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幕間その四 意外なこと発見【Side:理一郎】

山もなければ谷もなく、波乱万丈なストーリーではありません。

ゆるやかに話が進んでいきますので、ハラハラドキドキなストーリーをお求めの方にはおすすめできません。

幕間は理一郎サイドの話です。


 

 

 

 家で待っていればいいのに。

 約束の日曜日、理一郎はマートタキザワの前に車を横付けした。

 シャッターの下りた店の前のテント下に桜子は一人で立っていた。

「おはよう」

「おはようございます」

 店の二階が自宅になる桜子はそこまで理一郎を迎えに来させるのも悪いと思ったのだろうか。

 前回の初デートのときをふまえて下で待っていたらしい。

 理一郎は自ら降りて助手席のドアを開けて彼女を乗せた。

「下で待ってなくてもいいよ。俺が呼びに行くまで家で待っててくれればいいから」

「でも……わざわざ迎えにきてくださってるんですから、申し訳ないですし」

 それを聞いてやっぱり違うな、と思う。

 いままで付き合っていた女性は、理一郎が女性のためにすることをそれが当然とでもいうように受け入れていたようだったが、桜子はすまなそうな顔をする。

 それを見るとますます何かをしてあげたくなる。

 彼女は知っているだろうか、理一郎が付き合っている女性の家まで迎えに行くのは自分が初めてなのだと。そして自分の車に乗せた女性も家族を除けば桜子ただ一人だ。

 それまで理一郎は恋人とデートするときは外で待ち合わせ、夜はホテルで過ごすことにしていたし、そこで泊まったことなど一度もなく、遅くなっても自宅へ帰っていた。

 誘われても決して家には行かなかった。当然のことながら自宅に招くなどしていない。場所すら教えなかったのだ。

 こうしてみるといままでの恋人に対してけっこう酷い扱いをしていたのだなと反省はしているのだが、それだけに、どれほど桜子を特別に思っているのか気づかされた。

 

 助手席にちょこんと座った桜子は今日も可愛い。

 二重瞼の目は黒目がちで少々たれ気味、日焼けしていない頬はふっくらとして柔らかそうだ。

 全体的な雰囲気が優しげなので、なんとなくホッとするというか癒される。

 ふんわりとした柔らかな生地のワンピースにカーディガンを羽織り、踵の高いパンプスを履いている。

 この前や今日のように建物の中を歩き回るだけなのでこういうコーディネイトでもいいのだが、体を動かすようなデートはどうだろうか。

「桜子さんはどんなスポーツが得意?」

「スポーツ、ですか?」

 陽介からは中学・高校時代は店の手伝いをするために部活動をしていなかったと聞いている。

 テニスやバドミントンなら一緒に出来そうかと思ったのだが。

 すると桜子は視線を逸らした。

 ミラー越しにも視線を合わせないので、もしやと思う。

「私、スポーツは苦手です」

「そう、か」

「ごめんなさいっ。その球技とかは体育の授業で習った程度しかできないんです。走るのも遅いし……あっ、でも体力は割とあるほうなので、長距離を走るだけなら時間がかかっても走り続けられますっ」

