↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

女体シャンパンタワーの件  :約10000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/10/20

 とある夜。居酒屋の個室で、高校時代の同級生二人が何年ぶりかに顔を合わせて酒を飲んでいた。

 引き戸の向こうからは、廊下を行き交う店員や客の足音や隣の座敷で盛り上がる客たちの笑い声がくぐもって聞こえている。暖色系の照明が卓上のグラスや酒瓶に濃い影を落とし、室内は落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 話題は自然と高校時代の思い出から始まり、時間の経過とともに徐々に現在の話へと移っていった。もっとも、片方は袖口から覗く腕時計をきらめかせながら上機嫌で語り、もう一人は短い相槌を打つばかりであったが。


「――で、こないだランボルギーニを転がしてたら、道の先にすごい行列ができててさ。何かのイベントかなって思ったくらいでそのまま通り過ぎたんだけど、あとで少し気になって調べてみたら、どうやらその日、たこ焼きの特売をやっていたらしいんだよ。でもさ、ちょっと考えてみて? その列に並んでる時間を時給に換算したら、本当に得してると言えるのかな。僕なら列の先頭にいる人に『あなたの分も出すから、僕のも一緒に買ってくれない?』って頼むけどなあ」

「へえ」


「値引きにつられて何十分も並ぶっていうのは、自分の時間を安く切り売りしているのと同じなんだよ。かといって、割に合わないからって欲しいものをあきらめるのも正解とは言えない。行列っていうのはさ、自分の意思で並んでいるように見えて、実際には店側が用意した仕組みの中で動いているだけでしょ。みんなが並んでいるから自分も並ぶし、ほかに方法がないって思い込んでしまう。でも、一見変えられない状況でも、実際にはそのルールの外側から考える余地はあるわけ。それが僕のアンサー。素直にルールに従うよりも、どうすれば状況を変えられるのかを考えたほうがいいって話ね」

「そうだな」


「まあ、僕は粉物がそこまで好きじゃないから、わざわざ買いに行ったりしないけどね。食べるにしてもデリバリーかな。最近は利用してる人も多いよね。やっぱり数百円の手数料を惜しんで自分で買いに行くより、人に行かせたほうが時間的に断然得だし。お金で時間を買うっていうのはそういうこと。僕の知り合いの社長たちも、みんなうまく活用してるよ」

「そうか」


「まあそんなこと言ってる僕も、去年はいろいろあったけどね。僕がオーナーを務める会社の一つでは、社長に一億円横領されたし、飲食コンサルタントには一億円近く騙し取られた。カジノは負けが三億円近くまで膨らんじゃって、一億三千五百万円で買ったランボルギーニは値崩れしたし、仮想通貨でもたぶん数千万円は損して、妻の誕生日に千八百万円のハリーの時計と千五百万円のネックレスをプレゼントしたのに、あまり相手にされてないけど、家族でもんじゃを食べに行ったりするけどね」

「おー?」


「要するに、家族サービスは僕でもちゃんとやるってこと。年収は十三億くらいあるけど子供をお風呂に入れたりするし、家賃三百万の家に住んでるんだからベビーシッターを雇う余裕だってもちろんあるけど、休日に妻が買い物に出てるときは、僕が家に残って子供の面倒を見たりしてるよ。お金があるからって、家族と過ごす時間まで誰かに任せていいとは思わないからね。自分がやるべきことは自分でやらないとさ」

「えらいな」


「え? 別に普通だけど? まあ、子供を甘やかしちゃうことはあるかな。以前、娘に『馬がほしい』なんて言われて、北海道まで飛んで、三千万くらい払って買ったんだよ。でも馬って、買って終わりじゃないんだよね。知らないと思うけど。毎月、飼育費と調教費だけで百万円以上かかってるんだよ。それで二年後、ようやくデビューできるって頃には、当の娘はすっかり興味をなくしててさ。名前まで一緒に考えたっていうのに、まったく。娘が欲しがったから買っただけで僕は馬主になる気なんてなかったし、そもそも競馬のことなんてさっぱり分からないし、はまる人の気持ちも分からないし、儲かる見込みもないしで、もう最悪だよ」

