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最終話 あなたがいる未来

山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。

ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

  

 

 

 桜子は目の前にいた弟に目を丸くした。

「どうし……」

「沙希は!?」

 ここにいる理由を問おうとした姉の言葉を遮り、修吾はものすごい剣幕で言った。

 気圧された桜子は若干身を引きながら修吾に道を譲る。

「え、あ、おく……」

「沙希!!」

 怒鳴るように奥へ声をかける修吾の様子に桜子は正直驚いていた。

 下の子でもあり、母に似てのんびりした性格だと思っていたが、いったいどうしたことか。

 さすがにこの修吾の声が聞こえたらしく、沙希が飛び出してきた。

「修ちゃん!」

「沙希!」

 弟と従妹は桜子の目の前で抱き合った。

 

「え………」

 

「よかった……間に合わないかと思った!」

「修ちゃんっ!」

 呆気にとられた桜子は二人を見つめた。

「あの……まさか」

「そ。二人は恋人同士なんだよ」

 拓海が玄関側にまわってきて、そう説明した。

 

「知らなかったな。二人が付き合ってたなんて」

 沙希の父親である啓介は苦笑しながら言った。

 複雑そうな顔つきなのは、娘に交際相手がいたことを知らなかったからなのか、相手が甥であったからなのかはわからない。

 応接間に通された修吾は、初めて会う光一郎と恭一郎にもきちんと挨拶をして、この場にいる全員の前で話をした。

「ごめん、叔父さん……いとこ、同士だったし、反対されたらと思うと言えなくて……」

 修吾はそう言いながらもチラリと姉を見た。

 桜子はその視線を受けてなんとなくだが察した。

 おそらく、自分と従兄の晴彦とのことがあったからだろう。

 姉である桜子に反対されることを一番恐れていたのかもしれない。

 けれど、自分はそこまで狭量ではないつもりだ。自分は自分であって、修吾はあの従兄ではないからだ。

「いとこ同士は結婚できるんだ。別にかまわんだろう」

 そう言ったのは光一郎だ。その横で恭一郎も頷く。

「ええ、まあ、私もそれは気にならないのですが」

 啓介は光一郎たちの言葉に頷いた。むしろ一人娘なだけに娘をとられることのほうが堪えるようだ。

「相手は修吾だから……いいか。うちの……瀧沢家の跡取りだしな」

 そう、瀧沢家としては男子は修吾一人だ。

 それを考えれば啓介も納得してしまうのだろう。

 理一郎も二人を微笑ましそうに見てから弟に訊ねた。

「それはそうと、拓海、いつの間に知り合ってたんだ?」

「ああ、夏休み前……だったかな? 学校で修吾に声をかけられてさ……」

 瀬川、と誰かが呼んでいたのを聞いて、背が高いことと顔立ちが似ていたため、拓海が理一郎の弟ではないかと声をかけてみたのだという。

 お互いを名前で呼び合うほどに仲良くなっていたみたいで、ちっとも知らなかった桜子は少々複雑な気分になった。

「さくらちゃんの弟だっていうじゃん。これは弟同士でも仲良くなっておかないと、と思ってちょくちょく連絡とったり、飲みに行ったりしてたんだよね。俺は酒は飲まないけど、修吾は飲むからさ。家まで送って行ったりして」

