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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第三章 〜 Songs of Wren
98/123

病葉(四)

     8



「……が……でね、だから……と……」

 半開きの窓から吹き込む風がねっとりと重い。気圧が低いのだろうか。頭の芯が疼く。白々しく晴れ上がった空は虚しさを、鈍色の空は目の奥に疼くような痺れを誘う。ずきり、ずきりと鈍く脈打つその痺れと共に、身の内にゆっくりと渦を巻くドロリとしたなにかが指先から躰の外に滲みでて、重い空気と混じりあう。

「……だからね、お兄ちゃんが家を出たら……部屋をあなたのために改築して……」

 音も無く、重いぬめりが躰に纏わりつく。わたしは水から上がった金魚のように、思いのままにならないヒレを震わせ、空気を求め、パクパクと口を動かす。

 わたしはパクパクと口を動かす。

 無いものを求め、わたしはパクパクと、パクパクと、パクパクと――

「ねぇ、ちょっと、聞いてるの?」

 不意に生温かい手に腕を掴まれた。熱くもなく、冷たくもなく、唯ひたすらねっとりと身の内に入り込んでくるような不快な温度に鳥肌が立ち、咄嗟にその手を振り払った。

「な……ッ」

 驚いたように目を見開いた女が、次の瞬間怒りと屈辱に顔を赤くした。

「あなた、何がそんなに不満なの?! 世間体が悪いのも我慢して、ひとがこんなに心配してやってるっていうのに、こっちの気も知らないで……!」

 女は、彼女の演じる一人舞台に拍手喝采が与えられなかったことが、よほど気に喰わなかったに違いない。顔を歪めて喚き散らしているうちに、舞台用の厚化粧にヒビがいき、やがてそれがぼろりと剥がれ落ちた。ぼろぼろと、古い漆喰のように厚化粧が剥がれ、女の顔が崩れてゆく。ぼろぼろぼろぼろと薄汚れた白粉は剥がれ続け、それなのにいつまでたっても素の顔は現れない。一体この女はどれほどの白粉を塗りたくっているのだろうと少し驚き、呆れ、そして毎朝鏡の前で必死の形相で幾重にも白粉を塗る女を想像した途端、そのあまりに滑稽な姿に、不意に腹の底からふつふつと嗤いが込み上げてきた。笑いを堪えようとするとよけいに可笑しくて、わたしはとうとう声を上げて笑い出した。

「何がそんなにおかしいのよッ?!」

 逆上した女の全身にヒビがいき、皮膚病のように乾いて汚れた皮がぼろぼろと剥け、ついに女の首がぽろりと取れて、床を転がった。ころころころころと床を転がりながら、女が喚き続ける。

「どうかしましたか?」

 白衣の裾をもつれさせるようにして蟷螂が駆けつけてきた。そしてころころと床を転がる女の首を拾い上げ、頭と肩の境を粘土細工のようにこねて繋げる。そうするうちにも女の化粧はぼろぼろと剥がれ落ちつづけ、蟷螂の白衣を汚す。剥がれても、剥がれても、嘘で塗り込められた存在から真実があらわれることはない。

 新たな観客(カマキリ)の登場で己の演目を思い出したのだろうか。女は喚くのをやめると目に涙を浮かべ、笑い続けるわたしに向かっておろおろと言葉を継いだ。

「ねぇ、教えてちょうだい。一体どうして欲しいの? これ以上、何をどうすれば満足なの? お母さんはあなたのために、なにをしてあげればいいの?」

「……わたしのため?」

 ひび割れた女を眺めていた時の愉快と言ってもいいような心持ちは一瞬にして消えて、暗く、冷たい水底に躰が沈んでゆく。虚しいとか、くだらないとか、そんなふうに感じることすら億劫で、わたしは水に身を任せるように眼を瞑った。その時不意に、なぜか、年老いた母親の車椅子を押して小道をゆくあの人の後ろ姿が瞼の裏を過った。

