの距離なのかはちょっと心配になった。


「あー、風が気持ち良いね。」

 スズネが小高い丘で風に吹かれながら僕に向かって言った。

 村の町並みを抜けてちょうど3,40分ほど歩いた場所だった。

 村はずれに小高い丘があり、村を一望できる展望台のようになっていた。


「んっ。夕日が少しまぶしい。」

 スズネの言葉に応えた。

 夕日に照らされた村の町並みは石造りの壁が黄色とオレンジに染まり、窓辺のガラス窓がキラキラした白い輝きを返していた。

 辺り一帯を草原と畑に囲まれ、新芽から伸び始めた草木が太陽の光を浴びて輝いている。


「んー、こういう景色みたの初めてー。」

 スズネは感嘆の声を上げてから、手頃な岩を見つけて腰掛けた。


「たしかに、綺麗だ。」

 僕が立ったままの姿勢でスズネに返す。


「こっち、座ったら?」

 スズネが座っている岩に少しずれて座り直し、僕の方を向いた。

「ああ、うん」

 素っ気ない返事を返して僕はスズネの隣に腰を下ろした。


「ここの夕暮れって明るいねー。」

「そんなの、どこで見たって一緒だろ。」

「ううん。ここの夕暮れは明るいの。都会の町並みみたいに大きな建物も無いし。」

「そういうことな。」

「それに、夜がうんと暗い。」

「街灯が少ないからかな。日が暮れるとこのあたりも真っ暗になりそうだ。」

「それで星がすごく綺麗。」

「星…?ああ、そうだったな。」

「ちょっと贅沢な気分。」

 贅沢…と言う言葉に少々耳を疑ってしまった。

 普通なら西日が眩しいとか、夜中が暗くて不便だとか、言いたいことは山ほどあるだろう。

 それを苦にもせず、その状況でも楽しんでいるスズネの姿勢にはっと気付かされた。


「楽しんでるんだな。」

「へ?私?」

「うん。」

「そう…かな?でも、そうかも。楽しまなきゃ損っていうか。不満言っても仕方ないしねー。」

 スズネは夕日を眺めながら微笑んだ。


「そりゃあ、前にいた世界のほうが便利だったよ。移動するにも電車や自動車のほうが、馬車よりもずっと早いし。夜も街灯があって明るいし。」

「そうだな。」

「だからってこの世界を…この村を不便だなんて言うつもりは無いよ。」

「まあ問題は今のところ無いかな。」

「そうそう。それにこの世界でしか見れらなかったものも一杯あるし。」

「ああ、たしかにそうだ。」

「だから私、今度はこの世界を好きになることからはじめようと思う。」

 ああ、言われて初めて気づいた。

 なんとなく考えないようにしていたけれど、今度はこの世界が僕達の故郷になるということなんだ。

 だが僕の中ではまだ、実感の湧いてこない話ではあった。


 沈みゆく夕日を眺めながら、スズネと丘の上でゆっくりとした時間を過ごした。

 夕日が傾いて山に差し掛かるころ、暗くなる前に戻ろうと言って僕とスズネは村まで帰ってきた。


 前と同じ宿に戻るとジェットが先に帰っていた。

 3人で1階の酒場で夕食を取り、それぞれの部屋に戻る。


「じゃああとは宜しく。私もう寝るね。」

 そう言ってスズネは、あくび混じりで自分の部屋に戻っていった。

「はいはい。」

 そう言って僕は部屋で寝転がりながら、今日の夜に来ると行っていたキミアの到着を待った。


 僕とジェットが部屋で寝転がっていると、コンコンとノックの音がなる。

 「はい。」

 ジェットが軽く返事をしてドアの前に立った。


「どうもこんばんわであります。」

 ジェットがドアを空けると、ぺたんと倒れた犬のような耳の少女が顔をのぞかせた。


「やあ、キミア。今日は疲れているだろう、ご足労痛み入る。」

「大丈夫であります。」

 キミアはジェットのねぎらいに答えながら部屋の中に足を踏み入れた。


「ジェットさんとツカサさんも。お疲れ様であります。」

 ジェットに備え付けの椅子を進められてキミアがそこに座った。

 僕は反対側のベッドに座る。


「それでは、改めて大ネズミ討伐依頼の完了手続きをさせていただくであります。」

「よ、よろしく。」

 知らないうちに依頼を受ける役割が僕に定着していたようだ。


「討伐依頼は大ネズミ1頭。依頼達成を受領するであります。」

