第九話 助っ人獲得
山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。
ハラハラドキドキをお求めの方にはおすすめできません。
七月に入ると日中は随分と夏らしい暑さになってきた。
まだ梅雨も明けきってはいないが、セミの声もずいぶんと増えてきたようだ。
冷房の効いた涼しい店内からバックヤードへ入ると、途端に蒸し暑くなる。
ふぅ、と息を吐くと手に持っていた伝票をめくった。
「お父さん、ねえ、この伝票なんだけど……」
「さくらこぉ~~~~~~……」
「ん?」
どこかで父の声がする。
バックヤードで今日入荷した商品の整理をしていたはずなのだが姿が見えない。
「お父さん?」
「ここ、ここだぁ~~~………たのむ、早くきてくれ」
ひらひらと手だけがダンボールが積みあがった向こう側から見えた。
あまりにも情けない声と、手だけが見えたことに驚いて慌てて駆け寄る。
見ればダンボールの上に前かがみになって倒れている父親の姿があった。
「どうしたのっ!?」
「こ、腰が……」
「ぎっくり腰?」
翌日の日曜日、いつものように桜子と出かける約束をして迎えに来た理一郎に陽介のことを話した。
トイレに近い和室に布団を敷いて、その上に横になっている陽介は苦笑いを浮かべる。
「いや、すまんね、理一郎くん。こんな格好のままで」
「いえ、それは構わないのですが具合はどうなんですか?」
「とりあえず一週間は安静にしているようにって言われてるんですけど」
桜子は畳の上に正座する理一郎の隣に座って父を見下ろした。
昨日、床に置いてあったダンボールを腰を曲げるだけで持ち上げようとして、思わぬ負荷がかかって腰を痛めたらしいのだ。
「私にはいつも腰に力を入れて持ち上げろって言ってるくせに、自分は何やってるんだか」
「俺も若くないんだなあ」
「お父さんたら、いつまでも若いつもりでいるからこんなことになるのよ」
桜子たちの向かい側に座った百合子はポンと腰を叩く。
「うぉっ! こ、腰にひびくからやめてくれ……」
「今日はお休みだったからいいものの、明日からどうするの? だからこんなときのためにももう一人男性社員を入れましょうって言ってたのに」
今現在、マートタキザワで働いているのは正社員扱いとしては娘の桜子と妻の百合子だけで、残りは全員パートタイマーの女性ばかりなので、力仕事はおのずと店長である陽介が引き受けていた。
最近では時間の空いたときに修吾が店に入って手伝いはしていたものの、それでも男手は足りない。
「だがなあ、男だとそれなりに給料払わないと来てくれないだろう? うちじゃそんな給料はとてもじゃないが……」
「それでもあなたがこうなってしまったときには、なんとかできるじゃないの。学生アルバイトでもいいじゃない」
「せめてあと一週間先だったらなあ。大学が夏休みに入るから、手伝いに入るつもりだったのに……休み前はけっこう忙しいんだよ」
胡坐をかいて座った修吾が腕組みをして天井を見上げる。
「出席はいまのところ足りてるから、一回くらい休むか?」
「あの」
それまで黙って聞いていた理一郎が軽く手をあげて陽介たちの話を止めた。
「もしよかったら、私が手伝いましょうか?」
「は?」
瀧沢家全員が同時に声をあげて理一郎を見た。
「ですから、私が明日から土曜日までお手伝いします。幸い、うちの会社は土曜日は休みですから、五日ほど休めばいいだけですし」
「だめですよ!」
「だめよ!」
「だめだ!」
「だめだって!」
四人全員がそれぞれの言葉で拒否をした。
「五日も休むなんて何考えてるんですか!? 社会人としての自覚あります?」
桜子は眉間に皺を寄せて理一郎を見上げた。
