第十話 期間限定バイト
山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。
ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。
焼き魚の香ばしい匂いがダイニングキッチンにただよっている。
「和食にしてみたのだけど、理一郎さんは大丈夫かしら?」
「私は大丈夫です。和でも洋でもどちらでもいけますから」
月曜日の朝、仕入れのために桜子と理一郎は早朝から市場に向かい、先ほど戻ってきたところだ。
一旦バックヤードに荷物を運びいれ、遅めの朝ごはんを瀧沢家でいただく。
バイト代は必要ないという理一郎にせめてものお礼として、三食の食事を用意することにしたのだ。
「お昼ご飯と晩ご飯はさっちゃんが用意してくれるから、楽しみにしててね、理一郎さん」
「はい、こんなに早く桜子さんの手料理が食べられるなんて、やっぱり手伝いにきてよかったです」
「あんまり期待しないでくださいね? 凝った料理は作れないので」
「うん、でも楽しみにしてる」
なんだかとても嬉しそう。
そう言われたらはりきらないわけにはいかない。
お昼ごはんはチャーハンにするつもりだった。いままでで一番おいしいチャーハンを作らねば。
九時開店に合わせて野菜などをバックヤードから運び出していると、早番のパート店員さんたちがやってきた。
「おはよう、さっちゃん」
「おはようございます」
そこへ奥にいた理一郎が出てきた。
パートさんたちを見て軽く頭を下げる。
「あ、おはようございます」
「おはよ…ご、ございます!? え、誰?」
突然現れたようにみえる長身の美青年にパートさんたちは見惚れると同時に戸惑いの表情になった。
その後、開店前の朝礼時に出勤してきた店員たちの前で理一郎を紹介する。
「先週土曜日、店長が腰を痛めてしまい、一週間の安静を言い渡されました。そこで今週末まで臨時でお手伝いに来てくださることになった瀬川理一郎さんです」
「瀬川理一郎です。短い期間ですがお世話になります。お店の中のことは不勉強ですのでお手伝いできることはあまりないと思いますが、力仕事でしたら遠慮なく言いつけてください」
よろしくお願いしますと頭を下げた理一郎にパチパチと拍手が起きる。
それから開店準備を始めたのだが、皆気になるのか理一郎をチラチラと見る。
その理一郎はあからさまな視線を向けられていることに気づいていないはずがないのに、黙々と荷物を運び入れていた。
あれだけの美形だ。じろじろと見られることには慣れているのかもしれないが。
「ねえさっちゃん」
パート店員の中では一番の古株で、桜子も幼少のころから知っている中村という女性が興味深げに訊ねてきた。
「あんないい男をどこから連れてきたの? あ、近頃はイケメンっていうんだっけ?」
流行り言葉をわざわざ使おうとする中村に桜子は苦笑する。
「ちょっとした知り合いで……」
「ちょっとじゃないでしょ? カレシなんでしょ?」
にんまりと笑う中村にやっぱりわかってしまうかと苦笑いする。
「え、ええ、まあ」
「まーっ、やったじゃないの! で、どういうご縁で知り合ったの?」
「うちのおじいちゃんとあちらのおじいさまが古くからのお友達だったらしくて、それで……」
「あらっ、大旦那さんのお友達? まあ……そうなの。大旦那さんの」
昔から働いている店員たちは皆、祖父大介のことを「大旦那さん」と呼んでいたのだ。
ここで長く働いている中村も例外ではない。
「そういうご縁って今でもあるのねえ。ホントにいい男で……そう、それじゃしょうがないわねえ」
「中村さん?」
「あ、いいのよ、こっちの話。仕事仕事!」
意味がよくわからない独り言を呟いて中村は品出しの手伝いにいった。
その後、店のことは母にまかせて理一郎と配達に出る。