「はい。」

「それではこちらが報告書であります。昨日の出来事を端的にまとめて、学校の教官へ提出してほしいであります。」

「わかりました。」

「と言っても、わりと適当に書いても問題ないであります。」

 キミアがしーっと人差し指を立てながら小声で付け加えた。

「妙なことを吹きこもうとしないでいただきたい。」

 ジェットが隣から、キミアの一言に釘を差した。


「えっとそれから、大ネズミが2匹現れた件につきましてもジェットさんからご報告頂いているであります。逃した1匹については今度とも調査をすすめる予定であります。」

「ああ、よろしく頼む」

「それと、こちらが依頼書であります。達成印はもう押されているでありますから、報告書と一緒に教官へ提出すれば良いようになってるであります。」

「はい。」

「あとは、依頼の報酬につきましても学校から受け取る形となるであります。」

「了解。」

「それでは手続きは以上であります。ありがとうございました。」

「あ、はい。ありがとうございました。」

 僕は淡々と手続きを済ませた。朝の自分と比べるとずいぶん落ち着いて対応できるようになっている気がした。


「すまない。2匹目についてだが、このあたりで他に大ネズミを見た記録はないか?」

 隣で聞いていたジェットが、話の句切れに合わせてキミアに質問を投げかけた。


「無かったと思うであります。どうかしたでありますか?」

「大ネズミは頻繁に縄張りを変えたりしない。大ネズミに似た別の魔物の可能性も踏まえて調査してくれたまえ。」

「うむむ…。了解であります。調査の際には近似種も視野にいれて対応するであります。」

「考えすぎかも知れんがな。いやなにぶん、長い間放置された大ネズミのようだ。さもすれば縄張りも代わりはしよう。」

 ジェットは淡々と意見を述べた。まるで魔物の習性についてエキスパートであるかのようだ。


「近似種なんてのもいるのか?」

 聞き慣れない単語を、僕はジェットに聞いた。


「見た目はそっくりだが、習性の違う魔物はいくつかいる。中には危険種も混じっているから気をつけねばならんぞ。」

「危険種って?」

「人のアウラを介さぬ魔物を危険種と区別して呼んでいる。」

「えっとつまり?」

「つまり、普通の魔物だと人の住む土地には簡単に近づけない。それが人のアウラだ。しかし、人の住む村でもズカズカ入り込んでくる魔物もいるということだ。」

「そりゃ厄介だな。」

「そういう魔物を危険種と呼んでいる。」

 ジェットは淡々と説明する。


「そういえば、今日の昼にも危険種の話ってしてたな。」

 僕は昼間の会話を思い出して言った。


「昨日の夜に街道に出没した魔物でありますね。」

「街の中に入ってきてるってことは、そいつは危険種ってことになるわけか。」

「すぐには判断できないであります。ですがもし魔物なら、その可能性は高いであります。」

 今日一日をその魔物出現の周辺処理に負われて終わったキミアが応えた。


「当然だが、危険種の討伐ともなると私達のような新人が手に追えるランクの仕事ではないぞ。」

 僕に向かってジェットが言葉を刺した。気のせいかもしれないが、首を突っ込むことが無いように釘を刺すニュアンスを少し感じた。


「それだけ強いってこと?」

「そういった面もあるが、問題なのは街や住民に被害が出る場合があることだ。」

「あー、なるほど。下手に町中で暴れられたらまずいわけだ。」

「それに戦いにも気を配らねばならん。昨日の一戦でもそうだが、一旦村に逃げれば何度でも仕切り直しができることが重要だ。」

「そっか、人のアウラ?とか関係なしに追いかけてくることも考えられるのか。」

「そうなると、撤退しながらの戦闘を強いられる。」

「ふーむ。普通の魔物討伐とは勝手が変わってくるわけか。」

 ジェットが魔物討伐の講義を始めた。戦闘経験は今日が初めてであるにも関わらず、何故か知識については色々と詳しい。


「そう言う危険種って、例えばどんな感じなんだ?」

「危険種の代表格と言えば、なんと言ってもドラゴンであります。」

「ドラゴン!?」

 キミアの口から思いがけず飛び出したファンタジーな単語に、僕は思わず食いついてしまった。


