プロローグ:黒の契約
暗い感じの題名ですが元気良く書いていきたいと思います(笑)よければ楽しんでください。
真っ暗だった。いや、暗いわけではない。自分の体はよく見える。周りが真っ黒なのだ。
頭がズキズキする。立ち上がろうとして目眩を覚える。
いったい何がどうなったのか、岬由起葉は現状が理解できずにいた。
体を支えようと手をつく。すると、ピチャッと液体らしきものが手についた。持ち上げて見て、ぎょっとする。手にはべったりと血がついていた。
由起葉はゆっくりと横に目を向ける。そこには衝撃の光景があった。
真っ黒な世界に赤黒い血だまりを広げて、柏井多加弥が横たわっている。ぴくりとも動かない。
「タカヤ・・・?」
クラクラする頭を押さえながら近付く。触れた体は冷たくなっていた。
「タカヤ・・・。タカヤっ」
由起葉は自分たちの身に起こったことを徐々に思い出した。
夏期講習を終えて、いつものように二人並んで帰り道を歩いていた。日はとっくに落ちて、空には月が輝いていた。いつもと変わらない二人の距離。いつもと変わらない他愛のない会話。そしてまた、いつもと変わりばえのしない明日が、当然のようにやってくると信じていた。
だが、突然の不幸が二人を襲った。事故だった。猛スピードで突っ込んできた車は、歩道を歩いていた二人を捕らえた。瞬間的に手を伸ばした多加弥は由起葉を突き飛ばしたが、それでも間に合わず、二人は跳ねとばされて意識を失った。
ここがどこかはわからないが、自分は生きていて、多加弥は死んでいる。胃の中が焼けるように熱くて涙が出た。
「タカヤ・・・なんで・・・」
「諦めるのはまだ早いよ、お嬢さん」
打ちひしがれていた由起葉は驚いて顔を上げる。真っ黒な世界に自分たちしかいなかったはずなのに、今は見知らぬ男が立っている。真っ黒な服を着た、真っ白な髪の男だった。
血に染まったような赤い目が鋭く光る。人間ではない。そう思ったが、この世界自体が現実的ではない。化け物がいたって不思議じゃない。
「かわいそうに、もうすぐ死んじゃうね、彼」
「タカヤはまだ生きてるのっ?」
「ギリギリだけどね。どうする?助けたい?」
「助かるのっ?」
すがるような思いだった。由起葉の必死な顔を見て、男はうれしそうに微笑む。
「お願い、助けて」
「いいよ、助けてあげても。でも、ワタシの力だけではちょっと難しいんだ」
「私にできることなら何でもするからっ」
男は満足そうに笑う。
「じゃあまず、君の眼をもらおうかな。片目でいいよ」
「目・・・?」
「何でもするんだろ?片目くらいなくなっても死にはしない」
「いっ、いいわ。タカヤが助かるならあげるわ」
「契約成立だ」
男は由起葉の右目に手をかざした。見開かれた瞳から光の粒が掌に集まっていく。
男がその粒を手に収めた瞬間、由起葉を激しい痛みが襲った。右目が焼けるように熱い。由起葉は右目を覆ってうずくまった。
「あ・・・あぁ・・・」
「君みたいな子から眼をもらえるなんて光栄だよ。綺麗な光だ」
男は光の粒を眺めてから口に入れて飲み込んだ。
「うっ・・・・。約束でしょ。タカヤを早く・・・」
「そう焦るなよ。余韻を楽しんでるのに」
あまりの痛みに意識がもうろうとしてきた。由起葉は額に汗をびっしょりかいて倒れこんでしまった。
「大丈夫?もう少ししたら痛みも治まるからさ」
「私はいいから・・・早くタカヤを・・・」
「健気だなぁ。じゃあ、悪いけど魂を半分もらうよ」
男は今度は胸の辺りに手をかざした。
「あげるの・・・眼だけじゃないの?」
「眼はワタシに対する捧げ物だ。君から眼をもらうことでワタシは呪いの契約を結ぶことができる。これによってワタシは君のために力を貸すことができるんだ。でも、死にかけの人間を助けるなんてそう簡単にできることじゃない。だから君の命を半分彼にあげることで生をつなぐ」
男の話は理解できなかったが、言うとおりにするしかなさそうだということはわかった。
体がだるい。目を開けていられない。遠ざかる意識の中で男の声が聞こえる。
「君も彼も助かる。目覚めた世界で君には人には見えないものが見えるかもしれないが、気にしないことだ。でも、もし困ったら呼びなさい。ワタシは不生だ」