幕間その一 ひとめ惚れはアリかナシか【Side:理一郎】
山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。
ゆるやかに話が進んでいきますので、ハラハラドキドキなストーリーをお求めの方にはおすすめできません。
幕間は理一郎サイドの話です。サイトではなく、ブログで番外編として公開したものを加筆修正しています。
目の前の女性は明らかに動揺している。
そこまで驚くことかなと理一郎は思った。
確かに、こんなに早く自分が結婚を前提とした交際を申し込むとは思ってもいなかったのだけれど――
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やっと家についた。
理一郎は家の門が見えると無意識にため息をついた。
年度末決算の時期ということもあって会社全体が殺気だっており、今日は早く帰れたほうだ。
社長令息とはいっても、新卒で採用されて一年も経っていない現在はただの平社員なのだが、おそらくは同期入社の社員達よりも早く昇進することになるのだろう。
しかし、いくら昇進したって決算という文字から逃れられるわけではない。
むしろ昇進すればするほどその二文字がついてまわりそうだ。
そう思って今日も残業するだろうと思っていた社長である父の手伝いを申し出たのだが、一緒に帰れと言われてしまった。
なんでも「会長」という名の名誉職についている祖父から伝言があったのだという。
運転手付きの車から降りると自宅側の玄関へと向かう。
瀬川家は来客が多いため屋敷の表側に応接間や客間があり、渡り廊下で奥の私的な空間につながっていて理一郎たちはこちらで生活している。
「ただいまー」
「おかえりなさい。着替えたら晩御飯を食べちゃってね」
玄関まで出迎えてくれた母、志保は父のブリーフケースを受け取る。
「じいちゃんが話があるって聞いたけど?」
「ご飯を食べてからでいいんですって。お腹空いてたらイライラするものね」
別にイライラはしないけど、と言いながらもスーツから普段着に着替えてダイニングに向かった。
「兄ちゃん、どうしたんだよ。今は決算時期だろ? 父さんも一緒に帰ってきたみたいだし」
すでに晩御飯を食べ終えていたらしい弟の拓海はリビングでテレビを見ていた。
「俺もわかんねー。じいちゃんがなんか話があるらしいんだけど、おまえ聞いてるか?」
「じいちゃんが? ……ううん、知らねー。つか、メシのときも別になんも変わりなかったけど」
「ふーん……」
そんなことを話しているうちに父、恭一郎も普段着に着替えてきたので一緒にダイニングテーブルについた。
瀬川家の男子は総じて酒にあまり強くない。
晩酌にグラス一杯のビールを飲めば十分だ。
父と半分に分けたビールをすぐに飲み終えると、茶碗に盛られたご飯を食べる。
「父さん、じいちゃんがわざわざ改まって話があるなんてどうかしたの? なんか聞いてる?」
「ん、ああ、まあな」
さすがにある程度の話は聞いていたのだろう。
歯切れが悪いというよりは、ここで話すことではないというのかそれ以上は口を開かない。
「何、なんか会社の問題?」
会社では話せないことなのか。もしくは身内のことか。
「そうじゃないんだが……拓海も一緒に来るんだぞ」
「え!? 俺も!?」
まさか自分の名前が出るとは思わなかった拓海がソファに座ったまま振り向いた。
「なんなんだよ、いったい……」
志保の後片づけが終るのを待って四人で祖父母の私室へと向かう。
十二畳という広い和室で待っていた祖父、光一郎は息子夫婦と孫二人が腰を落ち着けるのを待って口を開いた。
「理一郎、拓海、どっちでもいい。嫁をもらわんか?」
「は?」
理一郎と拓海は同時に口を開いた。
「だから嫁」
「よめ……って嫁!?」
「じいちゃん、なにいきなり!?」
目の前に座っている祖父は至極真面目な顔つきだ。
どうにも本気で言っているらしいと兄弟二人は視線を交わして理一郎が代表して言った。
