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工房へのお客様

 入店のベルが鳴り響き、ルシェノさんがすぐに出迎えの挨拶へと席を立つ。

 お客様がお店を訪れたら、にっこり笑顔で心からの歓迎の意思と共に出迎えるのも、星麗石職人フィヴェル・ディーナの大切な仕事のひとつだ。

 見習いの立場ではあるけれど、私もルシェノさんの後に続き、お客様を出迎えに席を立った。

 しかし……、ダルフィニー工房に訪れたお客様は、私の姿を目にした瞬間、思いっきり嫌そうな顔をして、くるりと店内に背を向けてしまった。

 用があって来た癖に、相変わらず失礼な人ね……。

 苦笑しているルシェノさんの横から飛び出し、私は『彼』の腕を掴みに走った。


「なっ……!!」


「お客様、いらっしゃいませ……。どうぞ? 店内へ」


 お客様に向ける爽やかな笑顔を纏い、元いた世界で言うところの男性用のチャイナ服に似た衣服を纏っている男性の腕を掴み引き留めれば、予想通り……冷たい眼差しと苛立たしそうな表情が振り返ってきた。

 乱暴に私の手を振りほどくと、顔に掛けている眼鏡のずれを直す。

 

「この店は、客に対して随分と無礼な振る舞いをするのですね?」


 友好的な気配を一切纏わないこの男性の名は、『青來セイライ』さん。

 勇者様であるレイジェスティさんが率いていた勇者一行の内の一人。

 別名、ウチの義弟と同じで、レイジェスティさんの被害者その二だったりする。

 異国からの旅人だった青來さんは、その一風変わった戦闘スタイルと強さを買われ、レイジェスティさんの魔の手……じゃない、勇者様からの有難いお誘いを受け、仲間入りを果たしたのだ。

 同性に対しては普通に接するというのに、女性にだけは問答無用で冷たい態度をとり、何かと避けようとしている節がある、というのが、出会ってからの私から見ての印象。

 目に全く歩み寄る気配がないし、私の顔を見ると一瞬で背を向けてしまう。

 だけど、そのくらいでめげる私ではない。


「申し訳ありません、お客様。私の存在がご不快でしたらすぐに裏へ下がりますので、どうぞ、中へ」


 せっかくやって来たルシェノさんにとってのお客様。

 売り上げを稼ぐ為にも、私が足手纏いになる事があってはならない。

 だから、自分がすぐに消える事を伝えると、背中の途中から三つ編みにしている長く色合いの濃い蒼髪の、自分の顔に近い部分の毛に右手の指先を差し込みながら、青來さんは大げさな溜息を零した。よし、勝ったわ!!


「では、さっさと裏にでも引っ込んで下さい。俺の目が腐りますので」


「はい!! それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ、お客様」


 敗北の意思を示す溜息と言葉に、めげない笑顔を向け、私は急いで工房の作業場に戻っていく。

 青來さんは冷たくて仲良くなれそうな隙は作ってくれないけれど、それならそれで、付き合い方というものがあるから、私はほど良い距離感ですぐに撤退するのがいつもの事となっている。

 まぁ、お前なんか嫌いなんだよ、という感情を向けられて……良い気分がするわけではないけれど。


(だけど、乱暴な振る舞いをされたり、罵声を浴びせられる事があるわけでもないし)


 慣れれば、段々とわかってくるものだ。

 青來さんにとって、あれは多分……自己防衛の一種なのだと。

 女性とは、決して深く関わり合いたくはない。自分は絶対に心を開いたりはしないのだと、そう、青來さんの態度からは感じ取る事が出来る。

 だけど、流石に最初の二か月間は、顔を合わせる度に、色々と傷ついたり扱いや接し方に戸惑いながら手探り状態だったわけだけど、三ヶ月ほどが経った今では、すっかり慣れっ子だ。

 あれは青來さんの心の壁を表す態度、だから、私はそこから先に踏み込んではいけない。

 そんな気がするから、私は青來さんの傍には極力近付かないように心がけているし、王宮や町で顔を合わせても、挨拶ぐらいだけに留めている。


「さてと、ルシェノさんと青來さんはお話をしている間に、少しだけ精霊さん達の様子を見てみようかしら」


 小走りで青薔薇の咲き誇るアーチの下に行くと、私は水瓶の中をそっと覗いてみた。

 透明な水瓶の中では、沈んでいったはずの星麗石フィヴェル達がいつの間にか、水瓶の真ん中辺りに浮かび上がっており、それぞれの綺麗で淡い光を纏いながら、熱帯魚が気持ち良さそうに水の中を泳いでいるかのように漂っていた。

 

「うんうん、順調に『浄化』の力が作用しているみたいね」


 私がこの子達を星麗石職人フィヴェル・ディーナとして素敵な姿に変えてあげられるのは、まだまだ先の事だけれど……。

 きっとお客様の手に渡る時は、陰で号泣しちゃうんだろうなぁ……私。

 心を通わせた精霊さん達が、出会うべきご主人様と巡り合う為に縁を結ぶ役目にあるとはいっても、可愛がってる子達との別れは……うん、やっぱり絶対に辛いと思うわ。

まだまだ気の早い先の未来の事を想像して、しみじみと一人で落ち込んでいると、背後からそれはそれは冷たい声が響いてきた。


「鬱陶しい空間ですね。いつからルシェノ殿の工房は辛気臭くなったのでしょうか」


「セイライ殿、可愛らしい女の子が花を添える我が工房に対して酷いですよ、それは」


 怒っているというよりは、茶化すように苦笑して青來さんを諫めているルシェノさんに振り向けば、さっきと変化のない愛想のない氷のような美貌が私を見ないように別方向に視線を向けていた。

 私の存在そのもの、というか、多分性別の問題なのだろうけれど、私の事が気に入らなければ話しかける事もやめておけばいいのに……。

 多分、さっさとこの空間から出て行けという催促なのだろう。

 わざと嫌味な事を言って相手を自分から遠ざける……不器用な大人ね、本当に。

 私はさっと立ち上がり、足早にルシェノさんと青來さんの傍を通り過ぎようとした、……けれど、何だかこのまま素直に立ち去るのを癪な気がして、彼の嫌がる愛想のある笑顔を浮かべてこう言った。


「すぐにお茶をお持ちしますね?」


 もう一回顔を出してやる。ささやかな私からの嫌がらせ返しだ。

 青來さんの顔に嫌そうな気配が浮かんだのにほくそ笑み、私は足取りも軽くお茶を入れに行く。


「ウチの見習いさんは、根性があるでしょう?」


「……」


 私が去った後、楽しそうに微笑むルシェノさんと、お茶を淹れに消えた私の去った後を辿るように複雑そうな視線を走らせた青來さんの姿を見る事は出来たのは、工房の作業場を漂う精霊さん達だけだった。

青來セイライ


異国よりやって来た旅人の術師。

濃い蒼髪を背中の真ん中辺りから三つ編みで垂らしています。

青い瞳と、眼鏡の人です。

女性に対して非常に冷たい、というか、見た瞬間避けます。

会話状態となると、嫌味が飛び出してきます。

三ヶ月も経つと、距離感を掴めてきたようで、

柚乃も彼との付き合い方に少し余裕が出てきた模様の為、

笑顔で対応します。

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