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義弟との記憶2

 それは、葵が十四の歳になる、――夏休み間近の事。

 もうすぐ長期の休みに入るという事もあって、学生達にとっては心浮き立つ気配が広がっていた。

 夏休み中の宿題があるとはいえ、長い休みは解放感を与えてくれる貴重な日々だ。

 友達との約束や、家族との旅行、海や山、遠方への旅、楽しい事は山ほどある。

 私と葵も、家族で温泉地への旅行が決まっていた。ペットの連れ込み可の品の良い古風な旅館に泊まる事も決まっていて、家族全員が、とても楽しみにしていた。

 それなのに、去年よりも夏の暑さが厳しかったその年の夏……、長い休みに入る一週間ほど前の事。

 ――葵が忽然と、……その姿を消してしまった。


 私よりも遅く帰って来るのは普段通りの事だったけど、夕食の支度を終え、お風呂の用意も万全、仕事から帰宅したお父さんも席に着く時間を迎えても、葵の声が玄関から聞こえて来る事はなかった。

 妙に大きく聞こえてくる時計の針の音、落ち着きを失いそわそわと家の中をうろつき始めた二頭の飼い犬達……。学校はとっくの昔に終わっているし、すでに校門も閉じられている。

 友達と一緒にいるという可能性も考えたけれど、あのしっかりとした性格の葵が、何の連絡もなしに?

 ――幼い時ならまだしも、中学生となった今の葵に限って、それはありえない。

 たとえ今、一人でいるのだとしても、連絡の一本ぐらい……。

 その時の私は、時計の針が十時を差す頃、お父さんと桃虎、桃鷹と共に車に乗り込むと、葵の使っている通学路を辿り、真っ暗になった中学校へと急いだ。

 夜の学校内の警備と見回りを担当している守衛さんに話を通し、可能性は低いと思ったけれど、葵の姿を探して、よく居残っていると聞く図書館や、念の為、葵のクラスの方にも足を延ばしてみた。

 けれど、……どんなに校内をくまなく探し回っても、葵の姿はなかった。

 それなら、今度は町の中を探してみようと、葵の行きそうな場所を巡り、その姿を探し回ったけれど……、どこを探しても、その名を呼んでも、葵が顔を見せてくれる事は……。

 

 私とお父さんは、自宅の方で心当たりに連絡をとってくれているお母さん達の許へと戻った。

 友達の誰かの家にお邪魔しているのではないかと、ほんの少しの期待を胸に抱いて。

 葵だって年頃の男の子だ。たまには……、気が向いて遊ぶ事に熱中しているのかもしれない。

 本当に、可能性の薄すぎるその期待は、最後の連絡先に電話をかけ終わった瞬間、意味を失くした。

 学校、町、葵のクラスメイト達、心当たりのある場所は全てあたってみたのに……。

 葵の所在を確認する事は、……結局、日付が変わっても出来なかった。

 事件か何かに巻き込まれた可能性もあると考え、深夜に警察へと向かったお父さんを送り出した私達は、そのままの状態で冷めきってしまった葵の夕食を見つめ、不安の溜息を零した後、眠れぬ夜を過ごした。


 ――それから、三か月。

 恐ろしいほどに、何の情報も入って来ない静か過ぎる日々が過ぎた。

 幸いな事に、どこかで物騒な事件が起きたという報せは入らなかったけれど、葵の姿をどこかで見かけたという情報もまた……。

 誘拐の可能性も最初は考えられていたけれど、それを証明するような動きもなく、本当に……、何ひとつ起こらずに、日々は過ぎていった。

 夏休みの間は、桃虎や桃鷹と一緒に町の中を探し回っては、また別の場所を目指して、隣町にも足を延ばした……。

 葵の姿をこの目に映せるように、何日も……、何日も……。

 どこに行ってしまったの……、今、どこで、何をしているの……、葵。

 あの子が自分から消えてしまったなんて、絶対に思えなかった。

 確かに葵は、いつかは大人になって自立をしたいと口にしてはいたけれど……、ありえない。

 もし、本当に家を出る時が来ても、葵なら筋を通して事を成すはずだ。

 それなのに、まさか三か月も音沙汰がないなんて……。精神的にも限界が近づいていた私は、すでに二回も病院のお世話になってしまっていた……。お母さんと一緒に。

 家族の誰もが、大切な葵の事を案じ、無事に戻って来てほしいと強く願い続けた日々……。

 何度頬を涙で濡らしたかもわからなくなった頃、丁度、三カ月の時が満ち、葵がいなくなって四カ月目に入ろうとしていた、その矢先……、――事態は好転した。

 

 葵の姿を見つけられず、また虚しい一日が終わろうとしていた……、夕暮れの、その時間。

 自宅に帰った私は、リビングから飛び出して来たお母さんからの言葉に、――鞄を取り落した。

 葵が、ずっと行方不明になっていた大切な義弟が……、見つかったのだ。

 それも……、一度探したはずの、中学校の図書館の……奥で。

 何度も何度も確かめられたはずの、校内のひとつ。この三カ月の間に、他の生徒達も出入りをしていたはずの、その場所で……、葵は倒れている所を発見されたのだという。

 確かにそこは最初の段階で調べたはずなのに、何故葵がその場所に現れたのか……。

 あとから何度も疑問に思ったものだけど、発見当時の私は、葵が見つかった事だけが、無事だと聞かされたその事実が、心から嬉しくて……、念の為にと、病院に運ばれた葵の許へと走った。

 病院のベッドで眠っていた葵は、行方不明になる前と変わらない、中学校の制服を着ていて……。

 まだ目を覚ましてはいなかったけれど、お医者様の話で何も心配はないとわかり、その時、……本当の意味で、深い安堵を胸におぼえたのだった。

 ただ、それから暫くして目を覚ました葵は、私達家族や警察の人達から何を聞かれても、全く覚えていないのだと、行方不明の間、自分の身に起こった事を、何ひとつ……、覚えてはいなかった。

 何かに巻き込まれたショックからの一時的な記憶喪失ではないかと診断されたものの、葵は元の日常に戻ってからも、その記憶を思い出す事はなかった……。

 警察の人達はどうしたものかと困惑していたけれど、私達家族にとって一番大事な事は、葵が無事に私達の許に戻って来てくれた事。

 だから、行方不明の間に葵の身に起きた事も、無理に思い出させようとは思わなかった。

 ただ、平穏な日常が、葵のいる家族の日々が戻ってきた事に、大きな幸せを感じながら……、穏やかな日常は、再び、その時を刻み始めた。

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