「……わたし……」

 水の中で一度だけ大きく息を吸い、目の前のひび割れた女に焦点を合わせる。

「……わたし、あなたの声がきらいなの。ううん、声だけじゃない。あなたの顔も、髪も、手も、足も、あなたの存在と、それがわたしに思い起こさせる全てがおぞましい」

 だから、とわたしは静かな微笑みと共に言葉を継いだ。

「死んで、おかあさん」



     ❀



 透明な陽射しの中、はらり、はらりと頁が捲られる。ベンチに寝そべって本を読む少年の肩先に、音も無く蝶が舞う。黒地に透んだ蒼い帯がひんやりと涼しげで、ひらひらと舞うそれを見つめる黒猫の瞳孔がスイッと細くなる。木立を吹き抜ける風が蝶を空に逃がすと、猫はひとつ溜息をついて眼を瞑った。

 少年がふと頁を繰る手を止めて、木洩れ陽の躍る頁の中ほどにそっと左手を置いた。黒い文字列に紛れ込んだ一匹の蟻が、その指先を這い上がる。戸惑った様に右往左往する蟻の姿に少年はくすりと笑うと、その指先を地面に下ろして蟻を逃した。そして再び、僅かに黄ばみを帯びた本の頁に眼を落とす。

 古びた本の頁に捕らえられ、その平らな文字列に仲間入りすることを逃れた蟻は、そのことを知ってか知らずか、ただ忙しげに砂利の間を歩き回り、やがて少年の隣に座る由那人の足許に迷い込んできた。ゆっくりと長い脚を組み替え、その爪先でナニカがプツリと潰れる微かな感触を味わう。小さな動く点が、小さな動かない点になっても、少年は本から顔を上げようとはしなかった。

「……生きようとするモノの命を奪うことと、死を欲するモノを生かし続けること、君はどちらがより残酷だと思う?」

「なにイキナリ? なんかの禅問答?」

 はらりと頁を繰り、少年が興味無さげに肩を竦めた。

「違うよ。ただ、純粋に君の考えを聞きたいと思っただけさ。人は皆、生きる為には他の生き物の命を奪い、それを食う必要があり、それは君のような優しい人間だって例外ではない――」

「俺が優しいって?」

 由那人の言葉に少年が初めて本から顔を上げ、首を傾げた。

「あんた、なんか勘違いしてない?」

「君は優しいよ」足下の砂利を爪先で弄びつつ、由那人が微笑んだ。「本の隙間に紛れ込んだ一匹の蟻をわざわざ逃してやるくらい、君は優しい」

「あんたの優しさの基準って、ちょっとハードル低すぎない?」

 呆れたように笑う少年に答えず、爪先の埃を払う。由那人の足許で動かなくなったあの小さな黒い点は、もう何処にもない。

「とにかく、人はそうやって他者の犠牲の上に生き、やがて老いて、病いに身も心も窶し、時と共に死を待ち望むようになる。そうなると今度は医者の出番だ。医は仁術なんて言うけれど、僕は、自分が稼ぎ、食い、生きてゆく為に、死を欲する命さえも永らえさせる」

「だからなに?」

「……生きることは残酷だね」

「うん、そうだね」

 深い淵のように底知れぬ眼が、正面からひたと由那人を見据えた。

「それが嫌なら死ねばいい」



     9



 ……何を見ているのだろう。

 宵闇の忍びよる花壇の陰にうずくまり、灰色の仔猫がじっと虚空を見つめる。

 ……何が見えるのだろう。

 影が凝ったような小さな生きものの隣にそっと膝をつき、わたしも空を見上げた。今にも泣き出しそうな空は星ひとつ無く、ただただ昏く、陰鬱だった。

 不意に躰が震えた。この身の沈む水があまりにも深くて、暗くて、わたしはその冷たさに初めて慄いた。そしてわたしは、自分が狂うほどに誰かの熱を欲していることに気がついた。お願い、と祈るような気持ちで囁き、目の前の柔らかな灰色の影に震える手を伸ばす。お願い、どこにもいかないで。お願い、どうかわたしのそばにいて――

