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・蛇と呪いと契約と(6)

 週末、由起葉は多加弥に呼ばれて家まで向かっていた。梢のことで話しておきたいことがあるということだった。

 多加弥は何か知っているのだろうか。蛇の姿は見えなくとも、あの女性と梢の関係について何か知っているなら、解決の手がかりになるはずだ。由起葉の足は自然と早まっていた。

 家の用事があったため、かなり時間が遅れた。住宅地は夕暮れ時を過ぎて、薄暗く静かだった。妙な胸騒ぎがする。気持ちが急いているせいだけとは思えない感覚だった。

 あと少しで多加弥の家というところで、由起葉は道の上に黒い影を見つけた。人が倒れている。

 駆け寄ってみてびっくりした。倒れていたのは梢だったのだ。

 「梢ちゃん。どうしたの?しっかり」

 「ユ・・キハ・・・さん?」

 弱々しい声で呼ぶ梢の額は汗でびっしょりだった。とても苦しそうだ。

 「苦しいの?とりあえずタカヤの家まで運ぶからね。しっかりするんだよ」

 由起葉は梢を抱き抱えようと腕を回した。そのとき、梢の首の辺りを何かが這った。薄暗いうえに素早く、よく見えない。由起葉は目を凝らして梢を見つめた。

 「なに・・・これ・・・。そんな・・・」

 見えたのは梢の体に巻きつく蛇の姿だった。跡ではない。蛇本体が梢の体にまとわりついて絞めあげているのだ。

 由起葉は蛇をつかんで引き剥がそうとした。しかし、見えているのに触れることができない。

 (どうしよう。このままじゃ梢ちゃんが)

 「ナギっ」

 呼ぶとナギはすぐに寄ってきた。だが何もしようとしない。

 「ナギならできるでしょ?どうして前みたいに払ってくれないの?」

 ナギは躊躇っているようだった。蛇をくわえようと口を開けるが、噛み付こうとしてやめてしまう。

 「もしかして、梢ちゃんまで傷付けちゃうからできないの?」

 「ガウゥ・・・」

 これだけ呪いが体に密接していては手が出せないようだ。由起葉は蛇ごと梢を抱いて多加弥のところまで向かおうとした。

 「苦しそう」

 「えっ?」

 突然声がして顔を上げると、道の先に人が立っていた。由起葉はその人物の顔を見て驚く。あの女性だ。暗がりからこちらを見ているのは足立歩美だった。

 「本当に辛そう」

 「あなた、なんでこんなところに・・・」

 歩美の体にも蛇が現れる。その蛇の頭が梢に近付き、梢の蛇の頭を食らって一匹になる。それを待っていたかのようにナギが素早く動いた。二人をつなぐ蛇の胴体に牙を立てたのだ。

 蛇は驚いたように波打つと梢の体から離れ、歩美の元へと帰った。梢はすでに気を失っていたが、これでとりあえずは大丈夫そうだ。

 「その子、まだ生きてる?」

 「生きてるわ。大丈夫よ」

 「残念。死んじゃえばいいのに」

 「なっ・・・何言ってんの?」

 「死んじゃえばいいのにって言ったのよ。その子さえいなければ私とあの人は結ばれるんだから」

 (なんなの?この人おかしい)

 由起葉は梢を抱く手に力を込めた。

 「梢ちゃんに何の罪があるっていうの?」

 「罪・・・?そうね、生まれてきたことがそもそも罪なのよ」

 「なによ、それ」

 「その子がいるからあの人は私を捨てなくちゃいけない。こんなに愛し合ってるのに、いらない子供のせいで私たちは幸せになれない」

 「あの人って、梢ちゃんのお父さんのことを言ってるの?」

 「そうよ。山上教授はいつも私に優しかった。いつも大きな力で包んでくれたの。私は言ったわ。あなたなしではもう生きられないって。でもね、拒否されちゃったの。子供がいるから無理だってね」

 歩美のまとう蛇がうごめきだした。

 「諦めようとしたの。でもできなかった。そこで気付いたの。子供がいるから無理だっていうなら、子供がいなくなればいいんじゃないかって」

 「それで梢ちゃんを狙ったなんて、あんた狂ってる」

 「そう、狂ってる。でもね、愛は人を狂わせるものなの。私にはもう、あの人しかいないの」

 歩美の手に何かがきらめいた。ナイフだ。歩美は自らの手で梢を消しに来たのだ。

 「苦しんでたからそのまま死んじゃえばいいって思ったのに、生きてるなら仕方ないわね。あなたも一緒に殺してやるわ」

 「なんて勝手なの。梢ちゃんには何もさせないからっ」

 由起葉は蛇と刃物、両方から梢を守らなければいけなくなった。

 負けたら自分の命もない。由起葉は意を決して対峙した。

  

  

  

  

 その頃多加弥は、由起葉がなかなか来ないので気になって表に出ていた。電話をかけてみるが出ない。多加弥は家の近所を探しに向かった。

 人気がなく静かだ。こんな時間に由起葉を呼んだことを少し後悔する。もし由起葉に何かあったら自分のせいだ。多加弥の足は自然と早くなった。

 家の周りを見て回って、ちょうど一周しようかというところで、多加弥は小さな物音に気付き、そちらの方に足を向けた。誰かいる。

 「あっ・・・」

 多加弥の目には向き合う由起葉と歩美の姿が映った。傍には梢が倒れている。

 「ユキハっ」

 「タカヤ?」

 多加弥の声に反応して振り返ろうとしたとき、歩美が動いた。ものすごい勢いで斬り掛かってくる。

 「くっ」

 かろうじて避け、手を押さえ込もうとする。こうなれば由起葉の方に勝算がある。多加弥のように本格的ではないものの、由起葉もそれなりに武術の心得があるのだ。

 「なんで・・・なんで邪魔するのよっ」

 「あんたこそ目覚ましなさいよっ。犯罪者になりたいの?」

 「うるさいっ。私と教授の愛を邪魔する奴は、みんな消してやるっ」

 歩美の体に巻きつく蛇がぐるぐると動き回りだした。由起葉の腕にも巻きついてくる。

 「ユキハっ」

 「タカヤ。梢ちゃんを連れて逃げて」

 「何言ってんだよ」

 「私は大丈夫だから。梢ちゃんを安全なところへ」

 多加弥は梢に近付いた。

 「連れていかせないっ」

 歩美の力が増した。それと同時に体から蛇が離れる。蛇は梢目がけて襲いかかった。その間に多加弥が入る。

 「タカヤっ」

 由起葉の目には多加弥の腕に絡み付く蛇の姿が見えた。


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