「有休とれば大丈夫だよ。まだ一日も使ってないから五日くらいは」
「で、でも……」
「困っているときはお互い様って言うだろ。それにうちのじいさんがこのことを知ったら、『おまえ、手伝いにいってこい!』って背中を叩かれますよ」
最後は陽介に向けて言った。
桜子が理一郎と付き合い始めてからは、光一郎が困ったことがあったらすぐにうちに言うようにと言ってくれてはいるのだ。「大ちゃんが助けられない分はワシが助けるからな」と常日頃から言っているというのは、理一郎から聞いたことだ。
それでもなるべく瀬川家の世話にならないようにと陽介は頑張っていたのだが、頑張りすぎてしまったということか。
「しかし、うちでは理一郎くんに見合うようなバイト代は……」
「何言ってるんですか、無給で構いませんよ。修吾くんが夏休みに入ったら彼にバトンタッチしますからご心配なく」
にこにこと微笑みつつ、有無を言わせぬ言葉を繰り出す理一郎はさすがに営業慣れしている。
戸惑う桜子とは反対に現実主義な修吾は頭の中で損得を考えたのか父親に向けて言った。
「父さん、せっかくお義兄さんが厚意で言ってくれてるんだからここは甘えておこうよ。またお礼をする機会もあるだろうし」
「う、うん……そうだなあ」
「さっちゃんはどうなの?」
母に訊かれた桜子は理一郎と父を交互に見やってから少しだけ唇を尖らせた。
「私は、理一郎さんとお父さんがそれで構わないのなら別に……」
「それじゃ決まりだ」
「明日からお願いしますね、理一郎さん」
「はい、お義母さん」
話がまとまったところで百合子が時計を見上げて「あら」と声をあげる。
「ずいぶんと時間が経っちゃったわね。二人とも今日は買い物に出かけるんでしょう?」
陽介はとにかく横になって安静にしていなければならないのだから、全員がここに付き添っていたってどうしようもない。
介添えが必要なのはトイレに立つときくらいなので、それくらいは百合子一人で十分だ。
ほらほらと追い立てられて玄関を出る。
「本当にいいんですか、理一郎さん」
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくたって。今はちょっと暇な時期だからいいんだ。もう少しすると皆が交代で夏休みを取りはじめるから、その前でよかったよ」
「そうですか」
「迷惑だった?」
「そんなことはないです。もう……そういう言い方はズルイですよ」
「ごめん」
小さく笑った理一郎は助手席のドアを開けて桜子を乗せると車を発進させた。
「ちょっと寄るところができたけどいいかな?」
「はい、いいですよ」
気軽に頷かなければよかったと思ったのは、車を十分ほど走らせた住宅街のど真ん中、大きな門構えの屋敷の前に着いたときだった。
(せ、「瀬川」って!)
どう見たってその門札には「瀬川」の二文字が彫ってあった。
理一郎がどこからかリモコンらしきものを取り出して操作すると、幅広い門のシャッターが自動で開いていく。
まさかと思ったとおり、車はその門をくぐりぬけ敷地内に入っていった。
(うそぉ!?)
車が通るべき道にはアスファルトが敷かれていたが、他はすべて青々とした芝生が敷き詰められている。
先ほどチラリと見たが、門から左右に伸びた石造りの塀はものすごく長かった。
この区画ワンブロックは占領しているのではないだろうか。
しかも大きな樹木が生い茂っている場所もある。
(森じゃないの!?)
場違いな場所に来てしまったかと恐れ慄いていると、車庫らしい場所についた。
手馴れたハンドルさばきで車を車庫に入れると理一郎は桜子を促して降りる。
「あの、理一郎さん……?」
ここはもしやと訊ねてみると、予想通りの言葉が返ってくる。
「俺んち」
ああやっぱり!