「う、うん……わかった」

 あまりにも熱弁するのがおかしくて笑いをこらえるのに必死だった。

「じゃあ、今度何かやってみない? 俺が教えるからさ」

「え……ええ、でも、本当に何もできないですよ?」

「いいよ。教えるのも楽しいものだし」

 一緒にやるなら室内でもできるバドミントンから始めようかと思っていると、今度は桜子から訊いてきた。

「そういえば、理一郎さんはスポーツはなにかされてたんですか? 部活動とか」

「ああ、部活はやってなかったけど、子どものころから柔道はやらされてたな」

「柔道?」

「うん。まあ、護身術のようなものだよ。空手もちょっとかじったけど」

 瀬川家では何かあっても自分の身は自分で守れるようにと必ず習わされるのだ。

 邸内に小さな稽古場もあるし、暇があれば道場に通って鍛えているので、大きな大会には出ないけれども四段を持っている。

「すごいっ。何かスポーツをやってるんだろなとは思ってたんですけど、柔道なんて……カッコいいですね」

「そうかな」

「剣道でもなんでもいいんですけど、武道ができる男の人って憧れます」

 素直に褒めちぎられると照れるものだ。

 でも、格好つけられるものがあってよかった。

 スポーツなら大抵のものはこなす自信がある。

「桜子さんも何かスポーツをやってみる? 俺が教えるよ」

「え、でも今から始めたんじゃ……」

「なにも本格的にやれって言ってるんじゃないから大丈夫だよ。いい運動にはなると思うけどな」

「そう……ですね。でも、私、本当に運動オンチなんですよ?」

 自信なさげに言う彼女に、それがいいんじゃないかと心の中で言う。

(手取り足取りってのはこのことだな)

 邪な考えがちょっぴり思い浮かぶ。

「わかったよ。バドミントンくらいならどう? 遊び感覚でできるだろ?」

「あ、それならできそう。子どものころは公園でよく遊んでました」

「じゃあ来週はバドミントンな」

「はい」

 

