75話 浴衣の破壊力
今日も目が覚めると、彼の腕の中だった。
それが、だんだん日課になっていく。
心地よい、私だけの場所。
もう少しこの温もりに包まれていたかったけれど、彼の顔と声が聞きたくて、むくりと起き上がる。
「エルヴィスさん、おはようございます」
「おはよう」
彼の笑顔と低い声を聞くだけで、自然ととびきりの笑顔となる。
そして当たり前のように、唇が重なり合う。
障子から差し込む朝の光。
鳥たちのさえずり。
川のせせらぎ。
規則正しく響く、ししおどしの音。
すべてが、私たちを祝福しているような気がした。
――これが、恋人の朝なんだろうね。
「元気そうだな」
「はい。絶好調です。エルヴィスさんは、疲れは取れましたか?」
「ああ。ぐっすり眠れた」
お互いの体調を確かめ合い、二人同時に布団を抜け出す。
彼が立ち上がり、障子を開けようとしたそのとき――帯がほどけ、浴衣がはだけた。
……朝っぱらから、お色気全開ですね?
昨夜はそんな彼に抱かれて眠ったのだと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなって、少し誇らしい。
「結び直しますね」
昨夜の結び目が甘かったんだろうか。
実は浴衣の着方なんて、よく分かっていないから、かなり適当だったりする。
私はシャツを着ているから、多少はだけても問題ない。
「頼む。どうも浴衣は性に合わん。戦闘には不向きだ」
本気でそう思っているらしく、渋い顔で語り出す。
確かに、着慣れていない人が戦闘になったら、足がもつれて転倒。
そして、はだける。
……異性の敵なら、ある意味それだけで倒せるかも?
少し想像してみると――うん。
思いのほか、破壊力抜群だ。
護りし戦士の彼なら、なにがあっても最後まで戦い抜く。
………………
――やばい。
妄想だけで理性が死ぬ。
「おい、鼻血が出てるぞ?」
心配そうな声で、現実に引き戻される。
タオルで鼻を押さえられ、そのまま膝枕へ。
「無理するな。今日は寝ていろ」
淡々とした口調だけど、どこか自分の責任だと思っている表情。
……完全に誤解されてる。
「ち、違います。体調はすこぶるいいです。いいからこその、このあり様なんです」
理由を言えば幻滅されるかもしれない。
でも、誤解を解かないと、彼の負担になる。
理由を伏せて弁解するけれど、伝わらず、彼は眉をひそめる。
「俺に気を遣うな」
「遣ってませんよ……妄想して鼻血を出しただけです……」
「…………」
正直に言えば、案の定、困惑した表情に変わり、沈黙が落ちる。
でもこれ、心配されるよりは、まだマシな誤解だと思う。
恥ずかしくて、穴があったら全力で入りたい(二回目)。
「……まぁ、元気そうで何よりだ」
言葉を選んだその台詞は、どこか距離を感じさせる。
幻滅された?
ついに見放され――
キュピキュピ!!
キュアちゃんの元気な声が、部屋中に響き渡る。
一目散に私の元へ駆け寄り、首にまとわりついてきた。
「キュアちゃん、おはよう」
チュピ?
彼の異変を察したのか、キュアちゃんは首をかしげて彼を見つめる。
「なんでもない。おはよう、キュアアーティ。朝食会場に行くか?」
「そうですね」
元に戻った彼は優しい表情になり、なかったことにしてくれる。
どうやらキュアちゃんの乱入に救われた……らしい。
「おい、二人とも。メシアとアーロンを見なかったか?」
キュアちゃんを中心に仲良く朝食会場に向かう途中、血相を変えたクロさんが駆け寄ってくるなり、早口でそう問いかけてきた。
それだけで、ただ事ではないと察する。
「いや、見てない。いないのか?」
エルヴィスさんが即座に切り替える。その声に、空気が一気に張り詰めた。
「ああ。どうも深夜に二人で出かけたきり、戻ってきてないらしい」
「夜遊び、とか?」
緊急事態だと分かっていながら、つい余計な可能性を口にしてしまう。
今はどうか知らないけれど、
以前のアーロンと双子と一緒に、夜中よく寮を抜け出し、そのたびにエルヴィスさんに叱られていた。
……でも、今はそういうこと――
「アーロンだけならあり得るが、撫子はそんなことしないはずだ」
「そうだな。まさかとは思うが、アーロンがそそのかした可能性は?」
担任だったエルヴィスさんはともかく、クロさんまで何食わぬ顔で肯定に近いことを言う。しかも、当然のようにアーロンが悪者扱いだ。
アーロンよ。
……あんた、やっぱり今でも問題児なのね。
「アーロンは悪ガキですけど、そんなことはしないと思います」
自分で言っておきながら、さすがに名誉のために口を挟む。
いくらなんでも、嫌がる相手を無理にそそのかすようなことはしない。
――誘うだけなら、あるかもしれないけど。
「確かにそうだな。だとしたら一体……キュアアーティだったら、二人を追えたりするか?」
エルヴィスさんは一瞬だけ、どこか柔らかな笑みを浮かべてそう言ったあと、すぐに表情を引き締める。キュアちゃんに望みを託すも、自信がないのかシュンとなるだけだった。
なにかが、動き出した気がした。