 そんな願いも空しく、指先が触れる寸前に仔猫は身を翻し、草陰に姿を消した。

「どうかしましたか」

 肩先にそっと置かれた手に驚いて振り返れば、そこには彼がいた。片手に白いビニール袋を持ち、白衣ではなく、グレーのカーディガンを羽織った彼は、どこか少しだけ灰色の仔猫に似ていた。

「……どうかしましたか?」

 わたしが返事をしないことを不審に思ったのだろうか。彼が僅かに眉根をひそめた。そんな彼のいかにも怜悧そうな額や整った鼻梁を見つめているうちに、なんだか彼をいたぶりたいような気持ちが湧いてきて、わたしは静かに微笑んだ。

「母に死ねと言いました」

 彼はしばらく無言でわたしを見つめていたが、やがて目を逸らすと傍らのベンチに腰掛け、そうですか、とだけ呟いた。そして手にしたビニール袋から煙草を取り出し、ライターで火を点けた。

「先生は、お母様に対してそんなことを思ったり言ったりしたことはないのでしょうね」

「そうですね」

 ふっと笑ったような気配がして、煙草の火が彼の口許で仄かに瞬いた。

「……僕は母を生かす為に医者になったのですから」



     ✿



 ……眠れない。

 窓を濡らす微かな雨音に、わたしは眠ることを諦め、ベッドから身を起こした。


 陽の落ちた病院の中庭で、母親を生かす為に医者になったと言い切った彼の顔を見ることができず、わたしは言葉もなく俯いた。知っていたはずなのに。彼は、幼くして逝った弟を悼みつづけ、老いて口も利けぬ母親のために尽くすようなひとだと。なのに、何故わたしは、わたしが沈むこの水の冷たさを、彼なら解ってくれるかもしれないなどと思ったのだろう。自分の愚かさが恥ずかしくて、それよりももっと忌まわしくて、彼と目を合わせることができなかった。

 そんなわたしの姿に彼はただ静かに微笑み、病棟に帰るように促すと、羽織っていたカーディガンを脱いでわたしの肩に掛けた。あんなに欲しいと願っていた熱はわたしを温めることなく、灰色の仔猫のように柔らかな布地は夜風のようにひんやりとわたしを包みこんだ。


 ……なにも思い出したくはない。

 立って窓のカーテンを開け、濡れた硝子越しに雨の音を聴く。単調なその調べに、すべてを忘れようとした。と、硝子の向こう側で、一対の金色の光が瞬いた。

「……おいで、おいで」

 ここが一階で良かったと、比較的自由のきく個室に入れてくれた蟷螂に初めて感謝しつつ、急いで窓を開けて植込みの陰に声をかける。

「大丈夫だから……おいで」

 植込みの下から這い出てきた仔猫は、用心深げに辺りを見回すと、軽く地面を蹴って窓枠に足を掛けた。

「大丈夫……怖くないよ」

 雫が滴るほど濡れた身体をそっと抱き上げる。タオルを取りにいく間も無く寝間着がびっしょりと濡れて、どうしようかと戸惑っていると、腕の中の仔猫が震えはじめた。それが寒さのせいではなくて、喉を鳴らしているのだと気づいた途端、濡れそぼった小さな体から不思議なほどの温かさが染み込んできた。

「……どうしようか」

 仔猫の耳許に囁きかける。仔猫はくすぐったそうに耳を動かし、上目遣いにわたしを見た。

「……どうしたい?」

 もう一度囁くと、仔猫がわたしを見上げてニャアと鳴いた。


 しっとりと濡れた灰色の毛玉を抱きしめ、裸足のまま部屋を出た。薄暗い廊下のリノリウムが、足裏にひんやりと心地良い。足音を忍ばせ、一歩一歩、ゆっくりと階段をのぼる。そして登りきったところにある鉄の扉に手を掛け、肩で押した。扉が重たく軋み、僅かな隙間から湿った風が吹き込む。錆びた鉄の匂いが一瞬だけ鼻をつき、柔らかな雨音が不意に大きくなる。