「大変だな」


「まあねえ。息子は息子で大変でさ。宿題をやらなかったり、ゲームばっかりやってたり。ま、僕のちょっとした工夫でうまく動くようになったけどね。どうやったのか知りたい?」

「いや、いい」


「そう? まあ、結婚すらしてないんだっけ。意味ないか。いや、ほんと大変だよ。子育てって。でも仕方ないよね。学校の先生に任せきりってわけにもいかないからさ。だって、学校の先生には絶対に無理で、僕にしか教えられないこともあるからね。なんだと思う?」

「さあ」


 男は上着の内ポケットに手を入れた。そして取り出した財布から黒いカードを一枚抜き取り、指先に挟んでみせた。


「これさ。知らない? ははは、まあ見たまんまだけどね。これ……ブラックカード。こないだ、子供にこのカードについて説明してやったんだよ。世の中にある数千種類のクレジットカードの中で、これは頂点に位置するカードだってこと。しかもカード会社から招待されないと持てないこと。カードには種類ごとにランクがあって、持っている人によって受けられるサービスが違うこと。これ一枚で戦車だって買えること。持っているだけで信用が得られることとかね。世の中がどんな基準で人を評価して、どんな仕組みで人間関係やサービスが動いているのか。子供のうちからそういうことを教えておけば知見が広がって、富裕層の子供たちと付き合うときにも活きてくるだろうからさ」

「すごいな」


「すごいかなあ? ま、こういう話をすると、お金が人の価値を決めるわけじゃない、そんなもので人を判断するなって食ってかかってくる人もいるんだよ。SNSにちょっと書いただけなのに、知らない人から長文のリプライが飛んでくることもあるしね。でも僕の経験じゃ、散々お金で判断されてきたけどなあ。付き合う相手を決めるときだって、どんな家に住んでいるのか、結婚しているのか、何の仕事をしているのか、どれくらい稼いでいるのかって、結局かなり見られるわけでしょ。口では人柄が大事だと言っていても、相手の生活や肩書をまったく気にしない人なんていないでしょ。悲しいけどね。綺麗事だけで人間関係が成り立つわけじゃないんだから、そういう現実を知らないまま大人になるほうが、よっぽど危ないと思うけどね」

「お前の周りがそういう人間ばかりなのかもな」


「ん? それはそうと結婚と言えば、三十を過ぎても結婚していない人って、どうして結婚しないんだろうね。気になるよ。煽りじゃなくて、純粋な知的好奇心としてね。だって、結婚したほうがいいに決まってるでしょ? ビジネスの面で考えても、既婚者のほうが断然信用されやすいもん。その人と人生を共にしてもいいと判断した証人がいるってことだから。これはね、人物を評価する上でかなり重要な判断材料になるよ。自分に原因があって離婚した人についても同じように考えられるね。身近な人を大切にすることすらできなかったっていうのは、僕からすると減点ポイント」

「そっか」


「評価と言えば、『自分は経営者です』って名乗る人間のレベルを見極める方法、知りたい? その人が経営している会社の会計や税務について質問すれば分かるんだけど」

「いや、大丈夫」


「めちゃくちゃ詳しく説明できる人。これはAクラス。売上や利益の数字を答えられるだけじゃなくて、何にどれくらいの費用がかかっているか、税金や資金繰りまで具体的に説明できる。そういう人は自分の会社の状態をきちんと把握してるからさ。次に、『うまくいってなくて』って業績が悪いことを正直に話せる人。これはBクラス。見栄を張らずに弱いところまで説明できるのはプラス評価だから。逆に知ったかぶりしたり、ごまかしたりして、質問するたびに話が矛盾していく人はC。これ、論外だから。次、『売上がすごい』とか『今伸びているところ』とか、いい話ばかり並べて、しかも矛盾を指摘されたときの返しまで妙に用意している人。これはペテン師ね。自分を大きく見せることに必死で、実態が伴っていない可能性が高いからね。そして、『そんなの経理や税理士に全部任せてるから知らん』って言う人。はい、これがSSS。能力が高い人ほど、自分じゃなくてもできる業務は任せるべき相手に任せて、自分にしかできないことに集中してるってわけ。なんでも自分で把握していることと、経営者として優秀かどうかは別だからね。こういう人を僕はかなり高く評価するね」

