第十七話 親友来る
山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。
ゆるやかに話が進んでいきますので、ハラハラドキドキなストーリーをお求めの方にはおすすめできません。
ふ、と意識が上昇してくるのが自分でもわかった。
朝かな。
そう思って片目だけを微かに開ける。
ああ、朝だ。
カーテンの隙間から漏れる光は電気ではない自然のものだとわかる。
でも眠い。
おまけになんだかだるい。
熱がある?
ううん、ない。
寝不足?
……違う、そうじゃない!
「桜子、眠いだろうとは思うけど、そろそろ起きてくれ」
肩を揺すられ、頭の芯が痺れそうなほどの良い声が耳もとで囁く。
「ぅ、んっ……」
横になった状態でぐっと背伸びする。
途端に、バキバキ、ミシミシッと体のあちこちが鳴りそうな感じで痛みがはしる。
「ぁうっ」
伸ばした体が反射的に丸まった。
「桜子、大丈夫か。起きれるか?」
「理一郎、さん」
重い瞼をあげてみると、恋人が心配そうに覗き込んでいた。
ベッドに片膝を乗せ、理一郎は桜子を抱き起こす。
「おはよう」
「おは、よう……」
なんで体のあちこちが痛いのだろう。どこかにぶつけたとかではない。
これは身に覚えのある痛み、筋肉痛に近い。
それに、体に残る異物感。
「っ!」
「桜子?」
咄嗟に目の前にあったTシャツにしがみついた。
昨夜のことを思い出した。
とうとう理一郎と一つのベッドで夜を過ごしてしまった。
何もないわけがない。
二人は恋人同士なのだから。
初心者ともいえる桜子は理一郎にされるがままだった。もちろん、彼の求めに応じたのは桜子の意思だ。
理一郎は丹念に桜子を愛し、強張る体を優しく拓いてくれた。
蕩けるような、とはああいうことをいうのだろうか。
二人の体が溶けあうように一つになるということを初めて知った。
でも……
さすがに三回は勘弁してもらいたかった。
まずはベッドで一回。その後すぐに理一郎が復活して休む間もなく二回目に突入。
汗と体液にまみれて寝るのは嫌だと駄々をこね、シャワーを浴びようとしたが足腰がたたなくて理一郎に連れていってもらったはところで、シャワーを浴びながら三回目に入ってしまった。
(半ば立って! というかあんな風に後ろからするの!?)
それはもう大変だった。
シャワールームの壁に両手をつき、お尻を理一郎にむけて突き出すような体勢だったのだ。
おまけに彼のほうが足が長い。
後ろから支えられてはいたが爪先立ちになりかけて足がつるかと思った。
あのときはもう後半は意識が吹っ飛んでしまい、ほとんど覚えていなかった。
グダグダに疲れてしまった桜子は理一郎に体を拭かれ、下着とパジャマまで着せられて一緒にベッドに横になったときにはとっくに日付が変わってしまっていた。
チラリと隣のベッドを見ると、シーツや枕、上掛けがぐちゃぐちゃになっている。
昨夜の出来事をまざまざと思い出される痕跡に全身が熱くなる。
(あ、あとで全部洗濯しなきゃ!)
ああよかった。ここが別荘で洗濯機まであって!
ホテルだったら恥ずかしくていたたまれない!
