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第七話 大切なもの

山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。

ゆるやかに話が進んでいきますので、ハラハラドキドキなストーリーをお求めの方にはおすすめできません。


 

 

 

 六月になって急に蒸し暑くなってきた。

 そろそろ梅雨入りだろうか。

 陽射しがきつくなってきた空を店のテントの下から見上げる。

 明日は待ちに待った日曜日。

 理一郎とのデートの日だ。

 彼とはほぼ毎日曜日に出かけるようになっていた。

 夜に食事に誘われて出かけることもあったが、本当に食事をするだけで遅くならないうちに家に送り届けられる。

 理一郎は午後六時には仕事が終るのだが、桜子のほうは早退して出かけることになるので夜に会うというのはなかなか難しい。

 額からにじみでる汗を手の甲で拭きながらため息をつく。

「もう少し逢える時間があればなあ」

 無意識に口から出た言葉に慌てて口を押さえる。

 自分で言ったにもかかわらず、その言葉に動揺する。

 逢いたいのだろうか。

 自分は、彼に。

 デートを重ねること数回。ようやく手を繋いで歩くようになり、今時の中学生のほうがよほど進んでいると言われそうな付き合い方だと先日静香と電話で話したときに呆れられた。

 

――でもまあ、しょうがないか。お見合いから始まった付き合いでしょ? お互いに好きあってから付き合い始めたわけじゃないものね。いくら結婚が視野に入ってるといっても、さっちゃんのことだから最初からベタベタされたらドン引きするんじゃない?

 

 静香は呆れながらも最後にはそう言ってくれた。

 彼女の言うとおりかもしれない。

 もしも理一郎が最初のデートの日に馴れ馴れしく触れてくるような人だったら、桜子の彼に対する評価は下降線を辿っていただろう。

 でも理一郎はそうはしなかった。適度な距離を保って接してくれた。

 そうして少しずつ桜子の心に入り込んできた。

 逢えない時間に逢いたいとすら思えるようになるまで。

「ダメダメ!」

 仕事中に何を考えているのだ。

 明日には理一郎に逢えるのだからそれまでは頑張って働かなくては。

 空調の効いた店内に戻る。

 その頭上に少しずつ雲が広がりはじめていた。

 

「あーあ」

 大きくため息をついて空を見上げた。

 朝だというのに夜が明けきってないような空模様だ。

 大粒の雨が勢いよく屋根を叩いている。

 シャッターの閉まった店のテントの下で桜子は傘を持って理一郎が来るのを待っていた。

 今日はドライブの予定だった。

 でもこの天候では車で遠出するのはやめたほうがいいだろう。

 近場でのデートを提案しようと思っていると見慣れた車が走ってきた。

 桜子の目の前に停まると運転席から降りてきた理一郎が小走りでテントの下に入ってくる。

「おはよう」

「おはようございます」

 桜子はバッグからハンカチを取り出して濡れた理一郎の頭を拭った。

「ごめん」

「あ、いえ」

「いや、ハンカチのことじゃなくて、今日はごめん……一緒に出かけられなくなった」

「え?」

 ではなぜここまできたのだろう。

 こんな雨の日だ。

 早くに電話で連絡くれればよかったのに。

「今日は、ちょっと……」

 理一郎は背後の自分の車をみやった。

 つられて見ると後部座席に誰かが乗っている。

(誰?)

 後部座席はスモークガラスになっていていよく見えない。

「君には紹介しておくよ」

 理一郎は車の後部ドアを開けて中に声をかけた。誰かが降りてくる気配があったので濡れてはいけないと持っていた傘を広げてさしかける。

 降りてきたのは中学生くらいの少女だった。続いてもっと小さな男の子が降りてくる。

「ほら、ごあいさつ」

 店のテントの下で理一郎は少女と男の子を桜子の前に並ばせた。

「こ、こんにちは」

 少女はおずおずと頭を下げたが男の子のほうは桜子から隠れるように理一郎の足にしがみついてしまった。

「俺のいとこの麻里子と和佐だ。麻里子は中学一年生で、和佐は五歳になる」

「あ、前に言ってた……?」

 前に時々子守りをしているのだと言っていた。

 ではこの子たちがそうなのか。

 桜子は目の前の少女たちをまじまじと見た。

(かっわいい!)

