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80話 仮面の正体


 完全に暗闇に染まった瞬間、風がぴたりと止まった。

 草木のざわめきが消え、すべての音が死ぬ。

 その代わりにあの独特な甘い匂いが漂い始めると、


 ウッ……


 キュアちゃんが低く唸り、クロさんもを構えて周囲を警戒する。


「来る」


 その瞬間、目の前の景色が歪んだ。


「久しぶりだな、メシアを護りし戦士達」


 現れたのは年配の男。不気味な笑みを浮かべている。

 確かにそこにいるのに、景色に溶け込むようにぼやけ、蜃気楼のように揺れていた。

 実体のない映像――。


「お前は、あの時の?」


 エルヴィスさんが私を庇うように一歩前へ出る。

 低く問いかけるその声は強い。けれど、背中は震えていた。


 恐怖……?


「我が名はデューク」


 男はゆっくりと名乗る。


「エルヴィス。我の贈り物はどうだったか?」


 空気が凍りつく。


「――っ」


 エルヴィスさんの呼吸がわずかに乱れた。


「まさか仮面に打ち勝つとは想定外だったよ。我のとっておきの術式を加え、最高傑作に仕立てたはずだったんだがな。ここまで無傷でいるとは。敵ながら天晴れだ」


 初めて明かされる仮面の真相に、周囲がざわめく。


 仮面は、エルヴィスさんが自ら選んだものじゃなかった?

 感情を捨て、強さを求めたわけじゃない?


 この男の罠に嵌められた。だけ。


 そうか。そうなんだ。

 ……良かった。

 いや、良くはないか。


 殺伐した状況なのに、不謹慎にも安堵してしまった。


 だって自分の意志で感情を捨てたのと、奪われたのとでは、全然意味が違うから。


「残念だったな。それで用件は?」


 クロさんが鼻で笑い、話を断ち切る。


「おっとこれは失礼。メシアと赤髪の護りし戦士は捕らえた。返して欲しければ、この先の屋敷まで来い。メシアを賭けて勝負だ」


 さらに――


「エルヴィス。今度こそ我に絶対服従を誓わせてやる」


 そう言い残し、デュークは煙のように消えた。


 同時に霧が晴れたかのように、日差しが戻り。風がざわめき始める。




「……ハァ、ハァ……」

「エルヴィスさん?」


 彼の呼吸が荒くなり、汗が大量に流れ落ちる。不安で顔を顔をのぞき込むと、血の気は引き真っ青で、焦点が合っていない。 胸をキツく押さえ、何かに耐えていた。


 初めて見る弱々しい彼の姿に、胸が締めつけられる。


「……すまない。三十分だけでいい。……時間をくれ」


 蚊の鳴くような声。


 ここまで彼を恐怖に陥れるデュークって何者?


「分かった。だがそれ以上は待てない」


 それなのにクロさんは、心配することもなく淡々と告げる。


 冷たい。でも違う。

 信頼しているからこその距離。


「……助かる」


 背を向け、ふらつきながら私たちから離れていく。彼の拳は、白くなるほど強く握られていた。その隙間から、じわりと赤が滲んでいる。


 おかしい。

 今すぐ追いかけたい。

 でも――

 弱っている自分を他人に見せたくないはず。

 

「……エルヴィスが、恐怖に怯えてる?」

「嘘だろう? あの冷血鬼教師が?」


 シャインとマスカットが、信じられないものを見るように目を見開く。声は小さいのに、正直すぎて隠しきれていない。


「失礼ですよ。確かに、あんな叔父上を見るのは初めてですが……」


 泣きそうになりながらも怪訝しくリチャードくんは反論するけれど、むしろ事実を重ねただけのような気もする。だけど二人はリチャードくんを見てハッと口を押さえ、気まずそうに顔を見合わせた。

 そのやり取りを横目で見ていたテキサス様が、ふっと笑いを堪え肩を震わせる。


「穂香さん。旦那を頼む」


 そんな中、私にそっと囁く。


「え?」

「以前旦那はあいつに殺されかけている。あの台詞を聞けば、恐怖を感じるのも無理はない」


 知らなかった過去を聞かされ、息を呑む。


「だから支えてやれ。それが彼女であるあんたの役目だろう。行け」


 背中を強く押され、迷いが消えた私は走り出す。


 やっぱりクロさんは優しい人だ。


 チュミ。


 当然のように私についてこようとするキュアちゃん。


「お前は行くな。二人にしてやれ」


 クロさんは、引き留める


――今度は、私が支える番。



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