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お医者様のところへ

「失礼します!! ウチの義弟の診察を」


「帰ってください。先生は今留守です」


 王宮の一階にある医務室に駆け込むと、何故か入室一歩目で冷たい仕打ちが投げつけられてしまった。

 一応説明しておくけれど、私が呼びに来たレリスティア王宮のお医者様は、こんな冷酷無慈悲な出迎え方なんて絶対にしない、心優しい四十代前半の紳士な男性だ。

 という事は……、じろり。

 医務室のソファーに我が物顔で腰かけ足を組み、優雅に読書などを嗜んでいらっしゃる蒼髪の男性、むしろ見なくてもわかってた。――青來さんだ。

 一応、先生の留守を伝えてくれただけ有難いと思うべきなのだろうけれど、昼間と変わらず対応が冷たい。

 視線は本のページに完全固定。私の事はアウトオブ眼中。


「葵が倒れたんです。青來さん、先生、どこに行ったかわかりますか?」


「王妃様が風邪を引かれたとかで、まだ暫くは時間がかかるでしょうね」


「そうですか……」


 どこまでも事務的というか、淡々とした回答しか寄越してくれない。

 それが青來さんの性質であり、女性に対する壁なのだとしても、今はちょっとだけ納得がいかない。


「あの、葵が倒れたんですけど」


「……」


 無視ですか……。伝えるべき用件を口にした事で、青來さんは完全なる拒絶を始めてしまった。

 顔を合わせる前であれば、まず進路を変更し接触を回避。

 もし、話しかけられる事態に陥れば、今度は嫌味を言うか無視をして、相手の心を折る。

 まぁ、わかってはいた事だけど……、一応、貴方や勇者様達と一緒に魔王討伐の旅をした仲間が苦しんでいるんですよ? わかってますか?

 じっとりと恨みを込めた目で青來さんを見つめた私の意図はこうだ。

 

「青來さん……、お医者さんの資格、お持ちなんですよね?」


「……」


「葵からちゃんと聞いてます。

 それなら、葵の事、診てあげてくれませんか?」


 医務室の中に入り、桃虎と一緒に青來さんの傍へと寄れば、ぎろりと威嚇の気配を込めた冷たい眼差しが眼鏡越しに向けられてくる。

 

「私の事が邪魔なら、別の場所に行っていますから。だから、葵の事をお願いします。とても苦しそうなんです」


 出来れば、薬も処方して貰えれば有難い。

 そう言って頭を下げたけれど、伝わって来るのは、ひんやりと凍える様な冷たい気配ばかり。

 葵の状態は、無理をした末の体調不良のようにも思えるけれど、一応、念には念を入れておきたい。

 だから、私の事を青來さんが嫌いなのだとしても、王宮のお医者様がまだ戻って来ない以上、駄目元でお願いしたいところなのだ。

 

「ワンッ!!」


 桃虎の大きな吠え声に驚いて顔を上げてみると、寛いでいる青來さんのお膝の上に、桃虎が前足をかけて立ち上がっている姿が見えた。

 