近くの何軒かの飲食店に野菜などの食材を納品しているので、仕込みを始める時間までに行かねばならないのだ。
「さっちゃんじゃないか! 珍しいこともあるもんだねえ、陽ちゃんはどうした?」
昔なじみの食堂の店主が桜子を見て怪訝そうな顔になった。
桜子もこの店主とは子どものころから顔なじみなので気安く喋る。
「それがお父さんたらぎっくり腰になっちゃって……」
「ぎっくり腰だぁ!? そりゃあまた難儀だなあ、タキザワさんとこは陽ちゃんしか男がいないだろ?」
「ええ、そうなんですけど……」
桜子が後ろを振り返ると段ボール箱二箱を抱えた理一郎がやってきた。
「お世話になっております。これはどちらに降ろしましょうか?」
「あっ!? こりゃ悪いね! そこの台の上に置いといてくれるか?」
「はい」
野菜といってもかなり重量があるものも入っている。
その箱を二つも抱えたまま苦もなく降ろすので店主のほうも目を白黒させて見ていた。
「さっちゃん、誰?」
今日はどこに行っても聞かれるなあと苦笑しながらも答える。
「今週だけお手伝いにきてもらってるんです」
「短い間ですがお世話になります」
商品の明細を記入した伝票を差し出すと店主は伝票と理一郎を交互に見ながらサインをする。
「今週だけの手伝い、ねえ……さっちゃんのカレシか?」
「え、あ、はい」
頷きながらも頬が赤くなる。
そう言わないほうがいいのかなと思うのだが、他にうまい言い方が見つからない。
「力仕事を女性にはさせられませんしね」
理一郎は人当たりのいい笑顔で言った。何を言われても笑顔を崩さない。さすがは営業職と毎回感心してしまう。
いくら陽介がいきなりぎっくり腰になったからといっても、短期アルバイトを募集するにも時間がなさすぎる。
一番いいのは息子の修吾が手伝いに入ることだが、彼ができないとなれば気軽に頼める者にお願いするだろう。
しかしここにやってきたのはこの見た目のいい男。
桜子はまったく気づいていないが、彼女はこの近辺ではもっとも有名な若い女性だ。
息子、または自分のお嫁さんにしたい娘さんナンバーワンなのである。
その桜子にくっついてやってきた彼女と同年代の若い男となれば恋人と考えるのは当たり前のことだ。
「陽ちゃん公認の付き合いってわけか……そうかい」
店主は伝票にサインを終えると深々とため息をついた。
そんな店主の様子に首を傾げながらも頭を下げる。
「あの、それじゃありがとうございました」
「ああ、ご苦労さんなー」
二人がトラックに乗って出て行くのを見送って、店主はもう一度ため息をついた。
「あれじゃ勝ち目ねえなあ」
苦笑いを浮かべる。
彼も桜子さえよければ息子の嫁になってくれないものかと考えていた一人だった。
「親父! いまさっちゃんが来てなかった? 車に乗ってるのが見えたんだけど!」
自宅となっている二階から階段を駆け降りてきた息子を見やると再びため息をつく。
「お前、あの箱持ってみろ」
先ほど理一郎が抱えてきた段ボール箱を指す。
「え、これ? どーすんの?」
「いいから持ってみろって」
父親に言われた息子は怪訝そうな顔をしながらも箱を一つ持ち上げる。
「二つだよ、それ二箱」
「え、無理だって! む、り……重いっ」
二箱はなんとか持ち上げたものの、血管の浮き上がった腕はプルプルと震えている。
「だろうなあ」
「なんなんだよっ」
「おまえ、もうさっちゃんのことは諦めろ」
「は、何、いきなり」
勝ち目がない。
息子が苦労して持ち上げていたダンボール二箱をあの青年は苦もなく持ち歩いていた。
腕や肩の筋肉の盛り上がり方や、服の上からでも筋肉がついているとわかる胸元を見れば相当に鍛えていることもわかる。
加えてあの見た目の良さと愛想の良さ。
うちの息子だってそれほど悪くはないと思うのだが、彼と比べたら可哀想かもしれない。
せめて背が高いだけのヒョロッとした、なよっちい優男だったらよかったのに。