閉まっていたカーテンを理一郎が開ける。眩しさに目を細めたが、天気は良さそうだ。
きっと洗濯物はよく乾く。
「桜子、どうした?」
心配そうに顔を覗きこむ理一郎の顔はうっすらと髭が伸びていた。
いつもはきちんと身だしなみを整えているのだなと妙なところに感心した。
髪の毛にも寝癖がついているが、見た目のいい人というのは寝起きでも格好いいのだなあとつくづく思う。
「……あ」
「桜子?」
両手で頭というか髪をおさえる。そうっと手櫛で髪を梳くとくしゃくしゃになっていた。
「いやーっ!」
手近にあった枕を頭の上に乗せてベッドに突っ伏す。
「桜子!?」
「見ちゃだめーっ!」
シャワーを浴びた後、意識がほとんどなかったために髪を乾かしていなかったのだ。
クスクスと背後で抑えた笑い声が続いている。
「笑いすぎっ」
鏡越しに背後を睨むと理一郎は寄りかかっていた柱から体を起こした。
「そんなに気にしなくてもいいのに……。俺はそういう寝起きの桜子も見たいんだから」
ほんの少し髪を湿らせドライヤーでブローする。
どうにか寝癖はなおりそうだ。
あとは誤魔化すために髪をまとめてバレッタで留めておく。
午後からはプールに入るのだと言っていたから、どうせ濡れてしまうのでこのままでいい。
髪をまとめ終えると理一郎がそばに来た。
ふんわりと包み込むように抱きしめられる。
「体は大丈夫?」
「……大丈夫、じゃない……あちこち筋肉痛みたいに痛くて」
思わず顔をしかめる。
普段から仕事で動き回っているというのに、どうして筋肉痛にならないといけないのだ。
それだけ使わない筋肉でも使ったのだろうか。よくわからない。
「ごめん。でも、これでも我慢したくらいだ。朝まででもいいくらいだったのに」
「そ、それはちょっと!」
いったい何回するつもりなのだ。というか、男の人ってそんなにできるものなのか。
桜子なんて腰は重いし、あちこち筋肉が痛いし、眠いし。
それに……
(まだ何か入ってる感じがする……)
それはたぶんまだ二度目だからだろう。初めてのときから二年以上も経っているのだ。体が慣れていないのは当然のことだ。
異物感の残る体がなんだか自分のものではない気がする。
昨夜のことを思い出してしまい、一人で赤面した。
「本当に二人きりならそれもいいんだけどな。二人でベッドの上で一日中ゴロゴロしてるのも悪くはない」
「え、う……あの、えっと」
本当にゴロゴロするだけならいいのだが。
理一郎の腕の中で眠るのは気持ちがいい。
温かくて力強い腕に抱きしめられるとホッとする。
「でも、まだ一晩だから」
「え?」
「今夜もあるし、体力温存しないとな」
「た、体力温存って」
もう体力残ってません。
好きな人に求められるのは嬉しいことなのだと思うけれど、なんだか泣きたくなってくる。
まだまだ初心者なのだから手加減してほしいのに。
ため息をつきそうになって慌てて口をひきしめた。
洗面所を出たところで階段を降りてくる足音が聞こえた。
「さくらちゃん、おはよう!」
「おはよう、和佐くん」
寝癖で髪の毛がくしゃくしゃになっている和佐は桜子に抱きついてきた。
桜子もしゃがんで抱きしめ返すと、笑いながら髪の毛を撫でる。
「すごい寝癖」
「ねぐせ? ……っ!」
和佐の体が硬直した。
桜子のそばにいた理一郎を怯えた目で見上げるとしおしおとうなだれ、桜子の陰に隠れた。
「和佐くん、理一郎さんに謝るんでしょう?」
促すと、和佐は桜子の手を握りしめながら理一郎を見上げた。
「りーちにぃ、きのうはごめんなさい」
ぺこん、と深く頭をさげる従弟の頭を理一郎はしゃがんで撫でた。
「俺も悪かったな。怒りすぎたみたいだ。でもな、俺が怒るのは和佐に怪我をしてほしくないからなんだ。痛い思いはさせたくない。それはわかるな?」
「うん」
「それにな、和佐。おまえはまだ小さいから、できないこともたくさんある。でも、そのうち大きくなったらきっとできるようになるから、今はおまえができることをやればいいんだよ」
「りーちにぃみたいになる?」
「俺みたいというよりも、もっともっと大きくなってなんでもできるようにならないとな」
「うんっ、なるー!」
ようやく元気が戻った。
理一郎が追い立てて洗面所に向かう。
寝癖のついた髪を水で濡らしてブラシで梳いてやるのを眺めていると、再び階段の上から足音が聞こえてきた。
「おはよう、さくらちゃん」