「ほー」


「あーあ、それにしても、ATMで大金を引き出せたら楽なのにねえ。窓口だと毎回確認に時間がかかるし、手続きも面倒なんだよね。あそこの銀行の口座には三億円くらい入ってるかな。ATMの中に、ひとりの人間が一生かけて稼ぐ額に匹敵する金額が入っていると思うと、なんとも言えない気分になるよねえ」

「あー」


「前に、その口座の残高をSNSに投稿したことがあったんだよ。そしたら、嫉妬した誰かが、たぶんAIで画像を加工して残高を三十万円に変えたんだよ。しかも、その加工画像をAIに見せて、『この画像は本物です』って断定させていたんだよね。ほんと困るよ、加工した人間も、それを本物だと判定したAIも、どっちも馬鹿すぎて。僕がたかが三億円も用意できないわけないでしょ……。だって三か月分の収入だよ? まあ、そんな連中にいちいち説明するのも馬鹿らしいんだけどさ。とはいえ、放っておくのも気分悪いし、法的措置を検討してもいいかな? 名誉毀損だよ。これからAIが当たり前に使われるようになると思うけど、似たような手口で無実の人が犯人に仕立て上げられることだって起こり得るでしょ。だから、今後そうやって苦しむ人を救うために戦うのも一つの手かなって思うんだよね。弁護士に相談したらいけるって言っていたし、ちょっと本気でやろうかな」

「頑張れ」


「ほんと、世の中にはこれだけ大勢の人間がいるのに、SNSって不思議なくらい反応が似通っているんだよね。僕なんて何か投稿するたびに『成金だ』『不快』って言われるけど、もう少し僕が普段何をしているのかも見てほしいところだよね。定期的に子供のいる家庭へプレゼントを送ったり、フォロワーのみんなにギフトを贈ったり、ビジネスの相談に乗ったりしてるんだよ。もちろん、相談料なんて一円ももらわずにね。SNSから得た収益はすべて子供食堂に寄付してるし、その活動を利用して自分の事業を宣伝するようなこともしていないんだよ。社会性や公益性を意識した活動を続けながら、合間に自分の生活を少し発信しているだけなんだ。それなのに、僕の投稿を見ている人たちの多くは、金持ちが自慢してるという部分しか目に入らないらしいね。まったく、もしそこで僕が『お金持ちになるためにはこの商材を買ってください』なんて商売を始めたらイタいけど、そんなことは永久にありえないね。お金は死ぬほど持っているんだからさ」

「そう……」


「あー、毎年とんでもない額の税金を払って、寄付もして、コーディネーターには百万円くらい払って、リビングの内装だけでも一千万円以上かかってるけど、全然有り余ってるし、お金の使い方って本当に難しいなあー!」

「うるせえ、うるせえなあああ!」


 突然、同級生は勢いよく立ち上がり、声を張り上げた。卓上のグラスがかすかに揺れ、隣の座敷の笑い声が一瞬だけ途切れた。 

 男は目を丸くし、椅子に座ったまま同級生を見上げた。


「金金金、うるせえな! お前、ほんと変わったな。いや、びっくりして声出なかったわ。……今は出てるけどな! ああああぁぁ!」


 同級生は吠えると、どかっと椅子に腰を下ろした。


「えっ、嫉妬?」

「おお……すごいな、お前」


「ま、嫉妬しても仕方ないけどね。人間、自分が持っていないものばかり持っている相手を見ると、どうしてもそういう気持ちになっちゃうものだからさ。気にしなくていいよ。僕も全然気にしてないし、こういう反応には慣れてるから。あ、そうだ。嫉妬と言えばさ、この前SNSで――」