 ここまで来てみたものの、まさか鍵が開いているとは思わなかった。少し驚き、そしてなんだか嬉しくなって、クスクスと笑いが漏れる。屋上で夜中に隠れ煙草を嗜む警備員に、礼を言うべきかもしれない。

 雨脚はだいぶ弱まっていた。仄かに光る霧雨が優しく睫毛を濡らす。設計の不備か、わたしの腰ほどの高さしかないコンクリートの囲いにもたれて、夜の街を見下ろす。雨に濡れた街の灯りは、蒼く滲んで、ひとのものとは思えないほどに綺麗だった。

 もう少しだけその煌きに近づきたくて、仔猫を抱いたままコンクリートに足を掛け、囲いの上に立った。風が身体を吹き抜け、髪を乱し、わたしの枷を解き放つ。

 腕の中で仔猫が僅かに身じろぎ、丸い翡翠色の眼でわたしを見上げ、ニャアと鳴いた。

「……何をしているんですか」

 一瞬、仔猫が喋ったのかと思った。

「危ないですよ」

 いつからそこにいたのだろう。貯水槽の陰から現れた人影が、溜息と共にゆっくりと近づいてきた。疲れたような仕草でそのひとが濡れた髪を掻きあげると、微かに湿った煙草の匂いがした。

「……もしも貴女が、母親に対して口にされた言葉を苦にしているのなら、それは酷くつまらない事ですよ」

 淡々と話す彼の表情は、霧雨に霞んで見えない。

「いかに優秀な医者でも、全てを救うことは出来ません。人は必ず死ぬ。それだけが此の世で唯一の普遍です。だから、貴女が望もうと望むまいと、貴女の母親は必ず死ぬ。早いか遅いかの違いだけです」

「慰めてくれているつもりですか?」

 わたしが微笑みながら首をかしげると、彼はあっさりと首を横に振った。

「いえ、唯、事実を言っているだけです」

 その冷淡なほど正直な口調に、思わずくすりと笑いがこぼれた。そしてどこか諦めに似た気持ちで、わたしはこのひとのことが好きだったのだろうと思った。

 彼にとってわたしは、彼の目の前を音も無く散ってゆく一枚の病葉(わくらば)にすぎないのだろう。けれどもだからこそ、病葉を美しいという彼は、立ちどまってわたしをみてくれる。わたしに手を差し伸べてくれる。

 そう信じて、わたしは彼に向かって口を開いた。



「わたしには歳の離れた兄がいます。兄は優秀で、顔立ちも綺麗で、運動神経もよくて……そしてとても器用でした。兄は光のような人で、わたしはそんな兄に憧れていました」


 似て非なるものと知っているのに、あの男の冷たく整った横顔が、ふと彼のそれに重なった。


「わたしは物心ついた頃から父に暴行を受けていましたが、そのことについて兄に訴えたこともなければ、兄が私や両親に向かって何か言うこともありませんでした。助けてくれないのではなくて、兄は忙しいから、きっと気づかないだけなのだと思っていました」


 ただ一言、助けてほしいと言えば、そう言いさえすれば、助けてくれると信じていた。それでもその一言を口にしなかったのは、忙しい兄を頼るのが申し訳なかったから。父親の行為を知ることで 、一点の染みもなく完全な存在である兄が穢されるような気がしたから。父親に暴行を受けるような自分が恥ずかしかったから。自分の存在が、兄を穢す気がしたから。

