68話 可愛い甥の心配
アーロンも用事があると言って席を外し、しばらく一人で過ごしてから、彼は戻ってきた。
「リチャードくんとは、ちゃんと話せましたか?」
「ああ。まったく、手の掛かる甥だよ」
そう言ってため息をつきながらも、口元には優しい笑みが浮かんでいる。
――ああ、これは私には向けられない表情だ。
父性愛、とでも言うのだろうか。
少しだけ羨ましいと思ってしまった。
けれど私は彼の“彼女”なのだから、仕方がない。
もし父親ポジションに来られたら、それはそれで泣く。
「確かに、リチャードくんは素直で優しい子ですけど……生真面目ですよね?」
「そうだな。それにあいつは過小評価で自己主張がない。実力は十分あるのだから、自信を持てといつも言っているのだが、そこは断固と否定されてしまう。あいつの薬草の知識は、俺以上だ」
不服そうに、しかし真剣な声音で語る。
しかも彼がそこまで絶賛するからには相当なもの。
確かにリチャードくんは過小評価し過ぎだ。
護りし戦士になる前は特待生として留学していたと聞いたし、アーロンもリチャードくんを認めていて“良き友であり、ライバル”だと言っている。そもそも実力がなければ、護りし戦士に選ばれない。
それだけ認められているのに、当人だけが気づいていない。
それに――
こんな言い方は失礼かもしれないけれど、マミア様の血を引いているにしては、少し大人しすぎる気もする。
ひょっとしてまだ見ぬ、マミア様の旦那様似とか?
「……リチャードくんって、お父様似なんですか?」
「いや。義兄上は、曲がったことが大嫌いな、情に厚い人だ。口は悪いがな」
まったく違った。
しかも日本で言う江戸っ子気質。
そんな人に、学生時代のマミア様が猛烈アタックしていたと想像すると――
なぜか妙に納得できてしまう。
「そうなんですね? だったら今度紹介してください」
好奇心が勝って、目を輝かせ弾んだ声を出すと、彼の顔からさっと血の気が引いた。
「……すまない。姉上に頼んでくれないだろうか? 俺は義兄上に合わせる顔がない」
数々の修羅場を潜り抜けてきたはずの人が、珍しく本気で怯えて、声まで完全に震えている。
でもただ戦意喪失ではなく、覚悟があるからこそ“今は無理”という複雑な心境だと思う。だからこれ以上触れない方が良い。
「……分かりました。でも、そんなお二人の子供なんだから、何かきっかけがあれば、自信を持てるようになると思うんです」
「だったら穂香もそうなのか?」
良い感じで話をまとめられたと思ったのに、なぜか今度は私の番になってしまう。しかも今しがた怯えていたのに、通常運行に戻り私との距離を詰める。
「……え?」
まったく身に覚えのないと言うより、意味不明で私はキョトン状態。
私、過小評価で自己主張出来ないと思われてる?
嘘でしょう?
「私、過小評価してないですよ。本当に外見も中身も能力も劣ってるだけです」
慌てて否定してから、自己主張が高いとアピールしてみる。
「でもエルヴィスさんに愛されてる自信はあります。彼女の座は、何があっても絶対に譲りません」
――しまった。言い過ぎた。
重い女だと思われる。
言って後悔するけれど、彼の頬が赤く染まる。次の瞬間には強く抱き寄せられていた。
どうやら彼のスイッチを押してしまったようだ。
「そんなの、当たり前だ」
低く、確かな声。
「俺も同じだ。穂香の隣は、一生俺だけのものだ」
「……え? 一生?」
ネジが吹っ飛んだのか、プロポーズに近い台詞。
耳元で囁かれた言葉に、心臓が跳ね上がる。
「そうだ。一生。死ぬまで一緒にいよう」
暴走が止まらず、そのまま唇を奪われ、深い深い口づけ。
彼の想いが、熱をもって伝わってくる。
――もっと、愛してほしい。
――もっと、触れてほしい。
ほら、ちゃんと、自己主張出来てるでしょ?
バン。
扉が開く音。
我に返って、あわてて視線を向けると、
そこには、にこにこと微笑むマミア様と、笑いを堪えているお久しぶりのケインさん。
……あ。
終わった。