「それはどこのお嬢さん?」
「お嬢さん……お嬢さんには違いないが……そんな大げさというか深刻に考えんでもいい」
「いや、だって、なあ?」
「うん、だよな」
瀬川家というのは古くからの名家で会社経営とか大学の理事なんかもしているのであって、ようするに世間一般の目から見ればかなり裕福な家になる。
そんな家の息子に結婚を勧めるとなれば、なにかしらの思惑があるとしか思えないではないか。
「大ちゃんとこの孫娘なんだがな」
「大ちゃん……って、大介さん? 瀧沢の」
「そうそう、よく覚えてたな」
「忘れるわけないだろ」
瀧沢大介というのは祖父の幼なじみで親友だ。大人になっても交流があって、理一郎が子どものころから光一郎に会いにきていたのでよく知っている。
病気で五年ほど前に亡くなったのだが、その後光一郎は一時的だがすっかり元気をなくしてしまって、社長職も息子の恭一郎に譲って引退したのだ。
大介は「瀬川」という家柄にとらわれず、ずっと一人の友人として光一郎と接してきた。
光一郎はそのことに深い感謝と尊敬の念を抱いていて、無二の親友だと言っていた彼が亡くなったときの落ち込みようといったらなかった。
お互いに何か困ったことがあったら助け合おうと言っていたのに、一度も頼ってくれたことがないと笑っていたが、それはそれで嬉しかったのだろう。
「恭一郎には話したんだが、この前、大ちゃんの奥さんの佳美さんが久しぶりに来てくれてな。何事かと思ったらお金を貸してほしいと頼んできたんだ」
「なにそれ」
「なんか失礼じゃないのか? 大介さんは亡くなるまで」
「話を聞け」
ピシャリと祖父に言われて孫二人は口を噤んだ。
「佳美さんは大ちゃんが死ぬ前に言われていたらしい。困ったことがあって自分達の手に負えなくなったら、たった一度だけワシを頼るようにとな」
光一郎は腕を組むと目を伏せた。
「佳美さんはそんなこと言われなくとも頼るつもりはなかったらしい。しかし、息子の陽介くんがどうにも困った状態になったので、金は必ず返す。だからほんの少しでいいからお金を貸してもらえないかと何度も頭を下げられてなあ……」
親友は亡くなっていても、妻や子が困っているというのなら助けてやりたいのだという。
「調べたんだがな」
そこで恭一郎が持って来ていた書類を理一郎の前に置いた。
「大介さんが始めたスーパーを今は陽介くんが引き継いで経営しているんだが、それなりに繁盛していて地元では有名な店らしい。それに目をつけた不動産屋が二号店を出さないかと誘って街中に店を出したが、そこでは収益が上がらなくて赤字続きになって結局店をたたむことになったんだそうだ。費用を回収するどころじゃなくなって、相当な負債を抱えてしまったらしい。元からあった店の収益を考えると、利子がついてしまうと返済にかなりの年月がかかる。親父の頼みでもあるから、会社ではなくてうちが無利子無担保無期限で全額を貸すことにした」
「もう決定事項なんじゃないか」
書類に目を通した理一郎はこの金額であれば利子がついてなければ返済期限はほんの少しではあるが短くなるだろうと判断した。
「おまえにはこの話をしておかなければならんだろう」
なにしろ瀬川家の資産のことだ。
将来受け継ぐであろう理一郎は知っておかねばならないことでもある。
「で?」
拓海は祖父を見返した。
「その瀧沢さんちの借金と俺たちの嫁とりに何の関係が? ……ていうかさ、まさか借金の形に嫁によこせなんて言ったんじゃないだろうね?」
「じいちゃん、そういう話だったら俺たち断るよ!? 亡くなってる大介さんにも失礼だよ!」
「わかっとる! ……しかし、おまえたち」
光一郎は何か感慨深げにうんうんと頷いて孫二人の顔を交互に見た。
「我が孫ながら、いい子に育ったなあ……」
「いや、じいちゃん、何言ってんの」
「いまそういう話してるんじゃないし」
理一郎と拓海は妙に照れくさくなって居心地悪そうに座りなおした。