「うるせえ、うるせえ。二度とその『と言えば』って使うな」


 男はきょとんとした表情で首を傾げた。肩で息をしていた同級生はじろりと睨みつけると、舌打ちをした。


「……で、結局お前、何の仕事してんだよ。金の話ばかりで具体的なことを何も言わねえから、全然見えてこなかったわ」

「んー、何て言えばいいかなあ。まあ、会社と車と馬を転がしてるってところかな」


「馬は転がしちゃ駄目だろ」

「ははは。あ、そうだ。見る?」


 男はスマートフォンを手に取り、指で画面をなぞった。


「何をだよ」

「さっき言ってたATMの画像」


「見ねえよ。馬鹿かよ、てめえ」

「遠慮しなくていいって……ん? あれ、通知がすごいな……え、え、え」


 男は画面を見つめたまま、言葉を失った。指先と目だけが画面の上を忙しなく動いている。

 その様子に同級生は眉を寄せ、心底面倒くさそうに訊ねた。


「どうした」

「い、いや、これ……」


 男はゆっくりとスマートフォンを差し出した。そこに映っていたのは――。


「……いや、何だこれ。お前と……女? 何してんだ。全裸で組体操?」


 それは、九人の全裸の女たちが組体操の『タワー』を作り、脚立に乗った男がタワーの頂点からシャンパンを注いでいる動画だった。撮影場所はクラブのような薄暗い室内で、重低音の音楽に混じって歓声や笑い声が響いていた。そして、シャンパンを手にしているのは、紛れもなく目の前の男本人である。


『いいか、よく聞けよ。これが資本主義だ!』


「……とか言ってるけど」

「あああああああっ!」


 今度は男が勢いよく立ち上がり、叫んだ。


「いや、何なんだよ、これ」


 同級生はスマートフォンの画面と男の顔を交互に見ながら訊ねた。


「流出したらしい。誰だよ、誰の仕業だよ……」

「だから、どういう動画なんだよ。なんで全裸の女が組体操してるんだ」


「女体シャンパンタワーだよ……」

「初めて聞く単語。何やらせてんだよ。頭おかしいのか」


「いや、違うんだよ……。まず僕の仕事なんだけど、オーナー業であり、投資家でもあるんだよ。僕の役割は、その会社に必要な取引先を見つけてきたり、社長をはじめとする経営陣と関係を築いたりすることなんだ。だから定期的に金持ちたちに会わなければならないし、相手から信頼を得る必要がある。仕事の話をするにしても、最初から条件や契約の話ばかりじゃ、うまくいかないでしょ? だから高級店で会食したり、イベントにVIPとして招待したり、女の子が好きな人なら、キャバクラに連れていって遅くまで一緒に飲んだりしてるの。そこで気に入った子ができれば、『あいつと飲むといい思いできる』って話になって、また会えるようになるってわけ。いや、ほんと大変でさ。接待って単純に遊んでいるように見えるかもしれないけど、それは浅はかな見方だからね。平日はほとんど家を空けて、朝まで飲んでいるくらいなんだ。まあ、人脈が広がるのは人生設計的にはプラスだけどね」

「長え、うるせえ」


 同級生は大きくため息をつくと、自分のスマートフォンを取り出して画面を眺め始めた。


「うお、本当に炎上してるな……。それで、何で全裸タワーなんだよ。組体操なんて見たの、小学生以来だぞ。いや、よくできたな」


 同級生はスマートフォンをテーブルに置き、呆れた顔で訊ねた。


「だから、その場にいた人が『パリに行ってエッフェル塔を見たい』って言い出したんだよ……。それで、『じゃあ、ここでエッフェル塔を作ればいいじゃん』ってなって、女の子たちに三万円くらいチップを払ってやってもらったの。全員ノリノリだったのに、どうしてこんなことに……」

「話を聞いても意味分かんねえけど、まあ、チップが少なかったんじゃないのか。いや、三億も口座に入ってるくせに、三万円ってケチだな」


「そんなことより、やばいよ。SNSが炎上してる。これどうどうどどどどうどうどう」

「落ち着けよ……まあ、無理もないか。家族はこのこと知ってるのか?」


「わからない……。妻は僕のSNSを見ないし。金の話ばかりするからって」

「うっすら嫌われてるじゃねえか」


「でも、早く炎上を収めないと、さすがに知られるよ、これ!」

「落ち着けって。こうなったら正直に謝るしかないだろ」


「とりあえず何か投稿しないと。えー……悪質なデマ投稿を確認しており、現在、事実確認を急いでおります。プライバシー侵害および権利侵害にあたる内容を含むため、法的対応の検討を進めたいと思います。皆様には誤解をお招きし、ご心配をおかけしております……と、こんな感じでどうかな」

