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第十四話 別荘行きの準備

山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。

ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。

 

 

 

 明日は日曜日なのだからもう少しゆっくりしていけばいいと言われ、帰る時間まで理一郎の部屋で過ごすことにした。

 光一郎はいっそのこと泊まっていけばいいのにと言ったが、さすがにそれはできないと断った。第一、泊まる準備など何一つしていない。

 女性はいろいろと必要な物が多いのだ。

 ソファに座って別荘行きの話をする。

「別荘ってどんなところにあるんですか?」

「避暑地だよ。昔から持ってる土地があって、俺が子どものときに建て直したんだ。今は見るからに別荘って感じのログハウスになってる」

「ログハウス? 私、初めてです」

 テレビでは見たことはあるが、実物というものを一度も見たことがない。

「山の中にあるからこの辺りよりも気温は低めだけど、それでも日中は結構暑いよ。夜は本当に涼しいけど……ああ、そうだ。一週間ほど泊まるけど長期滞在できるようになってるから、台所もあるし、洗濯機とか掃除機とか、生活家電は一通り揃ってるから自由に使ってもらってかまわないよ」

「じゃあ自炊ってことになるんですね」

「頼めばケータリングもできるけど、俺は桜子の手料理を食べたいな。車でちょっと行けば大きいスーパーもあるんだ」

 理一郎は桜子の手をとって、親指で手の甲を撫でた。

「わかりました。ご飯は私が作りますから」

「それにしても、じいちゃんたちも一緒か……」

 手の甲を撫でられ続け、ゾクゾクした感覚が腕を這い上がってくる。

「初めての旅行くらいは二人きりで行きたかったな」

「……一週間はずっと一緒ですから」

 不満そうな理一郎を宥めるように言った。

「うん。そうだな……ずっと一緒か。朝も、昼も、夜も」

「はい」

 頬に唇が寄せられそっと目を閉じる。

 しかし唇は触れてこずに耳もとまで移動した。

「それと」

 フッと耳に吐息がかかる。

 それだけで腰骨のあたりがムズムズする。

「プールもあるんだ」

「ふぇっ?」

 耳に直接と息が吹き込まれビクンと体が跳ねた。

 理一郎はそんな桜子を見つめる。

「桜子…」

「あっ……プ、プールがある、ひゃっ」

 耳朶を甘噛みされると、目の前の男性の胸に倒れこんだ。

「……ここが、弱いんだな」

 からかうような声音だが確認ではなく確信を持って唇で触れてくる。

「知らな……っ」

 感じているのだというのはわかる。

 けれど、耳に触れられてこんな風になるなんて知らなかった。

 電流が走ったかのようになり、体の力が抜ける。

 膝の裏に腕を差し込まれ理一郎の膝の上に抱き上げられる。小柄な桜子はすっぽりと包まれるような錯覚に陥った。

「他には?」

「え……プール……?」

「プールはもう置いといていいから……他に、イイ所は?」

「っ」

 またもや耳に触れながら喋られて体が跳ねる。

「イ、イ、ところ?」

「どこが感じる? 気持ちいいか?」

 大きな手が背中から腰に移動する。

 意図を持って動き出した手を慌てて止める。

「理一郎さんっ」

「桜子が嫌がることはしないから」

「……ずるい……」

 そういう言い方はずるい。理一郎にされることを桜子が嫌がるわけないのに。

 涙目になって睨むように見上げると、理一郎は艶やかな笑みを浮かべて口づけた。

「……んぅ………ふっ……はぁっ……」

 キスをしながらも理一郎の手は桜子の体をあちこち撫でさする。

 その手を阻止しようと意識が逸れると、こっちに集中しろといわんばかりにキスが激しくなる。

 全身から力が抜けていき、小刻みに体が震える。泣きたいわけではないのに涙がでてくる。

「ぁんっ…らめっ……んーっ……」

 柔らかなクッションが背中に当たる。

 ソファに押し倒されたのだと気づいたのはスカートの裾がまくれ上がった自身の膝小僧が見えたからだ。

「あ」

 スルスルとスカートの裾が滑り落ちて太腿が露わになっていく。フレアスカートなんて穿くのではなかった。それを押さえようと手を伸ばすと再びキスが深くなる。

「んっ……きゃあっ」

 熱い手が膝から太腿を撫で上げる。それだけで桜子の体は反り返った。

「……んっ……んぅっ!」

 理一郎は片腕だけで桜子をがっちりと抱え込んで腕まで拘束した。その上でさらにキスを重ねる。