 二人ともなんという可愛らしさだ。

 少女のほうなんてティーンズ雑誌のモデルも裸足で逃げ出すだろう。

 さすがは理一郎のいとこだと感心してしまう。

「実は今日は和佐の誕生日なんだ」

「あ、そうなんですか?」

「それで今日は遊園地に連れて行くって叔父さん……この子たちの親が約束してたんだよ。それがこの大雨だろ? これじゃ遊園地に行けないって話になったあげくに、叔父さんたちに急に仕事が入ってきて……」

「はあ、それは……」

 かなり可哀想だ。

 きっと遊園地に行くのが楽しみだったに違いない。

 それなのに雨は降るわ、お父さんたちは仕事で出なくてはならないなんて。

「和佐が拗ねる、駄々こねる、あげくに大泣きするで大変だったんだ。それで俺が遊びに連れて行くことになって……本当にごめん。今日は」

「理一郎さん。私も一緒に行ったらダメですか?」

「え? いや、ダメじゃないけど、でも……この二人は人見知りが激しくて……」

 珍しく戸惑った表情の理一郎を無視して和佐の前にしゃがみこむ。

「こんにちは。和佐くんていうの?」

 理一郎の足にしがみついたままだった和佐はチラリと桜子を見た。

 目元が赤くなって、目も充血している。泣きまくったのだろうとわかる。

 それでもちゃんとしつけられているのか、人見知りだというのに頷いてから「こんにちは」と小さな声で言った。

(可愛い! 可愛すぎる!)