「おはよう」
麻里子は一つあくびをすると洗面所からの声に気づく。
「和佐、ちゃんと謝った?」
「ええ、理一郎さんもね、怒りすぎたって和佐くんに謝ったわ」
「それならよかった。……さくらちゃんたちも仲直りした?」
「え!? ええ、もちろんよ。私たちは昨夜のうちにね」
「そうなんだ。よかった。さくらちゃんたちが喧嘩してたら楽しくないもの」
「そうね」
どうやって仲直りしたかなんて訊かれたらどうしようかと思っていたのだが、素直な麻里子はその言葉をすんなり受け入れたようだ。
ホッと一安心したところでキッチンに向かう。
麻里子も起きてきたことだし、そろそろ朝食の準備にとりかかろう。
「和佐くん、そろそろパンケーキを焼くわよ」
「はーい!」
再びお手伝いをするという和佐から今度は目を離さずに朝食の準備を始めた。
朝食を食べ終えると光一郎と瑠璃子は出かけていった。
この時期には近所の別荘に古くからの知り合いが来ているので、散歩がてら挨拶に行くのだという。
夕方には戻るからと出て行くのを見送った。
光一郎と瑠璃子はいつも仲が良い。長年連れ添っているというのに、いまだにお互いを名前で呼び合う仲というのはなんだか羨ましい。あんな風に歳を取っていきたいものだと思う。
ダイニングテーブルで麻里子が理一郎に勉強を教えてもらっているのを邪魔しないように洗濯をしてシーツを外に干す。
「桜子」
物干し竿に背伸びしてシーツをかけていると、理一郎がサンダルを履いて出てきた。
「こういうときは俺に声をかければいいんだよ」
桜子が背伸びしなければ届かない竿に、理一郎は余裕をもってかけていく。
「ちゃんと皺は伸ばしてね」
「うん」
パンパンとシーツを叩いて皺を伸ばし終えると理一郎が声をたてずに笑った。
「?」
何がおかしいのだろうかと首を傾げて問うように見上げると、柔らかく微笑む。
ドキリとした。
ここ最近、理一郎はこんな風に優しく笑うことがある。
満ち足りているとでもいうのだろうか。幸せそうとでも言うべきか。
「いいよな、こういうの」
「ん?」
「早く結婚したい」
「理一郎さん」
「休みの日は桜子と一緒にいて、掃除や洗濯をするのを手伝って、たまにはスーパーに買い物に行ったりして過ごすのっていいよな」
「うん……」
明るい日差しの下で、二人は微笑みあった。
それはきっと遠くない未来にあると思って――
お昼ごはんはパスタとサラダにして、和佐が楽しみにしていたプールの時間になった。
桜子が寝室で水着に着替えてからテラスデッキに出ると、きゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてきた。
日に焼けた逞しい背中が見える。
プールサイドに腰掛けた理一郎に近づいていくと、足音に気づいたのか振り返った。
「さくら、こ」
「ご、ごめんなさい。遅くなった?」
「いや、いいけど……」
理一郎の目が上から下へと移動する。
そわそわと落ち着かなくて、冗談めかして聞いてみた。
「これどうかしら、可愛いでしょ?」
「え、ああ、うん。似合うけど、それって水着なのか?」
ビキニの上からコンビネゾンを着ているとミニのワンピースを着ているように見えるのかもしれない。
ちょっとしたいたずら心を起こしてその場でコンビネゾンを脱ぎ捨て、ビキニスタイルになった。
「!」
「こうなってるの。セットになってて、水着っぽく見えないでしょ?」
「あ、うん。びっくりした……」
桜子の行動にびっくりして軽くのけぞっていた理一郎は、苦笑いしてもう一度上から下まで眺めて目を細める。
「可愛いけど、なんかエロい」
「え、エロ!?」
「うん」
理一郎は立ち上がると近づいてきた。
どうやらあの店員の言ったことは本当らしい。
理一郎は気に入ったようだ。
かがみこんで桜子の顔近くで囁くように言う。
「このままベッドに行きたい」
「へ?」
「一本一本紐をほどいていって剥くのも楽しそうだな」
「む、剥くって!」
慌ててかばうように自分の体を抱きしめる。そうなると胸元の谷間が強調されるのだが、桜子は気づいていない。
それをジッと見つめながら理一郎は言った。
「桜子……日焼け止めは?」
「あ……今から塗ろうと思って……」
手に持っていたウォータープルーフの日焼け止めを見せる。
「俺が塗ってやろうか?」
「え、いえ、結構です」
イヤな予感がして首を振ると、理一郎は首を傾げる。