 実は夜に出かけていたのはバイトもあるが、修吾たちと遊びに出かけていたためなのだという。

 拓海は笑って肩をすくめた。

 その後を修吾が引き継いだ。

「話をしてみたら俺と同じでサッカーが好きだっていうから、サッカーじゃないけどフットサルをやらないかってうちのチームに誘ったんだよ」

 修吾は大学のサークルではないフットサルの草チームを持っている。高校時代のサッカー部の仲間と作ったものなのだが、日曜日などはフットサルコートを借りて練習していた。

 たまに大会にも参加しているというのは聞いている。

「そのときに沙希ちゃんを紹介してもらったわけ」

 沙希はフットサルチームのマネージャーをやっているらしい。

 そのことも今初めて知った。

「どうしてお姉ちゃんに教えてくれなかったの?」

「それは別に話すことでもないだろ?」

 修吾は姉のことは心配してあれこれと口を出してくるのに、自分のことはあまり喋らない。かまえばかまったで、やたらとうるさがられる。

 なんでも話すべきだとは言わない。

 それを言えば桜子だって修吾に話す必要がないことは話さない。

 でも、なんだか面白くない。

 唇を尖らせると理一郎が笑いをこらえながら言った。

「修吾くん、お姉ちゃんはヤキモチ妬いてるみたいだぞ」

「妬いてません!」

 ぷいっとそっぽを向くと、理一郎がこそっと言った。

「おまえは俺のことだけ考えてればいいんだよ」

 俺だって面白くないと言われて頬が熱くなる。

「そうだったのか。二人とも大ちゃんの孫だ。ワシも応援するぞ。拓海の相手は……そのうち現れるだろう。そのあたり、うちは運が強いからな。思わぬところからやってくるかもしれん」

 桜子ちゃんがそうだったからな、と光一郎は言った。

 

 

 九月最後の日曜日。

 瀧沢家と瀬川家の家族全員が「ビストロTAKI」に招かれていた。

 迷惑をかけたお詫びにと啓介が招待したのだ。

 おかげで今日の店は貸切状態となっている。

「久しぶりに啓介くんの料理をいただいたが、またずいぶんと腕をあげたな!」

 舌鼓を打った光一郎は満足げにフォークとナイフを置いた。

 食欲旺盛な若い理一郎や拓海たちのおかわりをうけて、啓介は満足そうに微笑む。

「ありがとうございます」

「これなら、杜島さんのところのホテルに入っても十分通用するわね」

「本当に美味しいわ。うちでも作れないかしらね……」

「お義母さま、これなら私が作れます。叔父さんにレシピを教えてもらいましたから」

「あら、本当? それなら桜子ちゃんにお願いしようかしら」

 志保は嬉しそうに言う。

「桜子はどういうわけか、啓介に似て料理上手なんだよなあ」

 そう言ったのは陽介だ。

 すると佳美が目を瞬かせた。

「あら、啓介に似たんじゃなくて、お父さんに似たのよ、陽介」

「え」

「そういえば大ちゃんは料理が趣味だったなあ」

「そうでしたねえ」

「そうだったんですか?」

 息子である自分は知らなかったと陽介は言った。

「兄貴は外に出かけてばかりいたからな。ときどき晩御飯のおかずに親父が作った料理が出てたのも知らないんだろう?」

「……知らなかった……」

「桜子は親父似で、修吾はどう見たって兄貴に似たんだ。いつも体を動かしてるからな」

 コックコートを着たまま席についている啓介は苦笑混じりに言った。

「理一郎くん、桜子の料理の腕は俺が保証するぞ。これから美味いものがたくさん食べられる」

「それは楽しみです」

 そこで理一郎は桜子を促して立ち上がった。二人並んで皆の前に立つ。

「ちょうど皆さんが集まっているので、ここでお知らせします。私、瀬川理一郎と瀧沢桜子さんはこのたび結婚することを決めました。これからは二人で力を合わせて生きていこうと思います。今後ともご指導よろしくお願いいたします」

 深々とお辞儀する二人に向けて拍手が沸きあがる。

 佳美がにこにこと嬉しそうに微笑む。

「あらまあ、本当の結婚式の挨拶みたいねえ」

「え、そうですか? 本番はどうしよう……」

「まあ、そのときはまた違うことを言えばいい。それよりも結納の日取りを決めなくてはいけませんね」

「そうですね」

 父親同士が頷きあっていると、光一郎が注意を促すようにテーブルを軽く叩いた。

「おおーい、ワシからもお知らせがあるぞ」

「何、じいちゃん」

「理一郎、桜子ちゃん。おまえたちは結納が終ったら、すぐに籍を入れなさい」

「……」

「……」

 

「ええ~っ!?」

 