最近では草食系男子というのが人気らしいが、あれだけの見た目の良さなら草食系だの肉食系だのは関係ないだろう。
桜子だって惹かれるのは当然だろう。
(この辺の若いヤロー共は皆失恋決定か)
今日、理一郎と配達にまわったせいで桜子に片思い中の男性たちはことごとく失恋することになったのだった。
お昼を過ぎて、桜子は理一郎を呼びに店の裏に行った。
遅くはなってしまったが、これから昼の休憩時間なのだ。
空箱になったダンボール箱をなどを片づけている理一郎のそばに女性が一人いた。
歳のころは二十代後半から三十歳前後、パートで働きに来ている名越という女性だ。桜子は思わず眉根を寄せた。
名越は何事か一生懸命に話しかけているが、理一郎は相槌はしながらも動かす手は止めない。
そっけなさすぎるのではないかと思うが、そんな理一郎の態度がちょっぴり嬉しくなる。
「理一郎さん、お昼ご飯できました」
「わかった。すぐ行く」
理一郎は適当なところで手を止めると名越に「それじゃ」と言って桜子のほうに歩いてきた。
一緒に二階の自宅へ戻ろうとして、チラリと名越を見ると不満そうな顔をしていたが桜子と目が合うとそそくさと店内へ戻っていった。
何を話していたのだろう。
気にはなるけど細かいことをいちいち理一郎に訊ねていたら鬱陶しがられるかもしれないと、なんとかこらえた。
「洗面所を貸してもらえる?」
「ええ、どうぞ」
持って来ていたボディバッグの中からタオルを取り出すと洗面所へ向かう。
「あー、理一郎くん、どうかな? 配達は大丈夫だったかい?」
和室に寝たきりの陽介が声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。桜子さんが一緒でしたからナビもバッチリでした。私は荷物を運ぶだけでしたからね」
「それならいいんだがなあ。まあお客さんのほうも桜子がいれば大丈夫だろう。若い娘の姿を見ただけで愛想よくなるんだから」
陽介は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
「お義父さんのことも心配されてましたよ」
理一郎は首にタオルをかけたまま、和室に正座して律儀に陽介の相手をしている。
まったくもう、と桜子は声をかけた。
「お父さん、心配なのはわかるけどそれくらいにして。理一郎さんもお腹空いてるでしょうし、ちゃんと休憩とってもらわないと」
「ああ、悪かったな。理一郎くん、ご飯を食べなさい。親の俺が言うのもなんだが、桜子のメシは美味いぞ」
「ええ、それじゃいただきます」
今日のお昼ご飯はチャーハンに玉子スープ、それに中華風サラダだ。
桜子と向かい合わせに座った理一郎は「いただきます」と言ってスプーンを手にとった。
「美味い」
「そうですか? よかった。お口にあって」
「本当に上手だなあ。聞いてたとおりだ」
「え?」
「あ、さっき中村さんて人が言ってたんだよ。桜子さんが作ったものはおいしいって」
あの人はいったい何を喋っているのだろう。
いろんなことを理一郎に吹き込んではいないだろうか。
「中村さんはお喋りが好きですから」
「でも感じのいい人だよ。面倒見もよさそうだった」
「そうなんですよ。あの人はうちで一番長く働いてくれているので、私も子どものころからお世話になってるんです」
そんなことを話しているうちに理一郎は食べ終わった。
「ごちそうさま」
「え」
理一郎の食べる量は多いとこれまでのデートで学習していたつもりだったので、桜子が食べる量の約二倍のチャーハンを皿に盛っていたはずなのだが。
皿には何一つ残っていなかった。スープマグの中身も空になっている。
麦茶をのんびりと飲んでいる理一郎を見て慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