 桜子は子どもが好きだ。

 保母になりたいというほどの強い気持ちはなかったが、子どもと接するのは好きなので店に来る子どもたちと話すことも多い。

「私はね、さくらこっていうの。さくらちゃんか、さっちゃんって呼んでね」

「さっちゃん……?」

 和佐は初めて桜子をしっかりと見た。

「そうよ。私ね、私のお母さんにさっちゃんてよばれてるのよ」

「おんなじ……」

「? 同じ?」

「あ、あの、和佐はお母さんにさっちゃんて呼ばれてるんです」

 麻里子が説明するように口をはさんできた。

「え、そうなの?」

 桜子が麻里子に顔を向けると、恥ずかしそうに顔を俯かせながらもう少し詳しく言った。

「お父さんが和志って名前だから、和佐と呼び間違えちゃうって、だからさっちゃんなんです」

「へえ~、そうなんだあ。おなじなんだね、和佐くんと」

 にこっと笑うと、和佐も「うん、おなじ」と言って顔をほころばせた。

 笑顔の可愛らしさに自然と頬が緩みまくってしまう。

「それじゃあ、和佐くんのお母さんが呼び間違えちゃうといけないから、私のことはさくらちゃんて呼んでね」

「うん、わかった」

「ねえ、和佐くん、私も一緒に行ってもいいかな? せっかくだから、私も和佐くんたちと一緒に遊びたいなあ」

 桜子が和佐に訊ねる。

 その言葉に理一郎は信じられないものを見たかのように目を見開いた。しかし、しゃがんでいる桜子にはその表情は見えていない。

「うん、いいよ」

 その言葉と同時に和佐は理一郎にしがみついていた手を離して従兄を見上げた。

「りーちにぃ、おねえちゃん、さくらちゃんもいっしょにいこう?」

「う、うん、私はいいけど……」

 弟に促されるように手を握られて、麻里子はぎくしゃくとだが頷き、最終決定権は従兄にあるというように理一郎を仰ぎ見る。

「理一郎さん、いいですか? あ、でも理一郎さんがご迷惑な、ら……」

 立ち上がった桜子は理一郎を見上げてドキリとした。

 理一郎は嬉しそうに微笑んでいた。

 笑っている顔を見たのが初めてというわけではない。

 こんな笑顔を見るのは初めてだった。

 欲しいものをようやく見つけたときのような、宝物を見つけたらこんな表情をするのではないかというような微笑みだった。

「迷惑だなんて……、そんなことちっとも思わない。ありがとう、桜子さん」

「え、いえ……」

 ドキドキして顔を俯かせる。

 顔が熱い。

 呼吸もしづらい。

「りーちにぃ?」

 和佐が不思議そうに理一郎の手をひっぱる。

「あ、ああ、ごめんごめん。和佐の許可ももらったことだし、そろそろ行こうか。ほら、和佐、車に乗れ」

「はぁい」

 少し元気になったのか。

 和佐は進んで車に乗り込んだ。

 続いて乗り込もうとする麻里子に慌てて声をかけた。

「麻里子ちゃん」

「は、はい」

 理一郎は人見知りすると言っていた。こういう子にはこちらが遠慮して話しかけないでいたら、向こうから話しかけてくることはない。

 だからといってこちらも話しかけないでいたら、ますますこちらを意識して萎縮してしまうかもしれない。

「和佐くんはいいって言ってくれたけど、麻里子ちゃんはよかった? ごめんなさいね、私が邪魔したみたいで」

「いいんです」

 麻里子は慌てたように首を振った。

「理一兄さんのお嫁さんになる人だって聞いてます。それに今日は私達がデートの邪魔しちゃったんだから、こちらこそごめんなさい」

「お、お嫁さんになるかはわからないのよっ!?」

「え、でも、理一兄さんが紹介してくれたからそうなのかなって……おじいちゃんや、お父さんたちも言ってたから」

「そうなのっ!?」

 なんかもう自分のあずかり知らぬところで話が広まっているみたいだ。

「麻里子、何してる。早く乗れ。桜子さんも」

 和佐をジュニアシートに乗せていた理一郎が身を起こした。

 話は聞かれていないようだ。

 後部座席に麻里子が乗り、桜子が助手席に乗り込むと理一郎は車を発進させた。

 

「どこに行くんですか?」

「まだ決めてなかったんだ。桜子さんのところに行ってから考えようかと思ってたから」

「それじゃあ提案なんですけど、前に映画を見に行ったところに行きませんか?」

 あのショッピングモールはこの近辺では最大級の広さだと聞いていた。

 確か子どもが遊べるところもあったはず。

「屋根もあって濡れませんから」

「うん、そうしようか」

「りーちにぃ、どこいくのー?」

 少し機嫌が治りかけている和佐は窓の外を見ている。

「着いてからのお楽しみ。和佐も麻里子も行ったことないところだよ」

 車をしばらく走らせて途中でトイレ休憩のためにコンビニに寄った。

「ほら、トイレに行って来い。途中で行きたいって言ってももう停まらないからな」

「はぁい」

 和佐は促されて奥のトイレに向かう。

「麻里子ちゃんは大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「じゃあ私は飲み物でも買おうかな。麻里子ちゃんは何が飲みたい?」