 その場にいた者たちの三分の二は叫んだ。

「何を騒いどるか!」

 あまりの大声に光一郎は耳が痛いと指で耳の穴をふさぐ。

「あのね、じいちゃん、確かに籍だけならすぐに入れられるよ!?」

「でも、兄ちゃんは一応、うちの跡取りだよ!? セガワの次期社長だよ!? 籍だけ入れておしまいってわけにはいかないでしょ!?」

「会長、私も一応、桜子の花嫁姿は見たいのですが……」

「私、ウェディングドレスは着たい……」

「私だってさっちゃんと一緒にお写真撮りたいのに……」

 しょんぼりと肩を落とす瀧沢家の人たちを見て、恭一郎が苦笑して父親に言った。

「親父、相変わらず言葉が足りなさ過ぎる」

 父親のフォローをするかのように恭一郎が説明を始めた。

「あのな、理一郎、桜子ちゃん。親父は結婚式はしないとは言ってないぞ。とりあえず、先に籍を入れるようにと言ってるんだ。式は……そうだな、関係者のスケジュールの調整も合わせると、一年は先になる。これでも瀬川家の跡取りの結婚式なら早いほうだ。理一郎、おまえはそれまで我慢できるか?」

「……すいません。我慢できません。半年くらいかと思ってた……。準備も考えて来年の春先までにはって思ってた」

 理一郎はウッと顔をしかめるとガックリと首を垂れた。

 桜子も結納をかわしてから式までどれくらいかかるのかよくわかっていなかった。

 しかし、瀬川家の…、しかも跡取り息子の結婚式ともなれば、規模はかなり大きいはずだ。

 それを考えると準備期間だけでもかなり長くなるに違いない。

 恭一郎の言う通り、準備だけで一年というのは短いほうなのだろう。

 正直に待っていられないと言う理一郎の気持ちは桜子にも言えることで、それを口にするには少々恥ずかしかった。

 もちろん、婚約者として婚約期間を楽しみたいという気持ちもあったのだけれど。

 息子の言葉を受けて、恭一郎は頷いた。

「だろうな。それと、もう一つ理由があるんだ。それは親父から聞いてくれ」

「実はだなあ……」

 光一郎は秘密を打ち明ける子どものような表情で重大発表をした。

 

「うちの家を大改築するぞ!」

 

「え!?」

 そのことに驚いたのは桜子以下瀧沢家の一同と拓海だった。

「あ、もうやるんだ」

 意外にも理一郎は驚かず、すでに知っていたかのように頷いた。

 その反応に桜子は驚いて傍らの男性を見上げた。

「ん? 理一は知っとったか?」

「え、だって、前にじいちゃんがボソッと言ってたからさ。桜子が嫁に来たら、うちをリフォームするかーとかって。じいちゃんのことだから思い立ったら吉日ってやつで、きっと改築するだろうとは思ってたんだけど」

 イタズラが半分失敗したかのような顔つきなった光一郎は気を取り直したかのように言った。

「なんだ、理一は知っとったのかー。まあいいわい。年が明けたら改築に入る。その前の年始の集まりには桜子ちゃんを理一の嫁として紹介したいんだよ。だから早めに籍を入れろと言っているんだ」

「なるほど」

 理由がないわけではないらしいことがわかって全員が納得する。

「それにな、早く籍を入れたら、改築が終るまでは二人で暮らすといい。うちの社宅がいくつか空いてるはずだから、家賃も必要ない。どうせ改築中はうちに住めないんだからな。ワシらと恭一郎たちは年明けに引越しだ」