「ワンッ、ワンッ!!」


「あぁっ、桃虎っ、何をしているの!! 駄目よ、下りなさい!!」


 多分、私が頭を下げた事で、桃虎も一緒にお願いをしてくれているのだろう。

 だけど、それは駄目。青來さんの男性用チャイナ服に似た衣服がぐしゃりと踏みつけられているし、あぁっ、手に持っている本にまで噛み付いて……。

 人に飛び掛かったり、ましてや、噛み付く事は絶対に駄目だと教えてあるのに、何て事を。

 私が叱り付けると、桃虎は大人しく足を絨毯の上に下ろし、どっしりと青來さんの傍におすわりの状態で座り込んだ。


「桃虎……、お前の言っている事もわかりますが、こちらも色々大変なんですよ?」


「バウゥッ!!」


「……はぁ、今回だけですよ。それと、駄犬と呼ばれたくなければ、横暴な行動は控えなさい。いいですね?」


「ワンッ!!」


 前から思っていた事だけど、青來さんはどうやら、動物の類との意思疎通が可能のようだ。

 異世界の人って皆そうなの? と、葵に尋ねてみた事があるけれど、稀にそういう能力を持って生まれる人もいるのだとか。勿論、全員が、というわけじゃない。

 異国からやって来た青來さんもその類の人らしく、たまにこうやって動物達と対話を図るのだとか……。

 まぁ、そんなわけで、私からの言葉よりも、桃虎からのお願いの方が効果があった模様。

 何だか悔しいような気にもさせられるけれど、結果良ければ全て良し!! かな。

 面倒そうに腰を上げた青來さんが、桃虎の頭を優しく撫でる様子を観察していると、じろりと、また威嚇にも似た冷たいブリザード級の眼差しが私に向けられた。


「案内は桃虎に頼みますから、貴女は一時間ほどでいいので、どこかに雲隠れでもしていてください」


「葵の事をちゃんと診てくれるのなら、それに従います。お願いしますね?」


 桃虎を先頭に、部屋を出た青來さんが扉に不在のプレートを掛け、鍵を閉めた。

 お医者様と自分の行き先を書いたメモを貼り付けている。


「じゃあ、桃虎。青來さんの案内をよろしく頼むわね?」


「ワンッ!!」


 本当は、葵の診察に付き添ってはいたいけれど、女性嫌いの青來さんの傍にいるわけにはいかない。


「青來さ~ん、本当によろしくお願いしますね~!! 葵は~、頑丈に見えても、繊細で弱い所もあるので~、気を付けて診てあげてくださ~い!!」


 遠くなっていく青來さんと桃虎の背中を見送りながら、念入りにお願いをしておいた。

 さてと、……一時間の間に、どこに行っていれば良いのかしら。 



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「何でこんな所に来ちゃったのかしら、私……」


「はいは~い!! 次はこのドレスの試着をいってみようか~!!」


 大きな楕円形の鏡の前で、嬉々として私を着せ替え人形よろしく遊んでいるのは、長く柔らかな豪華ウェーブを描く金色の髪の女性だ。

 私と丁度同じ歳で、誰が見ても文句なしの美人さんなのだけど、テンションが高すぎる。

 

「ろ、ローズさん、このドレスは不味いから!! 露出度高いっていうか、うぅ……お腹の部分や肩剥き出しの服はちょっと」


 押し付けられた紫のセクシードレスに慄いていると、ローズさんこと、ローズヴィーナさんが不満そうに頬を膨らませた。

 部屋のソファーには、彼女が所有しているドレスが山と散らばっている。

 彼女は自分で着飾るのも好きだけれど、こうやって他人にも着飾らせるのが趣味と言ってもいい。

 可愛い物や美しい物を愛でる事が生涯の喜びであり、自分で服をデザインしたり、作ったりもお手の物なのだ。

 ちなみに、その素性は、まさかの勇者様一行の一人であり、レリスティア魔術師団の副隊長をも務める凄い女性だったりもする。

 美人で明るくて、そして……怒らせると鬼神のように恐ろしい女性、というのは、葵から聞かされた情報だ。

 まだローズさんが本気で怒った所は見た事がないのだけど……。

 そんな彼女とは、こちらに引っ越して来た時から色々と世話を焼いて貰っていて、今では仲良しの友人同士となっている。

 

「ユズノだって胸が大きいんだから、このくらい着ても良いと思うのよね~」


「ろ、ローズさんっ、だからって、人の胸を無断で揉まないでください~!!」


 あぁ、こんな事なら、青來さんと別れた後に、直行で自分の部屋に戻れば良かった。

 仕事が終わって試着のターゲットを求めて王宮内を歩いていたローズさんに会わなければ、こんな目には遭わなかったのに~。

 綺麗なドレスを試着出来るのは嬉しいけれど、ローズさんの場合……、こうやって露出度高めのドレスがたまに混ざってお勧めされるから、非常に困りものなのだ。

 そして、サイズを確かめるために、胸を鷲掴むのやめてくれないかしら……うぅっ。


「見せつけるもん持ってるんだから、主張しなくてどうするのよ!!」


「見せつける必要自体がありません!! ついでに、見せる相手もいないので却下です!!」


「葵とか、レイジェスティとか、青來とか、この王宮には色男がそれなりにいるじゃないの!! まぁ、性格の濃い奴が主だけど!!」


「葵は義弟です!! それから、レイジェスティさん達に見せたって爽やかで慇懃無礼な毒を吐かれるか無視かの二択です!!」


 お仕事の疲れを癒したくて、試着者を探すのが悪いとは言わない。

 だけど、そんな踊り子さんみたいな衣装は絶対に嫌です!!