見れば見合いの日に乗せてもらった、あの黒光りする高級車と以前理一郎が乗ってきたことのあるシルバーのセダンが停まっている。他にも七人乗りのミニバンまであった。
(四台……)
理一郎の車を入れると四台もあるのだ。
横に長い車庫はあともう一、二台は停められそうで、一体何台あるのかと想像しかけたが訊くのはやめようと思った。
「親父いるな」
車を確認した理一郎はこっちだと言って歩き出した。
慌ててついていくと、ごく普通の一軒家のような玄関が見えた。
ただし、家の大きさは普通ではない。
「あっちは来客用玄関なんだ。俺たちはこっちから出入りしてる」
表側にあった立派な玄関は来客を迎えるためのもので、応接間や客間、広間に加えて、数人であれば宿泊できるように風呂場まで用意してあるという。
家族の生活空間である母屋はこの接客スペースと渡り廊下で繋がっていて、公と私を完全に分けているということだ。
「ただいまー」
横にスライドする玄関扉を開けて中に入ると、昔ながらの家の玄関だった。
「古い家だからバリアフリーじゃないんだ」
あがってとスリッパを出されておずおずと上がり框に足をかけた。
「あら理一、どうしたの? 忘れもの……あら、まあっ!」
廊下を進んでリビングスペースまで来ると台所にいた志保が振り返った。
「こ、こんにちは、ご無沙汰しております」
志保と会うのは見合いの日以来だ。
こんなことになるのなら手土産の一つでも買ってきたのにと、理一郎を恨みがましく思いながら頭を下げる。
「桜子ちゃん、久しぶりねえ。もう、理一ったら桜子ちゃんを連れてくるならくるって言ってくれればいいのに、いやだわ私ったらこんな格好で!」
普段着らしいワンピースに涼しげな色のエプロンをつけた志保はごく普通の主婦にしか見えない。
「いきなりすみません。手土産の一つもなくて、本当に……」
顔を赤らめて身を縮こまらせると理一郎が言った。
「急用があったんだよ。父さんはいるんだろ?」
「いるわよ、書斎だと思うけど……」
「桜子さん、ちょっとそこで待っててくれる? 俺、親父と話してくるから」
「え、あの」
リビングスペースにあるソファを示されて戸惑っている桜子を置いて理一郎は廊下に出て行った。
「桜子ちゃん、どうぞ座って? ごめんなさいね、理一ったらたまにああいうことがあるのよ」
「あ、いえ、それはいいんですけど」
何も言わずに瀬川本家に連れて来られたのにはびっくりしたが、どうしたのだろうかと思ってしまう。
「今日はどうしたの、何かあったの?」
「実は」
桜子が父のぎっくり腰のことを話すと志保は目を丸くした。
「まあっ、陽介さんが? あら~……私はなったことがないからわからないけど、痛いんですってねえ……」
「とにかく寝てるしかないので昨日から横になってます」
「お大事にって伝えてちょうだいね」
「はい、ありがとうございます」
来客は多いからいろんな飲み物をそろえているのだと、志保はアイスティーを出して言った。
恭一郎は書斎にいると言っていた。あとで挨拶をしておいたほうがいいだろうと考えていると奥のほうから足音が聞こえてきた。
「志保ちゃん、この前光一郎さん宛てに送られてきた封筒なんだけど……」
年老いた女性の声と同時に姿を見せた老婦人はソファに座った桜子と志保に気づいて言葉を止めた。
「あらっ、まあ……まあまあ!」
老婦人は桜子を目に留めると顔を綻ばせて近づいてきた。
桜子はぴょこんと跳ねるように立ち上がると勢いよく頭をさげた。
この家で志保より年上の女性というと、家長である光一郎の妻、瑠璃子に違いない。
自分の祖母とほぼ同年代であろう彼女は普段着らしい半袖の上着とスカートを身につけていた。
会ったことがないために夏でもきっちりと和服を着こなしているイメージがあったので、意外にも普通の老婦人に見えた。
「こんにちは、お邪魔しております。あの、私……」
「桜子ちゃんね? まあ~……綺麗な娘さんになって!」
皺の多い、しかしほんのりと温かな手に自分の手を包まれて戸惑うように瑠璃子を見た。
「あの……?」
「おい、瑠璃子、瑠璃子!」
私をご存知なんですかと訊きかけたところで再び誰かの声が聞こえた。
「光一郎さん、こっちですよ」
いかにもウキウキした声で瑠璃子が名を呼ぶ。
