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幕間その五 デートのあとで【Side:理一郎】

山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。

ゆるやかに話が進んでいきますので、ハラハラドキドキなストーリーをお求めの方にはおすすめできません。


 

 

 

 マートタキザワの前を離れてすぐのことだった。

「……理一兄さん」

 ぎょっとしてバックミラーを見る。

 麻里子が眠そうな顔をしながら崩れた姿勢を直そうとしていた。

「麻里子、起きたのか」

 まさかさっきのやり取りは見られていないだろうな。

 たとえ頬だったとはいえ、桜子にキスをしたところをいとこたちというか子どもに見せるのはどうだろうかと思ってしまう。

 麻里子はパチパチと瞬きを繰り返しながら前の助手席を見る。

「さくらちゃんは?」

「さっき降ろしたよ」

「ええ?」

 寝起きとはいえ、ふて腐れた顔になる従妹を珍しいと思う。

「桜子さんが起こすなって言ったんだよ」

「でも……さよならって言ってないのに」

「……また遊んでもらえることもあるだろ。桜子さんとはこれきりってわけじゃないんだから」

「うん。理一兄さん、振られないでね」

「……縁起でもないこと言うな」

 人見知りはするが、従兄に対しては遠慮がない。けっこうキツイことも平気で言う。

 それにしても懐いたものだなと思う。

「桜子さんとは仲良くなれたみたいだな」

「うん……さくらちゃんは好き。お姉さんみたいなんだもん」

「そうか」

 目論見もくろみどおりどころか、それ以上の成果だ。

 今日の出来事で理一郎は絶対に彼女を手に入れようと決めた。

 今後は嫌がられない程度に少々強引に押してみることにした。

「あのね、理一兄さん」

 シートベルトをしているにもかかわらず、麻里子は前へのめりだす。

「さくらちゃんがね、ケータイに電話してって言ってくれたの。お母さん、いいって言うかなあ?」

「……大丈夫だよ」

 麻里子が思うことを母親に言えばいい。きっと喜んで許可してくれるだろう。

「ダメって言ったら俺が援護射撃してやるから」

「うん」

 雨が止んだところで瀬川家についた。

 車庫に入れても和佐は起きない。

「和佐」

 麻里子が揺り起こそうとしたがそれを止める。

「寝てるんだから無理矢理起こすな」

 和佐は寝起きはいいほうだが無理に起こしたらぐずりそうだ。

 ぷー、すー、と気持ち良さそうに寝息をたてているのを見ると笑みがこみ上げてくる。

 従弟でもこういう姿を見ると可愛いと思えてくるのだから、もしも自分の子ができたらなおのこと可愛いだろう。

 起こさないようにそっと抱き上げると麻里子に荷物を持ってドアを閉めるように言う。

 キーレスエントリーというのは便利だ。

 ピッという音とともに鍵が閉まる。

「ただいまー」

 和佐が起きないように玄関をそっと開けて声をひそめる。

 声は小さかったのに理一郎たちが帰ってきたことに気づいたのか、奥からスリッパの音が聞こえてきた。

「おかえり……あら、さっちゃんたら寝ちゃったの?」

 麻里子と和佐の母、千里せんりが迎えに出てきた。

「ただいま、お母さん」

 麻里子は靴を脱いで上がる。

 寝てしまった和佐を受け取ろうとした千里を制して理一郎はそのまま玄関を上がった。

「おかえり」

 リビングに入るとソファで新聞を読んでいた叔父の和志かずしが立ち上がった。

 仕事先からそのまま来たのだろう。上着は脱いでネクタイもはずしているが、シャツとスラックスはそのままだ。

「ずいぶんとよく寝てるな」

「疲れたんだろ」

 父親の腕に手渡しても起きる気配がない。

 和佐は年齢の割に体が大きいが、両親にしてみれば可愛い盛りだ。

「千里」

 和志は妻を促してリビングから続く和室に和佐を連れて行った。

「帰ってたのか、おかえり」

 恭一郎がリビングに入ってきた。湯飲みを持っているのでおかわりしにきたようだ。

「ただいま、伯父さん」

 麻里子の頭を目を細めて撫でる。

 恭一郎も唯一の姪っ子が可愛くて仕方がないのだ。

「和佐はどうした?」

「車の中で寝たからそのまま連れてきた。今、叔父さんたちが寝かせてる」

 そう説明したところで和佐の声が聞こえた。

 スパンと和室に続く襖が開けられる。

「りーちにぃ、さくらちゃんはー?」

 きょろきょろと周りを見回してから理一郎を見つけ、目をこすりながらトタトタと近づいてくる。

「桜子さんなら自分の家に帰ったよ」

 すると和佐の丸い目がめいっぱい見開かれた。

「どうしてぇ? さくらちゃんはりーちにぃのおよめさんなんでしょう? およめさんはいっしょにすむんじゃないの?」

「あのな、和佐……」

 ジーンズにしがみつく従弟をしゃがみこんで見つめた。

「桜子さんはまだ俺のお嫁さんじゃないの。いま一生懸命にお嫁さんになってくださいってお願いしてるところなんだ。だから桜子さんが俺のお嫁さんになってもいいって言ってくれたら来てくれるよ」