 その一方で空いた手でゆっくりと太腿をさする。

 宥めるようなその手つきに、桜子は心地よさを感じてうっとりと目を閉じた。

 抵抗するのでなく、キスに応えるようにきゅっとTシャツを握りしめる。

 理一郎は桜子の反応に満足げに目を細めた。

 ふっと逞しい腕の力が緩んだ。

 すがるように理一郎の首に腕をまわすと優しい口づけに変わる。

「ふぁ……んぅ……ん……」

 そういえば今日は素足だった。

 だから理一郎の手が熱く感じるのだ。

 キスに応えながらもぼんやりとそんな妙なこじつけを考えた。

 理一郎の手が少しずつ上へとあがってくる。

「ん……」

 体が震える。

 スルンとお尻を撫でられたときは一瞬何をされたのかわからなかった。ツウッと下着と肌の境界線を指先がなぞる。

 その指が前へとまわり、腰骨に触れるか触れないかというギリギリの位置でゆっくりと移動した。

「ひぅっ…」

 ビクリとして腰が浮く。

「あ……ちょ、ま……」

 スゥッと腰骨を撫で続けられ下腹部が緊張するように縮まった。

「ここも感じるんだな」

「ぁんっ」

 指で撫でられるだけなのにどうして感じてしまうのだろう。耳もとで囁く声もいけない。

「はぁっ……あっ」

「桜子」

 低く艶めいた声が耳朶をくすぐる。

 それと同時に指が下着の下へと潜った。

「あ」

 

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 

 突然響いた電子音に目を見開いた。

「電話……?」

「いや、アラーム。セットしておいたんだ」

 ため息をついて桜子の上から体を起こした理一郎はそのまま彼女も抱き起こす。

「保険、かな。このままだと、帰せなくなるから」

 そう言いつつも理一郎は桜子に口づけた。

「送っていく。ちゃんと身支度しておいで」

 理一郎は車のキーと携帯電話を持つと部屋を出て行った。

「はぅ」

 冷房の効いた部屋に一人きりで残されると途端に頭が冷えてくる。

 まとめていた髪を一旦ほどいて再度まとめあげる。

 ほんのりと上気した頬をピタピタと叩いた。

「お手洗い借りよう……」

 この部屋には鏡がないので洗面所の鏡で確認するしかないのだ。

 幸い、洗面所までは誰にも出会わなかった。

 顔の火照りがおさまるまでにきちんと身づくろいすると玄関に向かう。

 すると見送りのつもりか、恭一郎と志保が玄関にいた。

「お義父さんたちはもうお休みになってるのよ。ごめんなさいね」

「いいえ、こちらこそこんなに遅くまですみませんでした」

「いいのよ。本当に泊まっていけばいいのに」

「そういうわけには……」

 曖昧な笑みを浮かべると志保はポンと手を打った。

「それもそうよね。桜子ちゃんがお泊りできるように準備しておかないとね!」

「え?」

「お布団とか歯磨きセットとか。あとシャンプーとかリンスとか、女の子ですもの、自分が使ってるものがいいわよね」

「あの、えっと」

「あら、お布団はよかったかしら。理一のベッドを大きいのに買い替えちゃう?」

「えええっ!」

「母さん、その話はもういいからっ」

 畳み掛けるように言われて桜子は慌てふためく。

 理一郎が呆れたように言った。

「いくらなんでも気が早すぎだろ?」

「……そうね、桜子ちゃんも心の準備が必要よね。ごめんなさいね」

「いえ、こんな風に言っていただけて嬉しいんです。でも……」

「ええ、わかってるわ」

 志保は微笑んで桜子の手をとった。

「あなたが正式にうちに来てくれるのを楽しみに待ってますからね」

「……はい、ありがとうございます」

 

 理一郎の車は人通りの少なくなった表の通りへと出る。

「母さんのことごめん」

 ポツリと理一郎が言った。

「謝ることなんかじゃないですよ。むしろあんなに言っていただけて本当に嬉しいんです」

 瀬川邸からマートタキザワまでは車で十五分程度だ。それほど離れてはいない。

 道路を走る車も少なくなっているので早めに着くだろう。

「花婿の母って感じじゃないですよね」

「ん?」

 どういうことだというように理一郎は前を見ながら眉間に皺をよせた。

「娘を嫁に出す父親って渋々というか面白くなさそうに許す人もいるじゃないですか」

「ああ、それはわかる。陽介さんがそんな感じだな」

「え、そうですか?」

「うん、桜子を嫁に出さないといけないのはわかってる。でも手離したくないって思ってるんだろうな。俺と桜子が一緒にいるとそわそわしてるというか、落ち着かなさそうな感じだよ。俺に面と向かって態度には出さないけど」