「事実確認も何も、お前が当人だろ。確認するまでもないだろ」


「えー、僕はやっていません。というか、覚えがありません。持病の薬の影響で、自分の意思とは違う行動を取ってしまったり、そのときの記憶が抜け落ちたりすることが、たまにあります」

「え、そうなのか? 大丈夫か?」


「いや、そんな症状ないけど」

「じゃあ、駄目だろ。病気や薬のせいにしたら、本当にそういう症状で苦しんでいる人たちに迷惑がかかるだろ」


「あー、そうか。じゃあ……今回の件について身近な友人に聞いてみたら『そんなことするはずない』と言ってくれました」

「……なんでこっちを見てるんだよ。いや、身近な友人って、おれ? いや、やったんだろ?」


「やったけど。こういうのはよくあることなんだって! 君には分からないと思うけど、僕の業界じゃ、全然特別なことでも何でもないんだよ……」


 男は頭を抱え、深くうなだれた。手の中ではスマートフォンが絶え間なく振動し、低い音が個室に響いていた。

 しばしの間、沈黙が流れ、やがて男は小さく顔を上げた。


「ねえ」

「ん?」


「これ……AIがやったことにできないかな?」

「は?」


「AI動画生成だよ。ほら最近、AIで本物みたいな動画が作れるって話題になってるでしょ」

「いやー、さすがに無理なんじゃないか。あの動画には見た感じだと不自然なところが一つもないし。まあ、絶対無理とは言い切れないけど」


「えー……拡散されている動画について、専門家に確認を依頼したところ、AI生成の疑いが強く、現時点では真偽不明とのことでした」

「なんでまた、おれのほうをちらっと見たんだよ。……いや、専門家って、おれ!?」


「専門家はAI生成が可能との見解でした。ですので、この動画については引き続き調査を進め、事実関係を明らかにしたいと思っています。また、平日はほぼ毎日接待が入っておりまして、途中から参加した席が、ああいった場だったことも稀にあります。もちろん、僕はああいう場が苦手で嫌々ですが、仕事ですから少し席に着いて適当に言い訳を作って、すぐに退席することもありました。そうした一場面だけを切り取って晒されるのは、僕を社会的に失墜させるための悪質な印象操作と言わざるを得ません」

「人のせいにするときだけは、すらすら言葉が出てくるんだな」


「おのれ、AIめ……」

「だから無理だって。そんなリアルな動画はまだ作れないだろ」


「いや、AIでも作れるらしいよ。専門家に聞いたし」

「だからおれは専門家じゃないし、作れるなんて言ってねえよ」


「違う違う。本当に聞いたの」

「え、知り合いに専門家がいるのか?」


「な、作れるよな?」

『はい、作れます』

「AIに聞いたのかよ」


 男はスマートフォンを握り、したり顔でうなずいた。


「ほら、こうして“当事者”が言ってるんだから、これは偽動画だよ」

「当事者のお前が、さっき『やったけど』って認めてたけどな。それに、そんなのは聞き方次第だろ。えー、この動画はAIでは作れませんよね?」


『はい、作れません。この動画には、かなりセンシティブな内容が含まれています。結論から言うと、現時点のAI映像技術では、あのレベルの自然さや複数のカメラアングル、群衆の動き、照明の反射まで、完全なAI生成だけで再現するのは極めて困難です』

「ほらな」


「この馬鹿AIが」

「だから無理なんだろ」


「なあ、頼むよ。どうにかして、あの動画をAIで作られた偽物ってことにできないかな」

「無理だろ。お前だってさっきAIを馬鹿にしてたじゃねえか」


「いや、手分けして大量にアカウントを作って、『あの動画はAIで作られた偽物だ』って投稿しまくる。そうすれば、少なくとも本物だって言い切れない空気には持っていけるだろう? SNSを見てる人なんて大体流されやすいし、同じ意見が大量に流れてきたら、そっちが正しいと思い込む人も出てくるよ」

