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ミソサザイの歌  作者: 和泉ユタカ
第二章 〜 煉
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夜烏 (其の参)

「……しかしそれにしてもヒトの考えている事は分からんな」

 庭の木の上で寛ぎつつ煉と泪を眺めていた鴉がふと呟いた。

「煉は確かに珍しい霊気の持ち主だが、しかし茴香ともあろう者が命を賭けてまで守る程の価値があるとは思えん。子の一匹や二匹、生きてさえいればまた幾らでも産めるものを、全く馬鹿げた話ではないか」

「子とは親の血肉を分けて創る、言わば芸術作品のようなものでありんすな」 と一匹の物の怪が鴉に答えて言った。「芸術家とゆうモノは、己の血肉を削った作品は命を賭けても守ろうと思うものでありんすよ。親も然り。子さえ無事でありんせば、コレの母親も悔いはありますまい」

 そうだろうか。物の怪の言葉に鴉が首を傾げた。コレが茴香の命を賭けた作品か。それにしてはややお粗末な気がする。いや、はっきり言っちゃナンだが二人ともどう見ても失敗作だ。


 第一作品名・泪。コレの姿形は茴香によく似ていた。泪は修行熱心で頭も切れたが、しかし面使いの癖に鬼を怖れた。そして一見爽やかで礼儀正しいが、慇懃無礼な一面もあり、鴉の観たところ、その性格にはかなり裏表があるようだった。


 第二作品名・煉。コレは茴香の黒髪を受け継いだ。ヒトも鬼も皆、煉は茴香には似ておらぬと言ったが、その屈託の無い笑顔はしばしば鴉に茴香を想い起こさせた。そして煉は面使いの癖に鬼に好かれた。しかしこいつが曲者だった。


 コレは成長するにつれ、ますます失敗作の感を否めなくなってきた。ヤモリの尻尾の悪影響もあるやも知れぬ。面使いどころかヒトにあるまじき数々の言動に泪の心労の種は尽きず、傍で見ていてもヒヤヒヤした。コレがヒトとして正しいのは手指の数くらいではなかろうか。尤も茴香とて、面使いとしてはともかく、ヒトとしてどうかと思う面が無きにしも非ずであったが。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

「その肩の傷はどうした?」

 あれは茴香が13-4の頃のこと。谷川の水を飲み汗を拭っていた茴香の肩の大きな青痣を見て鴉が訊ねた。茴香がふん、と鼻を鳴らすと濡らした布でごしごしと肩を擦った。

「おい、擦らずに冷やしたほうが良くないか?」

「こんなもの、ただのかすり傷だ。向こうはこんなモノでは済まなかったがな」

「……なんだ、また喧嘩か?」 鴉が溜息をつくと、茴香がにやりと笑った。


 一人娘で兄弟もなく育ったせいもあろうか、茴香はヒトと馴れ合うことを嫌い、自分が正しいと思う事は決して譲らず、おまけに気が短かったため、村の子供達を相手にしばしば取っ組み合いの大喧嘩をした。そして鴉の覚えている限り、負けた事は一度として無かった。


「して今日の犠牲者は誰だ?」

「……(アカザ)

「アカザだと? 彼奴はお前より大分年嵩だろうが」

「歳など五つも違わん」

 つまり13-4のオナゴが18-9のオトコと殴り合いの喧嘩をしたとゆうことか。鴉が呆れて溜息を吐くと、茴香が不意に鴉を振り返りにやりと笑った。その不敵な笑みの裏に何かありそうな気がしたが、鴉が幾ら尋ねても茴香は何も答えず、ただいつもより更に激しい修行に没頭した。


「あれは仲々の観モノであったぞえ」

 鴉が知り合いに茴香とアカザの事を訊ねると、物の怪達が一斉に笑った。

「茴香に向かってオナゴの武術など所詮嫁入り前の手遊びと嗤ったアカザの顔に、茴香が飛び膝蹴りを喰らわせた」

「アカザは前歯が欠けたぞえ。あれが只のオナゴの手遊びというなら大したモノぞ」

「怒ったアカザが茴香の腕を後ろ手に取って折ろうとした」

「だが茴香は己の肩を自らゴキリと外して逃れると、反対にアカザの腕を取り奴の肩を外しおった。あやつめ、本当はアカザの腕を折るつもりであったのであろうが、(コウ)が止めに入ったのでな」

「煌の奴め、余計な真似をしおってからに。面使いの内輪揉めは実に愉快じゃ。ワシは茴香がアカザの腕をへし折るところが見たかった」

「まぁそれもしばしの辛抱じゃ。三月後の武道会の楽しみに取っておけ」

「……それはどういう意味だ?」 鴉が嫌な予感に声を低くした。

「これで済むと思うなと、去り際に茴香が言ったのさ。三月後の武道会を楽しみにしておけ、とな」

 むむむ、と鴉が唸った。手玉に取られ負け犬同然のアカザが捨て台詞を吐くならまだしも、何故茴香がソレを言わねばならぬのだ。あやつは気位が高い上に喧嘩っ早くてイカン。しかしただの喧嘩ならまだしも、面使いの武道大会は持って生まれた霊力及び陰陽術・道術をはじめとする、ありとあらゆる呪術をもって己の技の冴えを競うのだ。如何に茴香に生まれながらの強い霊力と秀でた素質があったとしても、数えで十四にも満たないモノが大人の男相手では余りに分が悪いではないか。


 三月後。鴉の心配は杞憂に終わった。茴香の凄まじい霊力と鮮やかな技は村有数の遣い手と比べても遜色無く、目の肥えた長老達をも唸らせた。(アカザ)などでは手も足も出なかった。


「……茴香」 敗れた藜が茴香を呼び止めた。 「俺はお前の腕を折るつもりだった。なのにお前は俺の腕を折らぬのか」

 自分を無視してすたすたと立ち去る茴香の背に藜が肩を震わせ歯を喰いしばった。

「……俺の浅はかさと非礼に対し、お前にはそうする権利がある」

 茴香が不意に振り返ると冷たい眼でじろりと藜を見た。

「藜、お前は道端の枯れ枝をいちいち折って歩くのか」

 顔を赤らめ俯いた藜に茴香がふんと鼻を鳴らした。

「そんな暇があるなら修行しろ」

「ま、待て」 さっさと歩き出した茴香を藜が慌てて再び呼び止めた。「お、俺はお前に謝らねばならぬ……」

「謝罪などいるか。そんなモノ、腹の足しにもならぬ」 だがな、と言うと茴香が振り返りざまにニヤリと笑った。

「私に喧嘩を売りたくばいつでも来い。不意打ち上等、殺す気で来い。いつでも相手になってやる」


 それから五年後、齢十九にして茴香が武道大会の勝者となった。そしてその後十年間、戦闘能力に於いて茴香の右に出る者は遂に現れなかった。


(To Be Continued)


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