冷蔵庫の中で冷やしておいたデザートを取り出した。
「何?」
「杏仁豆腐です。今日のお昼はチャーハンにしようと思ってたので、昨夜作っておいたんですけど」
「え、これも桜子さんが作ったの?」
「はい」
「すごいな」
理一郎はまじまじと杏仁豆腐を見つめる。
「意外と簡単なんですよ」
感心されると妙に照れくさい。
理一郎は出された杏仁豆腐もペロリと平らげると満足げな顔になった。
「おいしかった」
「おそまつさまでした」
桜子が食器をシンクに運ぶと理一郎は自分の食器を持ってきた。
「あ、置いといてもらってもよかったのに……」
「家でもやってるからつい……、自分の分は自分で片づけろって言われてるから」
理一郎はハッと気づいたような顔をして照れくさそうに笑った。
瀧沢家でもそうだ。クスリと笑って食器を受け取ると洗い物を始める。
「そういえば、理一郎さんのお母さまは家事をなさるんですね」
「ああ、家のことは母さんがやってるよ。じいさんの世話はばあさんがやってるけど」
理一郎は椅子に座りなおして話を続ける。
「古くさいと言われるかもしれないけど、うちでは代々女性が奥向きの仕事をやってるからね。母さんもめったに表に出る人じゃないから」
「そうなんですか?」
「うん、そのかわり家のことは全部まかせてる。家の中のことで父さんが口を出したことはほとんどないな。家の修理とか家具や電化製品を買い替えるときくらいは相談されるみたいだけどね」
大きなお金が必要になるときだけ相談するのだろう。
なるほどなあと思う。
あれだけ広い家なら家事もやりがいがあるに違いない。
社長夫人ともなれば付き合いであちこち招待されて出かけることもあるのではないかと考えていたが、そういうこともあまりなさそうだ。
見合いの食事の席で志保が気負わなくていい、未来の社長の妻となるのではなく、理一郎の妻となるのだというつもりでうちに来て欲しいと言っていたのはこういうことか。
「だから安心してうちにおいで」
「はい、そうですね………えっ?」
頷きかけて振り返る。
テーブルに頬杖をついてこちらを見ていた理一郎は微笑んでいた。
笑っている目がほんの少し違う熱を孕んでいるようにも見えて、慌てて向き直って洗い物を再開する。
あまりにも気軽に言われたので改めて遊びに来るようにと言われたように思ったのだが、何かが違うような気もしていた。
ふと思いついた考えに、いやそうじゃないだろうと脳内で否定していると首筋から耳まで熱くなってくる。
「耳が真っ赤」
キュッと蛇口をひねって水を止めたところで耳もとで声が聞こえ、ビクンと背筋が伸びる。
自分の鼓動の大きさが気になって、理一郎が立ち上がって近づいてきたことにも気づかなかった。
桜子のものよりひと回り以上は太い腕がシンクのふちに添えられ、彼女の小柄な体を囲い込む。
「こっ、公私の区別はするって……」
早朝にやってきた理一郎は、公私の区別はしっかりするから仕事中は遠慮なく指導してくれと言った。
実際、この休憩時間まで彼はデートのときのような甘い表情は一切見せないポーカーフェイスで、そういうところもさすがだなあと桜子はちょっと惚れ直したのだが。
「うん、だからしてるだろ。今は休憩中だからプライベートな時間」
つむじの辺りで声がする。低い声はやたらと甘く聞こえる。微かな感触があって髪にキスされたのだとわかる。
呼吸できない。
ほんの少しでも身じろぎしたら、とって食われそうな雰囲気がある。
でも不思議と怖いとは思わない。
ドキドキして、ドキドキして倒れてしまいそうなのに、この先を期待してしまう。
シンクのふちに置かれていた手が、ふ、と持ち上がった。
そのまま桜子の手に触れようとする――
「おお~い、桜子~~~~」
奥の和室からの声にハッと顔をあげる。
「残念時間切れ」
小さく囁かれて背中にあった理一郎の気配が離れていく。
