星麗石職人(フィヴェル・ディーナ)見習い
息抜きに、短い文字数での連載を始めてみました。
桃咲柚乃が異世界に来て、三ヶ月ほどが経った頃から幕を開けます。
――ポゥ……。
「ん~、……あと、ひとつ、なんだけど、どうしようかしら」
目に痛くない程度の優しい発光を纏う透き通った美しい石達……。
桃色、青色、黄色……、様々な輝きを宿すそれらに視線を巡らせながら、最後のひとつを手に入れる為に、私は指先をそっと薄桃色の原石に触れ合わせた。
「バウゥゥ……、ワンッ!!」
私が冷たくゴツゴツとした洞窟内の地面に座り込んで石の選別を行っていると、どこかに散策に行っていた飼い犬の桃虎が、どこか不満そうな眼差しで私の傍へやって来た。
ぺたんと、私の傍に腰を下ろし、「まだか?」という意図を含んだ眼差しを向けてくる。
「クゥゥゥン……」
「桃虎、ごめんなさい!! もうちょっとだけ、時間を頂戴!!」
「グルルル……」
あとちょっと、最後のひとつと『対話』をすれば、この洞窟に来た目的は果たされる。
けれど、ここに来てから早三時間近く……。桃虎はすでに待ちくたびれてしまい、いい加減に切り上げて、王都の方に戻りたいようだ。
けれど、私にはまだやり残している事がある。
あとひとつ、あと、ひとつで完了なのだ。
もうここまで時間を引っ張ってしまったなら、あと十分くらいは許されるはず。
私が両手をパンと顔の前に合わせて懇願すると、桃虎はふぅ……と、ひとつ大げさな息を吐いてその場に寝そべった。
どうやら終わるまで待ってくれる事を了承してくれたようだ。
「有難う、桃虎。……さて、うん、やっぱりこの石が良いかな」
さっきまで触れていた薄桃色の透き通った石をもう一度見つめ直し、今度こそ目的を果たす為に、右手のひらを原石の前に翳した……。
瞼を閉じ、精神を落ち着け……薄桃色の原石に意識を集中し、心の中で語り掛ける。
(可愛らしい石の精霊さん、良かったら……私と一緒に来ませんか?)
石の中に眠っている小さな精霊さんを怖がらせないように、優しい声音のイメージを心掛ける。
私と一緒に『工房』に来てくれるように、力を貸してくれるように、真摯な気持ちを込めて……。
石を手に入れる、というよりは……、お友達の申し込みを初対面の相手にするような感じだろうか。
『星麗石職人』の立場に在る者は皆、原石に宿る精霊さん達との友好的な関係を一番大切にしている。
彼らの宿る原石に語りかけ、気に入って貰えれば……『対話』は成功。
――パァァァァァァ……。
「あ……」
反応が出て来た!! 優しく瞼の表面を撫でるかのような、柔らかで優しい薄桃色の光。
目を開ければ、薄桃色の原石の中から……、小さな人型のお姫様のように可愛らしい精霊さんが、すぅ……と、抜けて出てきた。
私の顔の前に浮き上がり、ゆっくりと翻るロングの波打つスカートのような部分の裾を両手の指先で摘まみ、丁寧に頭を下げてくれる。
『よろしくです……、ご主人様』
見た目の愛らしさを裏切らない、淑やかで大人しそうな可愛い声の持ち主だ。
「やっぱり、何度見ても可愛らしい子が多いなぁ~」
にんまりと、内心でガッツポーズを決めた私は、好奇心と喜びの感情を前面に出して、薄桃色の精霊さんをしっかりと観察する。
『ご主人様……?』
小首を傾げてちょこんと佇んでいる姿とか、まさに儚げな美少女そのもの!