 兄のために紡いだ多くの言い訳は、どれも真実(ほんとう)ではなかった。


「兄は模型作りが趣味でした。模型といっても、プラスチックではなくて、買ってきた木材を自分で削ったり彫ったりした本格的なものでした」


 それはある初夏の夕暮れのことだった。今ではまったく思い出せないような些細なことで、父にいつもよりも酷く殴られた。母は仕事を理由に家を空けていて、兄も部活かなにかでまだ家には帰っていなかった。父は少し酔っていたのか、わたしを殴るのに飽きると空のビール瓶を壁に投げつけ、外に出て行った。

 殴られた拍子に鼓膜が破れたのだろうか。頭が割れるように痛み、ひどく耳鳴りがして、音が聞こえにくかった。吐き気をこらえて硝子の欠片を片づけ、二階へ上がった。

 兄の部屋の前を通りかかると、扉が少しだけ開いていた。几帳面な兄にしては珍しいと思いつつ、ふと好奇心に駆られて中を覗いた。そしてわたしは、西陽に照らされた机の上に置かれたひとつの模型に目を奪われた。


「……それは、とても綺麗な帆船でした。凛々しく、優美で、真っ白な帆が幾重にも重なっていて、それが風を孕んで今にも動きだしそうで……」


 こんな綺麗な船に乗って、わたしも何処か遠くへ行きたい。耳の痛みも身体の芯に澱む悲しみも忘れ、純粋な憧れと羨望を込めて、輝くように白い帆にそっと指先を触れた。薄汚れた赤色が、帆に滲んだ。

 己の犯した罪に恐れ慄きながら、わたしは硝子の欠片で切った指先をシャツの端で懸命に拭い、帆に付いた赤い滲みを消そうとした。焦れば焦るほど、滲みは広がり、帆を汚す。その時不意に、背後から伸びた腕が帆船を掴んだ。

「あ、あの、ちがうの、お父さんが……」

 無表情に赤い滲みを見つめる兄に向かって、わたしは泣きそうになりながら何か言おうとした。

「あいつはおまえの父親じゃない」

 ズキズキと痛む耳に、その言葉だけがハッキリと響いた。

「おまえはあの女がどこかで孕んできた父なし子さ」

 わたしの目の前で、美しい帆は折られ、ごみ箱に投げ捨てられた。

 その時、知った。わたしが兄に助けを求めなかったのは、求めても与えられないことを恐れていたからだと。光だと信じていたものはまやかしで、光などわたしの世界には存在しないのだと、わたしは知った。



 いつの間にか雨が止んでいた。わたしが話し終えても、彼はしばらく無言のまま、遠く霞む街の灯りを眺めていた。やがて彼は小さな溜息と共に懐から煙草を取り出し、口に咥えた。ライターがカチリと鳴って、彼の顔を一瞬だけ照らしだす。

「……貴女を傷つけた人間に、復讐したいと思いますか」

「いいえ」

 わたしは笑いながら首を横に振った。

「あのひと達の生死には、もう興味がありません」

「……どうして?」

「結局、わたしの世界に光はないのかもしれない……でも、光なんて必要ないのだと、気づいたからです」

 ……そう。光が無くても、ぬくもりはある。

 腕に抱いた小さな灰色の影が、わたしにぬくもりを与え、わたしを満たす。

 ふっと笑ったように煙草の火が瞬き、足許に落ちた。シュッと軽い音と共に、赤い色が消える。

「いきましょう」

 優しく促すように、穏やかな声がわたしに語りかける。彼はわたしに行こうと言ったのか、生きようと言ったのか。

 わたしに向かって差し出された腕は、白衣に包まれ、その染みひとつ無い白さだけがぼんやりと闇に浮いていた。その向こう側で、雨垂れにしっとりと濡れた木々の梢が、街路灯に淡く瞬き、滲む。

 夜の街の遠いざわめき。

 走り去る車のクラクション。

 巨大な生き物の心音に似た振動が、ゆっくりと足下に近づいてくる――



 不意に風が吹き、仔猫が腕から跳んだ。



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