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お掃除お兄さんと、お祖母ちゃん

 ルシェノさんと青來さんは大事なお話があるとかで、今日の私の星麗石職人フィヴェル・ディーナとしてのお勉強は、また明日からという事になった。

 本当は、ディーチェの中で浄化中の精霊さん達を、デザイン画を描きつつ見守りたかったのだけど、大事なお話と言われてしまっては無理も言えない。

 私は大人しくダルフィニー工房を後にして、城下町の中を一時間ほど散策してから、レリスティア王宮に戻った。


「夕食までにはまだ時間もあるし……、あ、そうだわ」


 王宮の正門に立っている守備隊の兵士さんと帰宅の挨拶を交わした私は、小走りで『あの人』がいるであろう王宮内の回廊を目指した。

 城下町の中では姿を見かけなかったし、日が暮れかける頃のこの時間帯なら、きっとあそこにいるはず。

 王宮内の掃除をしながら、暮れていくオレンジ色の世界を楽しみに待つ『あの人』の姿を探して、足取り軽く走って行く。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ワフッ?」


「あ、いたいた!! 桃鷹~!! 『ディオ』さ~ん!!」


 階段を駆け上がり、とある回廊付近に差し掛かると、予想通り、『あの人』こと、ディオさんが大きな白い柱を相手に、お手製の特別柱用掃除用具である黒い布で、ふきふきと真面目顔でそれを磨いていた。

 その足下には桃鷹が大人しくおすわりをして、楽しそうに尻尾でパタパタと地面を打ちながら、私を振り返っている。

 

「ユズノか……。お帰り。見習いの勉強は終わったのか?」


 柱から手を下ろし、その長身のがっしりとした体躯で駆け寄って来る私を出迎えてくれたのは、静かな微笑を湛える浅黒い肌の、二十代半ば程に見える青年のディオさんだ。

 

「ただいま戻りました! 今日も良い夕暮れを見られそうですね」


「あぁ。ここからだと良く見えるからな……」


 レリスティア王国の王城は、異世界フェルクローリアにおいて、一番荘厳で巨大な、天高くに聳える建造物……。

 高層に位置する、王城の最上階に近い階に辿り着いたその場所は、ディオさんが磨く柱の向こうに、柔らかな風を子守唄のように感じながら微かに揺れる淡い色を纏う薔薇の庭園。

世界を彩る青が、優しいオレンジの世界へと徐々に変化していく幻想的な光景を目にしながら、ディオさんは眩しそうに目を細める。

 レリスティア空中庭園から見える夕暮れの光景は、私や葵にとってもお気に入りの光景のひとつだ。

 それに、朝から昼にかけては、城下町や王宮内をお仕事で行き来しているディオさんも、夕暮れの時間帯が迫ると、急用がない限りは、必ずここにやって来るから。

 きっと会えるんじゃないかと思って来てみたら、今日もやっぱりここにいた。

 ちなみに、柱を磨いていたのは、ディオさんにとって癖のような行動らしい。

 

(今日もピッカピカね……。うん、今度お掃除の秘訣を教えて貰おうかしら)


 ディオさんは、毎日を王宮や城下町の人達の助けとなるお仕事をしていて、運が良ければ町中でも会う事が出来るけれど、確実に会えるのはこの時間帯だけ。

 異世界に引っ越して来た初めの頃は、自分にどんな仕事が出来るのだろうかと悩んだり、レリスティアの生活習慣やルールに馴染んで行かなきゃいけない忙しさもあって、心にあまり余裕が持てなかったのだけど、そんな時にディオさんと出会い、色々と話を聞いて貰った。

 だから、一応はこの世界に慣れてきたとはいっても、ディオさんの傍にいると安心出来るので、時々、こうやって確実な時間を狙って会いに来たりしている。

 何というか……。


(お父さんと一緒にいる時の安心感に似ているのよね)


 二十代半ば程の見目麗しい男性に対して、『お父さん』。

 ディオさんに伝えたらきっと、年齢上に見られているような気分に陥って、地味に傷付けてしまいそうな気がするので、今でもそれは言わないでいる。

 小さい子に言われるならまだしも、二十代の私にそんな事を言われたらきついだろうし……。

 なるべく口に出さないように気を付けないとね。


「ワンッ、ワンッ!!」


「そうか、モモタカも夕陽が好きか……」


「ワンッ!!」


 頭を大きな手のひらで撫でられて、桃鷹が気持ち良さそうに可愛らしい鳴き声を漏らす。

 そして、また庭園の先に見える夕陽をじっと真剣に見つめながら、歓喜の遠吠えを上げる桃鷹と共に、夜のベールが空を覆うまでの間、ディオさんと一緒にその光景を眺めていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お祖母ちゃん、ただいま~!」


