・彼女の選択(3)
それから数日が過ぎた。
由起葉は未だに沙英のことを気にしている。その日もナギとバス停までの道を歩きながら沙英のことを考えていた。
すると、前方を歩いてゆく三つ編みの女の子が目に入った。沙英だ。バスが一緒だったことを由起葉は思い出した。
声をかけるべきか迷う。よくわからない先輩がいきなり一緒に帰ろうと誘ってきたら警戒するのが普通だ。おかしな人と思われて今後避けられても困る。
そんなことをぐるぐると考えていた由起葉は沙英がいなくなったことに気付かなかった。やっぱりもうしばらく見守るだけにしようと決めて顔を上げたときには、前方に人の姿はなかった。
由起葉たちが歩いていた道はちょうど直線になっている。脇道にそれたりしない限り、見えなくなったりしないはずだ。
(私に気付いて逃げた・・・?)
まさかと思いながら妙に胸がざわついて、由起葉は小走りで沙英の行方を探した。よほど必死で逃げない限り、今なら姿を追えるはずだ。
「ワンっ」
ナギが由起葉の前に出て誘導しようとする。沙英の居場所がわかるようだ。
「わかるの?」
由起葉はナギについて細い道に入った。そのまま少し進むと急にナギが止まったので、由起葉は勢いのままナギにぶつかった。
「急に止まらないでよぉ」
ナギが鼻の先で示す方向には沙英の姿があった。花恵たち三人と一緒だ。沙英を連れ出して何をしようというのか。由起葉は物陰に隠れて様子をうかがった。
「サエ、どういうつもり?」
「花恵が言ってる意味、わかるよね?」
「ウソつき」
「ハナちゃん、私ウソなんてついてないよ」
「じゃあなんだっていうの?昨日もジュンと一緒にいて、それを知らないとでも思ってるわけ?」
「違うの。あれはたまたま・・・」
「うぬぼれるんじゃないよ。サエなんて、何かしない限りジュンに相手にされるわけないんだから」
「いいかげん認めたら?」
なんだかややこしそうだ。沙英と淳と花恵。この間に何かあるらしい。
「ハナちゃん、本当に違うの」
「好い人ぶらないでよ。サエなんて大嫌い」
花恵はいきなり沙英の髪をつかんだ。そして片方の手で眼鏡を外す。
由起葉が飛び出すのも間に合わず、沙英の眼鏡は民家のブロック塀に叩きつけられてレンズが割れてしまった。
「ちょっと、何してるの」
もう少し早ければと、悔やむ気持ちを抑えて、由起葉は沙英たちの前に出た。花恵はぱっと髪を放すと、二人を引きつれて走り去った。
毎回こんなことを繰り返しているのかと思うと嫌気がさす。言いたいことを言って、物まで壊して、最低だとしか思えなかった。
由起葉は転がっている壊れた眼鏡を拾い上げて沙英に渡した。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。私は平気です」
沙英は落ち込んだ様子もなく、しっかりと答える。
「そんなに強い心があるのに、なんであの子にはやめてって言わないの?」
「ハナちゃんは、悪くないから・・・」
「こんなことする子が悪くないっていうの?どう見たって・・・」
「ハナちゃんのこと悪く言わないでください。みんな友達なんです。本当はみんな好い人なんです」
「じゃあ、悪いのは誰なの?」
悪い人間。憎むべき相手がいなければ、沙英から呪いの影が生まれるはずがない。もし沙英の言うことが本当なら、他に誰か呪われるような人間がいることになる。
「悪いのは・・・」
沙英は手の中の眼鏡を握り締めた。
「先輩に対してこんな態度をとるのは失礼だと思いますけど、どうかもう関わらないでいただけますか。これは私の問題なんで」
由起葉はどきっとしてしまった。あまりにも強い沙英の視線。沙英の本当の姿は、地味でおとなしいなどというものからはかけ離れているのではないだろうか。
「ごめん。確かに私には関係ないことだね」
「すみません。本当は、きっと誰も悪くない・・・。難しいんです」
「そう。でも、もし今回のような場面に出くわしたら止めに入っちゃうかも。自分でも時々嫌になるんだけど、私って結構おせっかいなんだよね。だからサエちゃんじゃなくても放っておけないと思うんだ」
「程々にしておかないと、先輩にも飛び火するかもしれませんよ」
「そういうのわかってて放っておけないのが、おせっかいって言うんだよ」
沙英は少し笑ってくれた。
「私は私でがんばりますから、先輩はあまり気にしないでください。では、失礼します」
頭を下げて立ち去る沙英を見送って、由起葉はため息をついた。今行ったらバスで一緒になってしまう。一本ずらそうと考えて、由起葉はふらふらと奥の道へ入っていき、そのまま迷ってバスを二本も逃すはめになるのだった。