「え? 私はいいです」

 遠慮するようにひらひらと手を振るので桜子はにっこりと笑った。

「遠慮しなくていいのよ。ジュースをおごるくらいのお金はあります。それに、私が飲みたいの。私だけが飲んでたらみんなに悪いじゃないの。和佐くんは何がいいのかしら」

「えっと、和佐は……」

 麻里子は陳列棚をきょろきょろと見渡して、小さな紙パックの野菜ジュースを手に取った。

「え、それでいいの?」

「はい。和佐はオレンジジュースも好きなんだけど、ペットボトルみたいな大きいのは飲みきれないので、いつも残しちゃうんです」

「あー、そうよねえ」

 小さな子では飲める量は少ないだろう。大人と比べてはいけない。

「で、麻里子ちゃんは?」

 断るのは許さないぞとばかりににこにこと微笑んで見つめる。

「じゃ、じゃあ……」

 麻里子が手に取ったのはいちごミルクの紙パックだった。

「あの、これ……」

「はい。じゃあ、カゴに入れて。理一郎さんは何がいいかしら」

「お茶かウーロン茶だと思うけど……あ、理一兄さん」

 和佐と一緒にトイレから出てきた理一郎は桜子たちに気づいた。

「ん、何?」

「理一郎さんは何が飲みたいですか?」

 桜子が手に持っていたカゴの中身を見て察しがついたらしく、それじゃ遠慮なくと言ってお茶のペットボトルをカゴに入れた。

「おねえちゃん、おれ、オレンジジュースがいい~っ」

 和佐は姉の袖をひっぱってオレンジジュースのペットボトルを指差す。

 しかし麻里子は首を振った。

「ダメ。そうやって買ってもらって、いつも全部飲めないじゃないの。おうちならいいけど、今日はダメ」

「ぶーっ!」

 和佐は頬を膨らませてペシペシと麻里子の腕を叩く。

 すると麻里子は反撃とばかりに軽く和佐の頭をはたいた。

 そういうやりとりが自分達姉弟と変わりないことに笑いがこみ上げる。

「和佐くん」

 桜子はしゃがんで和佐の目を覗き込んだ。

「今日はね、これから行くところでお昼ごはんも食べるから、そのときにオレンジジュースを注文しようね。だから、今はこれを飲もうか」

「ごはんのときに?」

「うん」

「おこさまランチたべるの?」

 その言葉にプッと吹きだす。きっとお出かけしたときには定番のメニューなのだろう。

「うん、だからお昼ごはんまで楽しみにとっておこうね」

「わかった」

 和佐は素直に頷いてカゴの中にあった自分用の野菜ジュースを持ってレジにいく。

「ピッしてくださーい」

 可愛らしい男の子に言われ、アルバイトらしき若い女子店員は思わず笑みを浮かべて応対する。

 車の中に戻ると理一郎は後部座席を振り返った。

「二人とも、桜子さんに礼は言ったのか?」

「さくらちゃん、ありがとー」

「ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」

 桜子もレモンティーのペットボトルの蓋を開けようと手にかける。

(あ、あれ?)

 時々、キャップが硬くてなかなか開かないものがある。

 普段なら多少苦労はしても開くものなのに、今日に限って何故開かないのだ。

 四苦八苦していると横から手が伸びてきて、ちょっと手を添えてキュッと捻ったら簡単に開いた。

(嘘……)

 自分の手のひらを見ると、摩擦によって真っ赤になっていた。

 あれだけ力を入れても動かなかったキャップがあっさりと開いたので、一体どうなっているのかと理一郎の横顔を見上げる。

「ん、何?」

「ありがとうございます……」

「ん」

 ハイブリッド車はエンジン音が車に響かない。

 静かに動き出した車は幹線道路に出た。

「わー、おっきい~!」

 ショッピングモールに着くと和佐は建物を見上げた。

「中に遊べるところもあるし、お店もたくさんあるからね」

 桜子が後ろを振り返ると、麻里子も嬉しそうに頷いた。

 立体駐車場に車を停めると、理一郎は和佐を片腕で抱き上げる。

 軽々だ。重くはないのだろうか。

 駐車場から建物内に入るとようやく和佐を降ろす。

「ちゃんとお姉ちゃんと手をつなげよ」

「はぁい」

 いつものことなのだろう。姉弟はお互いに手を差し出すと仲良く並んで歩き出した。

「私、修ちゃんとあんなことした覚えないなあ。ちっちゃなころはしてたのかもしれないけど」

 独り言のように言うと、理一郎も頷いた。

「俺も弟とはないな。あの二人は年が離れているから、麻里子のほうがどうしても和佐の面倒をみることになるんだよ」

 お昼ごはんにはまだ早い時間だからと子どもが遊べる遊具が置いてあるスペースに行こうとしたところで和佐が立ち止まった。

「りーちにぃ!」

 小さな指が立て看板を差している。

「なんだ? ……ああ、ヒーローショーか」

 見ればヒーロー戦隊のショーが開かれると書いてある。

「おれいくー! レッドにあいたい!」

「あー……いいけど、始まるまで時間があるぞ。お昼ご飯を食べ終わってからだな」

「まだなのー? じゃあおひるごはんたべたらはじまる?」

「そうじゃないよ。見に行ってもいいけど、待ってないと始まらないぞ」

「わかった」

 素直に頷いたその瞳はキラキラしている。

「やっぱり男の子ですね。こういうのが好きなんだ」

「大好きだよ。うちに来たらずーっとDVD見てる。おかげで俺の部屋か弟の部屋をずっと占領されてるよ」

 さすがにリビングで見てたら親父に怒られるからなと理一郎は言った。

 レストラン街には行かず、フードコートで昼食を食べ終えると理一郎は和佐を抱き上げる。

「じゃあ俺たちはヒーローショーを見にいってくるから」

「あ、じゃあ私も……」

 ついて行きかけた桜子に理一郎はかがみこんで顔を寄せてくる。

 大きく心臓が脈打った。

「ごめん。麻里子を連れて見て回ってくれるかな? さすがに麻里子までつき合わせたら悪い。それと」

 後ろポケットに突っ込んでいた二つ折りの財布を取り出して、中から万札を引き抜いて桜子に手渡す。

「麻里子が欲しいものがあったらこれで買ってあげて。うちでは子どもに大きなお金は持たせないようにしてるんだ。無駄遣いしちゃいけないから」

「わかりました」

 和佐だけではない、麻里子に対しても気遣いを忘れない。いいお兄さんをしてるんだなと微笑ましく思いながら頷く。

「終ったら電話するから」

「はい」

 理一郎が和佐を連れていくのを見送ると麻里子は戸惑ったように桜子を見た。

「麻里子ちゃん、私たちはお買い物にいきましょう?」

「え、でも」

「理一郎さんはわかってるみたいよ? 麻里子ちゃんくらいの年だと、ヒーロー戦隊なんてつまらないでしょう?」

 連れ立って歩き出すと桜子は真剣な顔をして麻里子に言った。

「実は、ちょっと麻里子ちゃんにお願いがあるの」

 