「どうした、瑠璃子。いきなり浮かれた声なんぞ出して……ん?」
白髪の多い、しかしきっちりとセットされた髪の七十歳過ぎくらいであろう男性がひょっこりと顔を覗かせて、桜子に目を止めた。
自然と背筋が伸びる。
彼が瀬川家の家長である瀬川光一郎なのだ。
「あ、こんにちは! お邪魔しております! 私」
「桜子ちゃん!」
瑠璃子に手をとられたまま頭を下げようとしてピタリと動きが止まる。
なぜ自分が桜子だとわかるのだ。
疑問をぶつけられずに桜子が戸惑った顔でいると、光一郎は満面の笑顔で近づいてきた。
やはり理一郎の祖父であり恭一郎の父らしく、かなりの年齢であるはずなのにずいぶんと背が高かった。若かったころはもっと高かったのかもしれない。
それに亡くなった桜子の祖父大介と同い年のはずだが、年齢のわりには若々しい。
「おお、よく来た、よく来たな! 待っとったぞ! 理一はどこ行った!?」
まあまあ座りなさいと再びソファに座らされる。
志保だけでなく、瑠璃子、光一郎に囲まれて一気に緊張の度合いが高まった。
(うぅ、心の準備が欲しかった)
いずれは訪れなければならない場所だった。
しかしいきなりすぎるではないか。理一郎さんのバカ! と心の中で悪態をついていると光一郎がしみじみとした口調で言った。
「大人っぽくなって別嬪さんになったなあ……もちろんあの頃から可愛かったが……」
「あの頃……あの、すみません。私、以前にお会いしたことありますか?」
どこかで見たこともあるような気がするのだが、いまいち記憶が定かではない。
恭一郎が年を重ねるとこんな風になるだろうかという外見のため、そう思えるのかもしれない。
すると光一郎が答を言った。
「もしかしたら覚えてないかもしれないが、大ちゃん……桜子ちゃんのお祖父さんの葬式でちょっとだけ顔を合わせたんだよ」
「おじいちゃんの……あ? もしかして、祭壇のおじいちゃんの遺影をずっと見つめていた、あの?」
それは五年前、祖父が亡くなったときのことだ。
出棺を待つばかりのとき、一人だけ残った老人がいまにも泣き出しそうな、それでいて微笑みを浮かべて祖父の遺影に何かを語りかけるように見つめていた。
きっと祖父と仲がよかった人に違いない。
自分たち家族以外に心から祖父の死を悼んでくれる人がいる。
桜子はその老人に感謝をこめて深々と頭を下げたのだった。
「そうだよ。桜子ちゃんが一人だけワシに気づいて頭を下げてくれたんだったな。そのとき、ああ、やっぱり大ちゃんの孫だと思ったんだよ」
桜子を見つめる目はとても優しい。
自分を通して大の親友だったという祖父を思い出しているのかもしれない。
「いい子に育ったものだとあのときはただそれだけを思っていたんだが……、佳美さんが久しぶりにうちに来てくれたときにあのときの桜子ちゃんを思い出したんだよ。大ちゃんの孫をうちの孫の嫁にもらえたら、また大ちゃんとのつながりができる。大ちゃんが息子の陽介くんや、きみたちお孫さんたちにしてあげたかったことを代わりにしてあげようと思ったんだ」
「そう、だったんですか……」
本当にこの人の好意のおかげでうちは救われたのだ。
祖父と光一郎の友情はゆるぎないほど強い絆があるのかもしれない。
「そういえば、桜子ちゃん、今日はどうしてうちにいるんだ? 理一はどうした?」
「あ、それが……」
桜子にも何がなにやらわからないのだ。
ただ黙って連れてこられただけで、ここにこうして待たされている。
ちょうどそこへ男性二人の声が聞こえてきた。
「それは明日から土曜日までで大丈夫なのか? なんだったら来週も……」
「来週は修吾くんが夏休みに入るから、それ以上だとあちらの方が……って、じいちゃん、ばあちゃんまでなんでいるの!?」
理一郎が恭一郎と連れ立ってリビングスペースまで戻ってくると、こちらの状況に気づいて慌てて近づいてきた。
「なんでじゃないだろう。理一、おまえも桜子ちゃんを連れてくるなら連れてくるとなんで連絡せんのだ!」
祖父に叱られて理一郎は目を逸らす。
「ちょっと、急用だったんだよ。すぐに出るつもりだったから、また今度改めてと思って……」
「親父、簡単に説明すると陽介くんがぎっくり腰になったらしいんだ。それで明日から土曜日まで理一が臨時で手伝いに入るから、有給休暇の申請をしに戻ってきたんだよ」