「二人とも安心しろ。そういう話にはなってない。実は、一昨日陽介くんがわざわざ会社に来てな。母が大変失礼なことをしたと言ってきたんだ。いくら困ってるとはいっても、父の親友に金の無心をするなんて申し訳ない。融資は断ると」
「いや、そこまで言わなくてもいいんじゃないの? せっかくじいちゃんが助けてくれるっていうんだし」
「だからワシも言ったんだ。友達の息子が困っていたら、何がなんでも助けるとな。陽介くんには久しぶりに会ったが、大ちゃんによく似てきた。そのときに確か陽介くんに娘がいると思い出したんだ。もしよかったらうちの孫の嫁にと言ったんだがな」
「そしたら……」
祖父の言葉を継いで喋ろうとした恭一郎は思い出したように笑い出した。
「そしたらな……陽介くんが……借金を作ってしまったのは自分がふがいないせいだ。しかし、娘を借金の形に差し出すほど落ちぶれてない! と怒り出したんだ」
大介さんの息子らしいと恭一郎は笑いながら言った。
光一郎はそれに頷いて肩をすくめた。
「それから説明するのが大変だったな。もちろん、結婚する二人の気持ちもある。無理にとは言わない。借金のことは別にして、親友の孫娘をうちの孫の嫁にもらえないかとこっちから頼んだんだ」
「そういうことなら陽介くんは娘さえいいというならと承知してくれたよ」
で、どうなんだと父に言われて息子二人は顔を見合わせた。
「その話は俺たち二人にってこと?」
瀬川家の男子は理一郎と拓海だけではない。瀬川宗家の家長である光一郎が孫というからには、従弟たちも含まれるのではないか。年は離れているけども。
「年齢的にも釣り合いがとれるのがおまえたち二人なんだ。陽介くんのお嬢さんは理一の二つ下の二十一歳……いや、もうすぐ誕生日だと言っていたから二十二歳になるみたいだな」
いますぐにでも結婚できると言われて拓海は両手を挙げた。
「俺はパス! 兄ちゃんにまかせた」
「ちょ、待て! なんで俺だ!?」
「兄ちゃんは今彼女イナイ暦何年だっけ? そろそろいいんじゃない? 試しにお付き合いしてみても」
「おまえもだろうが!」
「俺は出会いを待ってるだけだよ」
「これがその出会いかもしれないだろ」
「う~ん、じゃあとりあえずここは年功序列ってことで、兄ちゃんが先に会えば? もし兄ちゃんの好みじゃなかったら、俺ってことで」
「それはなんか微妙に相手に失礼だろう……」
というか、年功序列ってなんだとブツブツ言っていると、志保が少々怒った顔で言った。
「相手のお嬢さんにお会いするのはいいけど、そういう話をその人の前でするんじゃありませんよ」
「そうですよ。桜子ちゃんに失礼でしょう?」
そこでようやく祖母の瑠璃子が口を開いた。
「さくらこ?」
「そう、桜子ちゃんよ。そのお孫さんの名前」
「ばあちゃん、知ってんの?」
「大介さんのお葬式のときに一度だけ会ったのよ。見た目はのんびりした感じの子なのに、けっこうシャキシャキしててしっかりものって感じだったわね。いまはね、お勤めしていた会社を辞めて、陽介ちゃんの手伝いをしてるんですって」
祖母の言葉を補足するように光一郎が言った。
「人件費を浮かすためだろう。一応正社員扱いだが、給料のほとんどは家に入れてるそうだ」
祖父は孫二人の顔を交互に見た。
「どうだ? 会ってみるだけならいいだろう。顔を見てみるだけでもいい。なかなかの別嬪さんだぞ」
「別嬪さん、ねぇ……」
拓海から視線を向けられてため息をついた。
「じゃあ、俺から会ってみるってことでいい? ただ、今は落ち着かないから年度が変わってからにしてもらえると助かる」
「それでいいぞ。……理一」
「何?」
「無理にとは言わん。桜子ちゃんに会って、おまえが気に入ったなら付き合ってみればいい。もしも結婚したいと思ったら即決しろ。まずハズレはないからな」
「え、何それ」
「その時がきたらわかる」
「意味わかんないんだけど」
首を傾げると、光一郎はニヤニヤと笑い、恭一郎は苦笑いしていた。