 水族館の駐車場に車を停めると、映画のときのようにどちらがチケット代を払うかでもめる。

 本当に彼女はいい。

 すべてにおいて甘えようとしないところが理一郎の男心を刺激する。

「全部俺が払うとは言わないけど、こういうところでは俺に払わせてくれないかな。君には失礼なことだと思うけど、俺のほうが収入はあるんだから」

「あ、いえ、それはわかってるのでいいんですけど……」

 問答無用でチケット代を払って中に入る。

「そこまで理一郎さんに甘えてよいものかと」

「俺は甘えて欲しいな」

 チケット代、食事代だけではない。洋服やアクセサリーでもいい、彼女のためなら惜しみなく財布を取り出すだろう。

 なぜなら彼女は際限なくねだったりはしないとわかっているからだ。

 でもここは自分も譲歩しなければと思う。

「じゃあ、こういう場所のチケット代や食事代だけは出させてくれないかな。君が自分のために必要なものには財布を出したりしないから」

 ここらでもう決めておくべきだ。デートのたびにもめたのではたまらない。

 提案してよかったらしい。

 桜子はホッとした顔を見せた。

「わかりました。理一郎さんがそう仰るなら」

 頷き返しながら残る問題はこの敬語だなと思った。

 いきなり馴れ馴れしく喋られるのは不愉快だが、あまりにも他人行儀な言葉遣いをされると彼女は本当に自分に気がないのではと不安になってくる。

 たぶん杞憂だと思いたい。

 彼女は中学時代から女子校育ちで勉学はもちろんだが、礼儀作法にも力を入れている学校なので言葉遣いが丁寧なのは教育の賜物というやつだと思うことにする。

 そのうちに慣れたらもっと普通に喋ってくれるだろうと期待しておこう。

 日曜日の水族館はやはり人が多かった。

 子ども連れの夫婦や自分達と同じようなカップルなど、皆が思い思いに水槽を覗き込んでいる。

 照明は極力抑えられた館内は薄青の光に包まれているようだ。

 いろんな種類の魚に一つ一つお互いの感想を口にしながら歩いていると、ドシンと桜子がぶつかってきた。

 咄嗟に肩を支えると「ごめんなさい」と謝ってくる。

 どうしたのかと思うと、桜子はすぐにしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

 小さな男の子がしりもちをついていた。

 どうやら桜子はこの子にぶつかられたらしい。

 年頃は従弟の和佐と同じくらいだろうか。

 自分がしりもちをついたことに驚いているようだった。

「ごめんなさいね、ちょっと余所見をしていたみたい」

 立てる? と男の子を立たせるとお尻などを軽くはたく。

「まあ、どうもすみません!」

 母親らしき人物が慌てて駆け寄ってきた。

「人にぶつかったりするから走っちゃダメって言ったのに!」

「ごめんなさぁい」

「お母さんじゃなくて、お姉さんに謝りなさい」

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

「いいえ、怪我しなくてよかったわね」

 桜子は軽くしゃがんで目を合わせて微笑んだ。

 その仕草にドキリとする。

「本当にすみません」

 母親はもう一度桜子に頭を下げて、理一郎にも顔を向けたが驚いたように口をぽかんと開けた。

 理一郎は目を瞬かせたが、何かを思い当たり眉を顰める。

「あ……それじゃ失礼します」

 母子はもう一度頭を下げて二人の前から立ち去った。

「……桜子さんは怪我してない?」

「ええ、ぶつかられただけですから」

「今日は人が多いから」

 これはなんだ、中学生日記じゃないんだぞ! と自分で心の中で言っておいて、桜子の手を握った。

 一瞬、桜子の手が硬直したような気がしたが、振り払われることもなく、反対に少し力がこめられたような気がする。

 ただそれだけで喜んでしまう自分を、かの親友が見たら何を言われるだろうか。

 考えるだに恐ろしい。

 並んで歩くよりも桜子の体を近くに感じられ、時折、肘のあたりに弾力のある柔らかなものが触れてくるのでそのたびに心臓が飛び跳ねる。

 緩む口元を必死に隠しつつ、気づかぬフリをするのが妙に楽しくなってきた。

 そんな理一郎の様子を気にもしていないのか、桜子は水槽の中の魚たちを面白そうに見ている。

 遊園地よりは水族館のほうが好きだというのはわかる気がする。

 青い色は鎮静の効果があるというが、心の落ち着く場所がいいのだろう。

 行動はテキパキとしているにもかかわらず、運動は苦手だと言っていたので活発ではないらしい。

 お昼近くになって食事を先に済ませてレストランから出ると桜子は理一郎を見上げた。

「お手洗いに行ってきます」

「うん」

 ついでに化粧も直してくるつもりだろう。

 理一郎もそれに合わせて用を済ませ、お手洗いの出口から少し離れたところで待っていると声をかけられた。

「やっぱりあなただったか」

 桜子にぶつかった男の子の母親だった。

「久しぶりね」

 彼女は高校時代のクラスメイトの姉で、たまたま家に遊びに行ったときにいたので紹介された。

 それから何度か会う機会があったのだが、彼女のほうが理一郎に熱を上げてしまったらしく、友人の口利きで付き合うようになった。

 しかしそのころから理一郎は女性との付き合いは淡白で、家の用事が多いのを理由に会わないでいる間に浮気をされた。

 当時大学生だった彼女はバイト先の男性と知り合い、あろうことかその男性の子どもを身ごもったのだ。

 理一郎は彼女から妊娠を告げられたとき、一瞬、自分の子かと思ったが、他の男の子どもだと知って心の底から安堵したのを覚えている。

 当然のことながらそれを理由に別れたのだが、彼女はそのまま大学を中退して結婚したとは聞いていた。

 この件について理一郎は別れ話を切り出されただけでほとんど巻き込まれはしなかったものの、彼女のほうは大変だったらしい。彼女の弟であり、クラスメイトでもあった友人にはかなり恨まれた。彼女を放っておかなければこんなことにはならなかったと言われ、そのとおりだったので理一郎は何も反論しなかった。

 しかし、杜島はそうは言わなかった。

 確かに理一郎に非はあるかもしれない。でも、かまってもらえないからといって浮気をして他の男の子どもを妊娠するおまえの姉の行動に非はないのかと。

 それを言われては友人も何も言えなかったのだろう。

 ただ、あのときに友人を一人失ってしまったのは自業自得だ。

 彼とはあれ以来一言も口をきいていない。大学も地方だったのでクラス会にも顔を出していなかった。

「さっきの彼女は?」

「ああ、今はトイレに……」

「恋人? 何人目?」

「……人聞きが悪いな。そんなに付き合ってはいないよ。それと、彼女は婚約者」

 まだ婚約はしていないがそう言っておいてもいいだろう。

「婚約……って、そう……」

 彼女は安堵したような笑みを浮かべたので怪訝に思って首を傾げた。

「心配してたのよ。あなたは優しかったし、真面目で誠実だったのに、何故か私を見てくれてはいなかったから……私のことは本気じゃないんだろうなって思っていたの。でも……婚約っていうからには本気なんでしょう?」