 わかるようなわからないような。

 陽介も理一郎が桜子の相手なら文句はないのだろう。理一郎がいないところでも彼のことをよく褒めている。その割に娘と一緒にいるのは面白くないと思っているとは。

 理性と感情が一致しないというところか。

「え、えーと、つまりそんな感じでですね。お母さんの場合は息子が結婚するとき、お嫁さんに自分の子どもをとられちゃうって思う人もいるみたいなんですよね」

「そうなのか?」

「ええ。うちのパートさんでも息子さんが結婚するときに、お嫁さんにはいろいろと言いたいことがあったらしいんですよ。でもそれを言うとお嫁さんがきてくれないかもしれない。結婚しても家に寄り付いてもくれないかもしれないって心配したんだそうです。実際にはそのお嫁さんは感じのいい人で心配して損したって笑ってましたけど」

「へえ、なるほどね」

「だからお義母さまにみたいに歓迎してもらえるのは嬉しいなって思うんです。今日、本当は理一郎さんがいないときに家に行くのは気が引けるかもって思ってたんですけど、実際に行ってみたらそうでもなかったですし。どっちかというと、家の中に慣れるほうが大変です」

「そりゃそうだな」

 敷地が広いだけならともかく、家そのものも部屋数が多い。恭一郎が五人兄弟だったために部屋が人数分あったせいなのだが、増改築した家は不便な部分も多い。

「あ、でもじいちゃんが……」

「なんですか?」

 理一郎は独り言のように呟いたが桜子の耳には届かなかった。

 

 

 八月に入ったばかりの週末、桜子は久しぶりに彼女の声を聞いた。

『もしもし、さくらちゃん?』

「マリちゃん! こんばんは」

『こ、こんばんは』

 夕食を食べ終えたばかりの桜子は自室で麻里子からの電話を受けた。

 一緒に遊びに行った日から一度も会ってはいない。おまけに麻里子が中学生ということもあり、夜遅くに電話をかけるのは遠慮していたのでもっぱらメールでのやり取りが多かった。

 数週間ぶりの少女の声に頬が緩む。

 電話向こうの彼女はいまだに電話をかけるのが緊張するのか声が硬い。

「電話ありがとう。私のほうこそなかなか電話をかけられなくてごめんなさいね」

『ううん、いいの。私が早く寝ちゃうからだし』

 聞けば麻里子は早ければ午後九時、遅くても十時までには寝てしまうという。桜子が落ち着くのは十時ごろになってしまうので、今日はタイミングがよかったのだ。

『あのね、さくらちゃん、理一兄さんは明日まで出張でしょう?』

「ええ、そうね」

 明日の夕方には瀬川家に行って、理一郎の帰りを待つことになっていた。

 このところ理一郎はあちこちに出張に行っていて、週末はほとんどいない。

 それも夏休みを確保するためらしいので、不満があっても口には出せないのだが。

『それでね、明日、お買い物に一緒に行って欲しいの。だ、だめだったらいいんだけど……』

「お買い物? いいわよ、一緒に行きましょう。何か欲しいものがあるの?」

『新しい水着を買いたいの。お父さんとお母さんのお仕事が夏休みで、ハワイに連れて行ってくれるから』

 そういえば恭一郎がそんな話をしていたか。さすがはセレブと思う。

「私はマリちゃんとお買い物できるのは楽しみだけど、お母さんと一緒じゃなくていいの?」

『あ、うん。お母さんはね、ママ友さんたちと一緒に和佐たちを連れて市民プールに行くんだって。それでさくらちゃんにお願いしてみなさいって言うから』

「ああ、そういうことなの。……あら? そういえば、理一郎さんに聞いたことあるけど、お金は大丈夫なの?」

 以前、理一郎が瀬川家では中学生以下の子どもには大きなお金は持たせないと言っていたはずだ。

『大丈夫。さくらちゃんが一緒に行くんだから、水着を買うお金だけは持っていっていいって。他に欲しいものがあったら、自分のお小遣いで買いなさいって言われちゃったけど』

