・彼女の選択(6)
この問題にケリをつけなければならない。呪いの進行度合いを見ても、もう時間がないのは明らかだった。
あの影が淳に何をするのかはわからない。だが、どうなるにせよそれは、決して沙英自身望んでいないはずなのだ。怒りの矛先が間違った方向に向いていることに、沙英はまだ気付いていない。
「終わりにしなきゃとは思っても、何をどうすればいいのやら」
由起葉にできることといえば、沙英を説得することくらいだ。花恵たちの方をなんとかすることもできるが、沙英自身が考えを変えてくれないと、この問題は解決しない。
由起葉はいつ、どのタイミングで沙英に接触しようか考えていた。
「困ったなぁ」
帰ろうと廊下を歩いていた由起葉の元へ、ナギが急いで寄ってきた。気にせず歩く由起葉の制服の襟を器用にくわえて引っ張る。セーラーの襟を引かれて由起葉はよろけた。
「ちょっと、ナギは見えないんだから変に思われるでしょ」
小声で叱るがナギはやめない。
「どうかしたの?」
ナギは上の方を示している。上の階に何かあるのだろうか。
由起葉はナギに先導されるまま階段を昇っていった。上の階に来たが、特に変わったものはない。由起葉はきょろきょろしていたが、反対側の校舎に人の姿を見つけると、急いで校舎間をつなぐ通路を渡った。
見えたのは沙英とまたあの三人だ。この子たちは淳なんか本当はどうでもよくて、沙英をいじめたいだけなんじゃないだろうかと思えてくる。
特別授業のとき以外はほとんど使われない教室が並ぶこの階の北側校舎は、人の気配もなく由起葉はさすがに堂々と近付くことはできなかった。
なんとか会話の聞こえるところまで行きたい。由起葉は諦めきれずに近くの教室に飛び込んだ。そのままベランダに出て、ベランダ伝いに沙英たちのいるすぐ傍の教室まで移動する。一つ一つ窓の鍵を確かめてゆく。なんと、運のいいことに一つだけ鍵のかかっていないところがあった。
由起葉は音を立てないように気をつけながら、窓から教室に入り、廊下側のドアまで近付いた。ほんの少しドアを引いてみる。隙間から沙英たちの姿が見えた。
(タカヤの言うとおりだな。私、いつから探偵になったんだろ)
自分の行動に呆れる。端から見たら怪しい姿だ。
「サエ、これ何か知ってるよね」
「それ・・・私の」
「そう、サエの。これ、自分で買ったの?」
花恵の手にはブレスレットタイプの腕時計があった。女の子らしいアクセサリーに近い形の時計だ。
「そんなわけないよね。だってサエには似合わないもん」
「ねえ、サエ。この時計私にちょうだいよ」
「えっ」
「なに?嫌なの?どうせ使ってないならいいじゃない」
「・・・・」
沙英の表情が強ばった。対する花恵の声には明らかな苛立ちが表れていた。
「サエ。私ウソつきって嫌いなの」
「ジュンとはなんでもないって言わなかったっけ?」
「ジュンのことは関係・・・」
「ないわけないよねっ。もし関係ないっていうなら、なんでジュンからもらった時計大事にしてんのよ。私が知らないとでも思ってるの?」
「ハ・・・ハナちゃん・・・」
沙英の声はすがるように震えていた。
由起葉は目の前が一気に開けたような気分になった。沙英はやはり淳のことを本気で嫌ってはいなかった。もし障害がなければ、きっと淳のことも大切にしたいはずだ。それが事実なら、沙英の選ぶものはもう決まっているのだ。
「なんでもないフリして時計までもらって」
「ハナちゃん」
「私にくれないって言うなら、こんなもの捨ててやるっ」
花恵は窓を開けると、外に向かって時計を投げた。
「あっ・・・」
沙英が飛び出すよりも早く、由起葉はドアを壊さんばかりの勢いで開けて窓に向かって一直線に飛び出した。ただ時計だけを追いかけて必死に手を伸ばす。
(つかんだっ)
手応えを感じ喜んだのも束の間。由起葉の体は支えきれずに窓の外へ躍り出た。
「先輩っ」
「うそっ」
窓の外は中庭だ。打ち所が悪ければ間違いなく死ぬ。ここは三階なのだ。
自分の行き過ぎた行動を後悔しながら、由起葉は重力にそって落ちていった。
(このままじゃ私・・・)
ぐっと目を閉じた瞬間、由起葉の体は何かに当たった。柔らかくてふさふさしている。
「ナギっ」
主のピンチを救うべく、ナギが下になって受けとめてくれたのだ。衝撃は吸収され、由起葉はナギの背から転げ落ちてしりもちをつく程度で助かった。
妙な落ち方になってしまったが、一瞬のことなので誰も気付かなかっただろう。
「イテテ・・・」
座ったまま腰をさする由起葉のもとへ、見ていたのか生徒が集まりだした。その輪を割るように押し退けて、沙英が駆け寄ってくる。由起葉が落ちたのを見て、慌てて降りてきたのだろう。
「先輩っ。大丈夫ですか?」
「サエちゃん。まぁ、なんとか」
由起葉は苦笑いを浮かべながら時計を差し出した。
「はい。大事なもんなんでしょ。壊れなくてよかった」
「な、何してるんですかっ。そんなもののために」
「そんなものってことはないでしょ」
「壊れたって、捨てられたってよかったんです、ジュンからもらったものなんて。こんな危ないことしてまで守るものじゃないんです」
喜んでもらえると思いきや、沙英は時計を受け取ることさえせず暴言を吐き出した。ここまで頑固にこられると由起葉もいいかげん本音を言わざるをえなかった。
「サエちゃん。あのさぁ、いいかげん目覚ましたら?」
「どういう意味ですか」
「あれのどこが友達なんだって話。見る目ないにも程があるでしょ。サエちゃんが大事にしなきゃいけないのは本当に花恵ちゃんなの?サエちゃんのことずっと見てくれてる人がいるんじゃないの?」
「先輩にはわからないですよ・・・」
「あぁ、わからないね。私はサエちゃんみたいに考えたことないもの。だからサエちゃんの気持ちなんて知らない。けど、自分の気持ちならわかるよ。私はありのままのサエちゃんが好きだ。華やかで強くて、自由なサエちゃんが見たい。だからそんなサエちゃんを傷付ける花恵ちゃんたちは私の敵だ。そして今も昔も変わらず見守り続けてきたジュン君は私の味方だ」
「ジュンは・・・」
「なに?ジュン君さえいなければうまくいったとでも思ってるの?」
「ジュンがハナちゃんのこと好きになってくれたら、みんな仲良くいられるんです」
由起葉は思わず沙英の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「いつかわかってくれると思って黙ってたけど、あんたはどんだけバカなの?本当に好きならサエちゃんに嫌がらせなんかしないで、ジュン君に振り向いてもらえるよう努力するのが普通でしょ。それもしないで手に入れようなんて、花恵ちゃんの思いが本気だとは思えないよ。サエちゃんだって本当は気付いてるんじゃないの?」
「やっと・・・できたのに・・・」
沙英は泣いていた。由起葉はかまわず、突き放すように手を離す。そして強引に手を持ち上げると時計を押し込んだ。
「サエちゃんは一人じゃない。少なくとも私がついてる。サエちゃんががんばれば、ほしかった本当の友達がきっとできるよ。昔はダメでも、ここでならできるよ」
泣いている沙英を残して、由起葉は立ち去った。あとは沙英の決めることだ。