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65話 表に出せない感情


 仮面は再び星の鎖に絡め取られ、身動きを封じられる。

 先ほどまでの猛攻は、嘘のように止んだ。

 エルヴィスは、その隙を逃さない。

 炎の刃を再び発動させると、そこへハートの粒子が重なり合い、刃はさらに眩い輝きを帯びていく。


 次の瞬間――

 仮面は真っ二つに裂かれ、灼き尽くされ、灰となって散った。


「……おいらが、たかが人間の愛に……? 感情に、負けた……?」


 絶望と悲鳴が入り混じった声だけが残り、姿は掻き消える。

 気配も、存在の痕跡すらも、完全に消え失せていた。


「……勝った、のか?」


 実感はなかった。

 ただ、呆然とその場に立ち尽くす。


 寄せては返す波音だけが、浜辺に響いている。

 まるで、先ほどまでの激戦を洗い流すかのように。


「穂香……勝ったぞ」


 背後を振り向き、勝利を告げる。

 だが、そこにいた穂香は、クロの背に預けられていた。


 顔色は真っ青で、呼吸はか細く――虫の息だった。


「……穂香?」


 駆け寄ろうとしたが、足が言うことを聞かない。

 ふらつきながら、どうにか距離を詰める。


 エルヴィス自信もまた、すべてを出し尽くしていた。

 呪いも致命傷も消えたとはいえ、痛みが完全に引いたわけではない。


「魔力切れだ。体力を消耗している状態で、あんな魔術を二発も撃ったんだ。……安心しろ。魔力供与しといたから、命に別状はない」


 クロの言葉に、エルヴィスは思わず息を詰めた。


 魔力切れ

 アスラークでは魔力がなくなると命の危険性があり、魔力を分けることで一命を取り留める。

 クロの迅速で的確な処置がなければ、穂香は今ここにいなかった。


 屈辱だった。

 本来、彼女を守るべき立場にいるのは自分だというのに、命を救ったのは他人だ。


 だが、その怒りが向かう先は分かっている。

 クロではない。

 ――不甲斐ないのは、自分自身だ。


「……そうか。すまない」


 謝罪は短く、低く。


「……やはり、あの力は穂香だったんだな」


 それ以上、言える言葉はなかった。


 ハートの粒子に触れた瞬間、確かに“彼女”を感じた。

 優しく、温かく、そして何より――失うことを想像するだけで、胸が軋むほど大切な存在。


「穂香はすげぇぜ。旦那のためなら、何だってやろうとする。無理でも無茶する。だいたい失敗するがな」


 その言葉に、エルヴィスは即座に返す。


「……知ってる。クロ、彼女を返してくれないか?」


 称賛の流れで出た言葉のはずだった。

 だが、その口調は自分でも驚くほど荒く、強い。


 それがクロの神経を逆撫でした。


「返す? オレ、言ったよな。オレに彼女をくれないかと――」

「……やらん」


 短く、弱々しい否定。

 だが、その一言が、何よりも強い意志だった。


 沈黙。

 そしてクロは、気づいてしまう。


 いつの間にか――

 自分にとっても、穂香は大切な存在になっていたことに。


 弱くて、脆くて、それでも怖れずに立ち上がる。

 また傷つき、また立ち上がる。

 その危うさごと、守りたくなってしまった。


 だから、魔族の秘宝を託した。

 あれはエルヴィスを助けるためだけのものではない。

 穂香が、これ以上傷つかないためだった。


「……なら、一つだけ聞く」


 殴りたい衝動を押し殺し、クロは問いかける。

 一拍置いて、深く息を吸う。


「旦那は……自分の意思で仮面を被ったのか?」


 返答次第では、覚悟を決めるつもりだった。


「違う」


 エルヴィスは即答した。


「生死を彷徨ったあの日、夢の中に仮面が現れた。目が覚めたら、被っていた。精神的にも肉体的にも弱ってた……そこを突かれた」


 珍しいほど、素直な語りだった。

 彼にとっては屈辱に近い過去。

 だが、ここで隠す理由はなかった。


「……彼女がいなければ、俺は戻ってこられなかった」


 そう言って、穂香の頬にそっと触れる。


 仮面に囚われ、人としての機能を失っていく日々。

 意識だけが残り、何もできない地獄。

 穂香が現れるまでは。


 一瞬だけ自由が利くようになり、機能も蘇り始めた。

 失われた味覚を取り戻せたのも、きっと彼女の料理のおかげだろう。

 それでも彼女を危険から遠ざけようと、自由が利く僅かな時間で試みた。

 だがそれでも彼女は笑顔を絶やさず傍にいようとした。泣き虫のはずの彼女が、涙を一切見せずに。


 ――だからもう、離さない。

 彼女のためだと、身を引くことはしない。


「……そうだったか」


 クロは静かに息を吐く。


「だったら穂香さんに、“無駄じゃなかった”ってことだけ、伝えてやれ」


 奪えない。

 怒りは消え、同じ土俵に立つことすらできないと悟る。


「ああ。そのつもりだ」


 そして、改めて言う。


「だから、穂香を返してくれ」


 抱き上げるほどの体力は、もう残っていないはずなのに。

 それでも彼は、誰よりも強く、彼女を求めていた。


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