 麻里子の両親とは顔も合わせたことがないのだが、すごく信用されているような気がする。

 喜んでいいことなのだろうかと思いながらも明日の待ち合わせ場所と時間を決めてから電話を切った。

「そうだ」

 理一郎にメールを送るためにメール作成画面を開いた。

 宿泊先のホテルに帰っているかわからなかったのでメールのほうが確実だ。

 明日は麻里子と出かける予定ができたので、買い物を終えたらそのまま瀬川家に向かうということを連絡するためだ。

 メールを送信してしばらくすると電話がかかってきた。

『麻里子と一緒に来ればいい。麻里子が来ればじいさんの機嫌がさらによくなるからな。帰りは拓海にでも送らせるさ』

「拓海くんのバイトはお休みなんですか?」

『あー、まだ桜子の手料理を食べたことないから一度食べてみたいんだってさ』

「それじゃはりきらないと」

『……俺のためには?』

「…………拓海くんを優先するつもりはないですよ?」

『それならよかった』

 時々こうしてちょっとしたヤキモチを妬くので、可愛いところがあるのよね、と思っている。

『じゃあまた明日。なるべく早く帰るから』

「はい、待ってます」

 電話を切ってからディスプレイを見つめる。

 なんだか最近、電話でのやりとりが新婚さんみたいだなと思いつつ、顔が熱くなるのを感じた。

 

 翌日の日曜日。

 待ち合わせ時間ピッタリにやってきた麻里子は桜子を見つけると慌てて駆け寄ってきた。

「さくらちゃん、ごめんなさい。遅れちゃった」

「そんなことないわ。時間ピッタリよ」

 桜子はやはり先に来て待っていたほうが正解だったと思う。

 そばを通り過ぎる若い男性、少年たちが麻里子にチラチラと視線を投げかけるのだ。

 清楚で可憐な美少女。中学一年生だが大人びた容姿をしているので高校生だと言われれば信じるだろう。

 麻里子を一人で待たせていたら声をかけられていたかもしれない。

「いきましょうか」

 麻里子を促して待ち合わせ場所にもしていたビルに入る。

 ここには十代から二十代の若い女性向けのアパレル専門店が数多く入っている。この時期には水着専門の販売コーナーも設置されているのを知っていたのでここにしたのだ。

 七階までエレベーターで上がると特設会場に向かう。

 色とりどりの華やかな水着の数多さに麻里子は面食らったように立ち止まった。

「マリちゃん、こういうところに来るのは初めて?」

「うん、だって学校はスクール水着で、いままでは子ども用のところで買ってたから」

「ああ、そうね」

 麻里子の背丈は桜子とほぼ同じだ。

 見かけだけなら高校生と思われてもおかしくないが、数ヶ月前まではランドセルを背負っていたのだ。

 オシャレとかお化粧とか、これからいろいろと知っていくこともあるのだろうなと思うと微笑ましくも思える。

「さくらちゃんは水着を買わないの?」

「え、私?」

「だって……別荘に行くんでしょ? 別荘にはプールがあるんだけど、理一兄さんから聞いてない?」

「あ、そういえば……」

 プールのことを聞いた直後にいろいろとされた、というかしてしまったというか、そんなことがあったのですっかり忘れていた。

 顔が熱くなってきたのを誤魔化すために、今日は暑いわねえなどといって扇子を取り出してパタパタと扇ぐ。

「どうしようかな」

「水着を持ってるなら買わなくてもいいと思うけど」

 麻里子は桜子がてっきり水着を持っているものと思ってそういうのだろう。たしかに持ってはいるが、学生時代に買ったものなので今の流行とはちょっと違う。

 サイズは変わっていないから着れるとは思うが、やはり新しいデザインのものには興味がある。

「さくらちゃん、あの……も、もしかして、プールに入れない?」

「どうして?」

「え、えっと、その……」

 麻里子はチラチラと桜子の様子を窺いながら恥ずかしそうに小さな声で「せ、生理、とか」と言った。

「え、違う違う」

 大人っぽくは見えるがまだまだ可愛いなあと思う。

 これがあと数年もしたら女の子同士でしかわかりあえない話でおおっぴらに話したりもするのだろう。

 しかし桜子は否定しながらもそういえばそれがあったかと思った。

(えっと……)

 桜子の場合、一日か二日日前後のズレはあるがほぼ予定通りに生理日になる。今回の旅行ではもしかすると後半がひっかかるかもしれない。

「もしかしたらそうなるかもしれないけどね」

「でも、平気だったらプールで泳ぐ?」

 そう言われて笑顔のまま固まった。

 麻里子だけ、もしくは和佐が一緒でも水着になるのは構わなかった。

 でも理一郎がいる。

 巨乳といわれるほどではないが、どちらかといえば胸が大きめなのを気にしている桜子は男性の前で水着を着るのはちょっと恥ずかしいと思っている。

 友人たちは自慢していい、形も綺麗で羨ましいと言ってくれるが、好きな人に自慢なんてできないでしょう! 恥ずかしい! と思うのだ。そう思うのは自分だけかもしれないが。

(理一郎さんは好きかしら…………って、違うでしょうがっ)

