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・彼女の選択(4)

 「ユキハとデート、久しぶりだね」

 「そういえば、そうだね。こうして一緒に出かけるのは久しぶりだ」

 週末、由起葉は多加弥と街まで買い物に来ていた。塾をやめてから今まで以上に会う機会が減り寂しかったのだろう。今日の誘いを受けて、多加弥は飛び上がりそうなくらい喜んでいた。

 こうして街中に出てみて、改めてナギの存在に違和感を覚える。他の人には見えないし触れることもない。ナギはあえて電線を伝ったり、建物の上を通ったりして人を避けているが、仮に道のど真ん中を歩いたとしても、すり抜けてゆくだけで大丈夫なはずだ。

 わかってはいるのだが、街中を行くナギの姿はやはり異様である。今もファーストフード店のガラスの前に行儀よく座っているのが見えるのを、由起葉は店内からつい気にしてしまっていた。

 「ユキハ、なんか用事でもあるの?そわそわしてるみたいだけど」

 「えっ?ううん」

 「服も買ったし、何かあるなら帰ろうか」

 「ごめん、違うの。なんでもな・・・」

 うまい言い訳も浮かばず、逆におろおろしてまたナギの方を見てしまった、ちょうどそのとき。店の前を通り過ぎる一人の女の子を目撃し、由起葉は思わず立ち上がった。

 「どっ、どうしたの?」

 女の子の後ろを追いかけるようにして一人の男の子が通り過ぎてゆく。おとなしく座っていたナギが反応したのを見て、由起葉は躊躇いを捨てた。

 「ごめん、タカヤ」

 「えっ?ちょっ、ちょっと」

 多加弥を置き去りにして由起葉は店の外へ飛び出した。ナギがすぐに寄ってくる。人は多いがまだ見失うほど離れてはいなかったので、由起葉は彼女をすぐに目で追うことができた。

 「サエちゃん、だよね?」

 小声で聞くとナギは見返してきた。間違いなさそうだ。由起葉は二人の後を追いかけはじめた。

 沙英はいつもとは雰囲気が全然違っていた。髪をおろし、眼鏡を外して化粧をした彼女は、顔立ちのはっきりとした派手目の美人だった。一度眼鏡のない沙英の顔を見ているのでかろうじてわかったが、それでも本人かどうか自信がなかったくらいだ。

 どちらが本当の沙英の姿なのか。もしどちらかが偽りだとするならば、何のために装っているのだろうか。

 由起葉は二人の後を追う。二人は街中をずっと同じ距離を保ったまま歩いていく。なんだか妙だ。沙英は後ろの男の子を振り切って逃げるわけではなく、男の子の方も急いで追いつこうとするわけではない。

 追われている、追っている、という感覚よりも、それ以上近付けない何かがあるだけで一緒に歩いている、そんな感じがする。

 ふいに沙英が大通りから外れた。男の子もついていく。もちろん由起葉も追いかける。沙英は躊躇うことなく、そのまま進み続ける。

 人気のなくなるところまで来て、沙英は急に歩みを止めた。由起葉は慌てて電柱の陰に隠れる。堂々としていても見えないナギがちょっとうらやましかった。

 「あのさ、どこまでついてくるつもり?」

 沙英の不機嫌な声に、どきっとしてしまう。だがそれは、もちろん由起葉に向けて言われたのではなく、男の子に対して言われたのだ。

 「安原、オレ・・・」

 「もう私に関わらないでよ。私は今のままでいいの。ジュンのことなんて好きじゃないし、何度言われても変わらないから」

 びっくりするほど強気な沙英に押されているのは、あの日話題に出てきた淳という男の子だった。どうやら淳は沙英のことが好きらしい。

 「安原。それ、本当の気持ち?」

 「しつこいな。うぬぼれないでよ。ジュンには私よりハナちゃんの方がお似合いだよ。私はもうジュンの知ってる私じゃないの。過去の私が好きなだけなら、さっさと諦めた方がいいよ」

 「安原は安原だよ。今だって変わらない。ただちょっと、今は抑えられてるだけで・・・・」

 「誰のせいだと思ってるのよ」

 沙英は淳をにらみつけた。怒りと憎しみ。由起葉の背もぞわりとする。

 「誰のせいで変わらなきゃいけなくなったと思ってるの。毎日辛い思いをして、自分を変えることでやっとつかんだ楽しい時間だったのに、ジュンのせいでまた逆戻りだよ。彼氏なんかいらない。本当の自分なんていらない。だから私に関わらないで。平穏な日々を返してっ」

 ぶわっと、足元から影が溢れだした。呪いの相手はおそらく淳だ。もしここで呪いが完成してしまえば、目の前の淳に襲いかかるのは避けられない。

 沙英を止めるしかないと意を決したとき、ナギが素早い動きで沙英の影に飛び掛かった。もちろん由起葉にしか見えない。影はナギの攻撃を受けて、逃げるように沙英の足元に消えていった。

 「ナギ、やるじゃない」

 戻ってきたナギを小声で褒める。でもこれは一時的なものにすぎない。呪いを完全に消したわけではないのだ。

 「オレは安原が好きだ。だからなんとかしてやりたいんだ」

 「そう思うなら私の前から消えて。ジュンにはわからないだろうけど、やっとできた友達なの。自分なんかなくても楽しい時間がある方が幸せなの。もう壊さないで」

 沙英は走り去ってしまった。淳はもう追いかけることなく、黙って後ろ姿を見つめていた。

 「ユキハ、いつから探偵になったの?」

 突然後ろから声をかけられて、由起葉はぎゃっという妙な声と共に電柱の陰から飛び出してしまった。

 「タカヤっ」

 沙英に夢中になって忘れていた。よくよく考えればひどい話だ。デート中に彼氏を置き去りにして、そのことも忘れているなんて。

 だが、当の本人は特に気にする様子もなく、由起葉が置いていった荷物を片手に微笑んでいる。

 「あの・・・」

 はっとして見ると、淳が不思議そうな顔をして立っていた。見つかってしまった。非常にバツが悪いが、多加弥を責めても仕方がなく、由起葉は淳に全てを話すことにした。


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