 断固拒絶のていでドレスを押し返すと、不満ながらもローズさんは引き下がってくれた。

 

「勿体ないわね~。凄くセクシーなのに……。男共の視線釘づけよ?」


「それを着て人の目に晒されるくらいなら、一生部屋に引きこもりますっ」


「う~ん、ユズノってば本当に恥ずかしがり屋さんね~」


 そんな問題じゃないと思うのだけど……。

 あぁ、でも、日本の女性と、外国の女性の差に似たものはあるかもしれない。

 日本女性は奥ゆかしいというか、人にもよるけれど慎ましいのが美徳だったりもするし。

 対して、外国女性は社交的な面が強い……ように感じるのは、多分、私の見ていた海外ドラマとかの影響かもしれない。

 レリスティア王国の女性達は、綺麗な顔をした美人さんも多いし、スタイルも日本の女性とは段違いに魅惑的だ。

 ローズさんの言う通り、見せるべきものがあるのだから、主張せずにはいられないのだろう。

 私は絶対に嫌、だけど……。

 着せ替え人形の時間がようやく終わり、お茶を淹れてくれたローズさんとソファーに座ると、私の星麗石職人フィヴェル・ディーナ見習いとしての勉強は上手くいっているか、とか、お互いの近況を話す時間となった。

 同じ王宮内に住んでいると言っても、ローズさんも忙しい身の上だし、ここ一週間ばかりは顔を合わせても挨拶を交わすぐらいの所だったから。


星麗石職人フィヴェル・ディーナは、本当に希少な立場だものね~。この王都にだって、工房は数えるくらいしかないし、年々、後継者不足で消えていってるのが現状」


「確か、……ルシェノさんのお店を含めても、工房の数は十未満……でしたよね」


「正解! それも、能力の高い人は限られているし、実質上星麗石職人フィヴェル・ディーナとして名が知られているのは、僅か五つの工房のみ。そのうちのひとつが、ユズノの師匠であるルシェノさんの工房ね」


 能力が低い星麗石職人フィヴェル・ディーナでは、星麗石フィヴェルを上手く扱う事が難しい。

 それは、宝飾品や装身具、文具の出来となって現れ、効果も薄いものとなる……。

 だから、有名でない工房の方では、販売されている商品も種類が少なく、あまり良質なものとは巡り合う事は出来ない。

 そのせいで、どんどんお店を閉店して、星麗石職人フィヴェル・ディーナが消えていく。

 

「昔は、精霊を見る事が出来る人がいっぱいいたらしいんだけどね……。原因は全く不明のままだし、まぁ、この世界には魔力の類があるから、生活には困らないけれど」


「だけど……、それは、精霊さん達が生きているという事を忘れていく……という事でもありますよね」


 姿を見る事が出来なければ、存在していないも同じ。

 ルシェノさんの話では、星麗石フィヴェルに宿る精霊さん達は、いつか伝説上の存在と化し、その恩恵を得る事も、意思を通わせられる者もいなくなってしまう事だろう、との事だった。

 だからこそ、それを防ぐ為に、星麗石職人フィヴェル・ディーナの立場に在る者は、後継者を渇望している。

 この世界に精霊さん達が生きている事を、決して忘れる事のないように……。

 

「そうね。忘れられた先で、精霊達がどうなるのか……不明な事は多いけれど。実際問題、……何かの予兆のようにも、感じられるのよね」


「予兆、ですか……?」


「私も確かな事は言えないのよ? だけど、世の中の文明や豊かさは増していくのに、それとは逆に、見えていたものが見えなくなっていく、感じられなくなる……。時代の流れ、という説明だけじゃ納得出来ない何かがありそうだって、精霊達の事を研究している学者達も話しているわ」


「元・星麗石職人フィヴェル・ディーナであった人達や、精霊さん達を見る事は出来ないけれど、研究を重ねている人達の事ですよね。前にルシェノさんが話してくれました」


「そう。たとえ星麗石職人フィヴェル・ディーナになれなくても、精霊に興味がある人ってのは沢山いるから、見える人の許で学ぶ事になるわけよ」


 ローズさんはスリットの入ったロングドレスの中で、白く美しい足を組みかえると、ティーカップを手に取り、ふぅ、と、吐息を零した。

 

「まぁ、いずれ研究者達が解明してくれるんじゃないかしらね」


 星麗石職人フィヴェル・ディーナとなりえる人達が減少した原因……。

 それは私も凄く気になるところだけど、見習いの私に出来る事は、『学ぶ事』だ。

 星麗石フィヴェルに宿る精霊さん達の事を知り、ルシェノさんの教えを乞い、いつか、一人前の星麗石職人フィヴェル・ディーナとなれるように、『識る事』。

 それを積み重ねた先で、自分にも何か出来る事を探し当てられるように……。

☆ローズヴィーナ


勇者一行の一人。

金髪ゆるふわウェーブの美女。(22)

勇者一行の中で紅一点だったが、別に逆ハーレムがあったわけじゃない。

むしろ色々と気を遣ったり苦労したりと、本人的に大変だった模様。

青來と勇者相手には、口で噛み付いていくスタイル。(笑)

趣味は、服のデザインや裁縫の類。

日々、自分好みの女性に試着をさせようと目を光らせている。

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