「嫌だよ。なんでおれがそんなことに加担しなきゃならないんだよ。それにさっき見たけど、他にも何本か動画が出回っているみたいだったし、誤魔化すのは無理だろ」


「クソ……こんな悪質な偽動画を作って投稿したクズと、それを面白半分で拡散した人たちに聞きたい。あなたたちに僕の人生を壊す権利があるんですか? 僕にも家族がいて、仕事があって、守らなきゃいけない生活があるんですよ」

「そんな人間が女体シャンパンタワーなんかやるなよ」


「AIにも聞きました。『あの動画はAIで作れるよね?』って。そしたら『作れます』って答えました! AI技術で作れると、AI自身がはっきり言っているんだ。それに、僕のことをよく知る友人はみんな、『そんなことをするはずがない』って言ってくれてる。普段の僕を知っている人たちの言葉と、誰が投稿したのかも分からない動画と、どちらを信じるべきかは明らかでしょう?」

「動画は本物だって証言する人も出てきてたぞ。お前の友人で」


「AIが作っていないっていう証拠を出せよ!」

「お前がAIが作ったっていう証拠を出せよ」


「あーあ、AIか本物かで意見が分かれていますが、ここから先は水掛け論になりますし、僕がやったと思いたい方は、もうそれで結構です。はい、好きにしてください。真実は違いますけどね」

「お前がかけたのはシャンパンだろ」


「この女が証言したせいで……クソクソクソ。弁護士に頼んで損害賠償を請求するからな。覚悟しておけよ」

「やめとけよ」


「あっ! 実はヤラセでした。すべて、僕が描いたシナリオどおりです」

「無理だろ。そんなことする目的は何だよ」


「どうしてくれるんだよ。もうすぐ、せっかくのゴールデンウィークなんだぞ!」

「お前が蒔いた種だろ」


「あああああああっ……!」


 男は慟哭し、床に肘と膝をついて、うなだれた。

 同級生は小さくため息をつくと、男のそばにしゃがみ込んだ。


「……なあ、素直に認めて謝ったほうがいいって。そのほうが結局はダメージが少ないと思うし、お前は昔から変な見栄を張るところがあるけど、本当はそんなに悪いやつじゃないって、おれは分かってるからさ」


 同級生はそう言って、男の肩にそっと手を置いた。男はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、「ありがとう……」と小さく呟いた。


「でも無理だよ。さっきから投稿してるし」

「え、さっきの文言全部!?」


「そう。知人にそう言えと言われて……」

「知人って……おれ!? いや、言ってないし――おい、今、写真撮ったか」


「えー、こちらがその知人です。彼がAI専門家であり、弁護士です。専門的な知見に基づき、法的措置も視野に入れた対応を検討しております」

「せめて役割は一つにしろよ」


「彼が犯人です! 動画を作ったAIなんです! この、人でなし!」

「お前がな! いいから消せ!」


「放してくれよ! ……あ、あれ?」


 同級生は男の腕を掴み、スマートフォンを操作する手を押さえ込もうとした。男は必死に抵抗していたが、ふと動きを止めると、スマートフォンの画面を同級生に向けた。


「メンテナンス中になった」

「え? ほんとだ……」


 二人はスマートフォンを覗き込み、目を丸くした。画面の中央には確かに『メンテナンス中』と表示されており、更新を繰り返しても、投稿や通知を確認することはできなかった。


「もしかして、お前の知り合いの誰かが止めてくれたんじゃないか? よかったじゃないか。そのうち、ほとぼりも冷めるだろ」


 同級生は男の腕を放し、ふっと息をついた。男は黙ったままスマートフォンの画面を凝視していたが、やがてゆっくりと立ち上がり、乱れた上着の裾を払った。


「……どうだ。これが資本主義だ!」


 男はそう言い放つと、高笑いしながら個室を出ていった。

 残された同級生は、呆然とその背中を見送るしかなかった。やがて男の足音は遠ざかり、廊下の喧騒に紛れて消えた。卓には伝票と泡の抜けたビール、乾いたつまみ、そして――同級生のスマートフォンだけが残されていた。

 同級生はそのスマートフォンを手に取ると、ぼそりと言った。


「……この録画、あとで投稿しよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。