1見えざるモノ
目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。体は少しだるかったが、特別痛いところもなく、容易に起き上がることができた。
「私・・・生きてる・・・」
ガラガラと音がして誰かが入ってきた。
「ユキハっ」
現れたのは多加弥だった。目を覚ました由起葉を見て駆け寄ってくる。元気そうだ。
「タカヤ、大丈夫なの?」
「あぁ、俺は幸い軽傷で済んだから。ユキハはどう?なかなか目を覚まさないから心配したんだ」
由起葉の脳裏に血だらけの多加弥の姿が浮かぶ。あれで軽傷なわけがない。でも、実際多加弥は怪我のひとつもしていなそうだ。
あれが夢だったのだろうか。跳ねられたのは本当は自分で、死にかけていたのも本当は自分。でも、それにしては自分も傷が少ない。
どこからどこまでが現実なのかよくわからない。
「タカヤが無事でよかった。私も痛いところとかないし、案外大丈夫だったみたい」
「うん・・・」
笑いかける由起葉に対して、多加弥は気まずそうに目を逸らした。
「どうしたの?」
「ユキハ、違和感はない?」
「・・・ない、と思うけど・・・」
目覚めたばかりで何が違うのかわからない。由起葉は手足を動かしたり、部屋を見回したりしてみた。
「ユキハ。左目を手で覆ってみて」
「こう?」
言われたとおりにしてみて、由起葉は恐ろしい現実を知った。暗闇に突き落とされる。目覚めて消えたはずの真っ黒な世界が再び表れる。
由起葉は右目の光を失っていた。
「私・・・目が・・・」
「事故のとき、何かの破片が目に刺さったみたいなんだ。病院に運ばれたときにはもう手遅れだったみたいで」
それは事実ではなくこじつけだと由起葉は思った。自分の目はあの不生とかいう男に持っていかれたのだ。片目の光を失うことで多加弥に生を与えた。どこまで信じていいかわからないが、まったくの夢ではなかったようだ。
「ユキハ・・・」
「大丈夫だよ。タカヤも私も生きてる。そっちの方が大事だ」
「俺、頼りないけど、ユキハの片目を補えるように傍にいるから。ずっと、この先もずっと、傍にいるから」
今にも泣きそうな顔をする多加弥に、由起葉は手を伸ばした。頭をよしよししてやる。
「べつに私の目が見えなくなったのはタカヤのせいじゃないでしょ。だから、そんな責任みたいな感情で傍にいるなんて言わないで。私のこと好きだから傍にいるって言ってよ」
「も、もちろんだよ。ユキハのこと好きだから、ずっと傍にいるよ」
「それ、聞きようによっては、プロポーズになるよ」
この言葉に多加弥は慌てた。どこまで本気かわからない。
その後、病室には家族や医師などが次々と訪れ、一気に賑やかになった。
由起葉は医師からの右目に関する報告を、一人冷静に聞いていた。