後々になって祖父と父の笑みはこういうことかと思い至ったのだが、今の理一郎が気づくはずもなかった。
四月下旬のある日。
その日は朝から雨が降っており、社用車で営業に回っていた理一郎は時計を確認した。
今日は商談がスムーズにすすみ、時間に余裕がある。
この近くに瀧沢家が経営するスーパー「マートタキザワ」があったはずだ。
あの祖父の話の後、父を介して瀧沢陽介と会う機会が数回あった。
陽介の人柄は恭一郎に聞いたように、真面目で誠実、どちらかといえばお人好しっぽい雰囲気があった。
理一郎から見ても、「いい人だ」と思える人物ではあった。
しかし、陽介がいい人だからという理由で結婚するわけにはいかない。
祖父の話から数週間、ようやく時間がとれるようになって落ち着いたところで考えてみたのだが、いずれは結婚するにしてもいますぐという気分にはなれない。融資の件については、陽介の人柄からしても返済に問題はないだろう。
ならばここはこちらからお詫びして丁重に断ればいいと考えて、こういう話は早めにするべきだと判断した。
祖父や父には自分の好みじゃなかったと言えばいいのだ。ただし、その場合はこの話は拓海に回ることになるだろうが、弟のほうがうまく立ち回れるだろう。
店の場所は聞いていたので、ほどなく見つかった。
雰囲気のいい店だ。
少し古びた感じではあるが、店先も綺麗だし掃除もこまめにしているのだろう。邪魔なものが一切なく、すっきりとしている。
野菜の並べられたワゴンのPOPも手作り感があってなんとなく温かみを感じる。
今日は雨が降っているせいかお客は少ないみたいだが、入りづらそうな雰囲気はない。
陽介は仕入れや配達で出かけていることもあるが、日中はほとんど店内にいるということも聞いていたので自動ドアから中に入った。
「いらっしゃいませー」
近くにいた店員が朗らかな声をあげた。
その声に気づいた店員たちも声を出す。
陳列棚から立ち上がった店員の姿に目を瞬かせる。
若い女性だった。
背中の真ん中あたりまで伸びた長い髪をひとくくりにしている。
腕まくりしたシャツとジーンズ、店のロゴの入ったエプロン姿にいかにも働き者という印象をもった。
(あれ?)
彼女を見た瞬間、心臓がドクンと大きな音を立てた。
傘をさしてわざわざ駐車場まで送ってくれる彼女は細やかな心遣いができる人だ。
少し小柄で見た目はふんわりとしたいわゆる癒し系なのに、話してみると意外にもハキハキと喋る。
今日は少し動揺していたようだが、素直な反応をする彼女が妙に可愛らしく見えた。
理一郎は自分の容姿の良さは一応は自覚している。
初対面の女性には好印象を与えるであろうこともわかってはいるが、桜子の反応も概ね似たようなものだった。
しかし陽介夫妻を交えて話をしているうちにだんだんと彼女の自分を見る目が変わっていくのもわかった。
疑っているというか、警戒の眼差しだった。
それでいてなんとか父の手助けをしよう、家族を守ろうとしている気持ちも伝わってきた。
「なんだこれ」
今日は直帰すると伝えてあったので、日が暮れる前に自宅前まで戻ってきた。
リモコンで開閉する門扉が開ききっても理一郎はハンドルに突っ伏したままだった。
この邸はいずれ理一郎が受け継ぐものなので、家を出て一人暮らししようなどと思ったことはない。
ただ、ふと思ってしまったのだ。
この家の玄関で桜子が出迎えてくれないだろうかと。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。早かったのね」
しかし誰も玄関で出迎えてはくれず、理一郎は台所へ顔を出した。
夕飯の支度をしていた志保が振り返った。
瀬川邸は広いので表側の接客スペースの掃除をしてくれるハウスキーパーは雇っているが、奥向きの家事は母の志保が一人でやっている。
一人では大変だろうなと時々は手伝っているが、自分が嫁をもらえば志保の負担は半分に減るのではないか。
(いや、母さんを助けるために嫁もらうんじゃないだろ!)