「ああ、いますぐにでも結婚したいくらいに本気だよ」

「それならよかった。私もね、今子どもは二人いるのよ。下の子はパパと一緒にいたから会ってないでしょうけど」

「そうか」

 彼女ではないが、よかったと思う。

 あんな別れ方はしたが幸せでいてくれるなら、それにこしたことはない。

「それじゃあ私はこれで。彼女さんが戻ってくる前にいなくならなきゃ。あなたが一人でいたから話したくなって、私もトイレって誤魔化してきたの」

 すっかり母親の顔になった彼女は小さく手を振って夫と子ども達の下へ帰っていった。

 

 桜子が戻ってきたのでゆっくりと館内を回る。

 子どもたちによる人だかりができていたので何事かと思ったが、磯の生き物とのふれあいコーナーだとわかった。

「子どもってああいうのが好きだよな」

「ええ」

 桜子は頷いたものの遠巻きに眺めているだけだ。

 イソギンチャクや貝、カニなどもいる。

 近づいてみようと思ったら、桜子が動かなかった。

「桜子さん?」

「いえ、ここは小さな子たちに譲らないと……」

「そりゃそうだよ。別に触ろうとは思ってないから」

「……そうですね」

 子どもたちがワイワイと騒いで覗き込んでいる後ろから覗き込む。

「なにそれー?」

「へんなの~」

 子どもたちは水の中にいる生き物をツンツンと指した。

「ひ」

 短い声があがる。

「それはなあ、アメフラシっていうんだよ」

「アメフラシ~?」

 そばにいた子どもは父親の説明に怪訝そうな顔をした。

「ちょっとつついてみたら……」

「わあっ!」

 その生き物をつついているとブワッと紫色の液体を吐き出した。

「きゃあっ」

 ギュッと腕にしがみつかれて理一郎は傍らの女性を見下ろした。

「桜子さん、もしかして……」

 涙目で見上げられてドキリとする。

「私……アレ、苦手なんです……」

 子どものころに父親に連れられて遊びに行った海にもアレがいて、当時はそれが何なのかわからなかったため、つついて遊んでいたらさきほどと同じように紫色の液体を出されてびっくりして海に落ちてしまったのだという。

 それ以来苦手だということだ。

「う、海は好きなんですけど……アレがいると思うと……、水族館でもアレがいるところは避けてて……な、なんか、形が似てるせいかカタツムリとかナメクジもダメなんですっ」

 館内のカフェでお茶を飲みながら桜子は告白した。

「そうなのか」

 女の子らしい可愛い告白だと思った。

「まあ一つ二つくらい苦手なものがあったっていいじゃないか。俺だって苦手なものはあるし」

「そうなんですか?」

「うん……俺はね、ゴ●●リが苦手。中学まで見たことなかったから」

「え!?」

 なんだか思いっきり驚かれてるなと思う。

「中学までって……お、お家とかには…」

「いや? うちにはいないよ」

「え……それは羨ましい」

 中学時代、クラスメイトが所属している運動部の部室に行って初めて見たのだ。

 あんなものがいるとは知らなかった。

 自宅に戻って母に訊いてみると「うちは定期的にハウスクリーニングしてるから」と言われた。

 どうやらそのおかげで家にはいないらしいとわかってホッとした。

「女の人には苦手な人が多いらしいな」

「みたいですね。私は平気ですけど」

「え!?」

 今度は理一郎が驚く番だった。

「見て嬉しいものではないですけど、見たからって大騒ぎはしないですよ。私なら新聞紙持って追いかけます」

「勇者だ……」

 人によって苦手なものって千差万別だなと思った瞬間だった。

 

 

この話は完全書き下ろし新作です。

ここでしか読めない話ですが、後日修正するかもしれません。

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