「なんで? 前はともかく背中はどうするんだ?」
「あ、あぅ」
「俺は桜子に日焼けしてほしくない。せっかく白くて綺麗な肌なんだから」
「はぅ」
「塗ってもいい?」
「お……お願いします……」
わざとなのだろうか、昨夜ベッドの中で囁かれたような色気のある声に嫌と言えない。
パラソルの下に置いてあるデッキチェアに腰を降ろすとうつぶせにさせられる。
背中に理一郎の指が触れてドキリとすると、シュル、とビキニの紐が解かれた。
「理一郎さ」
思わず体を起こしかけるが、胸元が露わになってしまうので慌ててうつぶせた。
「ちゃんと塗っておかないと塗り残しとかあると変な風に焼けるぞ」
「う、それは嫌っ」
心配していたほどには理一郎の手つきはいやらしくなかった。
ホッとしたような、それでいて寂しいような気がして慌ててその考えを振りはらう。
「はい、できた。前は自分でやって」
「ええ」
日焼け止めを受け取ると、理一郎はプールに入っていった。
あっさりとした理一郎の態度に拍子抜けしてしまったものの、何を期待していたのだろうかと恥ずかしくなって急いで残る部分に日焼け止めを塗った。
水着姿でパラソルの下にいても結構暑いものだ。
水の中のほうが冷たいに決まっているので軽く体を動かしてから水に浸かると「さくらちゃーん」と和佐が浮き輪をつけてバタ足で近づいてきた。
このプールはそんなに深くはない。
胸元まで水に浸かっているが、その桜子よりも低い和佐は浮き輪が必要だ。
一生懸命にバタ足して前進する男の子を微笑ましく思いながら励ます。
「がんばって、和佐くん」
「ついたーっ」
きゅーっと浮き輪越しに抱きつかれて微笑みを浮かべる。
本当にこの子は可愛い。
「よく出来ました……?」
じいっと和佐が見ている。顔ではなくて桜子の胸を、だ。
ペタリ
「きゃあっ」
小さな子どもの手のひらが両胸を触っていた。
揉むというのではなく、押し付けるような子どもの触り方に目をぱちくりさせる。
和佐のような幼児に触られたからといってどうということもないのだが。
「和佐くん?」
「おかあさんのおっぱいとおなじくらいおっきいーっ!」
呆気にとられていると感心したように言われて毒気が抜かれる。「ぶほっ」と吹きだすような咳に振り返ると理一郎が声を抑えて笑っていた。
「理一郎さんっ!」
何がおかしいのかと咎めるように名を呼ぶ。
「いや……俺も何をするのかとびっくりしたから……にしても、お母さんのと比べるとはな……」
さすがに理一郎も怒る気にならないのだろう。
和佐の浮き輪を引き寄せると笑いながら言った。
「あのな、和佐。お母さん以外の女の人のおっぱいを触っちゃダメなんだぞ」
「だめなの!?」
「ああ、ダメだ。大きくなったらわかるから、今はお母さんのだけにしとけ」
「わかった」
素直に頷いた和佐は興味を別に移したのか、泳ぐのを教えてくれと言った。
理一郎がバタ足をさせている間、桜子は麻里子と一緒にビーチボールで遊ぶことにしたのだった。
ギシッと軋む音がして目を開けると理一郎が傍らに座って覗き込んでいた。
「疲れた? やっぱり眠い?」
しばらくプールで泳いでいたのだが、少し休もうとデッキチェアに横になった途端に眠ってしまったようだ。
体には大きめのバスタオルがかけられている。
「もう大丈夫。少し眠ったらスッキリしたわ。マリちゃんたちは?」
「今は麻里子が和佐のコーチしてる」
理一郎が顎で促した先では麻里子が和佐の手を握ってバタ足をさせている。
「水は苦手じゃないからな。息継ぎさえちゃんとできればすぐに泳げるようになるさ」
そう言った理一郎の肩から丸い水滴がツッと流れ落ちた。
綺麗だな、と思う。
昨夜初めて理一郎の裸身を見たが、ムキムキマッチョというわけではないにしても筋肉がほどよくついて引き締まっており、盛り上がった胸の筋肉や割れた腹筋がとてもセクシーだと思った。
柔道をずっと習っているせいか、スポーツマンの体型に似ている。
ぼうっと見惚れていると振り返った理一郎はクスリと笑う。
「どうした?」
「え、あ、なんでも……」
見惚れてましたなんて恥ずかしくて言えない。
「あ、バスタオルありがとう」
「ん、目の毒だったからなあ」
「は?」
起き上がろうとしたのだが、肩を抑えられて背中がデッキチェアに触れる。
「ご馳走が目の前に横たわってたら、手を出さずにはいられないだろ?」