そんなことよりも。
(桜子さんは料理はできるって陽介さんが言ってたな)
両親が日中はスーパーのほうで働いているので、桜子が中学生になったころから家事をするようになったと聞いていた。
絶品料理を食べさせてほしいとは言わない。
けれど家では温かい家庭料理を食べたいのだ。
「父さん、じいちゃん、その……瀧沢のお嬢さんのことなんだけど」
「ああ、どうした? 会ってきたのか?」
今日は恭一郎も早く帰宅してきたので、祖父たちも交えて六人で食卓を囲んだ。
「おお、どうだった? 桜子ちゃんはどんな感じだった?」
「別嬪さんというよりは可愛いっていったほうがいいかな」
「へー! 可愛い系なのか」
拓海はやはり同年代の女性が気になるのだろう。身を乗り出してきた。
「で、兄ちゃんはどうすんの? 結婚する?」
「結婚……というか、見合いしようと思ってさ、その話をしてきた。もう顔を合わせてるんだから、見合いっていうのもおかしいけど」
「ほほぅ」
光一郎はニヤニヤと笑い始めた。
少しバツの悪くなった理一郎はコップ一杯のビールを呷る。
「見合いをして、結婚を前提として付き合ってくださいと言えばいいと思ったんだよ。それで、父さんと母さんにも来てもらいたいんだけど」
「私はいいわよ」
志保は即答した。息子が女性を会わせようとするなんて初めてのことだ。
いままで女性と付き合ったことはあっただろうが、両親に会わせようと思っているということはそれだけの覚悟があるのだろう。
「いいだろう。次の日曜日なら昼間は空いてる」
「わかった。それじゃあすぐに瀧沢さんに連絡入れるよ」
「ちょっと待ちなさい。理一、あなたどこでお見合いするつもりなの?」
「え……あ、そうか」
「なんだよ、兄ちゃん。そんなにその桜子ちゃんとやらが気に入った? 急いで話を推し進めたいくらいに」
弟に揶揄されてハッと気づく。
あまりにも急いていたのが恥ずかしくて頬が熱くなった。
「あらまあ」
瑠璃子が笑い出して夫を意味ありげに見た。
「どうやら決まりだな」
「結婚式の用意を進めておくか」
「じいちゃんも父さんも何言ってんの? まずは見合いだろ。相手が結婚を承諾するかもわかんないのに」
「拓海、覚えておけ」
恭一郎はわざとらしくしかめ面をして腕組みして言った。
「瀬川の家の男は『これ』と決めたら一途だ。本気だったら最後の最後まで諦めない。嘘だと思うなら兄貴を見ているんだな」
「え、なんだよ。それ」
半ば半信半疑のような顔で拓海は言ったが、父の言うとおりかもしれないなと理一郎は思う。
理一郎はあの時彼女に一目惚れしたのだ。
といってもその彼女が桜子本人だったとは思いもしなかったのだが。
店の手伝いとはいっても陽介の妻のように奥向きの事務仕事をしているのだろうと思っていた。
確かに聞いていた通りよく働く女性だとは思った。
「とりあえず、見合いの場所はワシが予約してやろう」
「あ、うん、ありがとう、じいちゃん」
こういうときは祖父のほうが顔が広い。
イベントや賓客をもてなすときに利用するホテルの料亭に連絡を入れる。
上得意からの予約に、料亭側は急な予約だったにも関わらず快く受けてくれた。
確約がとれたところで陽介に連絡を入れると、早い展開に驚いてはいたがすぐに了承してくれた。
時々、理一郎サイドの話が入ります。
もう一話続きますのでおつきあいください。