「何っ、陽介くんがぎっくり腰!?」
「本来ならもっと早くに事前申請しなきゃならないんだけど、今回は急なことだったから裏技を使って父さんからねじ込んでもらおうかと思って報告ついでにね」
「それで、陽介くんは大丈夫なのか?」
心配そうな顔つきになった光一郎を安心させるために桜子が説明した。
「大丈夫です。本当にただのぎっくり腰なので寝ているしかないのですが、一週間ほど安静にしていたら動けるようにはなるみたいです」
「そうなのか? う~ん……ワシの権限で理一の休みを二週間に延ばすか?」
「え、だ、大丈夫ですよ!」
腕組みをして考え込む光一郎はセガワ商事の会長だ。この様子だと本気でやりかねない。
桜子は慌てて手を振った。
「弟が一週間もすれば夏休みに入りますから、それに理一郎さんに急にお休みをとらせてもらって、これ以上休みを長引かせたら、会社内での評価が下がってしまうかもしれないし、私はそれが心配で」
「む? む~……桜子ちゃんはうまいなあ。そういう言い方をされたらこれ以上は手を出せん」
光一郎は困ったように笑ったが、それ以上は何も言わなかった。
「それじゃ、俺たちはもう出るから。桜子さん、行こう」
「あ、はい」
「桜子ちゃん、今度ゆっくりうちにおいでなさいな」
瑠璃子に言われて頭を下げる。
「はい」
いってらっしゃいと皆に見送られてリビングスペースを出る。
着いたらちょうどお昼ご飯時かもしれないなと話しながら廊下に出たところで後ろから声がかかった。
「あれ、兄ちゃん、今日はデートだって言ってたのにまだ出かけてなかったのかよ?」
「拓海、お前いままで寝てたのか? 静かだったからてっきりどこかに出かけたのかと思ってた」
拓海と呼ばれた青年はTシャツにハーフパンツ姿で、いかにも寝起きですといった風体だった。
寝癖のついた髪を手で撫で付けているが、そういう姿は弟の修吾と重なる。
兄の傍にいた桜子に気づくと、おやというような顔つきになる。
「あ、桜子さん、こいつは弟の拓海。前に話したことあると思うけど、修吾くんと同い年だよ」
「はじめまして、瀧沢桜子です」
「どうも、拓海です。へー、なるほどね」
桜子を見下ろす拓海はやはり兄弟なのか理一郎とよく似た顔立ちに同じくらいの背丈だった。しかし、理一郎と比べると拓海のほうが柔和な顔立ちな気がする。
桜子を観察するように見てから、兄に視線を移す。
「兄貴の好みってこういうタイプだったんだ。確かに可愛い系美人だわ」
「拓海、あんまり余計なことは言うな」
「はいはい、この人にあることないこと言われたら困るわけね」
「バカ、そういう意味じゃない」
理一郎は弟を軽く睨むと桜子を促した。
「桜子さん、行こう」
「いってらっしゃい」
ひらひらと手を振る拓海に会釈をして桜子は理一郎の後をついていった。
車に乗り込むとシートベルトを締める。
「拓海さんてやっぱり理一郎さんに似てますね」
「そりゃ兄弟だから似てて当たり前じゃないか」
理一郎は笑いながら車を発進させる。
そんな彼を横目で見ながらホッと息を吐く。
拓海は好意的な笑みを浮かべていたが、目はそれほど笑っていなかった。
まるで値踏みするように桜子を見ていたように思う。
ただ、なぜかそれが不快には思わなかった。悪意は少しも感じられなかったのだ。
かといって桜子自身に興味があるようにも見えない。
なんだか不思議な人だと思った。
(目の保養にはいいのよね)
美男子が二人並んだ姿なんて、アイドルを生で見るくらいに貴重だろう。
「疲れた? ごめん、やっぱり車で待っててもらったほうがよかったかな」
桜子が息を吐いたのを誤解したのか、理一郎は気遣うように言った。
「あ、びっくりしただけです。というか、お家に行くならそう言ってほしかったです。手土産の一つもなくて申し訳なくって」
「あー、それは気にしてないからいいと思うよ。特にじいさんにとっては君自身がみやげみたいなものだから」
唇を尖らせて恨みがましい口調になる桜子に理一郎は苦笑する。
確かにあの喜ばれようなら手土産のことなんて気にもされていないかもしれない。
しかしやっぱり次は絶対に持参せねばと思うのだった。
読んでいただきまして、ありがとうございます。