 ディオさんと別れた後、私は桃鷹と一緒にお祖母ちゃんが暮らす部屋へとやって来た。

 自分の部屋は別にあるけれど、夕食はお祖母ちゃんの部屋で、家族団欒で過ごす事になっている。

 日本の名残を思わせる畳の良い匂いと、部屋の真ん中に置かれた丸いちゃぶ台。

 座布団に腰を据えて湯呑に口を付けていた着物姿のお祖母ちゃんが、優しい微笑と共に私の帰宅を出迎えてくれた。

 でも、お祖母ちゃん、とはいっても、御年六十七歳になるお祖母ちゃんは、まだまだ若々しく、背筋もピンと伸びており、滑舌も良いし、声音も落ち着いていて品の良いものだ。

 孫だからこそお祖母ちゃんと呼べるけれど、お年寄りと呼ぶにはまだまだ早い存在の人でもある。

 まぁ、日本にいた時は、年々、六十歳を越えても若々しく現役の人が増えているのが現状だったし、特に珍しいという事もないのだけど……。

 

「お帰りなさい、柚乃」


 歳を重ねても衰える事のないお祖母ちゃんの艶やかな笑みと、女性としての気品は、たとえ御年六十を越えていても、日本にいた時のご近所さん達や、このレリスティア王宮勤めの人達の心を掴んで離さない魅力に溢れるものだ。

 孫である私も、同じ女性として、お祖母ちゃんの性格や立ち居振る舞いには、憧れる部分が多い。


「ワンッ!」


「桃鷹もお帰りなさい。今お茶を淹れてあげるから、二人共こっちにいらっしゃい」


 お祖母ちゃんにとっては、犬である桃鷹も人と同じように数える存在で、大切な家族だ。

 日本と同じ仕様になっている部屋の入り口、玄関口と同じ構造になっているそこでブーツを脱いで部屋に上がると、桃鷹の足の裏の汚れを拭う雑巾を入り口横の台から手に取って、動物専用汚れ取りのスプレーを雑巾に吹きかけた。

 これは異世界フェルクローリアで作られた特別製だから、効果は抜群なのだ。

 足裏を綺麗にして貰った事でスッキリしたのか、桃鷹は私の顔に頭を撫でつけて、ひと声、お礼のようにも感じられる吠え声を発すると、お祖母ちゃんの所に走って行ってしまった。

 畳の上に座り込んで、お祖母ちゃんのお膝の上に顎を乗せ、その瞼を静かに閉じる桃鷹。


「相変わらず、桃鷹はお祖母ちゃんの事が大好きね。桃虎が帰って来たら、絶対にお祖母ちゃんの取り合いになるんだろうけど」


「柚乃や葵だって、この子や桃虎に好かれているでしょう? それに、私は貴方達よりも、少しだけ桃鷹達と過ごした時間が多いだけよ」


 確かに、私や葵は学校や仕事があったりで、桃鷹達と過ごせた時間はお祖母ちゃんより少ない。

 だけど、それだけじゃないと思うのよね。

 お祖母ちゃんが誰よりも優しくて、桃虎と桃鷹の事を深く愛している事がわかるから、本物のお母さんのように、二頭とも良く懐いているのだ。

 勿論、私と葵も、桃虎と桃鷹が大好きで、同じように二頭から懐かれてはいるけれど。

 

(私と葵には、家族というか、友達に近い感覚。お祖母ちゃんの事はお母さん相手の感覚、の違いな気はするのよね)