「ご馳走って……」
「おまえのこと。……俺にとっては何よりのご馳走だよ」
そう言ってゆっくりと体を傾けてくる。
「あ、ま、待って……」
「待たない」
肩を押し返そうとしたのだが、そのくらいではびくともしない。
「マリちゃんたちがいるのに……」
「こっちは見てないよ」
「ダメ……」
「昨夜も言っただろ。その声でダメっていっても誘ってるようにしか聞こえない」
「理一郎さん」
心臓がバクバクと大きな音をたてている。
ここでコトに及んだりはしないだろう。ちょっとしたキスならいいかなと目を閉じかけたのだが邪魔をされた。
「おおーい! お留守ですかー? 門が開いてるぞー! 留守なのかー? 勝手に入るぞー!」
桜子は至近距離で理一郎と見つめあうと、彼はため息をつきながら起き上がった。
「あの声は……」
理一郎に続いてデッキチェアから立ち上がると、声のする方向を見た。
「もうっ、どこに行くのよ! やめなさいってば」
「だって誰もいなかったら同じことだろ」
そんなやり取りが表のほうから聞こえてきた。
「やっぱり」
理一郎はやれやれというように声をあげた。
「おい、こっちだ!」
「なんだよ、いたのか」
庭をまわってきた二人連れは理一郎を見ると手を挙げた。
「よう、邪魔するぞ」
「何が邪魔するだ。勝手に入ってきやがって」
「だってよー、呼び鈴鳴らしても誰も出てこねーし、門は開いてるし、勝手に入ってくださいって言ってるようなもんだろ?」
理一郎の知り合いのようだ。
桜子は彼の後ろに控えながらも、二人組みを窺うとアッと声をあげた。
「葵さんっ」
「桜子さん、久しぶりね」
日傘を差していた女性は桜子に微笑んだ。
今日は先日のようなサマースーツではなかった。
マキシ丈の麻のワンピースに夏用のカーディガンを羽織っていて、いかにもリゾートスタイルだ。
その葵の隣には桜子も初めて見る男性が立っていた。
背の高い理一郎とほぼ同じか若干高くも見える。
涼しげな色のポロシャツに麻のパンツを履いている。
その顔立ちはかなりの男前だった。
理一郎も精悍な顔立ちの美男子だが、目の前の男性はその上を行く容姿の良さだ。
美麗といってもいいのに弱弱しさはなく、むしろ男らしい顔をしていた。
葵と並ぶと美男美女で、まさにお似合いとしか言いようがない。
「何しにきたんだよ?」
「なんつー言い草だよ。せっかく挨拶がてらおまえの婚約者に会いたいと思って来たのに」
「だからって、なんでここに来るのがわかった? 俺はおまえになにも……」
理一郎はそう言いかけて思いついたのか桜子を振り返った。
「ごめんなさい。私が葵さんに言っちゃった……」
「だよな……おまえが葵と連絡先を交換してるのを忘れてた」
諦めたようなため息に、もう一度ごめんなさいと言った。
「あら、桜子さんが悪いわけじゃないでしょ。口止めしない瀬川くんが悪いんじゃないの」
「ああ、そうだよ」
むすっとした理一郎を無視して男性が桜子のほうを向いた。
「初めまして、杜島朝といいます。瀬川とは中学からの同級生で、葵は許婚なんだ」
「初めまして、瀧沢桜子です」
彼が理一郎の親友で葵の婚約者なのか。とても気さくで優しそうな人だ。おまけにモデルといっても通じそうな美男子で、彼なら葵の隣に並んでも全く見劣りしない。
「俺たちも今朝こっちに着いたばかりでさ……いいところに来たなあ」
杜島は桜子を上から下まで眺めてヘラッと笑った。
その視線に自分の今の格好を思い出して慌てて理一郎の陰に隠れる。
理一郎もようやく気づいたらしく、桜子を背後にかばった。
「バカッ、見るな!」
「えー? だって目の前にあるものは見るだろー? ましてやこれだけ目の保養になるものだったら、いくらでも見たいってもんだ。男ならな!」
「それは否定しないけど、おまえには見せたくない」
何故威張る、と胸をそらして偉そうに言った杜島に眉をひそめ、理一郎はデッキチェアにかけてあったパイル地のパーカーを桜子に羽織らせた。
「あの、理一郎さん、自分のが」
「あれはダメ。肩が出るから」
理一郎のパーカーはガックリと肩が下がるけれど、ジッパーをきちんとあげると膝上のワンピースようになる。
「おバカなヤツでごめんなさいね、桜子さん」
「いえ、そんなこと」
「ひひゃひゃひゃひゃっ……あふぉいふぁんっ、ふぉへんふぉへんっ!」(訳:いたたたっ……あおいさんっ、ごめんごめん!)