 あれからも数回ほど理一郎の自室のソファであれこれとされている。直接肌には触れてこないが、服の上から触られたり、感じさせられたりもした。愛撫といってもいいかもしれない触れ合いに翻弄されている桜子は自分が気づいていないだけで胸も触られたりしているかもしれない。

 そのときのことを思い出すと体中が沸騰しそうに熱くなる。

――俺が、こうすることに慣れて

 もしかしたら晴彦とのことを気にしてそう言ってくれているのだろうか。

 今でも時々胸が痛むけれど、それ以上に甘い痛みを理一郎が与えてくれるから少しずつ平気になっている。

 もっと先を、と求めているのは自分もだ。

「さくらちゃん、大丈夫?」

「え!? あ、だっ、大丈夫よっ」

 心配そうに麻里子が覗き込んでいる。思わず手近にあった水着を握りしめてしまっていた。

「そ、そのねっ、恥ずかしいなと思ったのよ。り、理一郎さんに水着を見られるのはちょっと勇気がいるわね」

「そうなの?」

「好きな人の前で水着になるのは恥ずかしいっていう気持ちと、見てほしいっていう気持ちと両方あるのよ。私はってことだけど」

「そうなんだ」

 麻里子は先ほどの反応は桜子が恥ずかしがってのことだと納得したようだ。

(……ん?)

 いま「好きな人」と言ってしまわなかっただろうか。しかし麻里子はその言葉を自然に受け止めている。それも当たり前かと気づいた。近い将来結婚するかもしれないのだから。

「でも……さくらちゃんは水着を着ても似合うと思う。私はぺったんこだから」

「あら」

 クスリと笑う。自分の胸を見下ろす麻里子も女の子らしく胸の大きさは気になるのか。

「マリちゃんはこれからじゃないの」

 売り場を動き回って唐突に目についた水着を手にとる。

「マリちゃん、これって可愛いと思わない? 三点セットですって。ほら……これがスカートになってて取り外しができるみたい」

 薄いピンクの地に白のドット柄のビキニだ。胸元のリボンや縁に白のレースがあしらわれている。

「マリちゃんみたいに色が白いと、こういう明るいピンクのほうが似合うわよ」

 肌の色が健康そうに見えるだろうそれは麻里子の興味をひいた。

「うん、可愛いかも」

「試着してみたら?」

 売り場にいた店員に頼んで試着させてもらう。

 試着室のカーテンを広げるのはなんとなくはばかられたので、少しだけ開いて覗き込んだ。

「可愛いっ、可愛いわ! それがいいわよ、マリちゃん!」

「よくお似合いですよ~。サイズはどうですか? あってます?」

 店員もお世辞ではなく手放しで褒めているようだ。

 麻里子は恥ずかしそうに頷いたが、これにすると言った。

「さくらちゃんは買わないの?」

「買っちゃおう、かな」

 麻里子が着ているのを見ると自分も欲しくなってしまった。

 それにちょっとだけ見てみたいのだ。理一郎が自分の水着姿を見たらどういう反応を示すだろうか。

「お客様でしたらこちらはどうでしょう?」

 麻里子が着替えているうちに店員がいくつか持ってきた。

「スタイルがおよろしいので、オーソドックスなデザインでも映えますよ」

 三角ビキニにコンビネゾンがついた三点セットのものだった。

 花柄模様に紐で結ぶタイプで、セットのコンビネゾンは胸元がシャーリングになっていて胸下で切り替えになっている。

「白だと清楚だし、ピンクだと可愛らしいし、黒はちょっとセクシーな感じを出せるようになってます。ご試着してみます?」

 店員に促されるままに試着室に入ってみたが、たしかに店員の見る目はいいと思った。

 意外と似合っているのだ。

「お客様ー、よろしいですか? いかがですかー? あらっ……お似合いですよー!」

「さくらちゃん、カッコいい」

 麻里子も着替え終わったらしく桜子を見て目をキラキラさせた。

「お客様だとピンクのほうがお似合いかと思ってたんですけど、黒だとひきしまりますねぇ」

「そ、そうですか?」

「カレシさんがいらっしゃる方はこれを買っていかれるんですよね」

「え」

「ちょっと可愛い感じなのに、セクシーでもあって、カレシ受けがいいみたいなんですよ~」

 にこにこと微笑む店員の圧力に負けて桜子は指をさした。

「あの、これください」

 試着した黒の水着を買った。

 


読んでいただきまして、ありがとうございます。

サイトにて掲載済み分を、改稿してUPしています。

しばらくの間、二日に一話の更新です。

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