「えー、そうなんだ……」

 しょぼん、というように肩を落とす和佐を後ろから和志が抱えあげた。

「なんだなんだ。和佐はその『さくらちゃん』がお気に入りだな。和佐、なんならそのさくらちゃんにおまえのお嫁さんになってくださいって頼んでみるか?」

「ちょ、叔父さん、やめてよ!」

 なんてことを言うのだ。

 冗談だろうとは思うが、和佐が本気にして桜子にお願いしたらどうするのだ。いや、もちろん彼女が頷くわけないとは思う。思ってはいるが!

「しないよー。さくらちゃんはねえ、おれのおよめさんじゃないの」

「……そうなのか?」

「うんっ」

 父親に訊かれて元気よく頷く。

「でもさくらちゃんは大好きだろう?」

「うん、すきー。でもね、およめさんじゃないよ?」

「……へえ、大したもんだ。なあ、恭兄」

「こんなに小さくても瀬川の男か」

 恭一郎は面白そうに甥を見た。

 はぁーっと床にしゃがみこんだまま膝を抱える理一郎の肩を叩く。

「よかったなあ、理一郎。和佐がライバルにならなくて」

「頼むよ、ホント」

「ところで、さくらちゃんて、理一くんの彼女の桜子さんのことでしょう? 今日は一緒だったの?」

 和佐を抱きかかえた和志の隣に腰を降ろした千里は首を傾げた。

「ああ、うん、今日はずっと一緒だった。桜子さんが一緒に行くって言ってくれたからね。麻里子も和佐もすっかり懐いちゃってさ」

「あら、まあ……そうなの?」

「そりゃあまた珍しい」

 二人の両親は子ども達を交互に見た。人見知りが激しいのをよく知っているからだ。

「お母さん、このワンピースね、さくらちゃんに選んでもらったの」

 ガサガサと袋から取り出して母親に見せる。

「よく似合ってるわ。よかったわねえ」

「うん、あのね、それで……さくらちゃんがね、電話してって言ってくれたの。電話でお話してもいい?」

 それを聞いた千里は微笑みを深くした。

「ええ、いいわよ。仲良くさせてもらいなさい。……桜子さんはとってもいい人なのね」

 娘の髪を撫でながら言った。娘を慈しむその目は少し潤んでいるようにも見える。

「和志叔父さん、桜子さんはしっかりしてるし、麻里子くらいに歳が離れた妹が欲しかったって言ってたんだ」

「そうか、これからもお世話になることがあるだろうから、仲良くするんだぞ」

「ありがとう、お母さん、お父さん。あとで電話してみる」

 麻里子は嬉しそうに携帯電話を握りしめた。

 

「兄ちゃん、なんて顔してんの」

 和室でかわるがわる桜子と電話で話している麻里子たちをジリジリとした思いで見ていた。

「ああ? 何が」

「鬼の形相になってるけど?」

 弟を見上げると、ツンと眉間を突かれた。

「……早く電話終ればいいのに」

「それくらいいいだろー? 何子ども相手にヤキモチ妬いてんの」

「そんなことはわかってるよ」

 拓海はソファには座らずに直接床のラグマットの上にあぐらをかいた。

 膝の上に頬杖をついて理一郎を見上げる。

「……和佐の話聞いたけどさあ、俺も会ったらわかんのかね」

「ああ、あれか」

 さくらちゃんはおれのおよめさんじゃない、という和佐の言葉には驚いた。

 普通、あの年齢の子どもなら憧れのお姉さんに結婚を迫るくらいはしそうだが。

 子どもだからこそ勘が鋭いのか、まるで自分の相手は別にいるような言い方だった。

「兄ちゃんさあ、今度桜子さんに会わせてよ」

「ダメ」

「なんでっ!? 狭い! 心が狭すぎる!」

 拓海が桜子に惚れたらどうするのだ。

 兄弟で一人の女を奪い合うなんて絶対にしたくない。

「……心配しなくてもいいって。前にも言ったじゃん。俺と兄ちゃんとは好みが似てるようで違うって」

 ズバリと理一郎が懸念していることを指摘する。

「……いつかは連れてくるよ。もうちょっと待てって」

 

 もう少し、彼女の心がこちらを向いていると確信できるまで――

 

 

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