 特に、私に対しては二頭とも、自分達が世話を焼いてやっているという雰囲気を醸し出す事が何度も……。

 多分、葵が義姉である私に接するのと同じ感覚なのだろう。

 私はお祖母ちゃんの向かい側の席にある座布団に座り、木の編みカゴの中から羊羹の入った袋を手に取った。

 お祖母ちゃんがお茶を淹れてくれる音を聞きながら、ビリリと袋を破って、ミニサイズの羊羹をぱくりと咀嚼する。


「ふぅ……、今日はもうちょっと勉強に時間を使いたかったなぁ」


「あら、何かあったの?」


「大事な用のあるお客様が来ちゃったから、また明日ってなったの」


「それは残念だったわね。だけど、柚乃の事だから別の事に時間をあてたんでしょう?」


「自分の趣味と、半々って感じなんだけどね。星麗石フィヴェルに関する歴史書を図書館で探したり、雑貨屋さんに行ってみたり」


 勉強と、プライベートの時間を楽しんだ事を伝えれば、お祖母ちゃんはお茶の入った湯呑を差し出しながら、「じゃあ、それも充実していた時間って事じゃない」と、笑った。


「まぁ、確かにね。だけど、本当だったら、今日は新しい星麗石フィヴェルの紋様を教えて貰えるはずだったのよ。それなのに……」


 私の事を鬱陶しがる青來さんが来ちゃったせいで、自習に早変わり。

 工房にいさせて貰えば、浄化中の精霊さん達の様子も見守る事が出来て、まだ色々と出来る事はあったっていうのに……、今日はちょっとだけツイていない日だった。


「楽しみが明日に伸びただけなんだから、気落ちしないの。終わった事は、もうどうにもならないのだし、明日の為に出来る事をやっておきなさい」


「は~い……。とりあえず、夕食が終わったら星麗石フィヴェルのデザイン画の練習を頑張るわ」


 ルシェノさんから教わった知識と、自分なりのイメージを絡ませて、星麗石フィヴェルの精霊さん達を活かせる完成品のデザインを描く。

 星麗石フィヴェルの精霊さん達の宿る原石は、それそのものが神秘の塊で、不思議な力や効果を秘めているから、描けばいいという物でもない。

 その星麗石フィヴェルを飾るに相応しい、個々が抱く力に応じたデザインを慎重に、心を込めて創り出す……。

 それは、人の身を飾る宝飾品、装身具のみに限らず、文具や武器を創り出す時もある。

 ルシェノさんのお店は、主に星麗石フィヴェルを主体とした宝飾品と、冒険者や戦う必要のある人達の助けとなれるような装身具の類も扱っているのだけど、力の弱い星麗石フィヴェルの小さな欠片を使って文具用品なども作って町の人達に安価で売っていたりする。

 武器は店内でも工房でも見かけた事はないけれど、刃物の類は苦手だからと、ルシェノさんは苦笑しながら、それが置いていない理由を教えてくれた。


「知った事を自分の中でちゃんと栄養分にする事も大切だものね」


「そうね。得た知識を頭の中に置いたままじゃ、どんどん錆びついていくだけだもの。学んだ事をきちんとあとで活かせるように、柚乃のものにしていかなくちゃ」


「ワフッ……」


 ルシェノさんが教えてくれた事を無駄にしないように、繰り返し学びながら自分の中で昇華していく。

 それが出来ないと、新しく覚える事が無駄になってしまうから、今日学べなかった事は残念に思うけれど、明日の為に受け入れる力を高めておく事は重要なんだと、お祖母ちゃんと話しながら、熱いお茶の湯気を吐息で冷ました。

 と、のほほんとお祖母ちゃんと桃鷹と一緒に寛いでいると、義弟の葵が桃虎と一緒に帰宅の声を告げた。


「ただいま~。はぁ、……疲れた」


「お帰り、葵、桃虎」


「ワンッ!! ワンッ!!」


 疲労困憊にも見える葵と、お祖母ちゃんのお膝に顎を乗せて気持ち良さそうに眠る桃鷹を発見した桃虎が、早く自分の中に上がりたいと強請る声を上げた。

 葵は、勇者様であるレイジェスティさんのお仕事を手伝っている関係で色々と忙しいみたいだけど、今日は特に疲れが酷そうだ。

 私との遅めの昼食の後、葵に一体何があったのか……。

 

「桃虎、はい、前足の裏を見せてね」


「ワンッ」


 席を立ち、今度は桃虎の足を綺麗にしてあげた私は、ぐったりと畳の上に倒れ込んだ葵の傍に膝を着いた。

 今にも眠ってしまいそうな、辛そうな顔をしている。

 心配になって義弟の額に手を当ててみれば、……まさかの高熱。


「葵……、普段から、無理のしすぎは駄目だって、お義姉ちゃん、教えていたわよね?」


「うぅ……」


 大切な義弟が熱を出して苦しんでいるのに、至極冷静な顔で言ったのは、原因がわかっているからだ。

 葵は昔から、多少具合が悪くても無理をする性格で、それが度を越した時、こんな風に高熱を出す事が時々だけれど、あった。

 昼間は何て事のないように見えたけれど……、多分、その後に体調を崩したんじゃないかしら。

 しかもそんな時に、負荷のかかる事をやった、もしくは、やらされた可能性が大。

 私の事を抜けているだの、天然だのと言ってくれる葵も、こんな時は立場が逆転する。

 私は部屋の中にある押入れを開けて、お布団を取り出す。

 それを畳の上にささっと敷いて、自分よりも身体の大きな葵を支えながら布団へと押し込めにいく。


「一体何をやって来たのやら……。柚乃、私はお医者様を呼んでくるから、葵の事を頼むわね」


「あ、それは私が行くから大丈夫。お祖母ちゃんは葵が起きた時に出て行かないように見張っていて」


「ワンッ!!」


「ん? 桃虎も来てくれるの?」


 てっきりお祖母ちゃんのお膝争奪戦を始めると思っていたら、葵の頬をぺろりと舐めた桃虎が、私の同行を申し出てくれた。

 きっと、葵の事を心配してくれているのだろう。

 桃鷹の方も目を覚まして、お祖母ちゃんのお膝から立ち上がると、葵の様子を見守る様に、静かに布団の横に寝そべった。

 

「クゥゥゥゥン……」


「うぅ……はぁ」


「お祖母ちゃん、桃鷹、葵の事をお願いね」


「ワンッ」


 私は桃虎と桃鷹のふさふさの毛並みをひと撫ですると、桃虎と一緒にお祖母ちゃんの部屋を後にした。

☆ディオヴェルク


王宮内と城下町で見かける青年。

忙しく、日々を人助けに費やしているようで、

夕暮れの王宮、空中庭園であれば、高確率で会う事が出来る。

柚乃曰く、『お父さんみたいに安心出来る人』。



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