61話 勝利の条件
“心が折れないこと”
それが、仮面に勝利する唯一の可能性。
仮面は、精神崩壊した私を喰らいたいはずだ。
だから必ず、精神への攻撃を仕掛けてくる。
それを耐え抜けさえすれば、勝利の可能性は残り続ける。
――でも。
もし、彼が仮面側についていたら。
その時点で、たぶん私は簡単に折れてしまう。
――迷惑なんだ。
そう言われた瞬間、
私がしてきたすべてを、全否定された気がした。
仮面のせいだ、ということにして、
それ以上は考えないようにしている。
……それなのに。
今もまだ、その言葉が耳から離れない。
「姐さん、俺たち……何か言うこと、あるだろ?」
アーロンとリチャードくんに挟まれ、怖い方の“壁ドン”をされる。
さらに、ドスの効いた声。
リチャードくんも、いつもと違って迫力があった。
しかもこれは、“隠し事”ではなく、“言うことがある”と聞かれた。
屁理屈を言って、言い逃れもできない。
嘘もつけない状況。
「……仮面戦のことだよね。でも、ごめん。第三者の加入は無理なの」
正直に話すしかなかった。
「約束を破ったら、エルヴィスさんを殺すって言われたから……」
その瞬間、アーロンは唖然として壁ドンは解かれる。
リチャードくんは、哀れむような目で私を見ていた。
「……勝負は、いつだ?」
「明日」
「行くのか?」
「決まってるでしょ」
「勝算はあるのか?」
「……私の心が、折れないこと」
淡々と答えていくたび、アーロンの顔から血の気が引いていく。
そして言葉を失う。
「叔父上は……協力してくれるんですよね?」
初めて、リチャードくんが口を開く。
祈るような問い。
私は、首を横に振った。
「昨日、拒絶されたの。私がいる限り、強くなれないって」
「……だったら、もういいです」
リチャードくんは、辛そうな顔で、それでも最も残酷な選択を口にした。
「叔父上を……見捨ててください。母上たちも、同じ気持ちだと思います」
それは、彼なりの優しさだった。
でも――
「それは、私のやってきたことを全部、否定するってことだよ」
「…………」
「それに、マミア様たちは、私を応援してくれてる」
そう言って、私は笑った。
でも、視界は滲んで、涙がこぼれ落ちていく。
あの二人には、敵わない。
それとも、私が分かりやすすぎるだけ?
私の異変に気づいたリーサさんは、マミア様と一緒に、明け方に部屋まで来てくれた。
声を出して泣き続ける私を、何も言わず、ただ抱き寄せてくれた。
全部を知ったうえで、マミア様は言った。
「穂香ちゃん。やりたいことを、全力でやってきなさい」
そして、リーサさんも笑いながら。
「愚かな弟には、勿体ない嫁だわ」
多分、それは言葉のあや。
信じてはいけない。
……それでも、少し信じてしまった。
元気が出て、明るい未来が、再び見えた。
「……そうだよな。ここまで姐さん、頑張ってきたんだよな」
無理やり納得したような口調だった。
それでも、言葉は本心だと思いたい。
「やはり私は、まだまだ子供ですね……」
ぽつりと呟く。
「恋というものが、よく分かりません。恋するパワーって、凄いんですね」
真剣に受け止められる。
「そんなこと言ったら、俺だってよく分からねぇよ。エルヴィスが、何かくれるから頑張れるんだろ?」
アーロンも同じらしく、二人して真面目に語り出す。
――思春期の男子、怖い。
そんなふうに真剣に言われると、少し恥ずかしい。
確かに私は、
エルヴィスさんが好きだから、すごく頑張ってる。
でも、それは――見返りを、求めているから?
恋人に戻りたい。
デートしたい。
甘やかしてほしい。
……思っていた以上に、見返りを求めていた。
なら、もし。
見返りがなかったとしたら――
私は、頑張らない?
正気に戻っても、私を恨んだままだったら?
撫子さんが好きになったと言われたら?
ルル先生と、寄りを戻したいと言われたら?
――それでも。
私は……、エルヴィスさんを助ける。
見返りなんて、求めちゃいけない。
いつの間にか、
見返りを当然の権利だと思っていたから、
「迷惑だ」と言われて、心が折れたんだ。
見返りを求めなければ――
「ありがとう。二人とも」
『え?』
「二人のおかげで、私が助けたい理由を思い出した」
何かが吹っ切れたのか、 心は、すっと軽くなっていた。
「だから私、絶対に仮面なんかに負けないからね?」
そのとき―― ずっと消えずにいた彼の声が、
ぴたりと、消えた。




