70話 和風庭園の謎
旅館についてすぐ、みんなは任務に赴き、エルヴィスさんは「少し鍛錬をしてくる」と言ってどこかへ行ってしまった。二時間ほどで戻ってくるらしい。
私は絶対安静だけれど、体調が良いので少し旅館を散策することにした。
五百年以上続く純和風の老舗旅館。
庭も、思わず目を奪われるほど見事な和風庭園で、まさか枯山水まであるとは思わず、正直かなり驚いた。
和食については、アスラークにも日本と同じ進化をたどった国があるのだろう、と考えていた。
けれどこの庭園を見る限り、歴代のメシアか、日本出身の護りし戦士が、使命を終えても帰らず、この地に文化を根付かせた可能性も高い。
そう思った私は、庭園の手入れをしていた庭師さんに話を聞いてみることにした。
「和風庭園の起源について知りたい? いいよ、教えてやるから、こっちに来な」
いかにも職人、といった風情のおじさんは、そう言って快く頷き、休憩場所へ案内してくれた。
庭園を見渡せる東屋で、彼は置いてあったキセルに火をつけ、一服する。
「あまりいい話じゃねぇから、知ってる奴は少ねぇんだが……。その大戦で、メシア様は致命傷を負い、魔力が枯渇したそうだ」
語り出された話は、最初から衝撃的だった。
しかも、聞いたことのない言葉に、思わず首を傾げてしまう。
――魔力が枯渇?
言葉からすると、魔力がなくなる、という意味なのだろうけれど、魔力切れとは違うのだろうか。
「生きるためには、毎日一定量の魔力供与が必要になり、元の世界には帰らず、恋人である護りし戦士と、この地で暮らしたそうだ。その時、恋人がメシア様の記憶を頼りに、この和風庭園を作った、と言われてる」
また知らない言葉だ。
話だけを聞けば、めでたしめでたしのようにも思えるのに、おじさんの浮かべる渋い表情が、それを否定している。
聞きたい。
でも聞いたら、おかしな目で見られてしまう。
それでも――
「すみません。魔力が枯渇とか、魔力供与って、なんですか?」
恥を忍んで、疑問を口にする。
案の定、おじさんは目を見開き、私をじっと見つめた。
「……人は魔力があるから生きていける。それは分かるよな?」
「あ、はい」
本当はそれすら初耳だったけれど、その言い方で察して頷いた。
――これはきっとアスラークでは、幼い頃に教わる常識なんだ。
「魔力は血液みたいなもんで、日々作られる。だが魔力枯渇ってのは、その機能そのものが壊れ、魔力が作れなくなる。だからメシア様は、恋人から一日分の最低限の魔力をもらって、なんとか命を繋いだらしい」
嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれる。
けれど内容はあまりに重く、私は血の気が引くのを感じ、言葉を失った。
……それ以上聞かなくても、なんとなく分かってしまう。
好きな人と結ばれても、必ずしも「めでたしめでたし」じゃない。
最低限の魔力――それは、生きるためだけの量。
きっと、ほとんど寝たきりの生活だったのだろう。
だからせめて、景色だけでも。そう願って、彼氏が作った庭。
――愛の庭園。
「そういや、今日からメシア様ご一行が泊まるって聞いてるが……姉ちゃん、メシ……関係者か?」
何か言いかけてから、言い直される。
その反応に、ちょっとだけ胸がチクリとした。
久しぶりに見る反応だ。
「メシア様って、もっと若くねぇ?」みたいなやつ。
真実だから仕方ないけど、やっぱり少しショック。
「メシア様は今、任務中です。私は療養目的で、ついてきただけです」
笑顔を貼り付けて、そう答える。
「そうか。だったらそのメシア様御用達だったと言われている天然温泉が近くにあるから、行ってくるといい」
「本当ですか? ぜひ行きます!」
思わぬ収穫に、声を弾ませてしまう。
「おお、いい反応だな。だったら――あれ、姉ちゃんの彼か?」
ニカッと笑われ、不思議に思いながら振り返ると、そこには重々しい表情のエルヴィスさんが立っていた。
思わず、息を呑む。
……私、何か悪いことしました?
「エルヴィスさん、早かったですね?」
「ああ。病み上がりなのか、これ以上は無駄だと判断して切り上げてきた」
確信を突く話題は避けたつもりだったのに、低く抑えた声から、機嫌の悪さが伝わってくる。
「そうですか。じゃぁ、少し休んでください」
とにかく休息が必要と分かり、休息を提案。
しかし
「天然温泉に行きたいんだろう? 連れて行く。どこにあるんですか?」
「え、別に今日じゃなくても……」
あれ?
「あの川の源泉だ。三十分もあれば着く」
「……ありがとうございます」
私の提案は聞き入れられないまま、天然温泉行きは決定してしまった。