「え、いいの!?」

 パアッと顔を輝かせる兄に、拓海がからかうように言った。

「兄ちゃん、すっげえ嬉しそうだな!」

「そりゃまあ……住み慣れた家ってのは気楽でいいけど、桜子と二人きりってのも捨てがたいからな」

 な、と同意を求められて桜子は頷いていいのかどうか迷って曖昧な笑みを浮かべた。

「でも、あの……私はともかく、お父さんが……」

 すぐさま全員の視線が陽介に集中した。

「な、なんだ」

「お義父さん、お願いします」

 理一郎は体を直角に折り曲げた。

「結婚式は必ずやります! 先に桜子さんと籍を入れさせてください!」

「う……それは」

 別に反対をしたいわけではない。けれど……

 桜子も理一郎と並んで頭を下げる。

「さ……桜子まで……うぅ~、わかった!」

 何かをふっきるように立ち上がった陽介は理一郎の手を握った。

「ちゃんとした準備をしてやれないかもしれんが、こちらこそお願いします」

「……そんなこと……俺は、桜子さえいてくれればそれでいいです」

 

 こうして、桜子と理一郎は早々に結婚することになった――

 

 

 

 街がクリスマスカラーに彩られ始めた頃、「ビストロTAKI」は再び店を貸し切られた。

 今日は互いの家の親戚と親しい友人たちだけを招いた桜子と理一郎の結婚披露宴だ。

 桜子はウエディングドレスではないが、レンタル衣装の真っ白なヒラヒラしたワンピースを着ていた。

 これは話を聞いた杜島からの祝いだった。「レンタル代はいらない」と貸衣装部から借用したらしい。

 理一郎の衣装も杜島が調達してきたものだ。「一応着ておけ」と押し付けられたのだ。

 仰々しい披露宴にはせず、誰とでも気軽に話せる立食パーティー形式だ。

 しかし、理一郎も桜子もホストの立場なので、二人であちこち移動する。

 桜子は初めて和志以外の理一郎の叔父たちを紹介されて、「うわー、みんな格好いい!」と感動した。一番若い叔父は三十代前半だそうで、叔父というよりは兄といったほうがよさそうだと思った。その奥さんたちも皆綺麗な人たちばかりで、桜子は反対に「まあ~、可愛いわ!」と彼女たちに質問攻めにされ、写真も一緒に撮られまくった。

 男ばかりが生まれる瀬川家では、若い女性がひたすら可愛がられてしまうらしい。

 それがいままで麻里子に集中していたのだと言ったのは、彼女の母親である千里だ。

「まさかさっちゃんがスピード婚になるとは思わなかったわ~」

 招待された友人である静香は啓介の料理をおいしいおいしいと頬張っていた。

「え、これもスピード婚ていうの?」

「う~ん、というか、さっちゃんてもっとじっくりお付き合いしてから結婚を決めるタイプかと思ってたからね」

「あ、なるほど」

「それだけ瀬川さんが頑張ったってことかな?」

 桜子にずっと寄り添っている理一郎をからかうように見上げた。

 その視線を受けた理一郎は、桜子の腰を引き寄せてぴったりとくっついた。

「俺の場合は周りの後押しもあったからね」

 瀬川の祖父母に両親、瀧沢家のみんなが二人を見守ってくれていた。

「私も、こんなに早く決めていいのかなって思ったの」

「ちょっと、桜子……」

 理一郎の幸せそうな表情が一瞬にして不安そうになる。

 桜子は大丈夫というように微笑んだ。

「でも、どう考えてもありえないんだもの。理一郎さんがそばにいない未来なんて」

 

 桜子が想像する未来は、すべて理一郎がいてこそだった。

「毎朝、朝ごはんを作って、お弁当を作って、理一郎さんを送り出して、家のお掃除やお洗濯をして、たまにはお義母さまとお買い物したりしながら理一郎さんが帰ってくるのを待つの」

 毎日が同じことの繰り返しかもしれない。

 でもそれはまったく同じというわけじゃない。

「赤ちゃんも欲しいわ。そうしたら、きっとうちは賑やかになるわね」

 まだその兆しは見えない。

 けれど、そう遠くない未来にと思っている。

「大丈夫よ、理一郎さんと一緒なら」

 ね、と夫となった男性を見上げる目には信頼と愛情がこめられている。

 

 

 頷いて自分を見返すその瞳にも、同じ思いがあると信じているから―――

 

 

                       【完】



読んでいただきまして、ありがとうございます。

本編はこれで終わりですが、あともう一話理一郎サイドの話がありますので、お付き合いください。

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