「ごめんなさいね、まだ先のことなんだけど、理一郎さんの誕生日プレゼントって何がいいのかわからなくて……」

 まず最初に紳士物の売り場に向かった。

「麻里子ちゃんなら理一郎さんの好きそうなものがわかると思ったの」

「理一兄さん、桜子さんに誕生日を教えたんですか?」

「え? ええ、八月二十日なんでしょ?」

 もしかして嘘の誕生日を言われたのだろうかとか、教えてはいけないことなのだろうかとか変な勘ぐりをしてしまう。

「そうです、けど……いままで女の人に誕生日を教えたことないって聞いたことあるから」

「どうして?」

 突っ込まれて訊かれて麻里子は人差し指を顎に当てて天井を見上げた。

「確か……中学だか高校時代だったかな? 他の学校の女子生徒に誕生日とかしつこく聞かれてうざかったとか言ってました」

「え、そうなの?」

 うざいって、うざいって!?

 理一郎さんてそんなこと言うの!?

「誕生日やクリスマス、バレンタインデーとか、イベントのたびに女の人が寄ってくるから、面倒くさいとか……」

「そ……そう」

 やっぱりモテるんだ。

 そういうってことは女性に群がられるほどなのだろうか。

 いや、それにしても面倒くさいって彼が本当に言うのか。

 どうしよう。

 もしかしたら、誕生日プレゼントなんて渡さないほうがいいのかもしれない。

 一応、付き合っているからといっても余計なことだったとしたら。

 考え込んでしまった桜子に、麻里子はハッと気づいて慌てて言った。

「で、でもっ、桜子さんは特別なんです! きっと……ううん、絶対に特別です」

「麻里子ちゃん」

「だって、理一兄さんが今まで一緒にいた女の人って、怖かった、です」

「怖い?」

 麻里子はコクリと頷いた。

「私が小学校四年か五年くらいの時に、私を買い物に連れて行ってくれて……そのときにたまたま付き合ってたらしい女の人に偶然会ってしまって、私、怖い顔で睨まれて……その人は美人で背も高くて、綺麗な服を着てたけど、すごく怖かったです。それで私、理一兄さんにあの人怖いって言っちゃったんです。怖いからあの人には会いたくないって……そしたら、理一兄さん、その人とすぐに別れて、もう女の人とは付き合わないって言ったんです」

 近くにあったネクタイをなんとなく手に取り、麻里子は泣きそうな顔をして言った。

「それからは全然女の人と付き合ってないみたいで、私のせいかって訊いたら、そうじゃないって言いました。私は従妹だけど妹なんだから、妹だろうと弟だろうと、俺の家族を大切にしてくれない女なんか嫌いだって言ったんです。だから」

 目尻に溜まった涙を手の甲で拭いながら麻里子は笑った。

「理一兄さんがお嫁さんにしたいっていうくらいの人だからどんな人だろうって思ってました。桜子さんが和佐や私を見て笑ってくれて嬉しかったです。だから、理一兄さんには桜子さんなんだって思いました」

「わ、私は……」

 麻里子の思わぬ告白を聞いて妙に気恥ずかしくなった。

「私は、そんなたいした女じゃないのよ? 私ね、弟しかいないから、妹がほしかったの。年が近いと喧嘩するかもしれないから、ちょっと年が離れてて可愛がれたらいいなって、そうしたら麻里子ちゃんがとっても可愛いんだもの。和佐くんも可愛いし、二人ともいい子だから仲良くなれたらいいなって思っただけなの。だから私はそんな……」

「だから、理一兄さんは桜子さんがいいんです。理一兄さんがあんなに楽しそうにしてるのは初めて見ました」

 確信を持ったように断言する麻里子に顔が熱くなった。

 理一郎がいままで付き合っていた女性たちにはない、別のものを桜子に求めているのだとしたら、彼の気持ちを信じてもいいのかもしれない。

 もっと理一郎のことを知りたい。

 そして、自分が胸に抱いている気持ちに自信を持てるようになりたいと思い始めていた。

 

 

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