「ドラゴンって…。」

「ドラゴンはドラゴンでありますよ。大きなトカゲみたいな、空飛ぶ竜。」

「う、うん…。なんとなく分かる。」

「空を飛び、街を焼き、城を覆う飛竜。凶悪なものは、特別危険種指定されることだってあるであります。」

「へー…。」

「ドラゴンの発見報告が来たら、討伐は街をあげて…いや国家を上げての大規模事業になるであります。」

 キミアの話を聞きながら、久しぶりにファンタジーじみたこの世界をもう一度実感した。


「キミアの言ったことは特別危険な例であるが、ドラゴンに限らず危険種の討伐は厄介なことが多い。討伐の仕事を受けるなら、十分な資質と入念な準備が必要だ。」

「なるほど。」

 ジェットが生徒にに教えるような口調で言った。


「せっかく大ネズミを1匹討ち倒しても、もう1匹の件に、街道の魔物に、ひっきりなしだな。」

「どの村だっていつも魔物の危険に晒されているでありますよ。だからこそ魔物討伐の仕事だって、国家事業として成り立っているわけであります。」

「ふーん。」

 キミアが事務道具を片付けながら、僕の言葉に応えた。


「街道の魔物って、今朝の大ネズミと何か関係あったりしないかな…?」

 ふっと出た思いつきを、僕は口にした。


「何かって?どういうことでありますか?」

「いや、ただの思いつき。」

「うーん。街道のほうについて分かっていることは、大型の獣ってくらいでありますし…。なにもまだ魔物だと決まったわけでもないでありますよ。」

「魔物じゃないってのは?」

「大量の毛皮を積んだ行商人とか、子供のいたずらだとか。」

「ああー、そういう場合もあるのか。」

 キミアは珍しいことでもないと言うように、僕に返した。


「だが調べておくに越したことはないだろう。」

 そう言ってジェットは、昨日眺めていた手帳をポーチから広げ目を落とした。


「大ネズミの近似種で危険種となると、ヤマグマネズミと言われる種があるな。危険種に指定されている。」

「へー。」

「ふむふむ。」

 呆けた顔で聞く僕の隣で、キミアのほうは熱心に意見を聞こうとしている。その態度を見るに、ジェットの知識にはそれなりのものがあるのだろう。


「大ネズミとの見分け方だが、山の木を見下ろすほどの巨体で見たらすぐ分かる。と記されている。」

「そんなのが村の周りに出てきたら、とっくにもっと大事になってるでありますよ。」

「まずありえないな。」

 ジェットはパラパラと手帳の他のページに目を通した。 


「他にもう一種、ナイトウォーカーと言われる種の魔物がいる。日光を嫌うが夜間になると凶暴性を増し、夜中のナイトウォーカーは危険種に指定されている。」

「昼夜で分けることもあるのか。」

「危険種は習性を指す分類だからな。季節によって危険種とされる魔物もいる。」

「なるほど。」

 僕の素朴な疑問に、ジェットは端的に応えた。


「しかし、ナイトウォーカーは縄張りを持たないし、めったに人里にも降りてこない。危険種ではあるが、ナイトウォーカーのほうから人里に来ることは、まずありえないそうだ。」

「うーむ。」

 キミアはそう簡単に分かれば苦労しないと言った顔で唸った。


「特記事項として、傷を負わせた相手を執拗に追う特徴があり、大ネズミの近似種でもとりわけ厄介な相手とされる。」

 ジェットが言葉を続けたが、僕の額にはなぜか汗が滴っていた。


「外見は大ネズミによく似ているが、見分け方がある。」

 そう言ってジェットはふと口を閉ざした…。


 …。


「ナイトウォーカーは目が赤いのだ。」

 重々しく言葉を放つ。ジェットの言葉を僕が理解するには少し時間がかかった。


「どうしたでありますか?」

 固まった僕とジェットに向かって、キミアが声をかける。


 僕の心臓がドクンと高鳴った。

 昨日の昼間を思い出して、僕は口を開いた。

「僕達、赤い目の大ネズミに会ってる…。」


 村の雑木林がガサガサと不穏な音を立てていた。


読了感謝。

もう少し続きます。

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