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66話 待ち望んだ朝


 目が覚めると、心地よい、たくましい腕の中にいた。

 私の大好きな匂い。


 仮面のその後なんて、もうどうでもいい。

 この結果こそが、私の望んでいたものだから。


「穂香、起きたのか?」


 頭上から、彼の低くて優しい声が降ってくる。


 ――名前を、ちゃんと呼んでくれている。


 それだけで、心臓がぴくんと跳ねた。


「はい。おはようございます」


 そっと上を見上げて挨拶を返す。

 カーテンは閉まっていて、その隙間から日差しが差し込んでいる。


「おはよう。体調はどうだ?」

「体調……?」


 心配されて、改めて自分の身体に意識を向ける。


 頭は重く、鈍い痛みが残っている。

 身体の節々も痛い。

 我慢すれば動けるけれど、万全とは言いがたい。


「……あまり良くないです。でも、エルヴィスさんがこうしてくれてるから、心は幸せいっぱいです」


 正直にそう答えて、彼の胸にぎゅっと抱きつく。

 痛みよりも、幸せのほうがずっと大きい。


「俺も、お前と――」

「……名前で呼んでください。たくさん」


 「お前」呼びも嫌いじゃない。

 でも今は、耳にタコができるくらい、名前で呼んでほしかった。


 わがままだと分かっている。

 それでも、どうしても。


「分かった。俺も、穂香と一緒だ。体調は良くないが、心は満たされてる。……だが、そろそろ時間のようだ」

「時間?」

「クレアが様子を見に来る。俺たちは今、絶対安静だ」


 そこで初めて、今の状況を知る。


 ――絶対安静。

 しかも、私だけじゃなく、彼も。


 少しだけ胸がきゅっとなる。


 名残惜しさを感じながら、そっと彼から離れ、距離を取った。

 いくらクレアさんでも、抱き合って眠っているところは見られたくない。


 ……もう、見られているかもしれないけれど。


「……手は、繋いでいてもいいですか?」


 そう言いながら、いつもの癖で、もう彼の手を掴んでしまっている。


「穂香がそれでいいなら――いや、繋いでてほしい」


 彼もそう言って、指と指を絡める。


 ――恋人つなぎだ。


 伝わる温もりに、自然と笑みがこぼれる。

 私たちはそのまま、ゆっくりと身を起こした。



「穂香、今から大切な話をする」

「なんですか?」


 真剣な眼差しで、彼が私を見つめる。

 あまりにも突然で、少しだけ不安になる。


 けれど、多分――悪い話じゃない。

 彼の、私への愛情は本物だって自信を持って言える。


「魔力切れを起こせば、最悪の場合、命を落とす。……危険な行為だ」


 初めて聞かされる、恐ろしい現実。


 彼の瞳は怯え、繋いだ手がかすかに震えだす。

 なのに私自身、不思議と恐怖がそれほど大きくなかった。


 ――たとえ知っていたとしても。

 あのときの判断は、変わらなかったと思う。

 私の頭にあったのは、ただ一つ。


 愛する人を、助けたい。


 それだけだったから。


 ……でも、そうか。

 私、下手をしたら死んでたんだ。


「心配かけて、すみません」

「謝るな。謝るべきなのは、俺のほうだ」


 謝罪をすれば口止めされ、逆に真顔に変わり謝られる。


「穂香。仮面から俺を救ってくれて、ありがとう。穂香がいなければ、俺は勝てなかった」


 思ってもいなかった感謝の言葉。


 ――迷惑じゃなかった?

 私がしてきたことは、無駄じゃなかった?


 仮面に言われた言葉と、真逆の言葉に戸惑いながらも、

 それでも彼の言葉だから、信じることにした。

 気づけば、声を出し泣きながら、胸元に顔を埋めていた。


 嬉しかった。





「穂香さん、目を覚ましたのですね。よかった……」


 ほどなくして現れたクレアさんは、私に気づくと、ほっとしたように涙ぐんだ。


「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」

「大丈夫ではありません。あと二日は、絶対安静です。旦那様は、今日一日!!」

『はい!!』


 安心させるつもりで言ったのに、思い切り怒られ、彼にまで飛び火する。

 反射的に、二人して声を揃えて返事をした。


 久しぶりに、しっかり叱られてしまった。


「分かればいいのです。では、お二人ともおはようございます。今日はいい天気ですよ」


 切り替えの早さはさすがで、クレアさんは手際よくカーテンと扉を開ける。


 ぱっと差し込む陽光。

 暖かい風が部屋を抜け、空気が澄んでいく。

 空は、これ以上ないほどの快晴だった。


 心まで洗われるようで、

 久しぶりに「朝」を感じる。


 ……不安が完全になくなり、隣に愛する人がいるからだろうか。


「旦那様。二度と穂香さんに、悲しい思いをさせないでください。もし、また同じことが起きたら――私はお暇をいただきます」

「分かっている。姉上たちからも言われた。次に俺が穂香を傷つけることがあれば、俺とは縁を切り、穂香を妹として迎え入れると」


 重々しい空気で交わされる二人の会話。


 ……なに、それ?

 私の知らないところで、勝手にとんでもない話を進めないで欲しいんですが。



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