ギュウギュウと杜島の頬をつねっていた葵は申し訳なさそうに言って、彼が手に持っていたアイスボックスを受け取って差し出した。
「これ、手土産に持ってきたの。こっちはアイスクリームで、こっちはプリンね。アイスクリームは夜にでも食べてちょうだい。今小さな子に食べさせたらお腹をこわしちゃうかもしれないから」
葵はそう言ってプールで遊んでいる和佐たちを見た。
「ええ、そうですね。……ちょっと待っててくださいね。ちょうどおやつの時間だから支度します。理一郎さん、テーブルの準備をしててくれる?」
「ああ」
「私もお手伝いするわ。朝」
「わかってるよ」
杜島は理一郎のほうを手伝うつもりのようだ。
デッキテラスからリビングに入る。
「すみません。お客様にお手伝いしてもらうなんて」
「あら、いいのよ。気にしないで」
皿にプリンを盛り付けてプールサイドに運ぶと子どもたちを呼んだ。
「マリちゃん、和佐くん、おやつよ」
「はぁい」
プールからあがって嬉しそうに近づいてきた子どもたちは、見慣れぬ客人にびっくりして理一郎の後ろに隠れた。
桜子にはすっかり懐いていたので忘れていたが、人見知りは健在のようだ。
「二人とも挨拶。この人たちは俺の友達なんだ」
「りーちにぃのともだち?」
「こ、こんにちは……」
麻里子と和佐はぺこりと頭を下げたが、今度は桜子の後ろに隠れてしまった。
「なんだぁ?」
杜島はきょとんとした顔をしたが、人見知りするのだと聞いて納得したように頷いた。
「二人とも可愛いわね」
「うんうん、特に麻里子ちゃんは将来有望だなあ。歳幾つ? うちの中に適当な歳のヤツはいたかなあ」
「おい、杜島」
ジロリと理一郎に睨まれて杜島は肩をすくめた。
「冗談だよ。でも、将来どうなるかわからないぜ?」
「だとしてもだなあ……」
二人が話していることはなんとなく察しがついたが、気にしないことにした。見れば麻里子も目を伏せがちにしてプリンを食べている。
「さくらちゃん」
ちょんちょん、と和佐が袖を引っ張る。
「どうしたの?」
「あのね……」
内緒話をするように顔を近づけてきたので耳をそばだてる。
こっそりと言われた内容に思わず笑いがこみあげた。
「あらっ、ふふふっ」
「何? どうかしたの?」
桜子の隣で同じくプリンを食べていた葵が首を傾げる。
笑いながら桜子は和佐を促した。
「和佐くん、そういうことは自分で言わなくちゃ」
「やだ」
和佐は恥ずかしそうに桜子の袖を握って顔を隠す。
「なんなの?」
怪訝そうな葵に和佐の言葉を言った。
「あのね、『あのおねえちゃん、おかあさんとおなじくらいきれい』ですって」
「あら、まあ」
言われ慣れているだろうに、葵は頬を赤くした。
子どもらしい直球の褒め言葉は、普段言われる言葉よりも価値があるらしい。
「ありがとう。和佐くんのお母さんと同じくらいだなんて嬉しいわ」
幼い子にとっては自分の母親が一番だ。それと同じくらいということは最大級に褒めてもらったも同然だろう。
綺麗なお姉さんに微笑まれて、和佐はますます恥ずかしそうに笑って桜子の陰に隠れた。
それがまた母性本能をくすぐるのか、葵は可愛い可愛いと連発する。
それを見ていた杜島は面白くなさそうに言う。
「なんだコイツ? 将来末恐ろしいな」
「バカ、素直なのは子どものうちだけだろ」
「だって俺の女に色目つかいやがって」
「子ども相手に目くじら立てるなよ」
男二人のやりとりを聞いていた桜子はおかしくなって笑ってしまう。
「この二人、いつもこんななのよ」
葵は慣れているのか呆れたように言う。
まだ男二人のやりとりは続く。
「おまえはいいのかよ。桜子ちゃんにこの坊主がくっついてても」
「だから子ども相手にマジになってどうすんだ。それよりも、桜子を『ちゃん』付けするな」
「あ!? なんでそっちに反応すんだ!? おまえは葵を呼び捨てにしてるくせに!」
テンポの良い会話が面白くて桜子はひたすら笑うのだった。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
ラストまであと少しです。