「まだいるのかー?」
「あ、はーい!」
ドキドキしている胸を押さえながら父親に返事した。
「麦茶をくれー、喉が渇いたー」
「はーい」
冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いで父親に持って行く。
「お父さん、ここに麦茶を置いといたほうがいいんじゃない?」
「いや、いい。あまり飲みすぎるとトイレに行きたくなる」
「そう? ならいいけど」
ダイニングに戻ると理一郎は立ち上がりかけていた。
「そろそろ仕事に戻るよ」
「あ、そうですね」
休憩時間が終りかけている。
先ほどまでの甘い雰囲気は綺麗に払拭されていて、まるで夢でも見ていたかのようだ。
ほんのちょっぴりがっかりしたが、今は昼間! 仕事仕事! と心の中で言い聞かせる。
理一郎は先に出て行ったが台所を片づけて階段を降りると、バックヤードで女性のはしゃいだ声が聞こえた。
「さっちゃん、さっちゃん」
中村が手招きしている。
桜子が首を傾げて近づくと、内緒話をするように顔を近づけてきた。
「いいの? 名越さんが理一郎くんにまとわりついてるけど」
「ああ」
バックヤードから聞こえてくる声は彼女のものか。
またかとは思ったが、桜子は軽く目を伏せて笑った。
「旦那さんがいるっていうのにねえ、根っからの男好きなのかしら」
中村は鼻に皺を寄せる。
どうにもソリが合わないらしく、中村は名越の行動がカンに触るらしい。
名越には離婚暦がある。子どもは二人いるのだが、その子どもたちはそれぞれ父親が違うということだ。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って、余裕ねえ、さっちゃん。でも、仕事をサボるのはよくないわ」
「それはそうですけど」
本当はおもしろくない。
けれど仕事もせずに自分に色目を使うような女性を理一郎が相手にするとは思えない。
案の定、理一郎は実に淡々とした態度で倉庫から出てきた。
「あ、理一郎くん!」
「はい、なんでしょうか」
そこへすかさず中村が声をかける。
「そろそろ野菜の補充をお願いできるかしら」
「わかりました」
再びバックヤードへ戻っていく理一郎を名越の目が追ったが、中村が注意する。
「名越さん、休憩は終ってるんでしょう? そろそろちゃんと仕事してくれない? それとも、もう休憩したいんだったらタイムカード押してあげるけど?」
「し、しますよ、仕事は。もう~、中村さんたら厳しいんだから」
そんなことをしているくらいなら帰れと暗に中村に言われて名越は慌てて店内へと戻る。
「旦那さんの給料がカットされたらしくてね、家計が厳しいんだって」
「あ、マンションを買ったとか言ってましたね」
今年に入って近所の分譲マンションを購入したのだと自慢していたのを思い出す。
ローンの返済が難しいとなると、せっかく買ったマンションを手放さねばならないかもしれない。
それは困るだろうなと桜子は思ったが、仕事をしないのではこちらが困る。
こういうやり口はあまり好きではないが、次に同じようなことがあったら、今度は自分が言ってみようかと思った。
それから五日が過ぎてようやく週末になった。
陽介も腰の痛みはひいて、なんとか起き上がれるようになり、来週からは修吾も大学が夏休みに入る。
これで人手不足は解消されそうだと安堵した。
パート店員も全員帰宅し、店の表側の戸締りの確認をして裏口から外に出た。
夕方に一旦自宅へ戻り、晩御飯を作っておいたのであとは温めて食べるだけだ。
理一郎は駐車場へトラックを入れに行っているので、ほどなく戻ってくるだろう。
裏口のドアのカギを閉めたところで砂利を踏む足音が聞こえた。
「さっちゃん」
足音に理一郎かと思って顔を上げた桜子の顔が強張る。
そこには藤代晴彦が落ちつかなそうな顔をして立っていた――