この子の前に『対話』をした精霊さん二人は、また違った性格の子達だったけれど、彼女の控えめな気配がまた何とも奥ゆかしい。
私は壊さないように、怯えさせないように……その頭を指先で優しく撫でる。
人と同じように確かな感触があるわけじゃないけれど、精霊さん特有の気持ちの良い感触があったりするのだ。
ふんわりとした生クリームを撫でているような、しっとり感。……最高です。
「初めまして、薄桃色の石の精霊さん。私の名前は『柚乃』といいます。これからよろしくお願いしますね」
『……ユズノ、様、ですね。かしこまりました。ユズノ様』
敬称を付けられると、背中の方が少しだけむず痒く感じてしまうのだけど、この子は礼儀を大事にする精霊さんのようだ。
『星麗石職人』は、精霊達の宿る石を『工房』に持ち帰り、彼らの『住処』となっている原石を整形、調整の作業を行うのだけど、別にご主人様というわけじゃない。
あくまで、洞窟内で眠っている精霊さんに起きて貰って、宝飾品の類に加工されてくれませんかというお誘いをさせて頂く立場なのだ。
勿論、出来上がった星麗石の宝飾品は、お客様と精霊さんの相性が良くなければ売る事は出来ない。
お互いの気が合って、初めて持ち主に相応しい人に貰われていく、と……。
『向こうの世界』でずっと暮らしてきた私にとっては、驚きものの販売事情だった。
だけど、これは『星麗石』を取り扱っているお店だけの話だったりする。
『それでは私をお持ちくださいませ、ユズノ様』
「有難う。これからよろしくお願いします」
お互いに、ニッコリと笑顔を交わし合うと、岩の中に埋まっていた薄桃色の石がプルプルと強く発光しながら震え始め、ツルハシや専用の道具を使わなくてもOKというお手軽さで、自分から私の手のひらへと飛び出してきた。
しっとりと滑らかな触り心地と、どこか桜貝にも似た色合いに、ふんわりと心が和む。
「ワンッ!!」
「きゃっ!! あぁ、そうだったわね。ごめんなさい、桃虎。すぐに帰る支度をするわね」
傍で帰宅を急かす桃虎の催促を受けて、私は急いで腰に装着してきた星麗石専用の小さなジュエリーケースをパチンと金具を外して手に持った。
夜空を思わせる星屑と、『こちらの世界』特有の紋様が装飾された蓋を開け、中に収まっている水色の小さな原石と黄色の原石が入っているそれをに、新しく手に入れた薄桃色の原石を収めた。
『それでは、お邪魔いたします』
またまた律儀なお辞儀をして、薄桃色の精霊さんはケースの中に舞い降りていく。
その姿が静かに溶け消えると、ジュエリーケースの蓋を閉じて、また腰のベルトに装着する。
「ふぅ、無事に上手くいって良かったわ……」
『お師匠様』に出された宿題は、『初心者用の星麗洞窟』に入って、これだと思う、手のひらに乗るぐらいの小さな原石を三つ王都の『工房』に持ち帰る事。
桃虎と一緒にこの場所を訪れるのはもう慣れた事だけど、『星麗石職人』見習いである私にとって、この洞窟は初心者=レベル1のお蔭か、凶暴な魔物は出ない。
まぁ、時々洞窟を住処としている、とっても弱い丸い毛玉のような魔物と出会う事もあるけれど、基本的に手を出さない限りは襲って来ない。
それだけ、安全で平穏な類の存在しか集まらない、正真正銘の、初心者専用の洞窟なのだ。
「さてと、それじゃあ戻りましょうか、桃虎」
「バウッ、バウッ!!」
「ん? どうしたの……」
不意に、桃虎が私の傍から駆け出し、帰り道に通る予定の通路の曲がり角に……あ。
ひょっこりと、桃虎とは別の犬種である大きな茶色毛並みの犬が顔を出した。
桃虎とは兄弟のように育って来た、桃鷹だ。
あの子がここにいるという事は……。
「ゆ~ず~ね~ぇ~……!」
「あ、ああああああ、葵!?」
桃鷹の後を追って歩み出て来たのは、額に見事な青筋を浮かべた……私の義弟、葵だった。
☆星麗洞窟初心者レベル1
(魔物は小さく無害な丸い毛玉系が多いです。
チョップひとつで倒せます)