71話 彼の本音
「エルヴィスさん、私のために無理をしないでください」
「してない。旅館の温泉は男女別だ。都合が良かった。ただそれだけだ」
私を背負って天然温泉へ向かう途中、彼の呼吸がわずかに乱れ始めた。それが気になって声をかけたはずなのに、それをばっさり切り捨ててしまう。
……その言い方、逆に疚しくない?
「穂香は俺を聖人か何かと勘違いしてないか? 穂香が俺を求めてる以上に、俺は穂香を激しく求めてる」
「あ、はい。わかりました。もう言いません!」
余計なお世話だったらしい。
これ以上は聞くに耐えられず、聞き分けのいい返事で話を終わらせた。
――激しく求めてる。
つまり今の彼は完全にオフなんだ。
だったら、私も思う存分甘えていいってことだよね?
そう思った私は、さらに身体を寄せる。
「天然温泉、楽しみですね?」
「そうだな。……さっき、庭師からメシアについてどこまで聞いた?」
甘え作戦はあっさり失敗。話題はさっきの件に戻された。
怒っている……わけじゃない。
でも、私がメシアのことを知ったから気になったのだろうか。
暴走するとでも思った?
「大戦後、メシアが恋人と魔力供与をしながらこの地で暮らしたことと、その恋人がメシアのために日本庭園を作った、という話です」
隠す必要もないから、ありのままを伝える。
彼は少し考え込んでから、静かに一言だけ問いかけた。
「それで、穂香はどう思った?」
「……好きな人と結ばれても、必ずしもハッピーエンドにはならないんだなって。それと、私はこの世界のことを何も知らなさすぎる。これから先アスラークで生きていくなら、ちゃんと学ばないといけないと思いました」
彼が求める答えかどうかはわからない。
それでも、私が感じたことを正直に伝えた。
今までもメシアについて学ぼうとはしてきたけれど、いつも途中でうやむやになってしまっていた。この世界の“常識”も含めて。
だけど、アスラークはもう異世界ではない。
私がこれから先、生きていく世界。
「……そうだな。これからのことを考えると、知っておいた方がいい」
「はい!」
声が柔らかくなる。
未来を見据えた話し合いに切り替わり、すごく嬉しかった。
――お前には関係ない、
って言われなくてよかった。
「それで、何が知りたい?」
「メシアは使命後、多くが護りし戦士の一人と結ばれたと聞きました。本当ですか?」
「公式にはそうなっている。だが、史実は違う。メシアと結ばれなかった護りし戦士は、全員戦死している」
「……うそ?」
信じたくない言葉だった。
けれど思い返せば、彼は護りし戦士になるため、いろいろ準備をしていた。
なにより最初から死を覚悟していた。
だから私と来世の約束を交わし、
マミア様に指輪を託し――あ、まだ返していない。
「事実だ。メシア自身も致命傷を負う。死なずに済んだとしても、ハッピーエンドとは言い難い」
軽い気持ちで踏み込んでしまったことを、少し後悔する。
こんな真実がオフレコ扱いしているなんて、ありえない。
臭いものに蓋をする……か。
「だから……エルヴィスさんも、死を覚悟してたんですね?」
「ああ。俺がメシアと結ばれる未来はありえない。だが今は違う。――必ず生き残る」
あの時と違って生き残ると、はっきりと言ってくれた。
死亡フラグが立つ台詞だったりするけれど、今は素直に受け取っておこう。
「その言葉、信じます」
「……だから、迷ってる」
「何を、ですか?」
彼は重々しく、新たなる悩みを聞かされる。
「護りし戦士としては、穂香に撫子の補佐についてほしい。俺たちを後方から支えてもらいたい」
一拍置いて、続ける。
「だが、彼氏としては……戦地に連れていきたくない。これ以上、傷ついてほしくない」
二つの立場が、正面からぶつかり合う。
背負われているから表情は見えない。
でも、きっと見せたくない辛い顔をしている。
「……難しいですね」
私は正直に言う。
「私も撫子さんの力になりたい。でも、すぐに頷けるほどお人好しじゃありません。戦地は……怖いです」
それが、今の答えだった。
考えすぎれば、きっと抜け出せなくなる。
だから――
「よく話し合ってから、答えを出しましょ」
「そうだな」
二人で決めることにした。
二人で話し合って出した答えなら、どんな結果になろうとも後悔しないと思うから。




